6. タイトル回収

「先手必勝!」


 フラウス・シュレインを手にハーピアを一刀両断しようと宙を蹴った。


「っ!?」


 でもハーピアの腕輪から魔法が放たれる感覚を察知したので慌てて距離を取った。


領域フィールド魔法?」


 領域魔法は特定の範囲内に特殊な効果を生み出すもので、例えば体力が延々と削られる、状態異常にかかりやすくなる、逆に少しずつ体力が回復するなんてものもある。大きな特徴はその領域の中にいるなら敵味方関係なく効果を発揮する点。ちなみにサンクチュアリは似ているけれど、味方にしか効果が無い点で違うんだ。


「うわぁ、ボクのこと知ってるっぽいなぁ」


 ハーピアが使った領域魔法は反回復アンチリカバリーで、あらゆる回復がダメージとして判定されてしまうもの。当然エリクサーもダメ、蘇生魔法も即死魔法と化してしまうんだ。

 ボクのエリクサー頼りの特攻や遅延蘇生ディレイ・リザレクションを狙って封じに来たんだろうな。

 領域はこの辺り一帯を全てのみ込む広さで、領域外に出て戦うという選択肢は無さそうだ。


「今度こそ!」


 回復が出来ないのはハーピアも同じだから、先に相手を倒した方が勝ちってことになる。やっぱり先制攻撃が重要だと思うので再度フラウス・シュレインを手に斬りかかろうとした。


 パン!


「うわあああああああ!」


 でも残念ながらハーピアの行動の方が早かった。

 だって柏手を打つだけで攻撃になるんだよ。そんなの分かるわけないよ。


 とてつもない衝撃波が全身に叩き込まれ、思いっきり地面に叩きつけられてそのまま数メートル地下まで体が沈みこんだ。


「かはっ」


 うああ……痛すぎる。

 バフで防御力を限界突破させてるのにこんなにダメージを喰らうなんて。


「まだ……まだぁ!」


 エリクサーで癒すことが出来ないけれど、この程度の痛みなら何度も経験済みだよ。ボクは軋む体を強引に動かして再度空中に飛びあがった。


 パン!


 そのタイミングを待っていたかのように再度柏手による衝撃波が襲って来た。


「ぐうっ……」

「?」


 でも今度はさっきみたいに地面に叩きつけられるようなことはなく、空中で踏ん張れたぞ。


 パン!パン!パン!


「ぐっ、がっ、ふっ」


 今度は連射か。

 でも悪いけどもうそれは効果がほとんどないよ。


 パン!


「でやああああああああ!」

「!?」


 衝撃波を真正面から突破して今度こそハーピアに斬りかかる。


「え?」


 でもフラウス・シュレインがハーピアに触れる直前、見えない何かに阻まれるかのように止められてしまった。


 それならこれでどうだ!


「ていっ!」


 アイテムボックスからもう一本のチート装備、ザンレムを取り出して左手に持ち斬りかかる。

 惜しい!

 今度は後ろに逃げられちゃった。


 どうやらザンレムの方ならダメージを与えられそうだ。

 フラウス・シュレインが聖剣ならザンレムは魔剣かな。漆黒の刀身に魔物同士が喰い合っている気持ち悪い意匠のザンレムは見るだけで呪われそうに感じるけれどそんな効果は無い。

 堕天使のような見た目の隠しボスを倒した時に報酬としてもらったものなんだけれど、見た目が怖いからこれまでほとんど使ってなかった。


 フラウス・シュレインの攻撃が効かなかった時、属性無効化の時と似たような手ごたえだったから違う属性っぽいザンレムに変更したのは当たりだったみたい。


 "なんだあの禍々しい剣は!"

 "魔王が持ってそうなんだけど"

 "救くんちゃんはやっぱりまだ隠してたことがあったか"

 "それより救様がもうボロボロで見てられない!"

 "回復無効とか卑怯だぞ!"

 "救様死なないで!"

 "そして勝って!"


「魔人烈風斬!」


 ボクがつけた技名じゃないから中二病っぽいなんて言わないでよね。ダンジョンに関するあらゆる名前は誰かが名付けしてそれが広まると公式に採用されちゃうんだもん。剣に纏った魔力を高速で斬り放つこの技もボク以外の誰かが名付けたんだ。


「いい加減、当たってよ!」


 ハーピアが柏手の後から全然攻撃してこないから、猛攻を仕掛けているのに全部躱されてしまう。パラメータ的にはそれほど差が無いように感じるのに後一歩が届かない。


 というより、ボクの動きが読まれてる?


 だったら範囲攻撃で強引に当ててやる。


全属性狂乱祭カオススクランブル!」


 あらゆる属性魔法を無作為に同時に発動させて範囲内をランダムに攻撃する。サイクロンやブリザードやインフェルノなど、災害級の広範囲魔法を全方位から受けたら流石に逃げ切れないでしょ。


 "この世の地獄かな"

 "救様一人で世界滅ぼせるのでは"

 "池袋が消滅しそう"

 "公園外に出ないように加減してるみたいだからセーフ"

 "公園『解せぬ』"

 "救様あぶない!"


「かはっ」


 そんな馬鹿な。

 いつのまにかハーピアがボクの後ろに移動して何かで斬られた。ギリギリで気付いて避けようとしたけれど間に合わず、右肩の背中側にダメージを負ってしまった。この痛みはかなり傷が深いかも。


 こっちの動きを読める上に、範囲魔法は転移で避けるとかずるい。


「それは!?」


 ハーピアは相変わらず手に何も持っていないけれど、その周囲にいつの間にか太い糸のようなものが張り巡らされていた。ボクの血で赤く染まっているのを見て初めて気付いたよ。これまでハーピアが逃げに徹していたのはこれを準備するつもりだったからなんだ。


「残念だがここまでだ」

「え?」


 ハーピアの手がその糸に触れ軽く弾いた。


「うわああああああああ!」


 周囲に低音が鳴り響いたと思ったら、頭が割れるように痛い。


「え?」


 今度は高音が鳴り響いたと思ったら、全身から血が噴き出した。


「があっ!」


 別の音で全方向から押し潰されそうになり、さらに別の音で一方から猛烈な風が吹き寄せ張り巡らされた糸にひっかけ体を切断させようとして来る。


「音が……たくさん……」


 張り巡らされたのは糸じゃなくて弦だったのかな。

 ハーピアが奏でる音がボクに着実にダメージを与えてくる。


「まだ……だ……」


 ここでボクが負けたら世界は終わってしまう。

 またあのフルートのような全体攻撃で今度は日本だけじゃなくて人類全てを破棄しようとしてくる。そんなの絶対にダメだ!


 "誰か救様を助けて!"

 "なぶり殺しじゃないか"

 "こんなの酷いよ……"

 "ごめんなさい、私達が弱いせいで"

 "もっと必死に強くなれば助けられたかもしれないのに"

 "いやああああああああ!"

 "救様が死んじゃう!"

 "お願い逃げて!"

 "もういい、もういいから"


「いや、もう終わりだ」


 ハーピアの手元には張り巡らされた弦のうち五本が水平に並んでいた。それはまるで楽器のようで……え、楽器ってまさか!


終末フィナーレ

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 最早何が起こっているのか分からない。

 吹き飛ばされ、斬り刻まれ、叩きつけられ、ハーピアが奏でる『曲』により激しく弦が振るわれることでありとあらゆる攻撃がボクの元に殺到しているから。


 逃げることも出来ず、休むことも出来ず、四方八方から様々な攻撃を叩き込まれる。

 どれか一つでもガードしようと手を伸ばす余裕すら与えてもらえず、あまりの激しい攻撃に並列思考を維持できない。


 体は血まみれで何本もの骨が折れていそうだ。

 ハーピアが奏でる音が耳から体内に入り、内側から体を壊されようとしている感覚すらある。


 ああ、もう、ダメ。

 思考も、ままならない。

 痛い、辛い、苦しい、悲しい。


 もう嫌だ、どうしてボクばかり、全てを、投げ出して………………………………







「ボクの中に入って来ないで!」


 危なかった。この感情も攻撃の一つだ。

 強引に諦めさせて自ら希望を手放させようとするなんて、その手には乗らないぞ!


 というよりも、失敗だったね。

 あまりにも苛烈な攻撃だったからメンタルが壊れかけたけれど、ボクらしくない感情が生まれたことによる違和感が気になって逆に意識がはっきりしたよ。


 ボクが唯一自慢出来るのは諦めが悪い事だからね。

 この程度のピンチで投げ出すわけがないでしょ!


 体は相変わらず空中ダンスを踊らされて血を吹いているけれど、意識が戻った今ならアレが出来るはず。


 ザンレムを持つ手をゆっくりと上にあげて振り下ろす。

 ハーピアはボクから離れていてこのままだともちろん当たらないし、例え斬撃を飛ばしたところで軽く避けられるだろう。


 ふふ、でもボクにはアレがあるんだよ。


 チェンジ!


「ぬ!?」

「よし!」


 ハーピアの背後に出現させていた『分身』を使ってザンレムを振り下ろすタイミングで位置を入れ替えたんだ。分身に気付いていなかったハーピアの背後を取って、左腕を斬り飛ばしてやったぞ!


