7. ありがとうがたくさん、だけどトラブル発生
「なるほど、確かに私にも悪いところがあったな」
この後の予定の時間を確保するために強引な手段を取って急いだのだと懇切丁寧に説明したらどうにか正座から解放してもらえた。
「折角たくさんの時間を用意してくれたんだ、早速やらせてもらおう」
あれ、京香さんが悪そうな顔になってるぞ。しかもボクの危険感知スキルがビンビンに反応している。これから何が起きるの!?
「おいお前ら、一旦配信止めるからちょっと待ってろ」
配信を止めるってことはリスナーの皆には見せられない準備をするってことだよね。
「なぁ救、強くなるにはどうしたら良いと思う?」
「え?」
急にどうしたんだろう。話の流れが良く分からないや。
「死にかけながら戦うと強くなるよ」
これまでにも何度か説明して、実際に体験してもらった答えを言う。
「そうだよな。実際私もかなり強くなったと思う。救の考えは間違ってなかったよ」
「う、うん」
納得してもらえてうれしいのに、どうしてか嫌な予感しかしない。
「それなら救も同じことをして強くなろうぜ」
「いいの?」
てっきり京香さんはボクが傷ついて強くなることに反対なのかと思ってた。だって家族会議に参加したがってたから。
「ああ、いいとも。だが強くなるってのはメンタルの話だ」
「え?」
ボクのメンタルを鍛えるってことか。
あれ、もしかして京香さんが言いたい事って。
「苦しんだ方が強くなれるなら、しっかり目を見てお話する練習をすればコミュ障も早く治るよな!」
「ぷぎゃああああああああ!」
妙に回りくどく説明すると思ってたらこれを狙ってたんだ。
「救は逃げないよな」
「うう……」
京香さんにはエリクサーを使って頑張って貰ったのにボクがここで逃げるなんて出来るわけがない。
「ということで、分身を消しな」
「!?」
そんな、アレを消したら逃げ場所が無くなっちゃう!
「救は反射的に分身と入れ替わって逃げる癖があるだろ。だからまずは分身を消すところから始めよう」
「ぷぎゃあ……うん」
確かに分身があるからいつでも逃げられるって心のどこかで安心していたかもしれない。強くなるには困難に立ち向かわなければならず、コミュ障に対して逃げ腰のままだといつまで経っても治らないかもしれない。
「が、がんばる」
分身、消去。
これでボクはもう分身を使った逃避が出来なくなった。
「もう消したのか?」
「うん」
「それじゃあ早速」
「え?」
京香さんが僕の正面に立って肩を掴んだ。
ま、まさか……
「はいこっち見てー」
「ぷぎゃっ!」
目線を合わせようとしないで!
あっ、だめっ、京香さんの綺麗な瞳がこっちを見てっ……
「ぷぎゃああああああああ!」
「あ、おいコラ逃げるな!」
抑えられてた肩を強引に振り払って逃げちゃった。
「ごめんなさい……」
「逃げるとは思ってたから気にすんな」
「ぷぎゃあ」
全部京香さんの想定通りだったんだね。
「さあ、もう一回」
「え?」
「私の特訓の時も同じだっただろ」
「あ……」
確かに強くなるには何度も何度も繰り返し辛い事を経験する必要がある。ボクはまだ一度逃げただけで、この程度で強くなんかなれるわけがない。
それは分かってる。分かってるけれど、京香さんのその顔って悪役がやるやつだよ!?
「ぷぎゃああああああああ!」
「ぷぎゃああああああああ!」
「ぷぎゃああああああああ!」
「ぷぎゃああああああああ!」
「ぷぎゃああああああああ!」
その後、何度も京香さんに顔を直視されて、その度にボクは逃げ出した。
見られていると思うとどうしても気恥ずかしくてドキドキして逃げたくなってしまうんだ。
でもやっぱり数をこなすと慣れて来るようで、徐々に我慢出来るようになってきた。
一秒、数秒、十数秒、そして……
「ぷぎゃあ……」
「お、耐えてる耐えてる」
羞恥でプルプルと震えながらも、どうにか京香さんの顔を見続けることが出来ている。
「はぁはぁ、救ちゃんの顔が間近に……」
「ぷぎゃっ!? 京香さん!?」
おっかしいなぁ。
京香さんの目が怪しく光ってるように見える。しかも頬が紅潮しているんだけれど体調が悪いのかな。
「はぁはぁ、かわいいかわいいかわいいかわいい」
「ぷぎゃっ!? 怖い!」
「きゃっ!」
あ、しまった。
京香さんの雰囲気が怖くて思わず突き飛ばしちゃった。
加減出来なかったから地面スレスレで吹き飛んで壁に激突しちゃったけれど生きてるかな。死んじゃってたら蘇生魔法使わないと。
「京香さんごめんなさい。大丈夫ですか?」
「ぐへぐへ、らいじょうぶ……」
「頭打っておかしくなっちゃったんだ。エリクサー飲んで!」
ついでに回復魔法をもりもりかけておこう。
呪いかかってそうな雰囲気だったからディスペルで解呪しておこう。
「悪い悪い、もう大丈夫だ」
良かった、治ってくれた。
ボクが気付かない間に呪いにかかってたのかな。でもこのダンジョンにそんな場所あったっけ?
「さて救、そろそろ配信を再開するぞ」
「あれ? そういえばボクのコミュ障を治すのが京香さんが考えてた予定じゃなかったの?」
それでボクが逃げ出さないように秘密にしていたのかと思った。
でもよく考えたらそれなら配信を中断せずに終了させてしまえば良かったんだよね。
「いや、今のはただの準備だ。場所は……ここでも良いか。アイテムボックスから椅子出すから座ってくれ」
そう言うと京香さんは豪華な意匠を凝らした一人用の椅子を取り出した。うわぁ座面がふかふかで気持ち良い。
「これから配信を再開するけれど救はそっちは気にしなくて良い」
「そうなの?」
「救にはこれからある人達と話をしてもらおうと思う。その姿を配信に乗せるんだ」
「ある人達?」
だからお話が出来るようにっていきなり特訓してくれたんだ。
でもある人達って誰なんだろう、それにここって最難関ダンジョンの最奥なのにどうやってお話するんだろう。
と思っていたら京香さんがボクの目の前に大きな空中ディスプレイを準備してくれた。最初に配信した時にコメントが表示されたやつだ。ここに話し相手の人がいるってことかな。京香さんのことだから、おばあちゃんが出てくるのかも。
「おいお前ら、配信再開だ。例のやつやるぞ」
京香さんが進行役になってリスナーさん達の相手をしてくれている。
「さて救、これで説明はラストだ」
「うん」
「今からあの画面に色々な人が登場する。救は逃げずにちゃんと話を聞いて答えてやってくれ」
「……できるかな」
逃げてしまわないか不安だよ。
「私から至近距離で見つめられても逃げなくなったんだ、自信を持て。それに
「うっ……その言い方はズルいよ」
「はは、救にはそう言った方が効くだろ」
どうして京香さんが突然こんなことをやりだしたのか、話し相手って誰なのか、どんな話をすれば良いのか。分からないことだらけだけど、ボクはコミュ障を乗り越えて外で生活出来るようになるって誓ったんだ。ここで頑張れば高校の友達とも普通にお話しできたり一緒に(ダンジョンに)遊びに行けるかもしれない。
そう考えると怖いけれどやる気も出てくる。
「京香さん、ボクがんばります」
「おう、頑張るのも良いが、ちゃんと受け取ってやれよ」
「え? 受け取る?」
何を?
「それじゃあ最初の一人はじめまーす」
「ぷぎゃっ!」
画面に若い女の子の姿が表示されて反射的に逃げそうになったけれどどうにか我慢したぞ。
歳はボクよりも下かな。小学生か中学生か、そのくらいに見える。
「槍杉救さん、助けてくれてありがとうございます!」
「ぷぎゃっ!?」
彼女はいきなり元気にボクにお礼を言って頭を下げたけれど、ボクは君のこと知らないよ?
と思ったら京香さんがフォローしてくれた。
「彼女は『渋谷事変』の時にシルバーマスクに助けられた女の子です。例の有名な動画の女の子ですね」
京香さんがおとなしいモードに戻ってた。
それは良いとして、『渋谷事変』でボクが助けたってのは最初の配信の時に話題に出たことだよね。
「もしかしてビッグファングタイガーに襲われてた女の子?」
「はい! そうです!」
アレも結構前のことだったから成長して立派な女性になったんだね。
「ずっとずっとシルバーマスク様にお礼を言いたくて……」
「ぷぎゃっ!?」
どうしてそこで涙目になるの!?
「あんなにボロボロになって必死で助けてくれて……シルバーマスク様がいなければ私はこの世にはいませんでした。本当に本当にありがとうございばじだー」
「あ、あの、ええと、ぷぎゃあ……」
ボクどうすれば良いの。
前にも言ったけれどあの程度の怪我なんて当時は日常茶飯事で大したこと無かったから気にしなくて良いんだけど。
でもおばあちゃんに言われた。
ボク自身が大したことないって思っていても相手はとても感謝しているかもしれない。そしてその感謝を受け取って貰えたら相手はとても喜ぶから出来れば受け取るようにって。
「どういたしまして?」
だからこれで良いのかな。
「ひっぐ……ひっぐ……ありっありがっ……」
でも女の子は画面の向こうでずっと泣いている。
そんなに感極まるくらいにボクに感謝してくれているなんて、むず痒い。
さっきまでとは違う意味で逃げ出してしまいたい。
もちろんそんな失礼なことは出来ない。
今になって分かったよ。京香さんがどうして目を合わせる練習をしたのかが。
だって真面目にお礼を言われる時に目を逸らしたままなのは失礼だから。
ボクがちゃんと相手の気持ちを受け止められるようにってことなんだろうけれど、むず痒くて気恥ずかしくて逃げたいよおおおお!
結局対応が正解だったか良く分からないままに女の子との会話は終わった。
最後には彼女が笑顔だったからこれで良かったのかな。
「では次の人どうぞ」
「ぷぎゃっ!?」
今ので終わりじゃないの!?
次はボクよりも年上の若い男性だ。
「シルバーマスク様、助けてくれてありがとうございました!」
だからそんなこと言われてもボクはあなたのことを知らないんですけど。
「こちらの方はチームメンバーに騙されて上級ダンジョンの最下層に突き落とされたところを救助されました」
「え? 訓練じゃなくて?」
そんな酷いことする人なんているわけないじゃん。
「あはは、シルバーマスク様は当時もそう仰ってましたね」
「だってそんなことする意味が分からないもん」
人間の中には悪い人もいるってのはもちろん知ってるけれど、命を懸けるダンジョン探索をする人で悪い人がいるなんて信じられないよ。
「たとえあれが訓練だったとしても、俺はあのままでは確実に死ぬところでした。しかも助けてくれただけじゃなくて、強くなるきっかけも与えてくれてざまぁ、いえ、探索者として日々頑張れています。本当にありがとうございました!」
「きっかけ?」
上級ダンジョンで最下層に落ちた男性を助けたことは何となく覚えているけれど、訓練なんてやったかな。
「貴殿が良ければ試しに狩ってみるか?」
「言ったような気がする……」
「あの『エリクサー狩り』でほぼ初心者だった俺がかなり強くなれたんです」
「それは良かったです」
あれ、だとするとこの男性は掃除お任せ候補になるのでは?
「はい、そこまで」
「え、ちょっ」
お願いしようと思ったら京香さんが終わらせちゃった。
「では次の方」
「まって何人いるの?」
二人と話をしただけでもうボクのメンタルは疲労困憊なんだけど。
「たくさん」
「ぷぎゃっ!?」
具体的に教えてよ!
「皆さん、今日をとても楽しみにされてましたよ」
「だからその言い方はずるいよ!」
感謝からは逃げられない。
「救様ありがとうございました!」
「シルバーマスク様に深い深い感謝を」
「やりすぎすくいさん、たすけてくれてありがとうございまちた」
「ぷぎゃあ……」
それから何人も、画面に映る人達はボクに感謝して、ボクがどれほど凄いことをやってのけたのかと仰々しく説明し、心からの感謝を伝えてくる。
そんなに凄いことをやっている自覚が無いからとても恥ずかしい。
人と目を合わせることが慣れていないことも合わさって逃げたい気持ちを抑えるのがもう耐えられなくなってきた。
「お疲れ様です。今の方で最後になります」
「終わったぁ……」
もう無理寝る。
照れている時間があまりにも長くて全身の紅潮がまだ元に戻らないよ。
「配信がまだ続いていますから、最後に皆さんに挨拶を……あら?」
「どうしたの?」
京香さんが不思議そうに配信端末を見ている。
「これって……配信が強制終了している!?」
どうやら最後の挨拶をする前に配信が終わってしまったようだ。
しかも再開しようとしても操作を受け付けないみたい。
「故障かな?」
カメラにバフをかけはしたけれど、今日はかなり配信機器に無理をさせたから壊れたのかもしれない。どうしよう、ボクのせいだ。
「いえ、これはもしかすると……」
京香さんの顔は先程までとは打って変わってとても真剣なものになっていた。
この後にすぐに分かったことだけれど、どうやらボク達のダンチューブのアカウントが凍結されて配信が出来なくなってしまったみたい。
――――――――
あとがき①
1章6話の『渋谷事変』のお話でツインヘッドタイガーに襲われたとありましたが、前回の話のツインヘッドフェニックスと名前が被っていたのでビッグファングタイガーに変更しました。作者どんだけツインヘッド好きやねん。
あとがき②
これにて第三章は終了です。
次の第四章にて救くんちゃんに大事件に立ち向かってもらい、この作品の第一部が終了となります。
第二部まで構想はありますが、そちらも続けるかどうかかは、こちらとなろう様でどれだけ読まれているかで判断しようと思います(色々と催促してるわけではないですよ!)
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