5. ぷぎゃらせ式ブートキャンプ(嫌)
「救様のおかげで探索者として生きて行けそうです。ありがとうございました!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
「ぷぎゃああああああああ!何これええええええええ!」
京香さんとの模擬戦が終わったら、忘れていた地獄の時間が待っていた。
広い訓練場のど真ん中で、皆に見られながら、ボクの前に一人ずつやってきてお礼を言われている。
それはそれとして、どうして皆『ありがとう』のところだけ全員で復唱するのさ。
そういうの心臓に悪いから本当に止めてよ。
「あの、それで、少ないですがこれ感謝の気持ちです」
「ぷぎゃあ……」
今でも反射的に要らないと言ってしまいそうになるけれど、それは感謝を受け取らないという意味になるからと必死に自分に言い聞かせて耐えた。
「これは?」
小さな手提げ袋に入った何かを渡された。
「指輪です!」
「ぷぎゃっ!? お礼の品にしてはおかしくない!?」
「そうですか? 価値のある貴金属なら変じゃないと思ったのですが……」
「そういわれると……そうなのかな?」
「ちょろい」
「聞こえてるよ!」
高価な物をボクに無理矢理受け取らせようとしないでよ。
どうせこの指輪だって凄い高かったり想い出の品だったりするんでしょ。
そういうのはもうたくさんだ!
「今のはあまりぷぎゃらなかったな」
「意味不明的なニュアンスの驚きが混じっちゃったんだろうな」
「分かりやすく高価な物がぷぎゃり度が高いっぽいぞ」
「でも車の反応はいまいちだったじゃないか」
「これまでで一番は母親の形見だったしな」
「あのぷぎゃり度を超えるのは難しそうだわ」
皆がヒソヒソ話している内容も不審だし、やっぱり皆ボクを揶揄ってるでしょ。
次また変なお礼を持ってきたら、強引に終わらせようっと。
「次の方~」
「はい!」
凄い背が高くてがっしりした体つきの男性が入って来た。
ボクと違って見るからに強そう。
「ずぐいざまぁ」
「ぷぎゃ!?」
入ってきた時は格好良かったのに、ボクを見るなり滂沱の涙を流して跪いたんだけどなんでさ!
「ありがどう、ございばずー!」
「そんなに感謝しなくて良いから。ほら立ってよ」
これまでも土下座したり跪いた人がいたけれど、ボクが止めてってお願いすると大抵の人は立ってくれた。でもこの男性は頑なに止めなかった。
「でぎばぜん。ずぐいざまは母をだずげでぐれたがみざまずがら」
「お母さん?」
「はい」
この人のお母さんってことはそれなりの年齢の人だよね。
流石にダンジョン探索をしているとは思えないし、かといってボクは外で
「ずぐいざまのおうたで、大怪我で死にがげでいた母が治ったのでず」
「…………」
歌ってことはハーピアとの戦いの時の話か。
あの時のボクの歌の影響で、多くの人の怪我が治ったっておばあちゃんから聞いている。この人のお母さんもあの時に治ったんだね。
「良かったね」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ぷぎゃああああああああ!」
急にどうしたの!?
「ずぐいざまにそのようなおごどばを頂けるなんて
「大袈裟だよ!」
良かったねって言っただけなのにどうして。
「手を組まないで祈らないで崇めないでボクはごく普通の一般人だからさ」
「ずぐいざまは俺にとってがみざまでず!」
「ぷぎゃあ……」
否定したいけれど、家族の命を救った相手として感謝されていると思うと強くは言えない。ふわっとした感謝よりもこういう具体的で重い感謝が一番どう受け取って良いか分からず困る。
しかも相手が子供とかならまだ分かるけれど、めっちゃ強そうな見た目の大人の人にやられると場違い感が強くて更に困るよ。
「ぐすっ……失礼しました」
号泣してた男の人はひとしきり泣くと、照れくさそうに立ち上がった。
「救様へのお礼ですが、高価な物や貴重な物は困らせると思い別の物を用意致しました」
「え!?」
「……もしかして高価な物の方がよろしかったでしょうか」
「そういう驚きじゃないから! むしろすごくありがたいから!」
この人はとても良い人だ。
他の人もこの人を参考にしてね。
「どうか私の命をご自由にお使いください!」
「ぷぎゃああああああああ!」
全然良い人じゃなかった!
むしろ一番貰いたくなかったものだよ!
「お母さんが悲しむよ」
「いえ、これは母の願いでもあるのです。救様に命を懸けてお仕えせよと」
「お母さん何言ってるの!?」
それに仕えるとかっていつの時代の話なのさ。
ボクは殿様とかじゃないんだよ。
「その手があったか!」
「どうして気付かなかったのか」
「確かに救様になら全てを捧げられる」
「今からでもお礼変更してこようかしら」
「日本中が救様の僕になる日は近いな……」
こら!参考にしちゃダメ!
「お願いだから自分のために生きてよ」
「救様のために生きることこそが至上の喜びでございます」
「ぷぎゃあ……」
ダメだ、京香さんが呪われている時と同じような目になっている。
こうなったらボクがどれだけ言っても心変わりしない。
「仕えられてもやってもらいたいこと無いよ?」
「最難関ダンジョンの掃除でも反救様勢力の排除でも隠しボスに対する肉壁でも何でもやります!」
「わぁ怖い」
命は大切にしないとダメだよ。
いつでもエリクサーを使えるわけじゃ無いんだからさ。
「じゃあ普通に探索者をして、困っている人がいたら助けてあげて」
「はい!」
「だから手を組まないで祈らないで崇めないで!」
全くもう、恥ずかしいなぁ。
「京香さん、そろそろ終わりにしても……」
「ダメ。沢山傷ついて強くなるんでしょ」
「ぷぎゃあ」
だって嫌な予感がするんだもん。
「お礼に私の体を使って下さい!」
「何でもしますから!」
「実験台にでもしてください!」
「救様のために死ねるなら本望です!」
「ぷぎゃああああああああ!」
やっぱり皆があの人を真似し出した。
こういうの良くないと思います!
結局ボクは百人近くからお礼を言われて、無茶なお礼を渡されそうになった。
精神が摩耗して今すぐにでもスキルで回復させるか寝るかしたいくらい疲れている中、ようやく最後の一人となった。
その人はボクより少しだけ年上の探索者の女性で、他の人と同様に泣いたり崇めたりオーバーアクションでボクを揶揄いつつお礼を言って来たのだけれど、最後だけが少し違っていた。
「救様のギルドの秘書をやります」
「え?」
まるでボクがギルドを作ったかのような物言いだけれどそれは変だ。
「ボクはギルドに入ってないよ?」
だってギルドに関することなんか何もやってないから。
「でもそろそろ作るつもりですよね?」
「え?」
「え?」
ボクを揶揄っているという感じでは無くて、本気でそう思っているみたいだ。
「どうしてそう思ったの?」
「探索者を鍛えたり物品を無償で提供したりしてますので、探索者育成ギルドのようなものを作る予定があるのかと思ってました」
「いやいや、無いよ。そういうのは探索者協会に任せてるし」
指導くらいは時々やるけれど、それ以外は協会任せだよ。
「それにボクみたいな若い人がギルド作るなんて変だよ」
「そんなことないですよ。若い人がリーダーのギルドも結構あるんですよ」
「そうなの?」
「はい」
でもそういうのは若い人達で集まったギルドだから成り立ってるんだよね。
それにそもそもボクはギルドとか向いて無いし。
「ボクは皆が知っている通りコミュニケーションが苦手だからギルドは無理だよ」
「手助けします!」
「え?」
「救様はこれまで通りにご自由になさってください。救様が何かやりたいって思った時に自由に私達を使ってくれれば良いんです」
「ぷぎゃっ!? そんな失礼な事出来ないよ!」
それじゃあ便利な小間使いとして利用するみたいな感じになっちゃうじゃん。
ギルドとか詳しくないけれど、そういう自己中心的なリーダーが率いる組織が上手く行かないことくらいは知ってるんだからね。
「失礼だなんてとんでもない。救様は先程から私達の気持ちを受け取って下さっているじゃないですか」
「ぷぎゃっ!? 受け取るってまさか……」
「何でもしますから!」
「ぷぎゃああああああああ!」
そこに繋がるの!?
確かにそう言われたけれど、ボクの我儘を実現するだけのギルドとかあり得ないでしょ。
「はいそこまでー」
「京香さん?」
これまで黙って見守っていた京香さんが入って来た。
ボクの暴君ギルドなんて作っちゃダメだって説得してくれないかな。
「まさかここでそのお願いをする人が出て来るとは思わなかったからびっくりしちゃった」
「すみません……」
「咎めている訳じゃ無いのよ。私も救ちゃんにギルドを作らないかって誘おうと思ってたから」
「ぷぎゃ!?」
どういうこと。
まさかこの件でも京香さんはボクの味方じゃないの!?
「ただ、どういうギルドにしたら良いかアイデアがまとまらなくて、まだ話をしてなかったの」
「どういうギルドも何も、ボクはギルド作る気は無いよ」
「もちろん無理強いするつもりは無かったよ。でも彼女みたいにギルドに関する話をする人が出てくるとなると対処せざるを得ないかなって」
「すみません……」
「だから咎めている訳じゃ無いのよ。むしろこれまで救ちゃんの耳にギルド創設希望の話が良く入らなかったなって驚いているくらいなんだから」
それってつまり、ボクにギルドを作って欲しいっていう要望が沢山出ているってこと?
そんなまさか。
「救ちゃんがギルドを作ってそこに入れば救ちゃんとお話出来るかもって思う探索者は山ほどいるよ」
「まっさか~」
「今日のこの様子を見ても本当にそう思う? これまであれだけお礼を言われて本当にそう思う?」
「…………」
正直なところ、たくさん人が集まるかもしれないとは思ってる。
ここまで感謝され続けたら流石に少しはそう思うよ。
「だから形だけのギルドを作って救ちゃんのギルドに入れたことで満足してもらおうかなとか、でもそれだと救ちゃん優しいから気にして色々とやろうとして空回るかもしれないなとか、どうしようか色々と考えてたところなの」
「そうだったんだ……」
確かにそれだとボクはギルドマスターとして何もしないことが気になって何かをやろうとして失敗しちゃうかも。京香さんはボクのことを良く分かってるや。
「救ちゃんがギルドを作れば彼女みたいなギルドを作りませんかっていう勧誘も減るかもしれないけれど、現状では大したトラブルにもなってないし急いで話を進めなくても良いかなとは思ってるの。だからごめんなさいね、救ちゃんがやりたくないって言っている以上、しばらくはギルドのお話は……」
「はい、分かりました。こちらこそ困らせてしまい申し訳ありません」
結局、京香さんがボクにギルドを作って欲しいって思っていたのは、ボクにギルド創設願いが大量に来るのを防ぐためだったってことかな。
本当に?
だってそれなら、ボクは何処のギルドにも入らないし作りませんってはっきりと宣言すれば良いだけの話だよね。
他にも理由があるかもしれない。
後で京香さんに聞いてみようっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます