3. ぷぎゃみ式ブートキャンプ(緩)
「京香さん、ボクもう十八歳だよ。京香さんと同い年なんだよ」
「うんうん、そうだね」
「その反応絶対に分かってない!」
飯能ダンジョンでぴなこさんって人がボクに土下座した後、京香さんは彼女を連れて探索者協会へ戻って行った。後で話を聞こうとしたら『子供にはまだ早いから』って言われたの。酷いと思わない?
「彼女の事は私に任せて」
「それは良いんだけどさ」
彼女の事は京香さんとおばあちゃんに任せておけば大丈夫だって思ってるけれど、ボクが気にしてるのはそこじゃないんだよ。
「実際、かなり大事になってるから裏を取るまでは言えないの。ほら、救ちゃん配信でポロっと言っちゃうかもしれないでしょ」
「だからボクが気にしてるのはそっちじゃなくて子ども扱いしないでってこと」
「それじゃあ今日はよろしくね」
「スルーしないでよ!」
ぷんぷん。
「そういうとこよ」
「え?」
「何でもない」
待ってまだ行かないで、話は終わってないから。
「ほらほら、皆待ってるよ。これ以上は誤魔化されてあげないからね」
「ぷぎゃあ……そういうんじゃないもん」
嘘です。
時間稼ぎしてました。
だってこの控室の先で多くの人が待ってるから。
人から見られることに慣れて来たけれど、今日はいつもとは比べ物にならないくらいの人の数だ。それこそ、ボクの配信を見ている人が実体化するかのような……怖い怖い、そんなこと考えたくもない!
「それじゃあ大丈夫ってことだよね。さぁ行こう」
「ぷぎゃああああああああ! 引っ張らないで!」
京香さんったらボクを力で押さえつけられるようになったことが分かってからは、強引さが増した気がする。掴まれた腕を振りほどけない。
「どうしても嫌なら止めるよ?」
「…………ううん、やる」
一度やるって決めたのに撤回したら皆が悲しむだろうから。
信じられないけれどボクなんかを見に来てる人が多いらしいし。
「でもお願いしたこと本当にやってくれたんだよね?」
「もちろんだよ」
「本当に本当?」
「本当」
「本当にお礼言われない?」
「言われないよ」
今日来てくれた人に、お礼を言わないで欲しいってお願いして貰ってたんだ。
だって多くの人に囲まれてお礼を言われるなんて耐えられないもん。
「さぁ行こう」
京香さんは僕の腕から手を離し、今度は手を握ってゆっくりと前に引いて行く。
前方から響くざわめきが徐々に大きくなり、体が勝手に震え出す。
がんばれ、がんばれボク。
これを乗り越えればコミュ障がもっとマシになるはずだから。
『わあああああああ!』
「ぷぎゃああああああああ!」
とてつもない歓声に驚いちゃった。
円形の広場を囲うように作られた観客席には大量の人が居て、その全ての人がボクを見ている。
「救様だ!」
「救様ー!」
「うわ、うわ、本物の救様!」
「超かわいい!」
「会いたかったー!」
「すーくーいーさーまー!」
こ、怖い……
「がんばれ、救ちゃん」
「う、うん……」
ここはお台場にあるSTF (探索者訓練施設)。皆がいるのは本当は観客席じゃなくて訓練状況を上から確認するための場所であって、人が入るスペースはあまりない。今日は百人くらいしかいないらしいけれど、ボクにとっては百人"も"だよ。
あれ、冷静に考えたら百人もボクを見たいだなんてありえない。
そうだ、きっと皆はボクじゃなくて京香さんを見に来てるんだ。
京香さんって大人気だもんね。
皆は京香さんを見に来てる。
皆は京香さんを見に来てる。
皆は京香さんを見に来てる。
「皆、救ちゃんを見に来たんだよ」
「どうしてそう言う事言うの!」
「救ちゃんが注目されてるって意識しないと練習にならないよ?」
「うっ……そうだけどさ……」
それなら今日の『仕事』の方に集中しよう。
探索者の戦闘訓練の相手になるのがボクの今日のお仕事だ。
最近はダンジョンでやることが無いからもっと体を動かしたいって京香さんに相談したらこの仕事を紹介してくれたんだ。
まさかボクのコミュ障を治すために観客を入れるなんて予想外だったよ。
「京香さん、今日の訓練相手は……」
「その前に」
「どうして羽交い絞めするの!?」
嫌な予感しかしないんだけど!
「救様ありがとう!」
「助けてくれてありがとう!」
「ぷぎゃああああああああ!」
今日はお礼は無いって言ったのに!