「とどめだ!」


 慌てて逃げるハーピアを追ってザンレムを振り続ける。今度は避けられることなく、着実にダメージを与えて行く。


「ぐっ……ならばもう一度喰らうが良い!」


 ハーピアは張り巡らされた弦を右手で震わせるけれど、残念ながらそれはもう大して意味が無いよ。


「くらえ!」

「なに!?」


 ボクは音の洪水をものともせずにハーピアに更に一撃を与えた。

 このまま終わらせてやる!


「何故だ!?」


 ボクは体力の減りに反比例してパラメータが強化されるスキルを持ってるんだ。

 少し前まではパラメータが限界に達してしまって意味が無いスキルだったけれど、限界突破を果たした今ならば超強化されるんだな、これが。


 だから最初の柏手の一撃で大ダメージを受けた後、同じ攻撃を受けてもダメージが極端に減っていた。

 弦による攻撃で少しずつ体力が減らされていったけれど、その分だけパラメータが上昇して耐久力が増していった。

 残り体力がほとんど無い今だからこそパラメータはとんでもないことになっていて、例え動きを読まれていようともハーピアより早く動けるようになっているから攻撃が当たるってことさ。


 ボクを倒すには強力な技で一気に体力をゼロまで削るべきなのに、少しずつダメージを与える戦法を選んだのがハーピアの敗因だね。


「これで終わりだ!」

「させん!」

「うわっとと」


 まだ隠し玉もってたの!?

 斬り飛ばした右肩から龍の顎みたいなのが生まれて危うく喰われるところだった。


竜の咆哮ドラゴンズロア

『グオオオオオオオオ!』


 これもまた音波攻撃なのかな。

 攻撃力がこれまでとは段違いだ。


 最初からこれ使われてたら危なかった。


衝撃音波うるさい!」


 音には音で対抗だ。

 ほぼ死にかけている今のボクはハーピアよりもパラメータが上だ。それすなわち、スキルの威力もハーピアよりも上回っているってことだ。


「ぷぎゃああああああああ!」


 ボクの叫びは竜の咆哮を押し戻し、そのままハーピアの体を硬直させる。その一瞬の隙にボクは距離をゼロにして今度こそとどめの一撃を放ち、ハーピアの体を上下に分断した。


「見事……なり」


 勝ったああああああああ!


「はぁっ、はぁっ、や、やった」


 血を流し過ぎて視界が霞む。

 早くこの領域を解除してくれないかな。


 エリクサーを飲ませて!


 ボクの想いが通じたのか、厄介だった領域はあっさりと消えて無くなった。


「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ぷはー、気持ぎんもちいいいいいいいい!」


 激しく運動した後の一杯エリクサーは格別だね。


「忘れるな……お前達が愚かである限り……ゲームは加速するのだと」

「もう、せっかく一仕事終えて気持ち良くなってるのに。空気読んでよね」

「…………」

「ぷぎゃっ! 怒らないでよ……」


 無表情なんだけど怒ってるってのが何となく分かるんだよね。


「救済者よ」

「なぁに?」

「進行が……巻き戻ったのは……ここだけに……すぎぬ」

「え? ちょっと消えないでよ。またそうやって思わせぶりなこと言って居なくなるんだから!」


 これだから隠しボスってやつは!!!!


「ふぅ、今回も疲れた……うわぁ、公園が見る影も無くなっちゃってる」


 戦い終わって地面に降り立とうとしたら、緑豊かだった公園がクレーターだらけでびっくりしちゃった。あそこの穴がボクが叩きつけられたところかな。


「救ちゃああああああああん!」

「京香さうわっ!」


 すごい勢いで抱き着いて来た。

 これ他の探索者だったら致命的なダメージ受けてるかも。


「無事でよがっだよおおおお!」


 わわ、そんなに泣かないでよ。

 それにぐるじい


 そうだ、皆の様子も確認しないと。


 "良かったああああああああ!"

 "救くんちゃんが生きてる!"

 "俺達も生きてる!"

 "みんな生きてる!"

 "勝ったああああああああ!"

 "救様大丈夫!?"

 "救様ありがとう!"

 "救様が無事でほんっとうに……"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"


「ぷぎゃああああああああ!」


 そんなに感謝されてもどう受け取ったら良いか分からないよ!


 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "ありがとう"

 "[シルバー姉] ありがとう"

 "[シルバー父] ありがとう"

 "[シルバー母] ありがとう"

 "[シルバー祖父1] ありがとう"

 "[シルバー祖母1] ありがとう"

 "[シルバー祖父2] ありがとう"

 "[シルバー祖母2] ありがとう"

 "[シルバー友1] ありがとう"

 "[シルバー友2] ありがとう"

 "[シルバー友3] ありがとう"

 "[シルバー友4] ありがとう"


「やめて! もう感謝しないで!」

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