6. 全てを救おう
「それじゃあダメだよ。京香さん」
良かった、間に合った。
ボクが到着した時にはもう京香さんがスライムと戦っていて、声をかける間もなく致命傷となる一撃を与えようとしていたから強引に割って入っちゃった。
「どうして!?」
そりゃあ驚くよね。
倒せると思った瞬間にボクが目の前に出て来たんだから。
魔物の中には探索者の親しい人に姿形を変える卑劣な敵もいるし、探索者のスキルの中に幻影を生み出すものもある。でも京香さんのことだから、ボクが偽物じゃなくて本物だってすぐに気付いたはず。だからこそ魔物の目の前だって言うのに心底驚いているんだろうな。
「それはここを離れてからだよ」
取り急ぎ京香さんに事情を説明しないとだけれど、それはこの魔物から距離を取ってからだ。
「やあああありいいいいすううううぎいいいいすううううくうううういいいい!」
「ボクのこと知ってるの?」
まさかボクの名前を呼ぶなんて。
スライムがボクを意識している、なんてことは無いだろうから、恐らくはスライムの中に居るナニカの意志によるものかな。
どうして京香さん達がボクにこのスライムのことを秘密にしたがっていたのか、また一つ納得した。何らかの理由で、そして恐らくは気分が良くない理由でこのスライムはボクを狙っていたのだろう。だからボクが気に病まないようにひっそりと対処する予定だったと。
まったく、皆して過保護なんだから。
でもありがとう。
「悪いけど、少しの間コレと遊んでてね」
多重分身。
攻撃方法を持たない分身体をたくさん生み出してスライムの周りをウロチョロさせる。スライムは知性がほとんどなく、本能のままに動いている。偽物だと見破ったり、あるいは見破ろうとはせずに素直に翻弄されてくれるだろう。ボクのことを狙っている気持ちだけが強く表に出ているのならなおさらだ。
狙い通りにスライムは分身を攻撃し始めたけれど、派手な攻撃ばかり使ってうるさいなぁ。それに流れ弾が皆に当たると危ないから対処しておこう。
スライムの攻撃はいち、に、さん、よん、ご。
どうやら同時に五つが限度みたい。これならボクの並列思考の方が数が上で対処可能だ。
魔力が大きいんだから分散しないで全力攻撃すれば耐えきれる人いないのにね。いっぱい食べちゃったから統制が取れてないんだろうな。
「反竜巻」
竜巻に逆回転の竜巻を当てて消滅させる。
「炎龍」
空から降って来る氷の杭を炎の龍で出現したそばから消滅させる。
「沈黙の大地」
地面の揺れは魔力をぶつけて強引に抑え込む。
「避雷針」
雷鳴はスライムの頭上に作った魔力避雷針でお返しする。
「間欠乾氷泉」
炎の壁は地面から噴き出すドライアイスで瞬間冷凍する。
スライムが放つあらゆる攻撃を弱体化させる。どうやら沢山のスキルや魔法を使えるみたいだけれど、数ならボクだって負けてはいない。どんな攻撃をやって来ようが、全部完璧に対応して見せるさ。
「サイレントモード」
後はめちゃくちゃうるさいから音量を下げたらお話しする準備完了だ。
「マジか……一人で全部対応してる」
「スライムがスキル使う前に先読みで対抗策を用意してるように見えるんだが、どうやって読んでるんだ?」
「どれも即死級の威力なのに、軽々と打ち消すとか」
「これが救様の御力。実際に目の前で見ると次元が違いすぎて……」
「本当の神様みたいに見えるよね。なんかキラキラしてるし」
「ぷぎゃっ!? カメラさん!」
また後光が差すような感じにしてるでしょ!
全く、油断ならないんだから。
「ああ、怒ってないよ。怒ってないからね」
しょんぼりする仕草とか誰が教えたのさ。
これでなおさらカメラさんの暴走を止めにくくなっちゃったじゃん!
「救、どうして止めたんだ?」
状況が落ち着いたからか、京香さんが話しかけて来た。
今もスライムの攻撃に対応中だけれど、並列思考がまだ余っているから普通にお話し出来る。
「あのまま倒していたら、あのスライムの中の人達が死んじゃうから」
これがボクが京香さんの攻撃を止めに来た理由だ。
「ま、まて。救はあの中の人がまだ生きているって言うのか!?」
「生きているって言うか死んで無いって感じかな。スキルや魔法を使うために強引に生きている扱いにしているみたいだよ」
意識があるのかどうかは考えたくもない。でも最悪を考えると早く助けてあげないとね。
「まさか救はスライムに吸収された人達を助けるつもりなのか!?」
「うん」
あのスライムがただの強い魔物で、倒せば良いだけならばボクはここに来るつもりは無かった。でもあのスライムの中に多くの『命』があって、助けを求めていることに気付いてしまった。それなら助ける以外の選択肢は無いでしょ。
「うんって……あんなになってるんだぞ、どうやるって言うんだ」
「スライムを倒して、蘇生しながら分解する」
彼らを救い出すにはスライムを倒さなければならない。でもスライムを倒すと彼らは即座に死んでしまう。かといって普通に蘇生魔法をかけようにもあそこまで多くの人が融合してしまうと元の形で復活はしないと思う。だから死なないように蘇生魔法をかけ続けながら、彼らを元の形に戻してあげる必要があるんだ。
「そんなことが出来るのか?」
「出来る。でもとても難しくて集中しなきゃダメ」
もちろん並列思考なんて使っている余裕はない。全身全霊をかけてこの作業だけに集中しなければならない。その間はボクは無防備になる。
「だから皆お願い。ボクを守って」
あのスライムはボクに向かって真正面から攻撃してくるだろう。それからボクを守るのはこれまでのようにランダムに攻撃していた時とは違って攻撃が集中するので遥かに難しい。
でも皆なら出来ると信じている。
あのスライムを撃破する直前まで辿り着いた皆なら出来るはずだ。
「ボクの彼らを助けたいって我儘にどうか付き合って下さい」
あれは災害と呼べるレベルの魔物だ。
吸収された人々がまだ生きているとは言っても死んでいるようなものだと判断して無視してもおかしくはない。確実に撃破するのを優先すべきなんだと思う。そうして死した人々を後で弔うのが自然な考えなのだろう。
でもボクは助けたいんだ。
助けられる可能性が万が一にでもあるのなら。
「まどろっこしいこと言ってないで、さっさと始めようぜ」
「京香さん?」
こんな無茶なんかしないで普通に倒してくれって皆思ってないかなって不安に思っていたら、京香さんが微笑みを浮かべながら武器を構えた。京香さんだけじゃない、他の探索者達もだ。
「私達は救の考えに共感したから今ここにいるんだ。この期に及んで嫌がる奴なんて一人もいやしねーよ」
「そうそう、あいつらも助けてやるなんて最高だし当然だよね」
「むしろどうしてそのことに気付かなかったんだろうな。マジ情けねーわ」
「クソみたいな野郎まで助かるのは癪に障るが、それは助けた後で考えることだもんな」
「京香さん、皆……」
嬉しい。
凄い嬉しい。
思わずスライムへの牽制が失敗してしまいそうだ。
「それじゃあ
「う、うん!」
なんかここでギルマスって言われるの照れくさいや。
カメラさん、照れてる様子をドアップにしたでしょ!
本当に油断出来ないんだから。
「ボクがスライムの核だけを潰して、その直後にリザレクションを掛けながら『分解』スキルを使うよ。皆にお願いしたいのは核を探して攻撃するまでの間にボクを守ること、リザレクションを使える人はボクと一緒にかけ続けること、分解中にボクに精神安定系の補助をかけつづけること。分かった?」
『はい!』
ぷぎゃっ!?
返事の声が大きすぎてびっくりしちゃった。
「誰一人欠けることなく全てを終わらせよう」
『はい!!!!』
ぷぎゃっ!?
身構えてたのにさっきよりも格段に元気でやっぱりびっくりしちゃった。
「ふぅ……」
集中、集中するんだ。
ボクがやるべきなのは皆を信じてひたすら集中して繊細な作業を成し遂げること。
まずはスライムの動きを見て、皆がボクの守備に入りやすそうなタイミングを見計らう。
大規模な範囲攻撃の終了後で視界が開けている時がチャンスだ。
…………………………………………
「行くよ!」
分身を消し、攻撃の相殺も完全に止めた。
「やあああありいいいいすううううぎいいいい!」
するとスライムはボクの方に向かって早速移動して来ようとする。
「させん! パーフェクトガード!」
「絶対にここは通さない!」
ボクの前には大盾を構えた探索者がズラリと並ぶ。
そしてボクや彼らにこれでもかと防御系のバフが付与され、何重もの結界が発動する。
攻撃陣はスライムが放つ魔法やスキルを狙って弱体化させ、ボクらの方にはそよ風すら届かない。
この調子なら大丈夫そうかな。
そう思った瞬間、ボクの真横に聖なる稲妻が突き刺さり掠りそうになった。
「大丈夫!?」
大盾の一角が崩されている。すぐに態勢を整えたけれどスライムの多彩な攻撃を全て押さえきることが出来ずに突破されてしまいそうだ。
それに問題はそれだけではなく、スライムの吸収能力にも対処しないと。
こちらがどれだけスライムの攻撃を耐えようとも、体当たりしてこられたら防ぎようがない。
スライムはズルズルと少しずつボクの方に向かって来ていて、このままでは最前線の大盾さん達が吸収されてしまう。
「悪田! こっちを見なさい!」
あの人は、前にボクに土下座してきた女の人?
「それだけ多くの力を奪っておいてその程度のことしか出来ないの? あんた弱すぎ」
「ぴいいいいなああああこおおおお!」
「そんなんだから裏切られて殺される羽目になったのよ」
「ぐおおおおおおおおお!」
「あんたみたいな小悪党には相応しい末路よね。歴史の教科書に載るんじゃない? 世界一残念な弱小探索者ってね」
「コロス……コロスウウウウウウウウ!」
うわぁ、すごい煽ってる。
おかげでスライムの意識がボクじゃなくてあの女の人の方に向いた。
スライムの移動先を制御できるなら、後はもう皆に任せて大丈夫かな。
「よし」
目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。
周囲に荒れ狂う魔力や皆の様子は心配だけれど、鋼の意志で無視をしよう。
そうだ、鋼の意志と言えばシルバーマスクだ。
あのマスクにかけられた精神安定系のスキルは役に立ってくれそうだから、つけておこう。
「探知」
集中してスライムの全身を魔力で捉える。
このままスライムの体内を調べようとしても、魔力が吸収されてしまい無効化されてしまう。
「魔力変化」
ボクの魔力をスライムの魔力と同じ性質のモノに変化させて、外部からのアプローチでは無いと錯覚させる。
実はこの手の何でも吸収するスライムとは戦ったことがあって、その時に編み出した戦法だ。あの時に色々と工夫して考えておいて良かった。
スライムの核は常に内部で動き続けているため、スライムの全身を変化させた魔力で覆って徐々に内側へ狭めてゆく感じで体内を網羅しながら探す。
スライムの中は複数の生命が混ざり合っているからか奇妙な魔力で満たされていて分かりにくい。核は小指の先ほどの大きさしかないから探すのがとても大変だ。
ない。
ない。
ない。
あっ……いや、違う。
落ち着け。
皆は大丈夫だからゆっくりと着実に探そう。
……………………あった。
意図的なのか、蠢く物体の最奥に埋め込まれるような形で存在している。外から攻撃したら間違いなく周囲まで傷つけてしまい死に至らしめる最悪の配置だ。
でもカラクリが分かってしまえばこちらのものだ。
ボクの魔力を核だけに纏わりつかせる。
そしてこれを核以外が傷つかないように爆破させればスライムは倒せる。
問題はここからだ。
この先の分解作業が、成功するかどうか分からない。
いくつもの人形が溶けてくっついたものをどうにかして切り離して元通りにしなければならないと置き換えれば難易度が想像つくと思う。もちろんスキルを使うからある程度は自動的に分解されるはず……だと信じたい。
違う、信じるんだ。
絶対に助けるんだ。
ダメかもしれないなんて少しでも考えてしまったら絶対に上手く行かないと思う。
いつも皆を助ける時と同じような気持ちでやれば良いんだ。
よし、やるぞ!
