7. 反省会と英雄の決意

 スライムを倒して大喜びしたのも束の間、ヒーラーの皆さんは歓喜の輪に入らず助け出された人達を診てくれているので、全員でそのフォローに向かった。

 心と体の両方に回復魔法をかけて、服をかけてあげて、柔らかな毛布を敷いた所へ移動してあげる。お医者さんもやってきて、魔法と医療の両面から治療をする。


 ボクが手を出すまでもなく、皆の的確な治療で快方へと向かっているね。


「あれ、京香さん、あの腕輪って……」


 救出された人の何人かが、重そうな黒い腕輪をつけさせられていた。アレにはスキルや魔法を封じる効果が付与されている。


「悪い人が暴れないようにつけてるんだよ」

「そうなんだ……」


 それにしては腕輪をつけさせられている人が多すぎない?

 あの中にそんなに沢山悪い人が居たんだ。


「でも強い人だと効果薄いよね」


 スキル封じや魔法封じはかけた人と相手の力量差次第で効果の具合が増減する。あの腕輪には結構強い封じが付与されているけれど、それでも強い人だったら壊せると思う。


「そこはちょっとした工夫をしてあるから大丈夫だよ」

「工夫?」

「う~ん、秘密」


 この反応は楽しくない内容だからボクに聞かせたくないって感じかな。


「救ちゃんがせっかく助けてくれたんだもの、しっかりと悪事を明らかにして裁いて貰わないとね」


 うん、ボクもそうあって欲しいと思う。

 きっとそれこそが『愚か』でないやり方に違いないから。


 そのまましばらくの間状況を確認していたら、人が段々集まって来て手が足りて来た。治療を後援部隊に引き継いだからギルドメンバーがようやく一息つけそうだ。


 ボクはその間に今回の事件について考えた。


 事件の内容、京香さん達の狙い、ボクの扱い。


 それらを合わせると、とても大事な問題が浮かび上がって来る。

 皆の作業を眺めながら、その問題に答えが無いか考えを巡らせる。


 ……

 ………… 

 ……………………


 うん、これしかないかな。


 考えがまとまったので京香さんに声を掛けた。


「京香さん、反省会をしよう」

「え?」


 ボクがそんなことを言うなんて意外だったかな。

 そりゃあボクだって皆と話をするなんて苦手だからやりたくないけれど、どうしても言っておかなければならないことがあるんだ。


「ここで集まって話をすると邪魔になりそうだから、ちょっと離れてお話ししよう。参加者はボクと京香さんと……」

「はいはいはーい! 参加しまーす!」

「救くんちゃんとのお話に参加しないなんてありえない」

「……ボクの友達と、ギルドメンバーで参加したい人」

「そんなこと言ったら全員着いて来るよ」


 そう言われると思ったよ。


「来ても良いけれど、基本的には京香さんや友達と話をするからね」


 いくら言いたいことがあるからって、皆の前で講演するみたいに話すなんて恥ずかしくて出来る訳がない。それにそうやるとカメラさんが余計な演出しちゃいそうだし。


「救ちゃんどうしちゃったの?」

「……ちょっとね」


 ボクが逃げずに自分から話をする場をセッティングするなんてそんなにおかしいかな。


 うん、おかしいね。ボクもそう思う。


 それが出来るのは、ボクが今抱いている気持ちがとても熱い・・からに違いない。


「もしかして救ちゃん、怒ってる?」

「……怒ってないよ」

「本当に?」

「本当だよ」


 疲れているからか、猛る気持ちを抑え切れてなくて、口調とか雰囲気に漏れちゃったのかな。京香さんだけじゃなくて、友達もギルドの皆もボクを見て気まずそうにしている。


「救様でも怒ることってあるんだね……」

