コミュ章、また人助けする

1. 崩壊の予兆と希望の光

「クソ、手間かけさせやがって!」


 探索者協会の会長室にて、天下はパソコンの画面を忌々しそうに見つめていた。そこには先程まで槍杉救の配信が表示されていたのだが、現在は視聴不可能という文言が表示されているだけだ。


「だがそれもここまでだ」


 天下は気持ち悪い笑みを浮かべながら、ここ数日の出来事を思い出す。 


 これまで『上』の指示に従って探索者の評判を下げて権利を剥奪することに注力していた天下だったが、救の登場によりその行為こそが世界を破滅へと導く可能性が示唆されてしまった。

 このままでは探索者を食い物にしてきた人達が世間の批判に晒されて破滅してしまうだろう。連日のようにどうにかしろとの連絡が舞い込む中で、天下は足りない知恵を必死に振り絞り起死回生の案を考えた。


『やはりあれもフェイクであると広めるしかないか……』


 救の動画の内容が自らを破滅へと導くのならば、それがフェイクだと主張する以外に助かる道は無い。だがすでに世の中の流れは救の言葉を真実とする方向へと向かいかけている。まずは救がこれ以上余計なことをしないようにと対処する必要があった。


『ダンチューブにもっと圧力をかけろ! 外から何を言われても構わん!』


 ダンチューブは元々アメリカのベンチャー企業が起こしたサービスだ。

 いくら日本支部とはいえ、海外の企業に日本政府が圧力をかけなどしたら外交問題に発展しかねない。そのためこれまではおいそれと手を出せなかったのだが、この状況では四の五の言ってられなかった。


 その結果が、京香と救のアカウント凍結という措置である。


「たかが零細企業ごときが逆らいやがって、クソが」


 天下にとってはベンチャー企業など子供の児戯に等しく、下民共のくだらない遊びとしか認識していない。しかしダンチューブはどれだけの圧力を受けようとも中々屈しなかった。自分が見下している相手が思うように動かないことが現在の危機的状況と重なってあまりにも腹立たしかった。


 だが、時間はかかったがついにダンチューブを掌握して救のアカウントは凍結され、しばらくは配信出来ないだろう。

 他の著名な動画配信投稿サイトにもすでに圧力をかけており、新たにアカウントを登録できないようにしてある。


「後はいつも通りに世間を誘導すれば……ふぅ、首の皮一枚繋がったってところか」


 早速今日の夜から救の評判を地に落とすためのテレビ番組が始まるだろう。

 うさんくさいコメンテーターや謎の専門家たちが声を揃って救を糾弾するのだ。


 救の動画は全てフェイクだ。

 あれほどの怪我をして平然としているのが不自然なのがその理由だ。

 フェイク動画で世界が滅ぶなどと世間を不安に陥れた卑劣な男だ。


 そしてこれだから探索者は信用ならないのだ、と締めくくられる。


 人は信じたいものを信じる傾向にある。

 これまで政府の流言に惑わされて探索者を叩いていた人達にとって、いまさら探索者は人々を必死で守っている崇高な職業だなどと受け入れるよりも、どれだけ不自然であろうとも探索者はやはり汚らわしい野蛮な職業だと言う説の方が受け入れやすい。


