7. もう一つの真実
「ぴなこの野郎! 裏切ったな!」
四畳半ほどの狭い居室で荒れているのはギルド『ドラゴンズアイ』のマスター
日本に啖呵を切って脱出した悪田は中国に逃亡して匿ってもらっていた。
その当初こそVIP扱いされていたのだが、ここ最近の救の活躍により中国にとって悪田の価値が激減したため、みすぼらしい部屋に押し込まれる程に雑な対応をされるようになっていた。
『ちゃんと監視しておかないからそうなるのよ』
『だから処分しろと言ったのに』
スマホの向こうから聞こえてくるのは一人の男性と一人の女性の声。
それぞれ、ギルド『初心者の泉』のギルドマスター
「ヤツらのせいで出来なかったんだよ!」
ぴなこは悪田にとって知られてはならない情報を保持していた。だがぴなこはダンジョン探索をする上で貴重なスキルの持ち主であり、処分するのは惜しいと思い海外まで連れて来たのだ。
だがとある事情で悪田の価値が激減したことにより、中国政府は悪田達にこれ以上匿う価値が無いのだから自国のダンジョンで働けと指示をするようになった。その結果、ぴなこは中国の探索チームに入り活躍を始め、悪田の手の届かないところに行ってしまい監視することも処分することも出来なくなってしまったのだ。
その結果がぴなこの日本への帰国。
そして悪田の行いの暴露という流れになったのだった。
「くそくそくそ、中国にだって都合の悪い情報だろうに、どうして逃がしやがった」
『知らないフリしてれば良いだけだからじゃない?』
『全て君の責任にするつもりなのだろう』
いや、中国もぴなこを逃がすつもりは毛頭なかった。
中国のチームに入れたのも監視の意味合いが強く、死ぬまで強制労働してもらうつもりだったのだ。だがぴなこはその監視の目を掻い潜って密入国の形で日本に戻ってしまったのだった。
『それよりこれからどうするか決めたのかしら』
「どうもこうも、もう日本には戻れねぇよ。中国の連中は俺に最難関ダンジョンに入れってうるせえし、このままでは殺されかねん。逃げるのを手伝ってくれねーか」
悪田は日本で最強格の探索者だと言われていた。だがそれは装備と肉壁によってつくられたまやかしの情報だった。彼の本来の実力は上級ダンジョンの上層でどうにかソロで戦える程度のものでしかない。最難関ダンジョンになど放りこまれたら即死間違いなしだ。
それゆえ仲間である二人にこうして助けを求めているのだが……
『嫌よ』
『俺も拒否する』
「なんでだよ!」
あっさりと拒否されてしまった。
『これ以上あんたに絡んだらあたしの場所まで特定されかねないもの』
土鈴は誰にも逃亡先を告げず、この電話会議も辿れないような仕掛けがされている。悪田の助けをすることで自分の居場所がバレて日本に強制送還される可能性を考えると、到底協力など出来なかった。
『こっちに来たければ自力で勝手にこい。俺は金にならないことはやらないからな』
金野はレバノンに逃亡して金集めに精を出している。日本から逃亡したものの資産の大半は海外に預けており、むしろ資産が増えている。
金にならないことはやらない金野にとって、落ち目の悪田に手を貸す理由など何処にも無い。
「金になる案ならある。助けてくれたら教えてやるからさ」
『ならそれを中国政府に言えば良いのではないか? きっと助けてくれるぞ』
「うっ……」
悪田の言葉がとっさに出た嘘であることなど自明であり、金野が聞いてくれるわけも無かった。
『最難関ダンジョンを攻略すれば中国様に良くしてもらえるわよ』
『そうだな。俺も大分稼がせてもらってる』
土鈴も金野も逃亡先の国で最難関ダンジョンの攻略を指示され、悪野とは違って真っ当に実力のある二人は信頼を勝ち得ていた。
「ぐっ……」
だが実力の無い悪田はその手段を取ることが出来ない。しかも中国相手では実力があったとしても飼い殺しにされて自由を与えられる可能性は限りなく低い。
『お前と手を組んでいたのはお前に価値があったからだ』
『沢山稼がせてもらったものね~』
『だが今のお前には何も無い。むしろ付き合ってもマイナスしかない』
『そうね。ここら辺が潮時かしら』
「おい待てよ。まさか……」
『『さようなら』』
悪田の答えを待つまでもなく、無情にも電話は切れてしまった。
「ぬおおおおおおおお!」
スマホを床に叩きつけ、頭を抱えて蹲る。
「どうしてだ。どうしてこうなった。俺の作戦は完璧だったはずだ。なのにどうして……」
中国に逃亡したのも一時的なもので、直ぐに日本に戻る算段がついていた。
そしてその時にはより一層の栄光を手にしていたはずなのだ。
全てが狂ったのは、日本政府の行いが愚かであると世論に断罪されてしまったため。
洗脳と言っても良い程に探索者に対する風当たりが強かったにもかかわらず、その魔法が解けてしまった。
その原因となったのはもちろん。
「槍杉救いいいい!」
憎しみの炎を目にたぎらせ、会ったことも無い人物への憎悪を募らせるが、遠く離れた中国の地で自由が制限されている悪田には何も出来ない。
「あんな化け物がどうして日本にいやがるんだ!」
悪田とてシルバーマスクの存在は知っていたが、あそこまで強い探索者だとは思っていなかったのだ。それでも金野の助言により危険分子は排除するか取り込んでおきたいと考えて部下に探させていたのだが、神出鬼没のシルバーマスクを見つけることは出来なかった。
どうして悪田達がシルバーマスクを危険視していたのか。
「あの環境で俺達以外が強くなるなんてありえない。どんなズルをしやがったんだ」
どうして悪田と彼に近しい人だけが強くなれるのだろうか。
「それに腐った政界の連中が素直に諦めるとかどうなってやがる」
どうして日本政府の探索者迫害に嫌気がさして逃げた筈の悪田が、政界の悪人共が悪事を止めたことに憤っているのか。
「せっかくあのクズ共と手を組んでまでして日本最強の探索者の座に昇りつめたっていうのに台無しだ!」
悪田と政府が繋がっていたからだった。
探索者の権利剥奪の風潮が拡大し、政府が探索によって得られる利権をこれまで以上に拡大させようとしたのは、悪田の入れ知恵によるものだった。
その結果、悪田は協力報酬として莫大な金を手にいれ、同時に探索者から強引に没収した強力な装備などを回してもらい使い放題となった。実力は無いが強い装備に身を固めた悪田は、身寄りのない探索者などに声を掛けて肉壁として利用して、ついには探索最前線にまで辿り着いた。
テレビでは不自然にも『探索者は乱暴で粗忽者が多い危険な人間だが、悪田だけは命を懸けて最前線を探索している人格者だ』などと褒め称える。もちろんこれも悪田の協力者たちによるものだ。
一般探索者達は苦労して探索してもその成果を国に搾取され、カツカツの生活費でその日暮らしをしている人も多く、そのような環境で満足に探索して強くなれるわけがない。
一方で悪田は努力せずとも金もアイテムも強い装備も手に入り、名声も政府が上げてくれる。日本最強の探索者としての地位も名誉も思いのままだ。
やがて金の匂いを嗅ぎ取った土鈴と金野が協力を申し出て、より効率的な搾取の方法を考えてもらい、肉壁も提供してもらい、悪田の英雄ロードは順風満帆だと思われた。
だが悪人達の欲は尽きることなど無い。
政府の悪人達は悪田に利益を提供するのが惜しくなり、協力の見返りを減らそうとしたのだ。
それに激怒した悪田が反旗を翻して、ぴなこの件を利用して探索者を扇動して海外に逃げた。
探索者がいなければ探索による利益が得られないどころか、魔物が溢れ出て日本が滅んでしまうかもしれない。
焦った政府の人間は悪田達に頭を下げざるを得ず、そうなってから堂々と帰国すれば良い。そうすれば今度は自分達の立場の方が政府の連中よりも明確に上となり、より多くの利権を得られるはずだ。
一つ懸念があるとすれば、海外への逃亡案は中国政府からのアドバイスによるものであり、お礼として一部の利権を中国に渡さなければならないこと。それもまたどこかのタイミングで無視すれば良い話だと軽く考えていたのだが、事態は悪田が全く想像だにしない展開になってしまった。
「土鈴と金野もこうなるって分かってたなら教えろよ、クソが」
土鈴達は悪田の企みが長く続くものでは無いと分かっていたため、ある程度儲けたタイミングで逃げようと考えていたのだ。そのため悪田と一緒に中国には逃げず、あらかじめ用意していた逃避先へと逃げ出した。
つまりは元から見捨てる予定であり、その予定通りに見捨てられたというだけの話。
「どうにかして帰国してまた暗躍してやろうと思ったのに、ぴなこの野郎……」
政府の連中は悪田からの報復を恐れて、悪田の行いを誰にも言えなかった。だが全てを知るぴなこが日本へと戻り、探索者協会へ報告したことで全てが露見し、今では悪田の評判は焦土と化していると言って良い程に炎上していた。もう二度と日本に戻ることは出来ないだろう。
日本との繋がりが消え、利益を生めなくなった悪田など、中国にとってお荷物でしかない。
このままでは強引にダンジョン探索をさせられて消されるだろう。
その前に何かしら手を打たなければならないのだが……
「くそ、くそ、くそくそくそ! どうすれば良いんだ!」
そもそもが小悪党である悪田には起死回生の案など思い浮かばず、中国政府の人間によって四畳半の住処すら追い出されて、予定通りダンジョンに放り込まれるのであった。
「俺を誰だと思ってる! 日本最強の探索者の悪田組男だぞ! 離せ! 離せええええ!」
――――――――
一方その頃日本では。
「よくぞ我が願いに応え集まってくれた。汝たちは今日この時から白銀の勇者だ!」
「うおおおおおおお!」
「うおおおおおおお!」
「うおおおおおおお!」
「うおおおおおおお!」
「うおおおおおおお!」
「うおおおおおおお!」
「うおおおおおおお!」
どこぞのシルバーマスクがギルド創設挨拶でまたしても伝説を作っていた。
実に平和である。
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