「救くんちゃん怖い……」

「怖くないよ?」


 意識的に気持ちを抑えてみたけれど、まだダメみたい。友達に怖がられるなんてちょっとショックだ。


 でも仕方ないのかな。

 だって今のボクって、あのスライムと戦う時よりも気が張っているから。


 それだけこれからの話はボクにとっても皆にとっても大事なことなんだ。


「それじゃあ始めるよ」


 皆が集まったので切り出した。一部、関係ない人達がカメラで撮っているけれど……まぁいっか。


「まず最初に聞きたいんだけれど、京香さん、あのスライムが出て来たって分かってから、どうしてボクに直ぐに声をかけなかったの?」


 答えは分かっているけれど、しっかりと確認しておく。


「救ちゃんを危険な目に合わせたくなかったから。それに全てが救ちゃん任せだとダメだって思ったから」


 うん、やっぱりボクのことを心配してのことだったね。


「ありがとう。ボクのことを気遣ってくれるのはとても嬉しいよ。でもね……」


 今回は本当にそれが正しい方法だったのかな。


「もっと早くボクに声を掛けてくれれば、犠牲になる人はもっと減ったと思うんだ」


 京香さん達はあのスライムを迎撃する態勢を整えていた。ということは、事前にあのスライムの情報を仕入れて準備する時間があったということだ。それまでの間に何人の人が吸収されてしまったのだろうか。


 それにもしもあのスライムが人間を吸収すると同時に殺してしまうような存在だったら、あまりにも多くの死者が生まれてしまったことになる。


「もちろんだからと言ってボクが死に物狂いで戦うのはダメってことはちゃんと分かってるよ。でもあのスライムがまだあまり吸収していなくてもっと弱い状態だったらボクはほとんど傷つかずに救えたかもしれないんだ」


 だからすぐにでもボクを呼んでほしかった。


「ごめんなさい……」


 京香さんが申し訳なさそうに顔を下げ、他の人達も叱られている時のボクみたいな顔をしている。もちろん叱られている時に鏡なんて見てないから想像だけどね。


「そんなにボクを戦いから遠ざけたい?」


 ここしばらくの皆は、どう考えても過保護すぎだと思う。

 料理イベントの時にダンジョンに潜らせてもらえたのが珍しいくらいで、本当はボクにもう戦って欲しくないんじゃないかなって気がしている。


「だって救ちゃんはもう十分戦ったじゃない。これ以上は傷ついて欲しくないよ」


 やっぱりそうだったんだね。


「ありがとう」


 そこまで想ってくれるのはとても嬉しい。家族以外でここまでボクを心配してくれる人達が沢山出来たことは幸せだと思う。

 コミュ障も大分良くなったし、戦いなんて止めて外で何でもない日常を過ごすのはアリだとも思う。


 でも今の世の中でそれは出来ない。


「ボクは困っている人を助けたい。身につけた力を使って助けられるなら、どんなことをしてでも助けたいんだ。その気持ちは絶対に変えられない」


 この気持ちはボクを会議で叱ってくれる皆も尊いものだと認めてくれている。


「でも皆がボクの事を心配してくれて、傷つかないで欲しいって思う気持ちもちゃんと分かってるよ」


 ボクが誰かを助けに危険に飛び込むと、ボクは皆を心配させてしまう。

 ボクが皆に心配かけさせないように自重すると、誰かが助からないかもしれない。


 これをどうにかするには、ボク以外の人がボクと同じくらいに強くなってボクが出る幕が無くなれば良いのかな。でも現実問題、少なくとも日本の探索者はボクが知る限りではまだまだ実力が足りていない。最難関ダンジョンのボスが何かの拍子で外に出て来てしまったら、多くの犠牲が出て来てしまうだろう。

 それに皆がボクと同じくらい強くなったとしても、隠しボスくらいの強さの魔物が出現したら死にそうになりながら戦うことになってしまうし、放っておけるわけがない。


 それならこの問題を真に解決するにはどうすれば良いか。


 あのスライムを倒した後、どうしてこんな酷い事態になってしまったのかを考えていたら、その答えに気が付いた。

 この反省会は、京香さん達を叱るためじゃなくて、その時に抱いた決意を表明するためのものなんだ。


「皆、ボクは決めたよ」


 ボクも、皆も、世界中の全ての人々がダンジョンによって悲しまないようにするための唯一の答え。




「このゲームをクリアしようと思う」




 隠しボスはダンジョンをゲームだと表現した。

 それならこのゲームをクリアすれば、ダンジョンが消えるなどして悲劇が終わる可能性は高い。


 だったらさっさとクリアして終わらせてしまおう。


 そうすればボクはダンジョンで無茶な人助けをすることも無くなるし、京香さん達がボクのことを心配することも無くなるでしょ。


「救ちゃん、でもそれは!」

「危険だよって言いたいんだよね」


 そう思われることは分かっていた。


「ボクは一人で無茶をするつもりは無いよ。今まで以上のスピードで皆を鍛えて、一緒に最難関ダンジョンを探索出来るようにしたいんだ」


 そうすればボクの危険度は大幅に減るに違いない。


「そして皆で手分けして世界中のダンジョンを攻略する。クリア条件は分かって無いけれど、そこまですれば流石に何かが起きるでしょ」


 このままゆっくりと皆が強くなってゆっくりとダンジョン攻略が進んでも、今回みたいな事件が何度も起きて犠牲者が増えるだけだ。


 これ以上悲劇を繰り返さないためにも、ダンジョンをクリアして全てを終わらせる。


 それがボクが導き出した答えなんだ。


「もちろん皆が協力してくれないと出来ないことだけどね」


 急激に強くなるにはかなりの無茶をしなければならない。ここにいる人の大半はすでに自分で厳しい特訓に取り組んでいるけれど、更にワンランク上の厳しい特訓をしてもらう必要がある。それに世界中のダンジョンを攻略するとなれば、ここに居る人たちだけでは人手が足りないからもっと多くの人に協力してもらう必要がある。


「頑張って協力をお願いしてみて、それで行けそうだったらクリアを目指したい」

「救様が自分から協力をお願いするの!?」


 あはは、皆が凄い驚いているや。


 それもそのはず、これはボクが自分から多くの人とお話をして協力を募るって宣言でもあるのだから。恥ずかしくて恥ずかしくて恥ずかしくてたまらないけれど、皆を助けるために勇気を出すって誓ったんだ。


「がんばる」


 それでハッピーエンドになるのなら、ボクは自分のコミュ障とだって戦うよ。

 だからって不必要に感謝攻撃してきたら逃げるからね!


「あ~あ、そこまで言われてダメだなんて言えないよ」

「京香さん?」

「本気で世界を救おうなんて言えるのは救ちゃんくらいだね」

「それって褒めてるの?」

「もちろんだよ。失敗して凹んだ気持ちが吹き飛んで、やる気で充満しちゃうくらいにはね」

「え?」

「ほら、皆を見て」


 皆は最初のボクの指摘で俯いていたのに、いつの間にか拳を強く握って瞳が燃えていた。一目見てやる気が十分だってことが分かった。


「皆……」


 ゲームをクリアするだなんて突拍子もないボクの提案を信じてくれて、そして受け入れてくれた。


 ああ、嬉しいなぁ。


「それじゃあ救ちゃん、例のやつやろう」

「…………やっぱり?」


 そういう流れになるんじゃないかとは思ってた。

 でもここで臆していたら、皆に協力をお願いして指導して強くなってもらう事なんて出来るはずがない。


 皆がボクを見ている。

 とても恥ずかしい。


 でも逃げたいとはもう思わない!


「皆で協力してゲームをクリアしよう!」

『おおおおおおおお!』


 スライムとの戦いの前よりも遥かに元気な叫び声が広場に響いた。

 でも今回は驚かなかったよ、えへん。


 というわけで、スライム事件が解決して今後の方針も決まり、綺麗に区切りがついたと思ったのに……

















『条件を達成しました。これよりラストダンジョンと封印ダンジョンを解放します』



--------

あとがき


これにて第二部は終了となります。


第三部に入る前に、第二.五部的なお話をいれます。

物語の根幹に関わる『超重要』なお話が続くので油断なさらぬよう。


長さは決めてませんが、一章分(七話)は越えないと思います。


11/6(月) からです

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