4. ぷぎゃみ式ブートキャンプ(普)

 何が救済者よ、馬鹿馬鹿しい。

 あんなの嘘に決まっているじゃない。


 極東の、しかも探索者を蔑ろにし続けていた日本に最強の探索者が出現するなんてあり得ないわ。


 幼い見た目の探索者が強敵を倒したとなれば世界中から注目を浴びることになる。

 アレはそれを狙ったフェイク動画に違いない。

 探索者を道具としか見ていない日本ならばやりかねない愚行よ。


 真面目に探索している私達を侮辱しているのだから許せるわけがない。

 幸いにもイングランドはダンジョン探索が順調でしばらく私が抜けても問題無い状況だから、私が世界を代表して日本に赴いて真実を明らかにしてやるわ。


 そう思って意気揚々と日本に乗り込んで来たのだけれど、何ら抵抗なくすぐに模擬戦が実現することになるとは思わなかった。貴方達の嘘がバレてしまうけれど本当に良いのかしら。


 ……まさか嘘じゃないなんてことは。


 ないない。

 あり得ないわ。


 ……でももし本当だったら。


 だから無いって。

 これでも私は『勇者』を除いて世界でトップクラスの探索者なのよ。

 『勇者』相手とだって良い勝負が出来るのだから、どんな相手だろうと負けるはずがないわ。


 案内された場所でスクイ・ヤリスギの様子を確認する。

 生で見るとよりプリティに見えるわね。

 あんなにプリティな子を担ぎ上げるなんてこの国は本当に酷いわ。


 でも全くのお飾りというわけではないようね。

 探索者を圧倒して指導しているようだけれど、少なくともあの動きにはトリックは無さそうだから。

 まぁ、相手があれだけ弱いと参考にならないし、あの程度の指導が出来る探索者なんてこの世界に山ほどいるから参考にはならないか。


 それにしても日本の探索者のレベルがここまで低いとはね。

 流石ダンジョン後進国。

 イングランドなら初心者だってもっとまともな動きするわよ。


 腐った国にはゴミみたいな探索者しかいないってこと。


 あら、もう私の番なのかしら。

 それじゃあせいぜい楽しませてもらうとしましょうか。


 貴方達の偶像アイドルが無様に這いつくばる姿を見て、己の弱さと愚かさを自覚しなさい。




 待ってもう無理!

 こんなっ、かはっ、まっ、やめっ。


 開始の合図と同時に天地がひっくり返ったかと思ったら、上空から見えない何かで連打されて地面に縫い付けられたかのように体を動かせない。

 魔法を放って反撃しようにもダメージが大きすぎて全く集中出来ない。


 これじゃあサンドバック状態じゃない。

 私がこんな子供なんかに一方的にやられるなんてそんな馬鹿な!


 私が何も出来ないとでも思ったのか、スクイは攻撃を中断して後ろの女と会話を始めた。


『京香さん、このくらいで良い?』

『もっともっと』

『でもこれ以上やったら大怪我しちゃうよ』

『う~ん、じゃあエリクサー使っても良いよ』


 チャンスだわ。

 油断して話なんてしてるからよ。


 一気に飛び上がり上空のスクイの元へ近づき一撃を……


「かはっ」


 今のは何?

 スクイの右手がブレたかと思ったら猛烈な衝撃と共にまた地面に叩きつけられた。


『本当に大怪我させて大丈夫なの?』

『大丈夫よ。救ちゃんに徹底的に鍛えて欲しいってお願いされてるの』

『そうなんだ』


 スクイがこっちを見て嗤っている。

 とてもプリティなのに、何故か巨大な鎌を持った死神に見えた。


「馬鹿にして!」


 どれだけ力を入れてこの場から逃れようとしても、謎の連打が逃してはくれない。

 一撃一撃の威力がとてつもなくて、私じゃ無かったら死んでもおかしくない。


 まさかこれほど圧倒されて手も足も出ないなんて。


 認めるわ。

 どうやらあの動画は真実だったってわけね。


 だからといってこのままやられっぱなしで終わるなんて思わないことね。

 こうなったら奥の手を使ってせめて一撃だけでも……え?


