4. 国際探索者連盟会議にて(救くんちゃん大人気)

「それでは早速だが質疑応答と行こうではないか」


 室内だと言うのに鮮やかな金髪が何故か靡いている巨漢の男がモニター越しに宣言する。


「何が質疑応答よ。どうせ日本うちに話を聞きたいだけでしょう。そういうのは日本では吊し上げって言うのよ」


 そのモニターの先には柔和な老齢の女性である温水を始めとした多くの人物が映し出されていた。


「吊るされる覚悟があって参加したのだろう? そもそもこれまで日本は国際探索者連盟に全く貢献していなかったのだから、その分も含めて協力してくれれば良いだけの話だ」

「何をおかしなことを。貴方達のストレス発散相手として貢献していたでしょう。ほら、いつもみたいに日本のやり方にケチをつけながら蚊帳の外にして議論しなさいな」

「仲間外れだなんてとんでもない。そちらが議論に入らず黙って居ただけのことだろう。あまりにも消極的な姿勢だから『チクリ』と言いたくもなるものさ」

「日本人は大人しい民族だから、貴方達が『チクリ』程度だと思っていても『恐喝』だと思って委縮して何も言えなくなったのよ」

「はっはっはっ、冗談が上手ですなぁ。よりにもよってあなたの口から『大人しい』だなんて言葉が出ようとは。確かそちらの国では『悪鬼羅刹』などと呼ばれて恐れられていたのでしょう?」

「さぁてどうだったかしら。そのような化け物みたいな呼ばれ方をした覚えなんて無いわね」


 国際探索者連盟。

 各国あるいは各地域の探索者協会がダンジョンに関わる事柄について協力し合う集まりであり、各団体の代表者が集まって年に数回会議をしている。その会議の今回の議長であるアメリカ探索者協会の代表と温水が本題に入る前に舌戦を繰り広げていた。


 日本はこれまで国の方針として探索者を冷遇する制度を取っており、しかも会議に参加した責任者が悉く探索者を下に見た横柄な態度を取っており、連盟内での立場が非常に悪かった。

 国として大きな転換点を迎えた今となっても、これまでの振る舞いの影響でどうしても他団体からの視線は厳しいままなのであるが、温水は飄々とした表情で彼らからの圧力を受け止めていた。


「話が盛り上がっているところ悪いが、そろそろ本題に入ってくれないか。こっちも暇じゃないんでね」

「おお、失礼。その通りだ」


 このまま延々と嫌味の言い合いになりそうだと察した他団体の代表者からストップがかけられて、ようやく質疑応答が開始される。


「では最初の質問だ」


 この会議には多くの団体が参加しているため、随時質問を取り上げていたら終わらない。そのため事前に用意された質問の中から議長が選別して質問をする形が取られている。


「『ミス・・槍杉と話がしたい』というのが最も多く寄せられた質問だ。もちろん我が国も強く希望している」

「あら、あの子が『女性』だと思っているのかしら?」

「……マスター・・・・槍杉と話がしたい」

「あら、あの子が『男性』だと思っているのかしら?」

「(イラッ)」


 議長の男は怒鳴りつけたい気分だったが、ここで感情に任せて発言してしまえば温水の思うツボだと思い必死で冷静になろうとしていた。


「温水さん、我々を揶揄うのは止めてもらいたい」

「揶揄うだなんてとんでもない。だってあの子と会いたいのでしょう。その時に性別間違えたらあの子はどう思うかしらね」

「ぬっ……では教えてくれないか」

「『見れば分かるでしょ』というのがあの子の言葉よ」

「(イラッ)」


 性別が不明ということは大きなアドバンテージがあるのだと温水は考えていた。

 各国が救に会いたいと思っているのは、救をスカウトするためだ。その時に救が喜ぶ物をプレゼントするのが王道のやり方だが、性別が分かっていればある程度好みを予想して準備しやすい。例えば女性であれば珍しい宝石の類を用意すると言ったように、例外はあれども傾向を掴みやすいのだ。

 もちろん温水は救の引き抜きを全力で阻止するつもりであり、簡単に会わせるつもりなど毛頭ないが、万が一にも他国のスカウトと救が会ってしまった時のことを考えて、極力救の情報を出さないようにと考えていた。


「どうやら温水さんは我々に協力する気が無いようだ」


 議長の男も温水が救を国外には出さないだろうと分かっていた。自分だって同じ立場ならそうするからだ。

 だからといって『はいそうですか』と終わるわけにはいかない。救の持つ貴重なアイテムの数々、探索者の育成能力、最難関ダンジョンの掃除など、どれか一つだけであっても喉から手が出るほどに欲しい物なのだから。


「勘違いしないで欲しいわ。皆さんがあの子に会いたいというのなら止めはしないわよ」

「え?」


 だが温水は何故か救への接触を他国に対して制限するそぶりを見せなかった。

 その予想外の展開に会議に参加している誰もがあっけにとられたような顔をしてしまったが、次の温水の言葉でその意味を理解した。


「会えるものなら、ですけどね」


 救は普段、最難関ダンジョンの深層で生活している。つまり救に会うには少なくとも最難関ダンジョンに入れる人物を送り込む必要があるのだ。だがそのような人物はあまりにも貴重であり、自国のダンジョン探索にかかりっきりになっている。仮に自国のダンジョン探索の進捗が滞ることを覚悟して日本に送り込んだとして、慣れない日本の最難関ダンジョンで命を落としでもしようものなら最悪だ。

 それなら稀に地上に出ている時を狙って接触したらと考えても、隠蔽系スキルを使ってクラスメイトなどの特定の人物以外からは存在を認識出来ないようにしているため見つけるのは困難だ。しかも運良く会えたとしてもぷぎゃ逃走されるのが確実だろう。


 よって、どうあがいても救に会えないのである。


「それなら温水さんが我々との間を取り持ってくれないか。協力してくれるのだろう?」


 自分から会えないならば、会える人を通じて会えば良い。

 そう考えるのも当然のことだが、温水はそれすらも躱す手段を用意していた。


「協力したいのは山々だけれど無理ね」

「何故だ!?」

「だってあの子は探索者協会に所属してないもの」

「なっ……!」


 そう、救は未だ探索者ライセンスを発行されておらず、非公式の探索者のままだったのだ。

 救の経歴の中に九歳からダンジョン探索をしていたという公開できない情報があるからだけではなく、日本の探索者協会を通じて救に圧力をかけようとも無関係だから出来ないと突っぱねるために温水は敢えて登録しないままでいたのだ。


「それは貴方達の不手際だろう!」

「ええそうね。申し訳ないわ」

「うっ……」


 そしてその未登録の件が日本の探索者協会の失態だと言われたら、はいそうですごめんなさいと素直に謝罪する。探索者協会が悪しく言われようとも救に届かなければ何も気にならないという温水のスタンスに誰も何も言えなくなっていた。


「もちろんあの子の連絡先を教えることも出来ないわよ。私は個人的に知っているけれど、個人的な知り合いの連絡先を他の人に教えるなんて失礼なことは出来ないもの」


 あくまでも救は探索者協会とは関係が無く、温水が個人的に知り合っているだけであり、この場で救に関する話をしても全く意味は無い。それが温水の主張であり、この理屈を崩して救にアプローチするのは難しいと各団体の代表者たちは頭を抱えてしまった。


 そんな中で、議長である男だけは戦う姿勢をまだ崩していなかった。


「温水さん、そこを何とかしてくださいよ。うちの大事な企業がそちらの国のせいで酷い目に遭ったのですよ。このくらいの『誠意』を見せてくれても良いじゃないですか」


 アメリカのベンチャー企業であるダンチューブの社員が、日本政府の愚か者たちによって家族を人質にされて、救のアカウントを凍結した件の話である。この事件は探索者協会の当時の会長である天下が主導しており、探索者協会としてはアメリカに謝罪しなければならない立場であった。

 議長の男は温水が素直に救を渡すわけがないと予想していて、こちらが言い返せない理論武装をしてくることも分かっていた。温水の政治的な手腕がそれだけ卓越していると知っていたからだ。それゆえ温水であっても無視できない理由を考えて救を強奪しようと考えていた。


「『誠意』ならすでにたっぷりとお見せしたわよ。ダンチューブさんにね・・・・・・・・・・

「…………」


 だがそれすらも温水には想定内だったのか、さらっとやり返した。


「もし貴国があの子とお話したいと願うのならば、ダンチューブさんを通じてお願いすれば良いわ。だって私達はダンチューブさんに最大限の『誠意』をお見せしているのだから」

「ぬぅ……」


 この件について探索者協会と国が本来謝罪するべきなのはアメリカという国に対してではなく、ダンチューブという企業とその社員個人に対してだ。実際、温水は考えられる最大限の『誠意』をダンチューブに対して見せることで、事件以前よりもダンチューブとの関係が改善されている。普通であれば関係改善などありえないレベルの愚行なのだが、それなのに改善されたことから余程の『誠意』を見せたことが明らかだった。

 被害を受けた企業がこの反応なのだから、いくら本社があるアメリカとはいえ強くは出れない。


「ダンチューブさんからお願いされたら本当に断らないわよ」


 これはダンチューブへの贖罪の意味だけではない。

 ダンチューブが救を売るようなマネは絶対にしないだろうという確信があってのものでもあった。


 確かにダンチューブはアメリカの企業ではあるが、探索者の力になりたいと願う人達で作られた企業であるが故か、救の大ファン信者だらけだからだ。しかも日本支部の面々はハーピアの攻撃を受けたことで救の功績を実感しており、温水が謝罪に訪れた時にはすでに狂信者の様相を為していた。


「ああでも、私達と同じことをするのはオススメしないわよ。うふふ」


 だからと言って、日本のようにアメリカが国としてダンチューブに圧力をかけて指示すれば良いかと言われるとそれも危険である。


 まず、ハーピアとの戦いが配信されたおかげで救の世界的な知名度と人気が爆発的に増加したことで、強引なアプローチをしたら多くの人から反感を買ってしまうためだ。

 シルバーマスクの情報は海外でも注目されていたが、それはあくまでも探索者界隈の中で知る人ぞ知る的な意味合いでしかなかった。救が配信を始めて隠しボスと戦い貴重な情報がガンガン出て来てからは一般人にも知る人が増えて来たけれど、配信映像があまりにもグロテスクだったのと、ダンジョンの中で幼い子供に見える救が活躍している姿がファンタジーにしか見えないと言うことであまり広まらなかった。

 しかしハーピア戦では地上で戦ったためダンジョン内での戦いよりも現実感があったこと、腕を喰われるような強い規制が必要なシーンが少なく血まみれという分かりやすいボロボロの姿が配信されたこと、日本在住の外国人がハーピアからの攻撃について証言したことなどが重なって、救世主の存在を一気に受け入れられるようになったのだ。

 ただでさえ外国人からは若く見えがちな日本人の中でも幼く見える救が必死に戦っている姿を見てファンになった外国人もかなり多く、その救を強引に入手しようと行動したら大きな反発を招くのは間違いない。


 そしてもう一つ、ダンチューブに圧力をかけることがハーピアに類するものの出現に繋がる可能性にあるということだ。隠しボスの言葉を信じるのならば、ダンジョン探索を妨げることが隠しボスの早期登場に繋がるのだが、それが本当かどうかはまだ未確定だ。

 もしかしたらダンチューブに圧力をかけることそのものが『愚か』の方に繋がってアウトかもしれない。その疑念が少しでもある以上は、取れる選択肢では無い。


「…………」


 結局、議長の男は苦い顔をするしかなかった。


 だが温水はケンカを売りにこの会議に参加したわけではない。

 そもそも日本が国外の探索者協会相手に不誠実だったことには変わりは無いのだ。救を守ることが最優先ではあるが、全てをシャットアウトするつもりは全く無かった。


「代わりと言う訳では無いけれど、最難関ダンジョン産の装備やアイテムを提供するから勘弁しておくれよ」

「なんだって!?」


 温水の言葉に代表者達の目の色が変わった。


「エ、エリクサーも?」

「ええ、あの子から是非配ってくれって言われてるわ」

「なんと……」


 死にかけの人すら全快させる究極の回復アイテムであるエリクサー。

 探索者でなくても欲しがる人は山ほど居る。

 本来であれば上級ダンジョンで極々稀に、最難関ダンジョンで稀に見つかる程度のソレの価値は計り知れないのだが、それを惜しげもなく配るというのはとてつもない貢献である。まぁ貢献しているのは救なのだが、気にしてはならない。


「クラフトスキルで作った物も頂けるのか?」

「話が早いわね。それはあの子次第よ」

「是非にと伝えてくれ!」


 今の時代、救の配信を確認していない探索者など居ないだろう。つい先日救がもたらした生産系スキルの情報も伝わっており、何が生み出されるのかと大注目となっていた。


 その後も温水は救の引き抜き以外の出来る限りの支援を約束して、これまでの日本のやらかしを少しでも返せるようにと奮闘し、日本に対する重苦しい雰囲気が大分和らぐこととなった。


「そういえば、こっちに来ている日本人の探索者なのだが……」


 場が和らいだタイミングを見計らっていたのか、温水は中国の探索者協会代表から話しかけられた。議長を通さないやり方はマナー違反なのだが、雑談の中の流れでのことなのと、多くの国にとって大した話では無かったので見逃された形だ。


「好きにしてくれて構わないですよ。必要であれば是非使い倒して下さい」

「……まぁそうなるか」


 日本の実力者達が海外に流出した事件について、これまでは日本政府が日本に帰すようにと強く要求していた。

 だが今の日本は探索者の実力がとてつもないスピードで跳ね上がっており、彼らが不在でも問題なくなりそうだ。しかも彼らはハーピアの攻撃を受けていないため、やってはならないことを心の奥底に刷り込まれていない。


 さらにはそれ以上に彼らを拒絶したい理由・・・・・・・があった。


 尤も、自国の恥に関係することなのでこの場でそれを明言することは無かったが。


 温水は内心では彼らが海外のダンジョンでくたばってくれるのが一番だとブラックなことを考えていた。少なくとも救に余計なことをしないで欲しいとは思っているのだが、彼らの動きを見る感じではそうはならなそうで溜息を吐くしか無かった。

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