7. エピローグ

「ふぅ、やることが多くて老骨には堪えるわね」

「それだけ温水さんが信頼されているということですよ」

「信頼なら貴方だって十分されているでしょう」

「私なんかまだまだですよ」


 港区にある探索者協会関東支部。

 そこに臨時で作られた会長室にて、温水と関東支部長が向かい合って話をしている。


「そんなこと言って現場から離れるのが嫌なだけでしょう」

「ははは、お分かりですか」


 関東支部長は天下と話をしていた時とは違い笑顔で楽しそうだ。

 ちなみに現在は温水が臨時協会長の立場で働いていた。


「当然よ。私だってそうだもの」

「いやはや、お若いですな。そのお歳でまだ現役思考ですか」

「あの子を見てそう思わない探索者なんて居ないでしょう」

「その通りですな」


 救の活躍は探索者にとって大きな刺激となり、日本はこれまでに無い程の探索者ブームとなっていた。石橋を叩いて渡っていた探索者達が危険を犯して強敵との戦いに挑み、新人探索者が激増している。それに伴い、探索者協会も彼らが無理をしすぎて命を落とさないようにとのフォローで激務となっていた。


「やっぱり私は現役復帰するわ。あなたが協会長になって頂戴」

「ご冗談を。今は温水さんの力が必要なんですよ。上からも泣きつかれてるじゃないですか」

「そんなの彼らの自業自得じゃない。散々こっちを困らせたのだから、しばらくは号泣してなさいな」


 池袋での事件が終結した直後のこと。

 温水は崩壊した会長室に仕掛けてあった防犯カメラという名の監視カメラの映像を公開し、天下がこれまでやってきたことを全て暴露した。それにより探索者を意図的に虐げていた連中の存在が明るみになり、しかもその人物達のせいで世界が滅びようとしていたとなれば大炎上は当然の流れだった。

 多くの政治家やマスコミなどが激しく糾弾され、手のひらクルーも許されなかった。そのため彼らは探索者を支援する動きをして少しでも信頼を回復しようと試みているのだが、温水がそんな安易な責任の取り方は許さないとばかりに全ての要請をシャットアウトしていたのだ。

 必要な支援は温水がこれまで作り上げて来た数少ない味方寄りだった人間にお願いして進めてもらっている。


「というわけで私はダンジョンに潜るわ」

「いやいや、本当に勘弁してくださいよ」

「指導者が足りてないのでしょう?」

「それはそうですが……」


 新人探索者の激増に伴う指導員の人数が圧倒的に足りていないことが現場での大きな問題となっていた。


「ここで失敗したらあの子が頑張ってくれたことが無駄になるわ」


 これから探索者の権利が他の職業以上に保証され大人気職業となる未来が温水には見えていた。だがそれは探索者を増長させる結果にも繋がりかねない。そうなれば世間が探索者を貶めていたのが、探索者が世間を貶める社会に変わってしまう可能性がある。それは未だ不明な『愚か』の要因となり得るのではないか。それゆえ今のうちにしっかりと教育をすることが大事なのだと温水は確信していた。

 救が努力した結果が真逆の『愚か』を生み出すことになるなど許せるわけがない。


「『猶予』があるからといって、後回しにしていたら絶対に痛い目を見るわよ」

「はぁ……後任を急ぎ選びますからもう少しだけ我慢してくださいよ」

「ふふ、楽しみに待ってるわ」

「それにしても『猶予』ですか、あの攻撃は凄まじかったですね」


 探索者が増長する未来。

 それは確かにあるのかもしれない。

 だけれども今の日本であればしばらくは大丈夫だろうとも温水は思っていた。


 それはハーピアによるフルート攻撃の影響によるものだ。

 全ての人の心を激しい負の感情で揺さぶったあの攻撃は、実はアンチ探索者相手には少し違った効果を与えていた。


『世界が滅ぶのはお前達がダンジョン探索を妨げたせいだ』


 自分達の愚かな行いを強く責めるものであり、救のリラックスを受けてなおトラウマとして深層心理に根付いてしまっていたのだ。

 自己弁護をしようにも、引き続き探索者を否定しようにも、猛烈な責めを思い出して狂乱しそうになってしまう。炎上して叩かれることで自らの責を強制的に自覚させられ、うまくいなすどころかまともに生活することすらままならない。人の少ない所に逃げようとも、ダンジョンの話題を耳にするだけで世界中から責められている感覚が浮かび上がってしまう。


 厄介な連中が表舞台から消えたこと、そして探索者は人々を守る崇高な職業なのだと誰もが理解させられたことで、再び日本社会が狂い出すまでには猶予があるだろう。重要なのは今の感覚を長く続け、次世代にも引き継ぐことだ。


「あの子の歌も凄かったわよ」

「はは、それもそうですな。そう言えば本人は気付いてないとか?」

「そうらしいわね。あら、丁度その話題になったみたいよ」


 机の上には小さなタブレットが置かれていて、そこでは救の雑談配信の様子が映し出されていた。


『待って。お願い待って。これ以上お礼を言われても困るだけだから!』


 案の定、コメントでお礼を沢山言われて困っている様子が配信されていた。


『え、あの歌で治った?』

『あ!』

『ぷぎゃああああああああ!』


 救はア〇パ〇マ〇のマーチに超回復エクスヒールの効果を乗せた。これはハーピアの攻撃のせいで物理的なダメージを負ってしまった人々を癒すためのものだったのだが、それとは関係なく怪我をしていた多くの人を治してしまったのだ。


 四肢が不足している人の手足が生えて来て、火事に巻き込まれ焼け爛れてしまった皮膚が修復され、体の故障で引退に追い込まれようとしていたスポーツ選手が復活し、その他大小様々な怪我が完治してしまった。


 そりゃあお礼を言われまくってぷぎゃるに決まっている。


『京香さ~ん助けて!』

『紅白!?』

『ぷぎゃああああああああ!』


 たまらず京香に助けを求めるものの『紅白歌合戦に出場確定だね』と言われ追いぷぎゃっていた。


「これからはこんな楽しい配信ばかりになると良いわね」

「そうなるように頑張るのが我々の仕事ですな」

「ええ、本当に」


 ハーピアはダンジョン攻略の進行状況を巻き戻したのはこの地域だけだと言っていた。

 それすなわち、海外では危機が迫っている可能性があるということだ。


 問題はそれだけではない。

 天下の行いによる海外関係の悪化、海外に逃げた日本人探索者の反応、そして救の存在が世界中に認識されてしまったことによる海外からの激しいアプローチ。


 ぽわぽわしていてお人好しな救など、コロっと騙されて日本を出て行き海外で奴隷のように働かされるかもしれない。


「あの子にはずっと笑顔でいて欲しいわ」

「そうですな」


 画面の中で必死にぷぎゃる救の姿を見て、二人はまだまだ頑張らねばと仕事に対するモチベーションをアップさせた。


――――――――


「もう皆ったら揶揄ってばかりで酷いよ」


 "全部事実なんだよなぁ"

 "自分が為したことをもっと自覚してもろて"

 "ツアー開始はいつですか?"

 "チケット取れる気がしねぇ"

 "でも真面目に探索者以外のことやっても良いんじゃね?"

 "これまで命を懸けすぎなんだって"

 "ワーカーホリックにも程があるよ"

 "たまには休もうぜ (ブラック企業滅べ)"

 "休むの大事 (たすけて)"

 "休まないと能率あがらないもんな (五十連勤中)"

 "社畜はどうしたら救ってあげられますか……"

 "高校生なんだから高校生活楽しみなよ"

 "それな。せっかく友達出来たんだしさ"

 "[シルバー友1] 賛成!"

 "[シルバー友2] デートしよ!"


 探索者以外のことかぁ。

 考えたこと無かったな。


 これまで強くなって誰かを守ることで必死だったから。

 でも十分強くなったし、急いでダンジョン攻略を進める必要も無くなったから休んでも良いんだ……


「それじゃあ皆のアドバイスに従ってみます」


 "お"

 "マジか!"

 "いいぞいいぞ"

 "やっと救くんちゃんが休んでくれる……"

 "何するのかな"

 "やっぱりさっきの友達と遊ぶとか?"


「はい、友達が良ければ遊ぼうかなって」


 "[シルバー友1] やったああああ!"

 "[シルバー友2] デート!デート!"


 京香さん相手だと顔見ながら話すの慣れて来たから、今度は友達相手に慣れたいなって思ってね。


「救ちゃん、私とも遊ぼうよ」

「もちろんだよ」

「やった! ぐへへ」

「ぷぎゃあ……」


 大人しい時はお淑やかに見えるのに、どうして時々気持ち悪いオーラが出るのかな。呪われてるのかなって思ってディスペルしても何も起こらないし。


 "京香様は自重して"

 "良い思い沢山してるでしょ!"

 "救様はみんなの共有物だから"

 "普段からくんかくんか出来るのずるい"

 "画面越しだと伝わらないのに!"

 "(^ω^)ペロペロ"

 "ヤベェ奴らが湧いて来た"


「ふふん、救ちゃんと遊びたければ強くなることだね」

「別に強くなくても会うよ?」

「ダメだよ。そんなこと言ったら日本中の人と会わなきゃならなくなっちゃうよ」

「ぷぎゃっ!?」


 そんな大げさな。


「それより友達と何して遊びたいの?」

「お勧めのダンジョンに連れて行ってあげようかなって思ってる」

「…………」


 "…………"

 "…………"

 "…………"

 "…………"

 "はぁ~(クソデカ溜息)"

 "ダンジョンのことは忘れなさい"

 "結局ダンジョンじゃないか!"

 "もっと普通に高校生らしいことしなさい"

 "友達が可哀想すぎる"

 "カラオケとかゲーセンとかカフェ巡りとかあるでしょ"

 "[シルバー友1] オハナシします"

 "[シルバー友2] 調教します"

 "草"

 "救様がんばれw"

 "前々から思ってたけど、友2に危険な香りがするわ"

 "少し前ならユニコーンになってそうw"

 "ユニコーン懐かしいな。最近まで隠れユニコーンがどうとかって話題だらけだったのに"

 "他の配信者だとまだその話題あるけどな"

 "救様は隠れる必要ないからな"

 "全員保護者だから"

 "ユニコーンどこいったw"

 "【速報】救様、国民栄誉賞と勲章の授与が決定的"


「ぷぎゃっ!?」


 またまた、いつもの冗談だよね。


「本当みたいだよ。速報ニュースが出てる」

「え!?」


 "うおおおおおおお!"

 "マジかw"

 "でもぶっちゃけ救様の方が『上』なのに賞を送るって傲慢にしか思えないw"

 "国民栄誉賞の話が出るとアンチ沢山出るのマジで草"

 "あの注視のみ総理に褒められても嬉しくないしな"

 "だから勲章もセットにして濁してるのかも"

 "ちょっ、新しい勲章ってマジかwww"

 "現在最高位の大勲位菊花章より高位の勲章を制定する見込み"

 "そりゃあそのくらい評価しないと誰も納得しないもんなw"

 "でも救くんちゃん、授賞式に出られるのかな"

 "受賞式をぷぎゃ逃亡する未来しか見えないw"

 "受賞拒否!"

 "しかし連れ戻された"

 "ありがとうからは逃げられない"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "八回逃げても強くなれないから素直にもらっとき"


「ぷぎゃああああああああ!」


 勲章とかそんなの要らないよ!

 これももらわなきゃダメなの?


「京香さん……」

「おめでとう! 救ちゃんは私達の誇りだよ!」

「ぷぎゃっ!」


 誇りだなんて恥ずかしいよ。


 "間違いなく俺達は歴史の転換点に生きている"

 "救様と同じ時代に生きていて良かった"

 "京香様の仰る通り、救様は俺達の誇りだよ"

 "うんうん、誇りだよ"

 "同じ探索者としてもすげぇ誇らしい"

 "いやぁめでてぇ"

 "愛でてぇ?"

 "ダブルミーニングは草"

 "おめでとう!"

 "おめでとう!"

 "おめでとう!"

 "おめでとう!"

 "おめでとう!"

 "おめでとう!"

 "おめでとう!"

 "おめでとう!"

 "救様おめでとう、そしてありがとう!"


「ぷぎゃああああああああ!」


 ボクは普通に探索者として頑張ってただけなのに。


 これ以上ボクを褒めないで、感謝しないで、恥ずかしくて受け止め切れないよ!







――――――――

あとがき


これにて第一部終了です。

第二部もよろしくお願いします。

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