 連打が止まったと思ったら、逃げる間もなく体がサクッと斬られる音がした。


「きゃああああああああ!」


 ……

 …………

 ……………………


 あ、あれ?

 私、生きてる?


 全身がバラバラになった気がするんだけど。


『はい、これで治ったよ』

「ひいっ!」


 顔だけ起こすと、スクイが地面に降りて空瓶を回収していた。

 あれはスクイの動画で何度か見たことがある。


 まさかこの子、私を殺しかけてからエリクサーを使ったの?

 あのエリクサーも本物だったの?


『それじゃあ続きをやろうか』

「え? きゃああああああああ!」


 わ、わ、私の右腕が吹き飛んだ!

 どうして、なんで、え、そんな。


『ほらほら、動揺してないで攻撃しないと』

「ぎゃああああああああ!」


 今度は左手がががが。

 血がぷしゃーって、ぷしゃーって、痛すぎて逆に気絶出来ないやつ!


 死んだ。

 今度こそ死んだ。


『はいどうぞ』


 あはは、すっごーい。

 両手が生えてくる経験なんて人生でこれっきりよね。


『じゃあ次』

「私が悪かったからもうやめてください!」


 お願いします。

 もう無理です。

 プリティな顔してこんな拷問するだなんて酷い。


『京香さん、この人何か言ってるけれど』

『もっと激しくやって下さいって』

『でもストップって言ってるように聞こえるよ?』

『そんなにぬるい指導は止めてって言ってるの』

『へぇ、そこまでして強くなりたいんだ。よ~し、ボク頑張っちゃうよ』


 いやああああああああ!


――――――――


 結局あの人、全然抵抗してこなかったけれどあれで良かったのかな。

 耐久力だけはかなり向上していると思うけれど、少しでも抵抗すればもっと沢山成長したのにな。


 自分から鍛えて欲しいってお願いして来たのに変なの。

 ああ、もしかしたら耐久力だけを鍛えたかったのかも。


「お疲れ様」

「京香さん、あの人は?」

「控室で休んで貰ってるよ」

「そっか」


 外国の探索者さんって初めて会ったけれど、あの人ってどのくらい強い人だったのかな。京香さん程じゃないと思うけれど、攻撃ほとんどしてこなかったから分からないや。


「あれがぷぎゃみ式ブートキャンプ……」

「えっぐ」

「何回か死んでたよな」

「どうりでスプラッタすぎて配信出来ない訳だ」

「あれを続ければ救様みたいに最強になれるんだってさ、お前やって見たら?」

「俺にはまだ早いよ、お前こそやってみたら」

「いやいや俺だってまだ早いよ。お前ならもういけるって」

「無理だって、やっぱりお前が先だよ」

「…………」

「「そこはお前が『それじゃあ俺が』って言う流れだろ」」

「どうぞどうぞなんて言わせねーよ!?」


 さぁ~て、次の相手は誰かな。


「京香さん、ボクは特に休憩いらないから次の人呼んで大丈夫だよ」

「もう来てるよ」

「え?」


 辺りを見回してもそれらしき人は居ないよ。

 隠れている気配も無いし、どういうことだろう。


「私とやろうってことだぜ」

「ああ、なるほど」


 京香さんが相手ってことか。

 ここしばらく京香さんの特訓に付き合ってなかったから、どれだけ強くなったのかを知るのが楽しみだ。


「今日こそはぶちかましてやる」

「あはは、楽しみ」


 京香さんは初めて会った時と比べるとかなり強くなった。

 ボクが鍛えたからっていうのもあるけれど、ボクがいなくても鍛錬を怠って無かったらしい。


 力だけなら限界近くまで上がっているように見えるし、本当に楽しみだ。


「よしやるぞ」

「うん」


 京香さんは軽い合図と共に真正面からボクに向かって突撃し、シンプルな右ストレートを繰り出して来た。フェイントも何も無いその一撃は力比べをしようとの意思の表れ。ボクはその右拳に合わせるように右ストレートで返答した。


「っ!」

「っ!」


 重低音の激突音が鳴ると同時にピリピリと空間が痺れるような感覚がする。いつもはボクが京香さんの拳を破壊しちゃうんだけれど、今回はお互いの拳が拮抗したまま動かない。


「よっしゃ!」

「やるね!」


 やっぱり力だけなら互角だ。


「続けて行くぜ!」


 ここからは本気の勝負。

 京香さんはいつもの大剣スタイルとは違って格闘戦で攻めてくる。


 ジャブからのローキックを飛んで避けたら間髪入れずにハイキック。腕でガードしながら大きく横に飛ばされると京香さんもついてきて手刀での鋭い突き。それを体を捻って躱しながら突きの腕ごと掴んで体を地面に叩きつける。

 京香さんは倒れたまま足払いでボクのバランスを崩すと掴まれた腕を逆用して引き寄せて頭突きをしてきた。それを躱すと上手く体を入れ替わられてボクが下になりそうだったので、一旦全力で飛びのいた。

 起き上がった京香さんは攻め手を緩ませずにスキルを駆使した高速移動でボクになんとかして一撃当てようと様々な攻撃をしてくるので、時折ガードしながら受け続ける。


 力以外はボクの方がまだ上だし、戦闘経験もボクの方があるからまだまだ簡単には喰らってあげないよ。


「はぁっ、はぁっ、チクショウ」


 最難関ダンジョン深層攻略は、パラメータが全体的に限界ギリギリまで上昇したとして安定して攻略できるところでは無い。高レベルの多くのスキルを覚える必要があり、京香さんは特にそこが足りてない。


「なぁ、今の見えたか?」

「見えたには見えたが、追うのがやっとだわ」

「拳がぶつかる音じゃないと思うんですが」

「アレが人間を辞めたレベルの人達の戦いか」

「俺もいつか……」

「ブートキャンプやるのか?」

「あそこまでならなくて良いや」


 そうだ、せっかくだからアレを試してみたいな。


「京香さん、この後ってまだ予定ある?」

「いや、私で最後だぞ」

「じゃあもう一戦やらない?」

「おう、もちろんだ」


 でもやるのはさっきと同じ訓練じゃない。


「ボクの限界突破スキルって他の人にもかけられるけれど、京香さんにかけてみたいんだ」

「なん……だと……?」


 京香さんの力は限界まで到達している。

 それ以外のスキルはまだまだだけれど、ボクがバフをかけると限界まで到達する。


 だったら限界突破スキルと組み合わせれば京香さんも限界の先を体験できるはず。

 そうなった京香さんを相手に戦ってみたかったんだ。


「良いぜ、やろうやろう!」

「それじゃあ行くよ。限界突破とバフもりもりどうぞ!」

「ぬおおおおおおおお! す、すげぇ。これが限界の先!?」


 分かる分かる。

 ボクも限界突破した直後はそんな感じだったよ。


「救、早く、早くやろうぜ」

「うん、いつでもどうぞ」

「オラアアアアアアアア!」


 京香さんはさっきとは比べ物にならない速さでボクに近づき、そのまま通り過ぎて後方へと移動した。


「あ、あれ?」

「あはは、最初はそうなるよね」


 感覚通りに体が動かなくて大袈裟な動きになっちゃうんだ。

 でもすぐに慣れると思うよ。


「おお、おお、こりゃあすげぇや。オラオラオラオラオラアアアアア!」

「あははは、たーのしー」


 避けてみたり、敢えて受けてみたり、拳を合わせてみたりと色々と試してみる。

 体を動かすって気持ち良いよね。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「全く見えねぇ」

「攻撃がぶつかるだけで地面や壁にヒビ入ってるんだけど」

「漫画の世界かな?」

「マジで人間辞めてらぁ」

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