間章 真実

1. ゲームマスター

『条件を達成しました。これよりラストダンジョンと封印ダンジョンを解放します』


 ボクがゲームクリアを目指すと宣言した直後のこと、突然機械的な女性の声が聞こえて来た。

 周りには人が沢山いてさっきのボクの宣言でざわついていたのに、何にも邪魔されずにはっきりくっきりと聞こえたのが不思議な感じだ。


「条件?」

「ラストダンジョンだって?」

「封印ダンジョンって何のことだ?」


 この声のせいでざわめきは更に大きくなって、皆が大混乱に陥っている。

 ボクも内容について考えたいけれど、その前に一つ確認したいことがあった。


「京香さん、この声ってもしかして」

「うん、『はじまりの声』かもしれない」


 はじまりの声。


 それはダンジョンが生まれた時に、世界中の人々に届いた声のこと。


 世界中にダンジョンが生まれること。

 放置したら中から魔物が出てくること。

 ダンジョンの攻略を進めれば魔物が出て来なくなること。


 この話がどこからともなく流れて来たんだって。

 もちろんボクがまだ生まれていないころの話なので実際に聞いたわけではなくて、学校の歴史の授業で習っただけ。でも授業ではこの声についてこうも説明されたんだ。


 その声は機械的な女性の声・・・・・・・・だったって。


 それに加えてダンジョンに関する話をしているのも同じで、どことなく神秘的な雰囲気のある声の感じからしてはじまりの声と同じだと思ったんだ。


「本当に機械の声みたいなんだね」


 でも思い返すと完全に機械かと言われると、人間っぽい抑揚も多少混じっていたような気もする。まぁそれはどうでも良いか。


「すまないな。妻に頼んだのだが、乗り気では無くて塩対応をされてしまったのだよ」

「へぇ、そうだったんですか」


 じゃああの声は機械じゃなくて…………え!?


「誰!?」


 ボクの後ろから男性の声が聞こえて来て、慌てて京香さんと同時に振り返った。


 そこには白衣を着て眼鏡をかけた二十代くらいの男性が立っていた。

 白衣と言っても病院関係では無く研究者っぽい見た目なので、魔物と戦った直後のこの場所での服装としてはとても違和感がある。




「初めまして。私は……そうだな、ゲームマスターとでも呼んでもらおうか」




 ゲームマスターだって!?


 それってつまり、この人がダンジョンを生み出した張本人ってこと!?


「まぁ待ちたまえ。私は君達と事を構えに来たわけでは無いのだよ」

「……え?」


 言われて気が付いた。

 ボク達がいつの間にか戦闘モードに切り替わって武器を構えていたことに。

 ボクなんか聖剣と魔剣を両方取り出して全力バフをかけるところだったよ。


 ゲームマスターさんは普通の人間のような佇まいでプレッシャーも何も感じないのに、ボクの本能が勝手に反応して最大級の警戒をしちゃってる。


「ふむ、界層の差が埋まり切っていないようだな。これならどうだ?」


 あ、怖い感じがほとんど無くなった。

 さっきまでどうしてあんなに怯えていたのかって不思議に思えるくらい、今は普通のお兄さんにしか見えない。


「どうやら上手く行ったようだな」


 まだ体の震えが止まらないけれど、ゲームマスターさんはボク達が落ち着くのを待ってくれている。深呼吸して気持ちを落ち着けなきゃ。


「すーはーすーはー」


 よしよし、良い感じに落ち着いて来たぞ。


精神安定リラックスを使えば良いのでは?」

精神安定リラックスの方が楽で効果も高いけど、不思議と深呼吸の方が気持ち良くて落ち着くんですよ」

「ふむ、そういうものなのか。興味深いな」

「やってみたらどうですか?」

「確かに。気になったのならばまずは検証すべきだな」

「すーはーすーはー」

「すーはーすーはー」


 ちなみに、精神安定リラックスをかけつつ深呼吸をすればもっと効果が高まるかと思いきや、実はあまり変わらなかったりする。


「なにこのほんわかする光景」

「アレって人類の敵なんだよね」

「というか救様普通に話をしてる」

「コミュ障どころかコミュ強では」

「魔物と戦う時とかは普通にお話し出来るからそっちのモードなのかも」


 大正解。

 隠しボスと話す時と同じような感覚だからお話し出来るってだけです。


「なるほど、確かに深呼吸とやらの効果は精神安定リラックスとは違った意味で心地良いものだな」

「でしょ?」

「精神的な効果でありつつ肉体にも作用する点について設定が漏れていたようだ」

「設定?」


 それってやっぱりゲーム的な話なのかな。


「うむ。私が用意したこのゲームは何もかもが完璧という訳では無いのだよ」

「どういうことですか?」

「なぁに簡単な話だ。君達だって何かを作る時にそれが複雑であればあるほど漏れたり誤る可能性が高いだろう。このゲームにもいくつかのミス、つまりはバグが存在するのだよ」


 そんなことは考えたことも無かった。

 てっきり神様的な凄い存在が穴の無いゲームを仕掛けて来たのかと思い込んでいた。


 でも改めて考えると納得出来るかも。

 だってボク達が想像する神様って人間味あふれる神様ばかりでミスとか普通にしそうだもん。


「例えば君達が先ほど倒したあの魔物も、本来はダンジョンから出てくることなどあり得ない存在だったのだ。それがまさか人の意志までも喰らって外に出ようと試みるとは。実に興味深い」

「アレってバグだったの!?」


 てっきり魔物退治を怠ったダンジョンから出て来たのかと思ってたけれど、そうじゃなかったんだ。

 京香さんや皆はあまり驚いていないっぽいけれど、気付いてたのかな?


「バグなど他にもあるぞ。君達が好んで使っているソレもまたバグと言えるものだろう」

「カメラさんのこと?」


 やっぱりカメラさんが進化して意志を持ち始めているのって異常なことだったんだ!


「残念ながら君の考えていることは違うぞ。そもそもダンジョンの中を撮影する機器なんてものが存在していることが異常なのだ」

「え?」

「基地局とやらが無いのに広大なダンジョンの奥深くからどうやって映像を配信しているのだ」

「え?え?」


 そんなことを言われても配信の仕組みとか分からないから驚けないや……


「君達は研究の末にダンジョンのバグを見つけ出し、ダンジョン配信の技術を実現したのだ。実に素晴らしい」


 バグを見つけられて利用されたっていうのに怒らないんだ。

 確かそういうのって悪い事だからやっちゃダメだって授業で習った気がするけれど。


「別に君達がダンジョンをどう利用しようが構わんよ。この世界は君達の物だからな」


 また心を読まれちゃってる気がする……ボクってそんなに分かりやすいかな。

 ううん、きっとゲームマスターさんだからに違いない。


「分かりやすいぞ」

「分かりやすいよ」

「分かりやすいです!」

「バレバレだよ」

「ぷぎゃあ! どうして皆まで!」


 ここまでボクとゲームマスターさんの話を静かに聞いてくれてたのにどうしてこういう時ばかり割って入って来るのさ!


「繰り返すがダンジョンは自由に利用して構わない。ただし」

「ただし?」

「ダンジョンを無視してはならない。その先に待つものはゲームオーバーだ」


 ゲームオーバー


 分かってはいたことだけれど、改めてそう言われると重く響いた。


 でもそうなんだよ。

 分かってはいたことなんだよ。


 だって最初のアナウンスで放置したら魔物が出てくるって言われてたんでしょ。それってつまり放置しないでちゃんと攻略しろってことじゃないか。それなのにどうしてダンジョン探索を妨げるようなことをする人が出てきちゃうんだろう。


「この世界の誰もが救済者のような人物とは限らないということだ」


 やっぱりこの人もボクのことを救済者って呼ぶんだ。

 恥ずかしいから止めて欲しいな。


「そしてもしも救済者のような人物だらけだったのならば、私のような存在がやってくることも無かったということだ」

「え?」


 もしかしてゲームマスターさんってとてつもなく重要なことを言おうとしてない?

 隠しボスは誰もがまともに会話が出来なくて、ほとんど教えてくれなかったのに。


 ボクらの緊張がまた高まったのを察したのか、ゲームマスターさんはにやりと笑った。


「おっと失礼。これは最初に言うべきだったな。私は君達が知りたがっていることを教えるためにやってきたのだよ」


 ということはもう焦らされないで済むの?

 正解が分からずなんとなくでダンジョン探索を進めなくても良くなるの?


 でもどうして今になって突然。


「私の想定よりも大幅に早くラストダンジョンを解放した褒美だとでも思ってくれたまえ」

「褒美?」

「そうだ。この世界の暦で今より数百年は先になるか、それより先にゲームオーバーになるのが有力だったからな。魔物のバグ行動というイレギュラーな要素があったとはいえ、これほどに短期間で条件をクリアしたのは驚嘆に値する」


 気になることが多すぎて困っちゃう。


 京香さんにバトンタッチしようかなって思ったりもしたけれど、皆してボクに任せるからこっちに振るな的な空気出してるんだもん。自分達だって聞きたいこと沢山あるくせにさ。ぷんぷん。


「何でも遠慮なく聞くが良い」

「そ、それじゃあ……」


 ゲームマスターさんのお話しをもう一度まとめると、想定していたよりも早くボクらがゲームクリアに近づいたから褒美として何でも教えてくれるってことだよね。

 それなら真っ先に聞くべきはこれかな。


「どうやったらゲームをクリア出来るの?」

「…………」


 黙っちゃった!

 やっぱり何でも聞いて良いってのは嘘だったんだ!


「ああ、いや、すまぬ。少々驚いたものでな。ダンジョンを生成した理由やクリアした条件などについて聞かれるものと想定していたのだ」

「だってそんなの後でも良いもん。もしも質問が一個だけとか、途中で終わっちゃうとか、その可能性を考えたら一番に知りたいのはこれからボクたちがどうすべきかだよ」


 ダンジョンを生成した理由を聞いても、それが皆を守ることにつながるとは到底思えないから後回しに決まってるじゃん。


「だが仲間達は他の事を聞きたがっていたようだがな」

「え? そうなの?」


 ちょっと京香さん目を逸らさないでよ!


「責めてやるな。『どうしてこんなことをしたんだ!』と開口一番に聞きたくなるのは当然の事だろう。救済者が例外なのだよ。良い意味でな」

「皆だってゲームマスターさんとこうしてお話ししていればボクと同じ質問をしたと思うよ」


 傍で聞いている立場だから自由な質問を考えてしまうだけで、ボクと同じ立場だったらきっと素直な質問じゃなくて皆の事を考えた質問をしてくれるに違いない。


「それより質問には……」

「答えよう」


 良かった。

 別の話に逸らされて誤魔化されているのかなってちょっとだけ思っちゃったよ。


「ゲームクリアの条件はシンプルにラストダンジョン最奥のボスを倒すだけだ」

「…………本当に?」

「疑り深いのは良い事だが、紛れもなく真実だ。だがボスを倒すと言っても簡単では無いぞ」

「ハーピアさんみたいな魔物が沢山出て来るとか?」

「流石にダンジョンの内容については公開しない」

「ですよねー」


 何でも聞いて良いとは言ったけれど、何でも答えるだなんて言ってないもんね。


「そもそもラストダンジョンには十個の封印ダンジョンを全て同時にクリアしなければ入れない」

「え?」


 もしかして封印ダンジョンって、ラストダンジョンを封印しているって意味なの?

 だからまずはその封印を解かなければダメなんだけれど、同時にクリアする必要があるなんて。


「全ての封印ダンジョンの最奥ボス部屋に挑戦者が入った時に、同時にボスが出現する。それら全てを撃破するとラストダンジョンへの挑戦権が得られるのだ」

「ということは、ボクが全部のダンジョンを攻略するってのは無理ってこと?」

「そういうことになるな」


 なんてこった。


 つまりボクが皆を鍛えて協力してダンジョン攻略を進めるっていう方針は正しかったってことなんだ。


 まさかボクのこの決断がラストダンジョン解放の条件だったりして……


 な~んて、ボクなんかの決意程度が影響するわけ無いよね。


「救済者のその決意がラストダンジョン解放条件を満たした最大の理由だぞ」

「ぷぎゃあ! なんで!?」

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