 救の強烈な動画はその感性すらも覆す程に説得力がある生々しいものであったが、配信を制限することで人々のこれ以上の考え方の変革を防いだのだ。


「チッ、こいつは排除だな」


 実際、天下が懇意にしていた某大学教授も救のことを信じかけており、彼にとって好ましくない質問がメールで届いていた。


『もしも槍杉救の言葉が本当であるならば、探索者の活動を制限することで大惨事を引き起こす可能性があるのではないか』


 そんなことは天下にだって分かっている。

 だがそんな心配など端からする必要が無いのだ。


「どうせ正義のミカタが頼まなくても助けてくれるだろ」


 世間知らずのシルバーマスク様が、どれだけ叩かれようが勝手に動いて命を懸けて守ってくれるのだ。それなら自分達はこれまで通りに甘い蜜を吸い続けていれば良い。


「あのクソガキが負けたら世界が滅ぶなら、全員道連れだ」


 協力して世界を救うのではなく、世界が滅ぶのならそれまでを最大限堪能すれば良い。

 世界の未来を考えもしない彼らの行動はまさに『愚か』と呼べるものなのかもしれない。


――――――――


副手ふくしゅ! 後ろだ!」

「分かってる!」


 副手と呼ばれた双剣使いの青年は背後からのオーガの一撃を横ステップで軽やかに躱し、振り向き様に連撃を叩き入れる。


「今だばく!」

「任せて、エクスプロージョン!」

「うおおお!」


 副手の合図で黒いローブを羽織った若い女性が爆破魔法を放つが、エクスプロージョンは爆破範囲が広いため近くにいた副手も巻き込まれそうになった。

 慌てて全力で回避したため髪先が少し焦げた程度で済んだ副手は肩を怒らせて獏の元へ向かった。


「もっと範囲小さい魔法あっただろ!」

「てへ」

「お前なあ」

「ごめんごめん。副手なら避けてくれるって信じてたんだよ」

「……いつもそれで許すと思うなよ」

「じゃあおっぱい触らせてあげるから許して」

「ぐっ……揶揄うな!」

「きゃ~副手が怒った~」


 ここがダンジョン内であるとは思えない気の緩みように見えるが、これでも彼らは警戒を怠ってはいない。気が張り詰め続けて精神的に疲れやすいダンジョン探索を少しでも快適にするための演技なのだ、きっと。


「イチャイチャするのは後にしな」

「そうよ、上級ダンジョンの中層で良く油断出来るわね」


 獏が副手を揶揄っていると、巨大な盾を持ち強固な鎧を着こんだ壮年の男性とトゲトゲしい鞭を持ち露出が多くてスタイルの良い妖艶な女性がやってきた。彼らは現在、この四人でパーティーを組んでダンジョン攻略をしている。


実葉じつはさん、まともな男に縁が無いからって嫉妬は良くないですよ」

「小娘……何か言ったからしら」

「べっつに~」


 続いて女性陣がじゃれ合い出してしまい、盾使いの男性は額を抑えてかぶりを振る。


賀田かたさん、俺が怒りましょうか?」

「彼女達は君が言っても聞かないだろ。それに問題無い」


 どれだけふざけていようとも、彼らは上級ダンジョンの中層で安定して狩りが出来る程度の実力者。ダンジョンを甘く見ることなど無く、新たな魔物が近づくと完璧な対処で屠って行く。


「そろそろ下層にチャレンジしても良いかもしれんな」

「賀田さんがそう言うなら俺も賛成です」

「行こ行こ!」

「私も良いと思うわ」


 このパーティーの中で一番の慎重派の賀田がそう言うのならば問題無い。他の三人はとっくに下層にチャレンジしたいと思っていたのだ。そしてゆくゆくは最難関ダンジョンにも挑戦する。

 それは探索者としての向上心や、単なる強くなりたいという欲求でも無い。


 四人が抱く想いはただ一つ。


『早く救様の役に立ちたい』


 彼らは皆、救に助けられた探索者だった。


 例えば双剣の青年、副手ふくしゅ 牛田うした

 まだ探索者として初心者だった頃に同業者に騙されて上級ダンジョンの最下層に突き落とされた人物だ。先日救のありがとう配信に登場した人物でもある。

 救に救助されたことで劇的に強くなり、騙した探索者達を捕えて罪を暴き、見事なざまぁを成し遂げた。その後は救へ恩を返したいとの想いで修練に励み、上級ダンジョンを探索出来るまでに成長した。


 救が最難関ダンジョンの『掃除』担当者を探している今、自分が立候補するのだと最難関ダンジョンに挑む目安となる上級ダンジョンクリアを目指して努力しているのだ。


 高校を卒業したての女性魔法使い、ばく 葉月はづき

 コツコツと探索家業を続けて来た男性騎士、賀田かたすぎる

 色気はあるが男運の無い女性ハンター、実葉じつは 心清ぴゅあ


 彼らもまた種類は違えど副手と同じく救に助けられ恩を返したいと望む者達だ。

 偶然にも出会い、お互いの望みを知り、志を共にする仲間になりこうして冒険をしている。


「あたしも救様にお会いしたいなぁ。副手ばっかりずる~い」

「そんなこと言われてもな……そのぐいぐい来るのを止めれば呼ばれるんじゃないか?」

「私に死ねと!?」

「止まったら死ぬとかマグロかよ」


 彼らは皆、ありがとう配信の参加者候補として京香に声をかけられていたが、獏は積極的すぎる、賀田は見た目がいかつい、実葉は雰囲気がエロい、という理由で初回配信ではお祈り申し上げられてしまった。


「騒ぐな。もうすぐ会える」


 それもダンジョンの掃除をする者として、救の仲間として会えるかもしれないのだ。気合が入らない訳が無い。


「そうね。そのためにはまず……」

「中層ボスを倒さなくっちゃな!」

「わかってるよ~」


 ボス部屋の前に四人は陣取り、装備やアイテムを確認し、ボス戦での立ち居振る舞いを再確認する。

 たっぷりと時間をかけて準備を終え、いざボス戦に挑もうと賀田が扉に手をかけたその時。


「まって!」


 実葉が賀田の腕を強く掴み、それを制止した。


 実葉はダンジョンの中で男性探索者に襲われる経験が多く、救に助けて貰った時も辱められる直前だった。それゆえ危機察知系のスキルを重点的に鍛え、救に匹敵するほどの練度になっていた。


 その実葉のスキルが激しく警鐘を鳴らしていた。

 このボス扉の向こう、ではなく、それより下からとてつもなく恐ろしい何かが這い上がって来る。


 今の自分達では間違いなく敵わないと確信出来るほどの何か。


「全力撤退!」


 四人は彼女のスキルにこれまで何度となく助けられ、全幅の信頼を寄せている。彼女がそう言うのならば従う以外の選択肢は無い。


 ボス部屋から逆走し、上層へ向かって駆ける。

 魔物は逃走に邪魔な相手だけ速攻で殲滅して逃げることを最優先にする。


 緊急脱出用のアイテムは持っているがそれは使わない。


「イレギュラーです! 逃げて下さい!」

「最難関レベルの魔物が来るぞ!」

「早く脱出してください!」

「脱出アイテム無い人いたら配ります!」


 彼らはダンジョンで探索している他の探索者達を一人でも多く逃がしたかったのだ。救が助けてくれたように、自分達もまた探索者を助けるんだというマインドが彼らの中で育っていた。


「来るわ!」

「なんというプレッシャーだ」

「まだ残っている人はいるか!?」

「道中で会った人は全員逃げたよ!」

「よし、上に行くぞ!」


 ここにきて、実葉以外も強大な魔物がやってくる感覚があった。

 気配だけでも自分達が敵わないということが良く分かる。実葉が撤退を速攻で決断したのも当然だ。


「絶対に守り切るぞ!」

「はい!」

「もちろん!」

「と~ぜん!」


 彼らは全力で逃走を続ける。

 全ては探索者達を、人々を守るために。


 上層の探索者の退避が終わったら、次はダンジョン入口付近の住民の避難。


 それが終わったら、どうするのか。


 当然、勝ち目のない戦いに挑むに決まっている。


 シルバーマスクの存在が世間で大きく認知された渋谷事変。

 そして今度は池袋にて新たな伝説が生まれようとしていた。

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