6. 気にせず相談してくれて良いのに、水臭いなぁ。でもそこが京香さんの良いところだよね
「京香さん、ボクにギルド作って欲しい理由って他にあるでしょ」
「え?」
イベントが終わって控室に戻ってから、ギルドについて京香さんに聞いてみた。
「どうしてそう思うの?」
「だってボクがギルドに関わらないだけなら、作らないし入らないって宣言すれば良いだけでしょ。それに……」
「それに?」
「京香さんがボクに言いたくないことがある時って目を合わせても変にならないから」
「……そんなこと無いよ救ちゃん、はぁはぁ」
「あはは、わざとらしすぎるって」
京香さんは真面目な話をしている時ですらボクと目が合うと呪いが発動するのに、さっきも今もそうならなかったんだよね。そういう時はボクに気を使ってるタイプの隠し事をしてる時なんだって最近気づいたんだ。
「もう、どうしてそんなところばかり気付いちゃうの。自分がどう思われているかは鈍感なくせに」
「一言余計だって」
ボクだって少しは成長して皆の気持ちを理解出来ていると思わなくも無いんだからね。
「こうなったらしょうがないか」
「え?」
「ゆっくりお話し出来る場所に移動しよう」
以前ボクがおばあちゃんと初めて会った時に使った豪華な部屋へと移動することになった。
椅子がふかふかすぎて落ち着かないから、もっと普通の部屋でも良いんだけどな。控室の簡素なテーブルと椅子とか丁度良いのに。
「救ちゃんはVIPなんだからこの部屋でも失礼なくらいだよ」
「ぷぎゃっ!? だから心読まないでよ!」
それにVIPなんかじゃないよ、とも言いたかったけれどそれを言うとジト目になることが分かっているので我慢した。本当にVIPなんかじゃないのにな……
「救ちゃんがどれだけVIPなのかまだ分かってないなら教えないと」
「分かってるから、誤魔化さないでギルドの話をしてよ」
「あはは、バレたか。でも分かって無いよね」
「……今はその話じゃないでしょ」
「は~い」
今日は皆の気持ちを散々思い知らされたんだからこれ以上は止めてよ。
「でも正直なところ言いたくない」
「どうして?」
「救ちゃんに全く関係無い話で迷惑かけたくないから」
「京香さんが困ってるなら関係あるよ」
「もうそういうとこだぞ」
「ぷぎゃっ! 抱き着かないで!」
匂い嗅がないで、ほっぺたぷにぷにしないで、離れてよ!
でもいつもの呪われた感じじゃなくて、照れ隠しにわざと大袈裟に構って来ているような雰囲気があるから強引に剥がすのは忍びない。
京香さんがここまで遠慮するなんて、本当にどういうことなのだろう。
「ねぇ救ちゃん」
「なぁに?」
「本当に嫌な事だったら断ってね。私が困っているからなんて理由で救ちゃんが嫌なことをやるなんてことになったら私が嫌だよ」
「……うん」
「むぅ、やっぱりその顔は分かって無いよね。このお人好しモンスターめ」
「ほほひっはふのやめへ」
そう言われても、京香さんが困ったままだったらボク嫌だもん。
「京香さんやおばあちゃんが喜んでくれるなら、それは嫌な事じゃないよ」
「百万人に囲まれてお礼を受け取ってくれたら嬉しいな」
「ぷぎゃああああああああ!」
「やっぱり嫌なんじゃない」
どうしても無理な事ってあると思うんだ。
「京香さんのいじわる」
「ごめんなさい。でも嬉しい事しか言わない救ちゃんが悪いんだよ」
「悪い要素どこ!?」
「可愛すぎて悶えちゃう」
「ぷぎゃっ!? あ、また誤魔化そうとしてるでしょ!」
「バレたか」
だからそこまでして言いたくないことって何なのさ。
「さっきの話、本気だよ」
「え?」
「救ちゃんが嫌だと思うことはやらない。約束して」
「うん、分かった」
京香さんはボクの目をじっと見て来るけれど、呪われることは無かった。
というかそんなに見ないで。
慣れて来たけれどやっぱり恥ずかしくて逃げたくなるから……
「ふふ、可愛い」
「もう揶揄わないでよ」
「本気なんだけど……ってこれだとまた誤魔化してるって思われちゃうか」
京香さんは少しだけ目を閉じて深呼吸してから、ぽつぽつと語り出した。
「日本のギルドは探索者から信用されてないの」
「え?」
どういう意味なのだろう。
「大きくて有名なギルドが悪事を働いているって分かって、ギルドに対する印象が悪くなっちゃったの」
「でも悪いことしてたのはそのギルドだけなんでしょ? それなのにギルド全体が悪者扱いされちゃってるの?」
「今はまだ少し不審に思われている程度だけれど……」
「けれど?」
ここからが特に言いにくいのか、京香さんは一旦飲み物を口にして間を取った。
「救ちゃんは、この前土下座した女の人のこと覚えてる?」
「覚えてるも何も、あの人が何だったのか京香さん教えてくれないじゃん」
「ふふ、そうだったね」
教えてくれないから逆に気になっちゃって、むしろ忘れられないよ。
「あの人がとんでもない爆弾を持って来てね……」
「爆弾?」
「うん」
それがギルドに関係する話ってことなのかな。
「日本には大きくて有名なギルドが三つあってね、その三つともかなり酷いことやってるって分かっちゃったの」
「うわぁ……」
代表的なギルドが全て悪いことやってたら、確かにギルド全体に対する印象は最悪だよね。
「しかもその問題は隠しちゃダメなタイプのお話で、近いうちに公開する必要があるのよ」
「これからギルドの信用が無くなっちゃうってことなんだ」
「そうなの」
一体あの女の人はどんな爆弾情報を持って来たのだろう。
「あれ、でもあの人がギルド関連のお話を持って来たのなら、どうしてボクに謝ったんだろう。ボクってどこのギルドとも関係してないよ」
「あ~それはまた別件で一緒に話すとややこしくなるから後でね」
「……うん」
そっちも気になるけれど今は仕方ないか。
「探索者協会としてはギルドが正常に活発化してくれた方が助かるの」
「そうなの?」
「例えば『初心者の泉』っていうギルドがあって、ここが問題を起こして解散状態になってるんだけれど、初心者向けのダンジョン攻略情報を分かりやすくまとめて公開するって言う良い事もやってくれてたの」
確かにそれは初心者にとってはかなり助かると思う。
「本来は探索者協会がやりたいことなんだけれど、人手には限りがあるから……」
だから協会にとってもギルドの存在は助かるってことなのね。
「ギルド同士で良い意味で競い合ったり、同じ戦い方をする人たちで集まって情報共有したり、積極的に配信活動してダンジョンの情報を世間に提供したり、ギルドって本当は便利な集まりの筈なのよ」
でも有名なところがことごとく悪いことしちゃったから、ギルドに対する評判が悪化して、ギルド運営が滞ってしまっている。ただでさえ探索者が増えて大変なのに、ギルドっていうサポートが得られなくてその分の負荷が探索者協会にのしかかってるって所かな。
「だから救ちゃんにギルドを作って貰えれば、ギルドの悪いイメージが払拭出来るかなって思ったの」
「どうしてそうなるの!?」
「人助けの化身みたいな救ちゃんがトップのギルドなら皆が安心して入るでしょ。そして救ちゃんのギルドの活動を見た皆に、ギルドってやっぱり便利で大切なんだって気付いてもらえれば、他のギルドも活発化すると思うのよ」
それってボクが価値ある活動をちゃんとしないとダメってことだよね。
責任重大じゃないか。
「これが救ちゃんにギルドを作ってもらいたかった理由だよ」
京香さんの話はここで終わった。
正直なところギルド運営なんてボクには向いて無いし、無理だと思う。
でも……
「ギルドが信用を失ったのはボクのせいじゃないから頼み辛かったんだよね」
「…………」
「そしてボクを単に利用するなんて嫌だから、ボクのメリットを必死で考えてくれてるんだよね」
「…………」
「でもそれもただの言い訳だって思って、京香さんは黙ってるんだよね」
「…………」
「ぷぎゃっ!? 無言で抱き締めないで!?」
ボクの人助けを京香さんは評価してくれるけれど、京香さんも大概だと思う。
だって京香さんって別に探索者協会の人じゃなくてただの探索者なんだよ。それなのにギルドとか他の探索者の現状に心を痛めて、ボクに対しても遠慮して悩んで、滅茶苦茶良い人じゃん。
「でもどうして皆悪いことするんだろう」
特に探索者なんて、命を懸けてダンジョンを探索して世の中の皆を守ろうとする人達でしょ。そんな立派な人達がどうして……
「救ちゃんが思っている以上に、人の心ってのは難しいんだよ」
「そうなのかな?」
「うん。中には単純に悪い人もいるけれど、普通の人達がギルド運営で変わっちゃったケースもあるの」
「そんなことがあるの?」
「例えば『清純なる戦乙女』っていうギルドがあるんだけど、ここって女性探索者を守るって方針のギルドだったの」
「女性を?」
「ソロの女性探索者は男性探索者に狙われやすいから」
「え?」
それってつまりナンパとかそういうことだよね。
「ダンジョン内でそんなことするの!?」
魔物を警戒しなきゃならないダンジョンでそんなことするなんて信じられない。
「強い男性探索者が初心者の女性を指導する名目で、とかは探索者あるあるな問題だよ」
「そんなことがあるんだ……」
ボクには想像出来ない世界だよ。
そもそも引きこもってたから恋愛とかそういうの分からないだけかもしれないけど。
「『清純なる戦乙女』は女性だけで強くなろうと頑張ってたんだけど……」
「どうなったの?」
「強くなって増長して酷い女尊男卑を掲げるギルドになっちゃった」
「うわぁ」
皆を守るために頑張っていたはずなのに、男性を見返すことが目的にすり替わってしまったんだ。そんな悲しい事があるだなんて。
「ギルド運営って難しいんだね」
「本当にそう思う」
尚更、ボクには向いていない気がする。
でもだからと言って無視出来るわけがない。
「京香さん、ボクはギルド運営とか出来ないと思う」
「うん」
「だからボクの名前を使って良いよ」
「え!?」
お飾りのギルドマスター。
それでギルドの信頼が取り戻せて京香さんやおばあちゃんが喜んでくれるなら問題無い。
「でも救ちゃんそういうの嫌でしょ」
「うん。だから条件がある」
「条件?」
「ボクがやりたいことを本気で共感してくれて、ボクがお話しやすい人達で作るギルドにして欲しい。それなら罪悪感はあまり無いし、むしろ協力して貰えて助かるかもしれないし」
「救ちゃん……」
例えば双剣さん達とか、本気で強くなって皆を助けたいと思ってくれている人達が良い。
もしかしたら変わってしまう人もいるかもしれないけれど、それを恐れて逃げちゃダメな気がするんだ。だってボクは外で一人前の人間として生活出来るようになりたいから。そういう世の中の悪い所からも逃げないで成長したいんだ。
でも一つくらい甘えても良いよね。
「もう一つ条件があるんだった」
「なに?」
「その……」
「?」
「京香さんも一緒がいい……」
「救ちゃん!」
「ぷぎゃ!?」
全く、ギルドのルールにボクに抱き着くの禁止って入れようかな。
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