4. いかさまドラゴン

 ボクが池袋ダンジョンに着いたと同時に、ダンジョンから一匹の巨大な魔物が出現した。

 八階建てのビルと同じくらいの高さの八つ首の魔物。胴体から伸びるそれぞれの首は色違いで、もちろんブレスを吐いて来る。


 日本人なら恐らく誰が見ても『ヤマタノオロチ』と表現したくなる魔物だけれど、ボクは全く別の名前で呼んでいた。


「よりにもよって、いかさまドラゴンが出て来るなんて……」


 オロチならヘビであってドラゴンじゃないかもしれないけれど、細かいことはどうでも良い。だっていかさま大蛇よりもいかさまドラゴンの方が響きが格好良いじゃん。


 この魔物は最難関ダンジョンの一つ、新潟の粟島ダンジョンの深層ボスだ。粟島ダンジョンは作った人?の性格を疑いたくなるような悪辣な罠が多いダンジョンで、深層ボスのいかさまドラゴンも嫌なギミックを持っている。


「探索者が残ってる!」


 池袋ダンジョンは大きな公園の中にあり、いかさまドラゴンはその中央に鎮座していた。そしてその周囲に探索者達が残って戦う意志を見せていた。


 でもこのままじゃ、いかさまドラゴンのブレスで殺されちゃう!


聖域結界サンクチュアリ!」


 三角錐型の巨大な結界を周辺に張ったので、これでブレスが直撃しても最悪でもエリクサーで治せる程度の重症だろう。

 でもそれは探索者に限った話であって、一般人に直撃したら死んでしまう。それにあのブレスは結界の遥か外まで射程がある。


 だから頑張って皆を避難させないとダメなんだけど……


「慌てないで、こっちに来て下さい!」

「こっちは人が多すぎて詰まってます! あちらを回って避難した方が速いです!」

「走れない方はサポートします!」


 探索者の皆がすでに避難誘導をしていて、多くの人が遠くまで逃げていた。

 先輩方は行動が速くて凄いや。


 よぉ~し、ボクも頑張るぞ!


足縛りレッグバインド!」


 魔物の移動を阻害する魔法で、ボスには効きにくいのだけれどいかさまドラゴンには効果がある。

 元々いかさまドラゴンは固定砲台的なボスなので移動はほとんどしないのだけれど、僅かにでも動かれるとブレスの対処が面倒なのでこうして動きを封鎖する。


 そしてフラウス・シュレインを構えて、上空から地面に向かって空中ダッシュして一気に胴体を切断した。


「むぅ……出番は無かったか」


 着地したところに大盾使いのいかつい探索者の人がいて驚きの表情でボクを見ているけれど、まだ終わって無いからね。


「油断しないで!」


 真っ二つになったはずの胴体はすぐにくっついて修復されている。


「これ使って下さい! サンクチュアリ使ったので死なないとは思いますが気を付けて!」


 ボクは大量のエリクサーを大盾使いの人に渡して再度上空へと飛んだ。


「「「「「「「「ギュラアアアアアアアア」」」」」」」」


 攻撃を仕掛けた僕に対して怒っているようだけれど、首が八つもあると煩くて堪らない。


「さぁ攻撃してきて」


 いかさまドラゴンは色とりどりのブレスをボクに向かって吐いて来るけれど、その全てを空中機動で躱し続ける。


 このまま上手く行けば……ダメだよねぇ。

 いかさまドラゴンはボクに攻撃するのを諦めて適当に周囲を攻撃し始めた。


 ボクが一番嫌がることを良く知ってる。


 全ての首がブレスを吐きながら縦横無尽に動き始めた。

 それがサンクチュアリの範囲外まで出てしまえば建物は破壊され死者が出てしまうかもしれない。そうならないために空に攻撃するように誘導したのだけれど、恐らくはその意図を理解してボクよりも周辺を攻撃することを優先したのだろう。


「シールド!シールド!シールド!」


 ブレスを防ぐ魔法の盾マジックシールドを生成し、ブレスを結果内から出させない。

 ブレスはレーザーのような直線的なものと広がるタイプの二種類があるけれど、なるべく口に近い所にシールドを生成することで広がせないように対処する。

 八つの首のうちの一つは魔法の盾マジックシールドでは防げないブレスを吐いて来るので、ボク自身が盾になってどうにか受け止める。


 並列思考をフル稼働させて必死でブレスの軌道を読んで七個のシールドを動かし続け、同時に自分の肉体でブレスを防ぎ続ける。

 あまりにも精密な作業に脳が焼けそうだ。


「ああもう、邪魔!」


 シルバーマスクの仮面を被っていたから視界が狭い。慌てて取り外すと僅かだけれど動きやすくなった。


 でもこのままだと防ぐだけで精一杯だ。

 余計なことを考える余裕も無い。


 あっぶな、緑首のブレスが逸れかけた。

 受け止めるだけだと魔力消費が激しすぎて大変だから、なるべく上空に受け流すようにして……ああもう動き過ぎで追うだけで精一杯だ。

 体で受け止めているブレスも守備力アップバフの効果でダメージは少ないけれど地味に体力を削って来て、集中力の妨げになりそう。


 これは思ってたよりきついぞ……どうしよっかなぁ。


「シルバーマスクを助けるんだ!」


 え?


「おまえら! 私達もやるぞ!」


 この声はまさか京香さん!?

 ここに来てたんだ。


「「「「「「うぉおおおおおおおお!」」」」」」


 しかも他の探索者達もやる気になってる。

 サンクチュアリがあれば死なないとは思うけれど、ダメだ!


 彼らは赤い首にターゲットを絞ったらしく、集中攻撃を始めた。

 いかさまドラゴンは最難関ダンジョンの最奥ボスだから、本来であれば上級ダンジョンに留まっている彼らの実力では全く敵わないんだけど、他の首をボクが抑えているから攻撃だけに専念出来て少しずつダメージを与えられている。


 双剣使いが連撃を浴びせ、槍使いが牽制し、魔法使いが爆破魔法で攻撃し、弓師が剛矢を放つ。


「うおりゃああああああああ!」


 そしてトドメは京香さんの大剣による一撃だ。

 流石京香さん、綺麗に斬り落とした。


「「「「「「うおっしゃああああああああ!」」」」」」


 喜んでいる皆には悪いけれど、それダメなんだよ……

 切断された首はすでに消滅し、新たな首がすぐに生まれようとしている。


 この間だけはいかさまドラゴンは攻撃をしてこないから今のうちに京香さんに話をしないと!


「京香さん!」

「救!」


 京香さんの近くには探索者の人達が沢山いるけれど、恥ずかしがっているような状況じゃない。


「いかさまドラゴンは首を倒しちゃダメなんです」

「いかさまドラゴン?」

「えっと、このヤマタノオロチのことです。首を倒すと復活するから、あ、もう時間が!」


 いかさまドラゴンが攻撃態勢に入っちゃった。

 もっと説明したかったけれど時間が無いから慌てて空に戻った。


『救、聞こえるか?』

「京香さん?」


 かなり上空に飛び立ったのに京香さんの声が間近から聞こえる。

 どうやら配信用のリストバンドから聞こえて来てるみたい。


 これって通信機にもなってるんだ。


『何をしたら良いか指示をくれ』

「え?」

『あいつのことを知ってるんだろう。頼む、救だけに任せてはおけない』


 なぜだろう。

 すっごく嬉しいや。

 京香さんや他の探索者の人達と協力して戦える日がくるなんて思ってもみなかった。


 よし、やるぞ。


 最初と同じく、フラウス・シュレインで胴体を切断してからまたブレスの防御を開始する。


「いかさまドラゴンの倒し方は胴体を八回倒すことだよ」


 ブレスを防ぎながら京香さんにいかさまドラゴンについて説明をする。


「ただし、一回倒すごとに二分間の無敵時間があるの」


 だから一気に倒すことが出来ないんだ。

 これがダンジョンの最奥なら攻撃を避け続けていれば良いだけなんだけど、ここだとその間中にこうして守り続けなければならないから難易度が激増してるんだ。


「大事なのは首から上を攻撃して倒さないこと。倒すと復活する上に、胴体の復活回数も元に戻っちゃう」


 首が八本もあると、どれかを攻撃して倒したくなっちゃうけれどそれは罠なんだ。

 最初戦った時にそのことに気付くのにどれだけ時間がかかったことか……


 ちなみにフラウス・シュレインなら無敵を突破して胴体に攻撃できるけれど、それはズルになるらしくて首を倒したのと同じ扱いになる。楽できるかなと思って試したのに対策取られててがっかりだったよ。


「胴体はボクが一瞬で倒せるけれど、無敵時間中は首の攻撃を耐え続けるしかないの」


 だからボクはこうしてひたすら防御に徹してるんだ。

 かといって防御するのも簡単じゃない。

 だってブレスにも罠があるから。


「ブレスは見た目通りの属性じゃないし、透明のブレスを吐いてくることもあるよ」


 例えば赤い首から赤いブレスが吐かれるけれど、それは熱系のブレスじゃなくて氷系のブレスだったりする。ブレスを受け止め切って吐き終わったのかと思いきや透明になっただけで攻撃が続いているなんてこともある。


「他にもボクが知らないだけで沢山騙してくる可能性もあるよ」


 ボク相手には効果が無いから使わないと判断しただけで、他の人相手なら使ってくる罠があるかもしれない。ボクに真っ向から攻撃してこないように、相手を騙そうとする意志が強すぎる相手だから警戒するに越したことは無い。


『だからいかさまドラゴンか……』

「そんな感じの敵なんだけど、何本引き受けられます!?」


 一本でも二本でも受け持ってもらえれば大分楽になって、胴体への攻撃に手が回りそうなんだ。


『四本だ!』


 四本!?


 無理してない?

 いくらサンクチュアリでダメージ軽減されてるからって、最強ボスの一角の攻撃だよ!?


「それは……」


 大丈夫なのかって聞こうと思った。


 でもそれって京香さんを信じてないってことだよね。

 京香さんなら大丈夫。

 まだ付き合いは短いけれど、そう信じたい。


「色は?」

『赤、青、黄、緑』

「了解!」


 しばらくすると、四つの首の攻撃がボクじゃなくて探索者達の方へと向き始めた。

 このボスって挑発効かないんだけどどうやってるのかなって思ったら素直に攻撃してヘイト溜めてた。


「要は倒さなきゃ良いんだろう!」

「俺達の攻撃程度ならビクともしないだろ!」

「でもちょっとばかりピリっときてウザイくらいには感じてくれてるよな!」


 いつの間にか探索者達が増えていた。


 おお、あの女の人すごいや。でっかいムチで縛り付けてヘイト稼いでる。

 でもブレスはどうやって耐えるのかな。


 なるほど、大盾さんとペアなんだ。

 ムチの人を守るように文字通り盾になっている。


 爆破魔法で相殺したり、剣でブレスを斬ってる人もいる。


 うわぁ凄い凄い、皆で戦ってる!

 これならボクも余裕が出来るよ!


 魔法の盾マジックシールドが効かない首は探索者さん達が引き受けてくれているから、ボクは四つの首のブレスを魔法の盾マジックシールドを使って防ぐだけだ。大変には変わらないけれど、八つを担当するよりも遥かに楽になった。

 それに体が空いているということは、いかさまドラゴンの本体に攻撃可能ということ。


「やぁっ!」


 これで二回目。

 いかさまドラゴンは倒した回数で攻撃方法が変わるから逐一伝えないとね。


 三回、四回と順調に撃破を重ねる。

 探索者達も今の所は問題なく守れているみたいで被害はまだゼロだ。


 だから油断したってわけじゃない。

 でもまさか魔物以外のことでピンチになるなんて思いもよらなかったよ。


「この音って……ヘリコプター!?」


 突然ヘリコプターが飛んで来たんだ。

 これまで上空は安全だったから、ブレスを正面から受け止めるだけじゃなくて上空に逸らすようにもしてたんだけど、それが難しくなっちゃった。

 しかも探索者達が相手してくれていた魔法の盾マジックシールドが効かないブレスを吐く首が急にヘリコプターの方を向いてブレスを吐いてしまい、そのことにボクが気付くのがワンテンポ遅れてしまった。


「間に合えええええええええ!」


 慌てて空中ダッシュで駆け付け、サンクチュアリの範囲を抜けた先でどうにかヘリとブレスの間に体を割り込ませられた。でも急ぐことに注力していたからまともな防御が出来ず直撃を喰らってしまう。


「うわああああああ!」


 焼けるような衝撃が体を襲うけれど、後ろのヘリコプターに届かせるわけにはいかない。ボクは力任せにブレスを逆の空の方向へと跳ね返した。


「危ない!」


 するとヘリコプターがバランスを崩して落ちようとしていることに気が付いた。

 慌ててヘリコプターの下から持ち上げ、ゆっくりと近くのビルの屋上へと降ろしてあげる。


 こっちを攻撃していた首はまた探索者が引き付けてくれたらしく、もうこっちを向いていなかった。


「はぁっ、はぁっ、大丈夫ですか!」


 念のためヘリコプターの中の人の無事を確認したけれど、大丈夫だったみたい。


「あ、ああ、助かったよ」

「ひいっ! その傷!」

「はぁっ、はぁっ、これなら治るから大丈夫です。無事なら早く逃げて下さい」


 ヘリコプターを助けるのに必死でエリクサーを使う暇がなく、体中が悲鳴をあげている。

 並列思考は便利なものでこんな状態でも遠隔で四つの首のブレスを抑えられている。でもこれ以上体にダメージを受けたら並列思考スキルが解除されてしまう。


 ボクはエリクサーを飲むと、急ぎ戦場へと戻った。


 そういえばヘリコプターに乗っていた人達、大きなカメラ持ってたけどまさか撮りに来たのかな。無茶するなぁ。邪魔だからもうやらないでねって後で伝えないと。


『救、大丈夫か!?』

「平気だよ。そっちは?」

『こっちは安定してるから気にするな。それより後で会議な』

「ぷぎゃあ! なんで!?」

『なんでもだ!』


 あれは不可抗力だよ、ぐすん。


 なんか腹立ったからさっさと終わらせよう。


「次から見えない九本目の首が生まれるけれどボクが対処するから」

『はぁ!?』


 卑怯すぎるよね。

 でも最後の最後でこいつ、もっととんでもないずるいことやってくるんだ。


「次で最後だけど、最後は首同士が攻撃してわざと死のうとするから気を付けて!」

『最悪だ!』


 同士討ちして復活回数を回復させるとか卑怯にもほどがあると思うんだ。

 いかさまドラゴンに対する愚痴大会をいつかやってみたかったけど、これなら出来るかな。楽しみ楽しみ。


 ボクは単純にブレスをシールドで防いでいるだけだから同士討ちなんてさせないけれど、皆はどうやるのだろうか。


 おお、衝撃波を飛ばして首を強引に動かした。

 あわわ、爆破魔法は倒しそうで見ているこっちが怖いよ。

 あれ、京香さんが首を登り出した!?


「危ない!」


 京香さんごと殺してしまおうと隣の首がブレスで狙って来た。

 これは守らないとダメかなと思ったけれど、京香さんは空中を蹴って・・・・・・登っていた首を強く前方に押して躱した。


『どうだ見たか!』

「すごいすごい!」


 空中足場のスキルを手に入れたんだ!

 少し前にスキルの存在を知ったばかりで入手方法を教えてないのに自力で入手するなんて流石京香さん。


 皆のおかげで七回目を撃破してから二分が経った。


「これで終わりだ!」


 ボクが上空からダイブするといかさまドラゴンは焦ったように首を胴体に巻き付けるようにして攻撃を防ごうとするが、隙間から中に飛び込んで切り裂いた。


 するとこれまでと違ってすぐに元通りになることなく、ズズゥンという音と共に崩れ落ち、キラキラしたエフェクトと共にゆっくりと消滅した。


「勝ったよ」


 いかさまドラゴンが消えると中にいたボクの姿が皆から見えるようになった。皆からじっと見られていて気恥ずかしかったけれど、どうにか一言だけ言う事が出来た。


「「「「「「「「うおおおおおおお!」」」」」」」」


 途端、探索者達は大声をあげて喜び出した。


 最難関ダンジョンのボスを倒したんだ。

 当然の反応だと思う。


「救、お疲れ様」


 京香さんも疲れたような顔をしてボクの方に来た。


 でもね……


「救?」


 ボクがまだ警戒を解いていないのが分かったのかな。京香さんは戦闘態勢に戻ってくれた。


「まだ終わってないよ」


 何故ならば、いかさまドラゴンが出てくる直前に各地のダンジョンから来て降り注いでいた魔力は、池袋ダンジョンに流れ込んだ訳では無かったから。


 実は僅かだけれどズレてたんだ。


 池袋ダンジョンには魔力の端くれが流入して、その影響でいかさまドラゴンが出て来たに過ぎない。


 それならば魔力は一体どこに降り注いでいたと言うのか。

 それはこの池袋ダンジョンのすぐ隣にある建物。


「探索者協会に何かあるのか?」

「あそこって探索者協会の建物なんだ」

「知らなかったのか。探索者協会の本部だよ」


 皆退避したのか、建物の中には一人を除いて・・・・・・誰も居ないのが気配で分かる。

 そしてその一人はすでに人間では無い存在へと変貌しているようだった。


「っ!」

「何だ!?」


 探索者協会本部の最上階部分が突然吹き飛び、中から一人の人物が現れた。

 そしてその人物からは今のボクでも苦戦する『隠しボス』と同じ気配を感じられた。

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