「ありがとう!」
「救様のおかげで俺達報われた!」
「救様が探索者も救ってくれたんだよ!」
「ほんどうに、ありがどう!」
「救様は探索者にとっても救世主です!」
「ぷ神様!」
「救様!」
「ありがとー!」
ぷぎゃあ……
どうして皆そんなにお礼言うの。
号泣とかしないで。
ボクはただ探索者として探索してただけなのに。
「京香さんの嘘つき」
「救ちゃんのためなら嘘だってつくよ」
「ぷぎゃあ……」
「もっともっと自分がやったことを理解しないとね」
理解してない訳じゃ無いんだよ。
ただ皆の気持ちをどうやって受け止めて良いか分からないんだよ。
「どやってれば良いんじゃない?」
「出来るわけないでしょ!」
「そこでしないから慕われるんだよ」
「そうなの!?」
ボクが皆を助けてやったんだぜ、どや。
うん、ボクには無理だ。
「もう良いでしょ。離してよ」
「後でちゃんと一人一人会ってお礼受け取る?」
「ぷぎゃ!?」
「もちろん言葉だけじゃないよ」
「ぷぎゃああああああああ!」
京香さん酷いよ、ぐすん。
皆ったら大金とか家宝とか渡しちゃダメなもの渡そうとするんだもん。
そんなの受け取ってどうすれば良いのさ。
結局、高価な物は受け取らないことを条件で皆とお話することになっちゃった。
――――――――
『よろしくお願いします!』
「よろしくね」
最初の相手は短剣使い、格闘家、弓使い、魔法使いの女性のみ四人パーティー。
ボクも緊張しているけれど、この四人もかなり緊張しているみたい。
皆に見られながら模擬戦とか緊張するよね。
「彼女達は初級ダンジョンに慣れて中級ダンジョンに向かうか迷っているレベルの実力だよ」
京香さんは模擬戦の前にこうして相手について説明してくれる役だ。
「実力の確認がメインで重症なし」
鍛えるというよりも、中級ダンジョンで通用するか確認して欲しいって感じかな。
「別に重症になってもエリクサー使えば治るけど?」
四人がビクっと少し震えた気がする。
怪我を恐れてちゃ強くなれないよ?
「救ちゃんがアイテム使って相手を治したら、使った分の代金を救ちゃんの口座に入金するからね」
「ぷぎゃあ! どうして!?」
たくさん余ってるんだから別に良いじゃん。
「いいから怪我させないようにやること」
「ぷぎゃあ……」
仕方ない。
ボクだって誰もが傷ついて強くなるべきだなんて思ってないもん。
実力に見合ったダンジョンでコツコツと探索することだって大事なことだから。
「それじゃあはじめよっか」
『はい!』
ボクの合図で彼女達は前衛と後衛に別れてスムーズに戦闘モードに入った。
皆に見られているこの異様な雰囲気でもすぐに行動に移ったのは高評価だね。
ダンジョンでは余程の実力が無い限りは油断したらダメだから。
格闘家と短剣使いが前衛なんだ。
「はっ!」
「シッ!」
へぇ面白い。
コンビネーションで攻撃を途切れさせない作戦かな。
訓練用のナイフで捌きながら彼女達の様子を観察する。
ちなみにダンジョン産の武器は外では使えないから、ここで使っているのは模擬戦用に作成したレプリカだ。
弓使いの女性はバッファーでもあるらしく、こちらを弓で狙いながらも前衛二人にバフをかけている。魔法使いの女性もこちらに魔法を放つタイミングを伺ってる。
「おっ」
前衛の二人が同時にボクから距離を取ったかと思ったら弓と魔法の炎が飛んで来た。
今の合図してないよね、どうやったんだろう。
弓と炎を軽く受け流したら、今度は格闘家と弓使いの女性がコンビで攻めて来た。短剣使いの女性はボクが二人に気を取られている間に背後を取りたいのかな。面白い作戦だけれど、実力差がある相手には効果が薄いよ。スピードに自信があるのは分かるけれど、せめて隠蔽系スキルを使った方が良いと思う。
「それじゃあそろそろボクの方からいくね」
中級ダンジョン希望ならこのくらいかな?
「きゃああああ!」
「うわああああ!」
「かっはっ……」
「まってまってまってまって」
あ、やりすぎちゃった。
その後も適度に手加減しながら実力を確認してあげた。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ」
「よし、もう一段階スピードアップするよ」
「待って、もう無理です」
「無理って思ってからが頑張りどころだよ」
「ひえっ」
「これがぷぎゃみ式ブートキャンプ……」
「その呼び方止めて!」
まったく、誰が言い出したのさ。
「私達の実力はいかがでしたでしょうか!」
「え?」
いっけない、夢中になってつい鍛えようとしちゃってた、てへ。
「搦め手への対応も出来てたし戦闘に関してだけなら実力的には申し分ないと思うよ。ただ耐久力に不安があるから念のため攻撃力が高い魔物が出るダンジョンは慣れるまで控えた方が良いかも」
「分かりました! ありがとうございます!」
少し時間がかかったけれど、これで彼らとの戦いは終わり。
この後も、いくつかのパーティーを相手に模擬戦を行って気付いたことを教えてあげたり実力アップのために負荷をかけてあげたりした。
「あれ?」
次のパーティーが入って来たかと思ったら、入って来たのはたった一人だった。
しかも金髪の外国人の女性だ。
『Hi!』
うわ、英語だ。
どうしようボク英語の成績はそこそこだけれどお話出来ないよ。
「おい、あれってまさかイギリスの」
「いやいや、こんなところにいるわけないだろ」
「でもそっくりだぜ」
「雰囲気もめっちゃ強そうだしやっぱり本物?」
「救様に挑みに来たとか」
「ありえる」
観客の皆もざわついている。
有名人なのかな。
「あの、京香さん?」
こういう時は京香さんに聞いてみる。
「全力で倒してあげて」
「え?」
「全力で倒してあげて」
「ちゃんと聞こえてるよ!」
そうじゃなくてボクが全力を出したらまずくない?
「圧倒して倒してくれればそれで良いから」
「京香さん目が怖いよ……」
でもそれじゃあ訓練にならないよ。
「ここで彼女を徹底的に叩きのめせば、この先変な人に絡まれる回数が減るかもよ」
「本当!?」
「うん、多分ね」
どうしてそうなるのか分からないけれど、ボクが絡まれにくくなるならやろうかな。
それにこの女性の日本人探索者を見る目つきが、侮辱しているかのようで気分が悪いし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます