5. 百億円のハンバーガー
「救様、今日こそは放課後遊びに行こう!」
「ぷぎゃっ、ええと、その、今日も忙しいから……」
また反射的に断っちゃった。
ここの所、学校に行くとクラスの友達が必ず遊びに誘ってくれるのだけれど、どうしても気恥ずかしくて断っちゃうんだ。
「ええ~、もう探索者として頑張らなくても良いんでしょ?」
「そうそう、デートしよ、デート!」
「今日は私も行けるぞ」
「救くんちゃんはぁはぁはぁはぁ」
クラスの皆はボクに良く話しかけてくれるけれど、特に積極的なのがこの四人の女子だ。彼女達はボクの配信で『シルバー友』として時々コメントしてくれるし、友達会議も……ぷぎゃあ。
「あ、うん、でも、ええと、あの」
相手の顔を見ながらお話が出来るようになってきて、探索者に関係する話なら自然にお話出来るようになってきたけれど、それ以外のお話となるとまだ言葉が出て来なくて逃げ出したくなっちゃう。
「それじゃあ救様が遊びに行きたくなるお話をしてあげる」
「え?」
「これの桁を数えてみよう」
「え?え?」
友1さんから数字が書かれた一枚の紙を渡された。
これって!?
「ぷぎゃああああああああ!」
「はい逃げないでね」
見たくない!
こんな数字なんて見たくない!
でも友4さんに羽交い絞めにされてるから逃げられない。
振りほどくのは簡単だけれど、力づくで逃げたら傷つけちゃうかもしれないし。
「はぁはぁはぁはぁ」
そっかぁ、友4さんって大きいんだな。
背中の感触が凄いや。
妙な吐息なんて聞こえないよ。
聞こえないったら聞こえないもん!
「はいそれじゃ行くよ。い~ち、じゅ~う、ひゃ~く」
これも聞こえないもん!
ボクこんな数字知らない!
「せ~ん、ま~ん、じゅうま~ん、ひゃくま~ん、せんま~ん、いちお~く」
そこで友1さんの声が止まった。
「救様、一億の次はなんだっけ?」
「ぷぎゃあ……」
「教えて教えて」
「じゅ、じゅうおく」
見たくも無いし聞きたくもないのにボクに言わせようとするなんて酷いよ!
「流石救様。あれ、でもほら見て見て、まだもう一つ数字があるよ?」
「見せないでぇ……」
「十億の次って何かな?何かな?」
「ぷぎゃああああああああ!」
「そうだね、百億だね」
あはは、なんのことかボク分からないなあ。
「これ何の数字か救様はよ~く知ってるよね」
「…………」
「救様?」
「…………」
「分からないなら教えてあ・げ・る」
「ぷぎゃっ! 耳元で囁かないで! 聞きたくない! 聞きたくない! 聞きたくなーい!」
こうなったらスキルで……だめ、学校ではそういうことしないって決めたんだから。
でもこのままじゃアレを言われちゃう。
「救様が配信で稼いだお金だよ」
「ぷぎゃああああああああ!」
そんなわけない。
そんなことある訳が無いんだ。
一回配信しただけで百億円以上も稼ぐなんてありえないでしょ!
「大金持ちだね」
「ぷぎゃ、こ、これは何かの間違いで」
「来月ちゃんと振り込まれるから」
「ぷぎゃああああああああ! そんなあ!」
どうしてこんなことに。
ボクが何をしたっていうのさ!
