5. 救世主爆誕(予定)
いかさまドラゴンが出現する少し前のこと。
探索者協会の会長室でシルバーマスクの動画を見ていた天下は荒れに荒れていた。
「ふざけるな!!!!」
それもそのはず、ダンチューブに圧力をかけて救のアカウントを停止させたにもかかわらず、シルバーマスクとして普通に配信をしているのだから。
また、天下が怒っている理由はそれだけではない。
様々な工作をして救と探索者達の評判を下げるように仕組んでいるにも関わらず、その効果がほとんど感じられず世間の救を支援したがる風潮に大きな変化が得られなかったからだ。
「どいつもこいつも!」
怒りに任せて暴れ回ったせいで会長室は酷い有様だ。
このままでは天下はより一層無茶苦茶で強引な行動に出るのではないか。
誰が見てもそう感じられるような姿だったのだが、幸いにも、あるいは不幸にもその未来は訪れなかった。
「ぐっ……な、なんだこれは!」
重力が数倍になったかのような謎の圧力が天下の体に突如襲い掛かり、両腕で体を抱きながら膝を床に着けた。
『愚か』
幻聴だろうか。
何者かの声が聞こえると共に天下の全身は猛烈な痛みに襲われ、まるで断末魔のような悲鳴をあげた。
「ぎゃああああああああ!」
この時、天下という人間は終わりを迎え、その肉体と大量の魔力を媒介に何者かが生まれようとしていた。
――――――――
探索者協会から現れたのは銀髪の人の姿をした魔物だった。髪で片目を隠し、もう片方の目はずっと閉じている。中性的な雰囲気があるけれど薄手の服の胸元を見るとまっ平だから男性なのかな。魔物に性別があるのか分からないけどね。
問題は見た目じゃなくて威圧感。
そこに存在しているだけで思わずひれ伏してしまいそうになる程の圧倒的な強者のオーラ。ボクがこれまで何度か戦った隠しボスと全く同じ特長だよ。
「あ……うう……」
「ぐうっ……」
「なに……これ……」
探索者達のほとんどが立っているだけで辛そうにしている。
うんうん、ボクも初めて隠しボスに会った時はこんな感じだったな。
「これが……救が戦ってきた敵か……」
「京香さん大丈夫?」
「はは、大丈夫とは言い難いが、動けはするぞ」
すごいや、もう隠しボスの雰囲気に慣れつつあるみたいだ。
「それなら皆を避難させてあげて」
「私も…………いや、分かった」
一緒に戦いたかったのかな。
でもごめんね、流石に隠しボスと戦うのは今の京香さんじゃ足手まといだよ。
これからこの一帯は戦いの余波で壊滅するかもしれないから、それまでの間に少しでも皆をつれて逃げて欲しいな。皆を守りながら隠しボスと戦うのは無理だから。
京香さんが避難行動を始めたと同時に、ボクは再び空に飛び隠しボスの近くへと寄った。
これまでと同じならば戦いの前に何かしらの会話にならない会話をしてくれるはずだから。
フルート?
いつの間にか隠しボスがどこからかフルートらしきものを取り出して右手に持っていた。
そしてそれを口にして音を鳴らした。
「これは!?」
先程までのプレッシャーとは比べ物にならない程の猛烈な不快感。
不安、恐怖、悲哀、後悔、緊張、焦燥、嫌悪など、様々なネガティブな感情が胸を強くしめつけ、狂いそうになってしまう。
「り、リラックス……ふぅ」
幸いにも
「うわああああああああ!」
「いやああああああああ!」
この声はまさか!
周囲を見回すと、避難しようとしていた探索者達が苦しみのたうち回っていた。京香さんもレジスト出来ていないみたい。
まって、この音の効果範囲ってどのくらいなの?
まさか!?
慌ててリストバンド型配信機器のモニターを見る。
"隠しボスまで出て来るなんて……"
"流石に共闘は無理か"
"探索者達が逃げるからカメラも遠くなっちゃった"
"救様こっちのカメラ持って来てくれないかな"
"ダンチューブが配信止めないようにしてくれてるだけでもありがたいさ"
"あれ、あのボスフルートみたいなの手に持ってない?"
"本当だ"
カメラは奥多摩ダンジョン深層に置いたままだけれどまだ配信状態が続いていて、皆が引き続きコメントしてくれてた。でもそのコメントは隠しボスがフルートを手にしたところで不自然に止まっている。
そんな……やっぱり……
悪い予感が当たったかもしれない。
そのボクの想像の答え合わせをするかのように最悪な『答え』が画面に表示された。
"たすけて"
このコメントをしている人がどこで配信を見ているのかは分からないけれど、少なくともこの付近だけに影響がある攻撃じゃないってことだよね。もしかしたら日本中、ううん、世界中にまで響き渡っているかもしれない。
「絶対に止めてみせる!」
このままでは多くの人が狂ってしまい、怪我人や死者だって沢山でちゃう。
そんなのは嫌だ!
そっちが『音』で攻めて来るなら、僕は『歌』で対抗するぞ。
パラメータの限界突破を果たした今ならば、魔力上昇のバフをひたすらかければきっと出来るはずだ。
「テンテンテン、テンテテ」
短いイントロの後に続けて日本人なら誰もが知っている愛と勇気が友達な歌を『歌魔法』で皆に届けよう。元気が出る歌って言ったらやっぱりこれだよね!
歌に三つの魔法を乗せて、フルートの音色を追って上書きするように広げて行く。
みんなげんきにな~れ。
が~んばれ。が~んばれ。
"治った!?"
"救様の御声が聞こえる!"
"救様が助けてくれた!"
"うおおおおおおお!"
"救様の慈悲の心が伝わって来る"
"嬉しくて涙が止まらない"
"でもア〇パ〇マ〇だから草生えちゃう!"
"どうしてその選曲www"
"子供達大歓喜"
"必死にア〇パ〇マ〇のマーチ歌ってる救くんちゃん可愛すぎるでしょ"
"歌のおねにーさん"
"イントロや間奏を口にしないで!"
"テンテンテンテンテンテテテン"
"共感性羞恥的な感じで画面見れなくなってきたわw"
やっぱりフルートの音色はかなり広範囲に広がってる。
ボクの魔力はどうにかまだ持ちそうだけど……やっと終わりが見えた!
うわぁ、日本のほとんどが攻撃されてたんだ。
でもこれで全てボクの歌で上書き完了だよ。
どうだ!
"ドヤ顔しながら歌う救様たすかる"
"本当に助かってるんだよなぁ"
"まさか沖縄に住んでるのに攻撃されて癒されるとは思わなかったわ"
"俺は北海道だけどまさかこれ日本中に効果あんの!?"
"マジで日本救ってるじゃん……"
"いや、まだ何も終わって無いぞ"
あ、しまった。
歌うのに熱中してたら隠しボスがフルート吹くの止めてるのに気付かなかった。目を閉じてるのにジト目でこっち見ているような気がするのは自意識過剰なだけだよね?
「どうしてこんなことするの!」
魔物としてボク達探索者に攻撃をするならまだしも、無関係な皆にまで危害を加えるなんて酷すぎる。だからとりあえず聞いてみたけれど、多分返事は無いんだろうなぁ。
「汝が神殺しか」
ほらね、やっぱり会話にならないんだ。
神殺しって物騒で可愛くないから止めて欲しいな。
「ボクは神殺しじゃなくて槍杉救だよ」
シルバーマスクでも可。
「……救済者たる資格は十分か」
今の間は何さ!
"隠しボスちょっと呆れてない?"
"隠しボス『本名だなんて思ってねーよ!』"
"隠しボス『もしかしてこいつ会話下手か?』"
"救様『あなたが言うな』"
"途端にコミュ障同士の会話に見えて大草原"
「救済者とか意味分からないよ……」
「この星を廃棄から救済する者だ」
「答えてくれた!?」
もしかしたらガムイ相手みたいに少しは会話になるのかな。これまで隠しボスを倒した経験があるって分かってもらえると相手してもらえるのかも。確かガムイの時もそうだったし。
「あれ、でも廃棄を撤回するのってゲームをクリアしなければダメなんじゃなかったっけ?」
『ゲーム』が何を指すのかまだ確定してないけれど、ダンジョン攻略に関係する何かなのは間違いない。
「ゲームの進行を先導せし者よ、創造主に変わり汝に救済者の資格を授けよう」
「そんなことより質問に答えてよ」
「…………」
やっぱりまともに答えてくれないじゃないか!
"隠しボスが戸惑ってるwww"
"てっきり資格について聞かれると思ったんだろうなぁ"
"そんなことよりってスルー出来る内容じゃないでしょ!"
"まともに会話しない敵VS想定外の反応をする味方"
"救くんちゃんは会話スキルマイナスだから……"
「聞け、救済者よ」
「質問に答えてって」
「……聞け、救済者よ」
「答えてよー」
「……………………その通りだ」
やった、答えてくれた。
"うっそだろおいwww"
"隠しボスが折れたw"
"コミュ障が勝った!"
"どっちもコミュ障なんですが"
"世界の命運がかかった超重要な会話なのに笑わせないで"
救済者とか何のことか良く分からないけれど、結局はゲームをクリアしなきゃダメってことだよね。引き続きダンジョン攻略を頑張れば良いってことなのかな。
「ゲームのクリア条件って」
「聞け、救済者よ」
「話の途中で割り込んじゃダメなんだよ」
「聞け!」
「ぷぎゃっ! 怒らないでよぅ……」
"おかしいな絶対的強者を怒らせたのに怖くないぞ"
"むしろ笑いが止まらないんだけど"
"話の途中で割り込んじゃダメだよね"
"救様の質問攻めで話が進まないと思ったんだろうなw"
"隠しボス相手にぷぎゃれる救様すこ"
しょうがないなぁ。
でもまた思わせぶりで意味不明なこと言わないでよね。
「私は審判者ハーピア。創造主の命によりこの星の終わりを判ずる者」
終わらせる者じゃないんだ。
だとするとまだゲームオーバーじゃないってことだよね。
ちょっとだけ安心。
「ゲームの進行に極めて反抗的な地域にて試練を与えるべく顕現した」
その試練というのが、さっきのフルートでの攻撃なのかな。
「私という存在は汝らの愚かさの象徴なり。ゲームを続けたくば私を乗り越えてみせよ」
良く分からないけれど、結局戦えってことなんでしょ。
いつもといっしょじゃん。
「さて救済者よ」
シルバーマスクの時もそうだけど、どうして皆恥ずかしい呼び方してくるのだろう。
「そなたの弱き者を助けようとする優しき心、心身共に強くあろうと研鑽を積み重ねる姿勢、そして人々の歪んだ心を変革に導いた功績を称して、一つ褒美をやろう」
「ぷぎゃあ……ボクそんな立派な人じゃないよ」
「…………」
だって人として普通のことをやってるだけだもん。
"ハーピアの雰囲気が柔らかくなってらー"
"救様は本気でそう思ってるから愛おしくなっちゃうんだよね"
"あれだけお礼を言われても自己評価が低いのなんの"
"救様信者の会にようこそ!"
"ハーピアずっと無表情だったのにわずかに微笑んでない?"
"遠目だから良く分からないなぁ"
でも褒美を貰えるならもらっておくよ。
だってこれまでも隠しボスの撃破報酬ってとんでもないものばかりだったから、褒美もきっと役に立つものだと思うし。
「私を撃破した暁には、ゲームの進行を本来の状況に戻してやろう」
「え?」
「現在ゲームは最終段階まで進もうとしている。このままでは近く終焉を迎えるだろう。だが本来の想定ではゲームはまだ半分も進んでいないはずだったのだ。汝らがゲームを極端に拒絶するがゆえ異常なスピードで加速し続けたが、それを無かったことにしてやろうと言っている」
それってとんでもないことじゃないの!?
だって世界の終わりが遥か未来まで伸びるってことだよね!?
"ふぁああああああああ!"
"マジで!?"
"救様の優しさが世界を救っちゃった!?"
"落ち着け、まだ倒してないから"
"でもっ! でもっ!"
"あのフルートの音色を聞いた時はもうダメかと思ったのに"
"救様が体を張って皆を助け続けてくれたから"
"俺達生きてて良いの?"
"うわあああああああん!"
"救様!"
"救様!"
"救様!"
"救様!"
"救様!"
「さておしゃべりはここまでだ」
ハーピアの雰囲気が明らかに変化した。
これまでの対話モードから戦闘モードへと。
まだ色々と疑問は残っているし、世界が延命出来るかもしれないという状況への驚きもある。
でもそんなことに心を揺さぶられていたら隠しボスを倒せなんかしないことはこれまでの経験で良く分かっている。
ボクに出来ることはこれまで通りに全力で戦い、倒すことだけだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます