2. どうしてボクだって分かるのさ!

「皆頑張ってるなぁ」


 ソロでギリギリの戦いをしている人もいれば、パーティーで念入りに話し合いながら慎重に進めている人達もいる。

 人が多すぎて魔物の奪い合いになりかけているけれど、諍いが起きる気配は全く無い。


 ここは埼玉県の飯能ダンジョン。

 登山道がテーマの自然豊かな中級ダンジョンで、休日というのもあってか探索者達でとても賑わっている。


「あ、あの人『修練ソード』使ってる。素材化覚えたのかな」


 生産スキルを鍛えているらしき男性探索者が、ミニアイアンゴーレムを相手に修練ソードを使って戦っていた。修練ソードの人気が凄くて常に貸し出し中のままだって京香さんが嘆いてたから追加で作って探索者協会にプレゼントしたんだけれど、言われてみると確かに使っている人をよく見かける気がする。


「あの人達罠にかかっちゃった!」


 毒ガスの罠だから即死はしないけれど、あれ体中が痛くて辛いんだよ。

 助けに……ええ……楽しそうに毒ガス吸ってるんだけど……


 これで耐性が出来るかもって、まさかわざと罠を発動させたの?

 危ないことするなぁ。


『おまいう』


 何か聞こえた気がするけれどきっと気のせいだろう。


 中級ダンジョンに入るのは久しぶりだけれど、以前よりも遥かに人が多くて活気がある気がする。何よりも探索者達が探索したいって意欲に満ちている感じがするのが素敵。目がキラキラしてるんだもん。


「このダンジョンは特に問題無いかな」


 ボクが何をしているのかって、素材集めのついでにダンジョン内の見回りをしてるんだ。

 最難関ダンジョンに入ったらダメだって言われてるけれど、他のダンジョンは禁止されてないからね。

 それにさ、もしかしたら今度はレベルの低いダンジョンで異常が発生する可能性も無くは無いでしょ。


 ごめんなさい、嘘です。

 ダンジョンに入ってないと落ち着かないだけです。


 それに家にいるとお姉ちゃんが異常に構って来て困るし、外に出ても友達が構って来て困るし、探索者協会に行くと京香さんが呪いの目で見て来るから怖いし、ダンジョンの中の方が安心出来るんだもん。


「何か面白い事無いかなぁ」


 最近は配信するにも最難関ダンジョンの紹介が出来ないから雑談がメインでぐだぐだなんだよね。京香さんとコラボしてもボクが最難関ダンジョンに入れないから戦闘で楽しんでもらうことが出来ないし、結局京香さんとリスナーさんが一緒になってボクを弄るだけの内容になっちゃう。

 最難関ダンジョンに入らずに皆を楽しませる何かが無いかなって探してるんだけれど、全く見つからないんだ。


「誰か助けて!」

「!?」


 女の人の叫び声がしたから慌ててそっちへ向かうと、熊の魔物に襲われてた。

 体を切り裂かれて地面に倒れ伏す男性探索者と、尻もちをついて怯えてパニックになりながら後ずさっている女性探索者。


 どう見ても訓練とかじゃなくて本当に死にかけている。


 エリクサーを男性に振りかけながら熊を一刀両断で倒し、ついでにリラックスを使って女性の精神を癒してあげる。


「え?」


 良かった、間に合ったみたい。

 男性探索者は内臓が見えてしまうほどに酷い状態だったけれど全快したからすぐに目を覚ますはず。女性の方は突然のことに驚いているけれど、パニックからは抜け出しているように見える。


 これでもう大丈夫だね。

 ボクはそっとその場を離れた。


 だってこのままじゃお礼を言われちゃうもん!


 ダンジョンに入った時から今までずっと隠蔽系スキルで存在を隠し続けて来たから、ボクが助けただなんてバレてないはず。ダンジョン内で不思議な奇跡に遭遇したとでも思ってね。感謝する相手はボクじゃなくて奇跡だよ、分かってるよね!


 もしボクが助けただなんて気付かれたら、どんなお礼をされるか分かった物じゃない。

 だから助ける時はシルバーマスクにすらならずに完全に姿を見せないことにしてる。


「助けられて良かった」


 初級から中級に上がった直後って一番事故が起こりやすい。

 あの二人はそういう話を誰かに教えてもらわなかったのかな。


「そういえばおばあちゃんが人手が足りないって嘆いてたっけ」


 探索者が増えすぎて教える人が圧倒的に足りてない。

 前に行ったお台場の訓練施設も連日満員で予約が取れないんだって。


 でもどうしてボクにその話をしたのかな。

 ボクが沢山の人に教えて手伝うなんて出来るわけないのに。


 双剣さん達みたいにとても気を使ってくれるならまだしも、お姉ちゃんや友達みたいな距離感で接されたら間違いなく逃げちゃうよ。

 ボクに出来るのはアイテムとか装備を沢山提供することくらいだよ。


 ちなみに中級ダンジョンでまだ使ったことの無い素材を集めるのも今日の目的なんだ。

 色々と試して便利なアイテムが作れたらおばあちゃんに教えてあげようって思ってね。


「ん~自然たっぷりのダンジョンはやっぱり気持ち良いなぁ」

「そうだね」


 空気が綺麗で、湿度も低いし、小さな虫がまとわりつくこともないし、外で自然散策するよりも快適だ。


 ……あれ?


 今誰かボクの独り言に返事をしてなかった?

 あはは、偶然だよね。

 ボクの声は外に漏れないようにスキルで制限してるもん。


「ぷぎゃっ!?」


 ボクの肩に手が置かれた!?

 他の人からは見えないはずなのにどうして!?


 恐る恐る後ろを振り返るとそこには……


「救ちゃん、み~つけた」

「京香さん!?」


 満面の笑みを浮かべた京香さんが立っていた。


「よくボクが分かったね」

「救ちゃんを見つけるためにスキル鍛えたから」

「え?」


 またまた、冗談ばっかり。

 最難関ダンジョンの探索に必要だから看破系のスキルを鍛えたんでしょ。


「救ちゃんを見つけるためにスキル鍛えたから」

「どうして二回言うの!?」

「信じてくれないから」

「ぷぎゃあ……」


 も、もう、そんなこと言われても絶対信じないからね。


「でもボクの隠蔽系スキルって最大だから看破系スキルを最大にしても簡単には見つからないと思うんだけど」


 盾と矛じゃないけれど、隠蔽と看破のスキルレベルがどっちも最大の場合は『隠蔽効果が大幅に下がる』っていう感じになるんだ。


「愛だよ」

「ぷぎゃっ!?」


 だからそうやって弄らないでよ。

 その真剣な目が本当に怖いんだから。


「そもそもボクがこのダンジョンに居ることがどうして分かったの? 偶然?」


 京香さんレベルの探索者が中級ダンジョンに来るなんて変なんだよね。

 誰かの指導なのかな、まさかボクに会いに来たなんてことは……あはは、無いよね。


「愛だよ」

「そういうのは良いから!」

「ふふ、理由を説明する前に隠蔽スキル解除してくれないかな?」

「え?」


 そうだった。

 隠蔽スキルを使ったままだと京香さんからはボクの姿がはっきり見えないんだった。

 ちゃんとお話するにはスキル解除しないと。


「はい、これでどうかな」

「うん、可愛い救ちゃんの様子が良く見える」

「ぷぎゃあ……」


 良く平気でそんな恥ずかしいこと言えるなぁ。 


「それで私がここにいる理由だよね」

「うん」

「それは彼らに聞いたからだよ」

「彼ら? ぷぎゃああああああああ!」


 どうしてこの人達がここに居るの!?!?


「あ、あの、先程はありがとうございました!」

「救様、助けてくれて本当にありがとう! あのままだったら私達死、死んで……」

「な、泣かないで」


 熊の魔物に襲われてた探索者達だった。

 女性の方なんか滂沱の涙を流してボクをまるで神様を崇めているかのような視線で見つめていた。


「俺達なんかのために貴重なエリクサーを使ってくれるなんて……どう恩を返したら良いか」

「これ、少ないですけれどお礼です!」

「ぷぎゃああああああああ! いらない、いらないよ。二人が無事だったらそれで良いから!」

「そうはいきません。ここで何もお礼をしないような人間ではありたくないんです」

「救様が感謝を苦手としているのは分かっています。自分勝手だって分かってます。ですがどうか感謝の気持ちをお受け取り下さい……」

「ぷぎゃああああああああ! どうしてこうなるの! そもそもどうしてアレがボクだって分かったのさ!」


 ダンジョンが起こした奇跡かもしれないでしょ。

 そう思ってくれれば良いのに。


「いやだって、あの魔物を一刀両断してエリクサー使ってリフレッシュまでかけてくれるなんて、どう考えても救様が傍に居たとしか考えられませんし」

「いつも通りの助け方なんだからバレるに決まってるでしょ、救ちゃん」

「ぷぎゃあ……」


 ボクの普段の行動が把握されちゃってる。

 今度からはエリクサー使わないで、もう少し苦戦する演出をしないとダメかな。でもそんなことして死んじゃったらダメだからやっぱり全力で助けないと。でもでもそれだとボクだってバレちゃうから……ぷぎゃあ、どうしたら良いの。


「にやにや」

「にやにや」

「にやにや」

「微笑ましいものを見るみたいな目をしないでよ!」


 どうやったらバレずに助けられるか考えるのに必死なのに。

 あれ、でもバレたのはそれはそれとして、どうして京香さんがここにいるのかは分かってないや。


「京香さんはどうしてここに?」

「探索者協会に報告したらすぐに京香様がやってきて救様を見つけてくださったんです」

「どういうこと!?」


 ダンジョン内での出来事を報告するのは分かるけれど、それでどうして京香さんが来る話に繋がるのさ。


「今の私なら救ちゃんを見つけられるからね。この二人からのお礼を救ちゃんに受け取らせるために来たんだよ」

「そこまでする必要あるの!? 忙しいんでしょ!?」


 最近の京香さんは新人の指導の依頼が沢山きて激務だって言ってたじゃない。


「救ちゃんに関することは最優先だから」

「後回しにして良いから!」


 強い魔物が出たとか、世界の危機とかなら分かるけれど、この程度のことで優先しないでよ。


「後回しにするなんてとんでもない。日本中の探索者は救ちゃんファーストだよ」

「自分のことを優先して!?」


 ボクのことなんか永遠に忘れてくれて構わないからさ。


「それじゃあお言葉に甘えて自分のことを優先して救ちゃんに感謝を伝えてもらおうかな」

「はい!」

「もちろんです!」

「ぷぎゃああああああああ! そういう意味じゃなーい!」


 うう、どうあがいても感謝から逃げられない。


「そうそう、この二人からの感謝を受け取ったら次があるからね?」

「え? 次?」


 なるほど、京香さんは他にもボクに用事があったから来たんだ。

 きっとそっちが本題なんだろう。

 そりゃあそうだよね。お礼の話だけでここまでするわけがないもん。


「救ちゃん、最近こうやってこっそり他の人も助けてるでしょ」

「…………」

「彼らから是非お礼が言いたいとオファーが来ていてね」

「ぷぎゃああああああああ! どうしてこうなっちゃうの!」


 よし、逃げよう。


「逃がさないよ」

「うわ、京香さんいつの間にこんなに強く」

「振りほどいたら泣くよ?」

「その脅しはずるい!」


 力だけなら基礎パラメータの限界に到達してそうだ。

 だって羽交い絞めにされてるのがバフかけてない状態で振りほどけないもん。


 ということはボクはこのまま京香さんに連れられてお礼という名の拷問タイムに……


 そう絶望しかけたボクを助けてくれたのは予想外の人物だった。


「お話中申し訳ございません!」


 いつの間にかボクたちの傍に一人の女性探索者がやってきていた。

 彼女はボク達に声を掛けるとその場に膝をつき、正座の体勢になってから頭を垂れた。


「大変申し訳ございませんでした!」


 土下座!?


 どういうこと!?

 ボクこの人知らないんだけど!?


 そう困惑していたボクの耳に、羽交い絞めしていた京香さんのつぶやきが飛び込んで来た。


「うそ、ぴなこ?」


 それってどこかで聞いたことあるような……?

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