「世界を救った」
「また心を読まれてる!」
京香さん以外にもバレるなんて、そんなに思ってることが顔に出やすいのかな。
「流石登録者数二億人配信者だね」
「自分達の命がかかってるから日本人の大半が登録して外国の人も沢山登録してるのは分かるけれど、まさかスパチャ百億越えるなんて。私の救様すごすぎ」
「登録だけしておいて後から配信を見る人が大半かと思っていたが、あの日の同接はヤバかった。コメント見る感じ石油王だらけだったし、実際とんでもない額を意図的に寄付してた本物の富豪の人もいたっぽいからな」
「ぐへへへ、流石救くんちゃんだぁ」
「あーあー聞こえない」
友1から友4さんまでが何かを言っているけれど、ボクの脳が理解しちゃダメって考えることを拒否してる。
「でもそれにしてはコメント少なくなかった? もっと爆速になるかと思ってた」
「私がコントロールしてたからな」
「あ、いつもお世話になってます。ありがとう」
「ふふ、モデレータは任せな。大変だが良いバイトになって助かってるよ」
友3さんはモデレータとやらでボクの配信を裏で色々とフォローしてくれているらしいんだ。京香さんから引き継いだらしいけれど、ダンチューブの社員さんと一緒になって頑張ってくれてるんだって。
そのせいかいつもは放課後になるとすぐに何処かに消える友3さんだけど、今日は珍しく予定が空いているらしくいつも以上に積極的に誘われてるんだ。
「今日は折角皆が揃ってるんだから遊びに行こうよ。あ、もちろんお金目当てなんかじゃないからね!」
「それは分かってるけれど……」
友1さんはボクを想って
「まだダメかぁ。それじゃあ救様がうんって言ってくれるまで読み上げ続けるね。い~ち、じゅ~う」
「ぷぎゃ!? 分かった、行くよ行く。だからもうそれには触れないで!」
そしてそろそろ友4さん離してください。
友4さんは京香さんが呪われてる時と同じ感じがするからちょっと怖いの。
「やったー! ついに救様を口説き落としたよ!」
「デート!デート!」
「ふふ、楽しみだな」
「ぐへへへ救くんちゃ~ん」
うう、不安になってきた。
――――――――
そしてやってきた放課後タイム。
「救様、行きたいところある?」
「ぷぎゃ!?」
てっきり強引に色々なところに連れまわされるのかと思ってた。
「デートのコツは自分だけが楽しまないことだからね」
「そ、そうなんだ……」
でもそんなこと言われてもボクは高校生が放課後何をして遊ぶのかなんて知らないから困るよ。
「やはりカラオケか?」
「ぐへへ、救くんちゃんのア〇パ〇マ〇聞きた~い」
「ぷぎゃ!? 恥ずかしいから嫌だよ! それにほとんど歌知らないし……」
あの時は戦闘スキルだと思っていたから歌えたけれど、素で歌だけ聞いてもらうなんて無理無理無理無理。
「あれ、でもそれなら一曲歌えば後は聞いているだけで」
「他のにしよ!」
「ぷぎゃ!」
ぐすん、楽はさせてくれないみたい。
あ、そうだ。
コミュ障が治ったら外でやってみたかったことの中の一つが使えるかも。
「それじゃあハンバーガーを食べに行くのはどうかな?」
「え?」
「だ、ダメかな。夕飯前だしダメだよね……」
「そんなことないよ!」
「ぷぎゃっ!?」
友1さん顔が近いよ!
「リアルでガチ恋距離はずるい! 私も私も!」
「ぷぎゃああああああああ!」
友2さんはもっと近いよ!
離れて!
「む、私もやりたいところだが流石に恥ずかしいな」
「私は後ろからはぁはぁ」
「ぷぎゃあ! 見てないで助けて!」
京香さんもお姉ちゃんも他の皆も、どうしてボクとの距離がこんなにも近いんだろう。それともこれが普通の距離なのかな。
「さぁ、ハンバーガー食べに行こう!」
「救様とデート、デート。どこが良いかな」
「モ〇とかフレッ〇ュ〇スか?」
「救くんちゃんはくんかくんか行きたいところあるの?」
「マクド〇ルドに行ってみたいんだけど……」
「え? マッ〇で良いの?」
「う、うん」
皆が良く食べている普通でありふれたものを食べてみたいんだ。
「ボクって普段、お母さんが作ってくれる料理と魔物料理ばかり食べてるから、普通のファーストフードに興味があって……」
「あ~魔物料理って絶品なんでしょ。そればかり食べてたら雑な料理も食べてみたくなるってやつかな」
「ぷぎゃ! 雑だなんて思ってないよ!」
ジャンルが違うだけだもん。
「いいなぁ。私も魔物料理食べてみたい」
「えぇ~私はちょっと……」
「私も遠慮したいな」
「私は救くんちゃんと一緒なら食べる」
意見が分かれたけれどしょうがないよね。
魔物の見た目ってグロテスクだったり人型だったりするから、食べたいって思えなくても当たり前だと思う。
「じゃあ今度、ダンジョン内で取れた果物を使ったデザートでも」
「「「「食べたい!」」」」
「ぷぎゃ! だから顔を近づけないで!」
う~ん、どうしよっかな。
状態異常にかからない果物を選ばなきゃダメだよね。
「そうこうしているうちにお店にとうちゃ~く」
「救様は何を注文したいの?」
「もちろん普通のハンバーガーで」
他にも色々とメニューがあるけれど、最初はそれを食べるって決めてたんだ。
「大丈夫? 一人で注文できる?」
「ぷぎゃ! そのくらい…………」
出来るようになったと信じたい。
「いらっしゃいませ!」
「ぷぎゃ!」
「え、救様!?」
「ぷぎゃああああああああ!」
うわ、うわ、店中の人がこっち見てる。
恥ずかしいよぅ。
「こりゃあダメだ」
「任せて!」
「え?え?」
友4さんに抱えられて店から出されちゃった。
「救様待って!」
「お話させてください!」
「馬鹿、友達と一緒なのを邪魔したら悪いだろ」
「でもでもこんなチャンスもう無いよ!」
「ぷぎゃっ!?」
後ろの方がものすごい騒ぎになってるんだけどどうして!?
「救くんちゃん、はぁはぁ、何か、隠れる魔法とか無い?」
「え、あ、うん」
友4さんはボクを抱えながら走っているからいつもと違って本気で息を切らせている。慌てて隠蔽系のスキルを使って周囲から見えないようにした。
「でもこれだと他の皆が見失っちゃうよ」
「大丈夫、こういう時のために集合場所を決めてるから」
「準備良いね。こうなるの分かってたんだ……」
「救くんちゃんがどれだけ人気なのか、少しは実感出来た?」
「ぷぎゃあ……」
お店で買い物しようとしただけで騒ぎになっちゃうなんて思わなかったよ。
でもそれよりも何よりも驚いたのは友4さんが普通にお話しできる人だってことだけどね。ただの変な人じゃなかったんだ。
「あ、いたいた。お~い」
近くの小さな公園で待っていたら友1さん達がやってきた。彼女達の後をつけている人が居たから、慌てて隠蔽系魔法を使ってボク達五人が誰からも認識されないようにした。
「はいコレ」
「え?」
友1さんがハンバーガーを買って来てくれたんだ。
「自分で買わなきゃダメだった?」
「ううん、そんなことないよ。ありがとう!」
お金と引き換えにハンバーガーを受け取った。てっきりお金は要らないよなんて言われるかと思ったけれど、ボクの『買いたい』って想いを尊重してくれたらしく何も言わなかった。この気遣いがとても嬉しい。
「あれ、でもボクだけ食べるのは……」
「気にしない気にしない、私達はほら」
「買ってたんだ」
小さなポテトや飲み物をちゃんと買っていたから、ボクだけが食事するって感じにもならなかった。
「さぁ救様、食べて食べて」
「う、うん」
包み紙を開けて、出て来たハンバーガーをぱくりと口にする。
「どう? 美味しい?」
「うん」
凄く美味しい。
嘘、本当は味なんて分からない。
だって凄い嬉しくてたまらないから。
学校帰りに友達と一緒にハンバーガーを食べる。
コミュ障でダンジョン引きこもりだったボクがこんなありきたりの青春っぽいことを出来るだなんて思ってもいなかったから、胸がいっぱいで味わう余裕なんて無いんだよ。
「美味しい、凄く美味しいよ」
あはは、美味しすぎて涙が出ちゃう。
「救様ったらひっぐ大袈裟なんだからひっぐ」
「デートなのに湿っぽいのはダメだよ~」
「…………」
「救くんちゃん可愛いはぁはぁ」
ハンバーガーは思っていたよりも小さかったからすぐに無くなってしまった。
ちょっとだけ切なかったけれど、また買いに来れば良いんだよね。
「こんなに美味しいのに170円なんだ」
味なんて分からなかったけれど、泣いてしまった気恥ずかしさからか適当なことを言っちゃった。
「救様的にはいくらくらいが妥当なのかな」
「う~ん、全財産支払っても惜しくないくらいかな。なんてね」
「ということは救様にとってそれは百億円のハンバーガーか」
「ぷぎゃ、具体的な数字言わないでよ。忘れたかったのに……」
「あははは!」
でも友1さんの言う通り、今のボクにとって友達と一緒に食べたこのハンバーガーには百億円以上の価値があると心からそう思った。
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