「行きます!」
核が死んだ直後に攻撃してしまわないように合図をする。
「さん、に、いち、撃破!」
小爆破で核だけをしっかりと破壊できた。
「リザレクション!」
「リザレクション!」
「リザレクション!」
「リザレクション!」
「リザレクション!」
ボクとそれ以外の人のリザレクションの声が重なった。
リザレクションって少し前までは日本で使える人が居なかったっぽいのに、こんなに使える人が増えたんだ。皆努力したんだね。
おっとそんなことを考えている場合じゃない。
「分解!」
うっ……これは想像以上に気持ち悪い。
あまりにも複雑に融合してしまっているせいか、スキルが全自動でやってくれるなんてことは無かった。ある程度の分解の方向性を指示してやらなければならない。
でも魔力の濃淡や性質で分解しようにも、それらも混じっていて綺麗に分類できない。
だから彼らの体を魔力で
これはこれとこれに分解して、これはあの辺りのと一緒で、これはまた別人のものかな。
うっぷ、これはあっちで、これはどこだったっけか、うっぷ、これは……
『タス……ケテ……タス……ケテ……』
『コロ……シテ……コロ……シテ……』
『イタイ……クルシイ……ツライ……』
惑わされるな!
幻聴だ。
精神を研ぎ澄ませて『彼ら』のみを捉えているからこそ、ボク自身が勝手に想像した偽の声だ。
彼らはこう感じる意識すら今は無い筈なのだから。
でも幻聴が聞こえて来たとなると、ボクの
どうする?
皆には悪いけれど一旦ペースを落として心を落ち着かせようかな。
ここでボクが無茶して心を壊しながら助けるなんて、会議確定だからね。そのくらいはもう分かってるのさ。
あれ、温かい。
この魔力は友4さん?
ううん、違う。
友4さんだけじゃない。
友4さんが皆の魔力を集めてボクの
『救ちゃんがんばれ!』
『救様がんばって!』
『救様なら出来る!』
うん、これは幻聴じゃない。
ボクの
よ~し、やるぞ。
絶対に全てを救ってみせる!
ここと、ここと、こことこことここ!
いっけええええええええ!
超集中モードでおおよそ一人分の場所を特定したので、分解スキルに指示をする。十分な量が指定できていれば分解してくれるはずだけれど……
『彼ら』の体はこれまた気持ち悪く蠢くと、一部が切り離された。
一旦集中を解いて、
よし、成功だ。
油断しないで続けるぞ。
助ければ助けるほどにパーツが少なくなり楽になるはずだ。
ここからは休まず一気に全員を救い出すぞ。
「おわっ……た……?」
最後の一人まで分解が終わると、あまりの集中に疲れてしまったのかその場に崩れ落ちて倒れそうになってしまった。でもその前に京香さんが抱き留めてくれたから、地面とキスすることにはならなかった。
やわらかくて気持ち良い……眠そうになるけれど、状況を確認しなきゃ。
「京香さん……どうなりました?」
上を見上げて京香さんの顔を見たら、満面の笑みを浮かべていた。
「やったね救ちゃん」
「……うん」
どうやらボクはやりとげたらしい。
ってダメじゃん。
アレを指示するの忘れてた!
眠そうだったのに一気に醒めたよ。
「京香さん、彼らの精神を守らないと」
吸収されている間の彼らの様子はボクには分からない。
記憶が無いならまだしも、もしも僅かでも記憶があるのならばそれは精神の崩壊に繋がりかねない。人間が耐えられるような環境では無いのだから。
「大丈夫、そこは私達がちゃんとやっておくから」
どうやら皆はボクが言わなくてもちゃんと分かってたみたいだ。
それなら任せて大丈夫かな。
「それじゃあ救ちゃん、最後お願い」
「え?」
最後って何のことだろう。
「勝利宣言はリーダーの役目だよ」
「ぷぎゃああああああああ!」
どうして注目させるようなことやらせるのさ!
戦っている時はそれどころじゃないから気にならなかったけれど、終わって安心してる状態だと恥ずかしいよ……
「ほらほら、皆待ってるよ」
「ううう……」
京香さんに押し出されて皆の前に立たされちゃった。
皆ワクワクした目でボクを見ている。
恥ずかしいけれど……やろうかな。
だってさ、皆で協力して勝利して勝鬨をあげるってなんか楽しそうだし。
「そうそう、救ちゃん。今の自分の姿を思い出してね」
今の自分の姿って……あ、そうだ、今のボクはシルバーマスクだった!
いつも通りの話し方だと皆を幻滅させちゃうところだった。
気持ちを切り替えて……と。
「我々の勝利だ!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおお!』
カメラさんが派手な演出をする必要が無い程に、皆の熱気でとても映える光景となったと思う。
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