3. 高校デビュー!

 分身はとても便利だ。

 だってダンジョンの外で生活しているフリが出来るから。


 分身を学校に通わせることでボクは一日中ダンジョンで探索し放題!


 だったのだけれど、それがバレて毎日じゃなくても良いので本体で高校に通うように家族に言われちゃった。他人に慣れる練習をしなさい、だって。


「ぷぎゃああああ! やっぱり無理いいいい!」


 隠蔽系スキルマシマシで隠れているから注目はされていないけれど、見渡す限り人・人・人の中になんて入れないよ。


 校門の前まで来たけどやっぱり帰ろう。


「ぷぎゃっ!?」


 帰ろうと思ったら誰かに後ろから肩を掴まれた。


「救ちゃん何処に行くの?」

「京香さん!?」


 そこにはボクと同じ学校の制服を着た京香さんが立っていた。


「同じ学校だったの!?」

「そうみたいだね」


 探索者や教官の時の動きやすい服装も似合ってたけれど、制服ブレザーも似合っていて可愛いな。

 おしとやかって印象がとても強くて、あのバーサクモードがあるなんて信じられないや。


「救ちゃんはその制服なんだね」

「うん、変かな」

「似合ってるけれど……ジェンダーレス制服かぁ」


 お母さんがこれにしなさいって言うから仕方なくこれを着ている。

 元々高校は分身で通うだけのつもりだったからどれでも良かったけれど、こうしてちゃんと通うなら本来の性別の制服にしたいなぁ。


「京香様、おはようございます」

「おはよう」

「ぷぎゃっ!」

「?」


 京香さんは学校でも人気みたいで沢山の人から挨拶されていた。

 ボクの姿は認識できないようになっているから見られてないはずだけれど、それでも近づかれると少し気恥ずかしい。


「京香様、先程から誰と話してるの?」

「もちろん噂のあのお方だよ」

「救様がここにいらっしゃるのですか!?」

「え!シルバーマスク様がいるの!?」

「嘘、どこどこ!?」

「シルバーマスク様ああああ!」

「救ちゃああああん!」

「ぷぎゃああああ!」


 人が集まって来ちゃった。

 ボクを探さないでぇ。


「今の悲鳴は救様だ!」

「もっとぷぎゃらせるんだ!」

「この辺りかな?」

「馬鹿、目を合わせたら逃げられるぞ」

「でも会いたい!」

「救様、世界を救ってくれてありがとう!」

「ありがとう!」


 ぷぎゃあ……

 どうしよう、騒ぎになってきちゃった。


「皆こんなところで騒いでいたら迷惑になるよ。救ちゃんは私が責任もって教室まで連れて行くから」


 良かった、京香さんが落ち着かせてくれた。

 あれ? 教室まで連れて行く?


「さぁ、救ちゃん行こう」


 え、待って。

 ボクやっぱり分身に変わって帰ることにしたからさ。


「救ちゃんのお母様に、見張ってるようにお願いされてるから」

「ぷぎゃあ!」


 そんなぁ、逃げたらまたお母さんを泣かせちゃう。


「今日一日、分身は禁止ね」

「ぷぎゃぁ……」


 一日も耐えられる気がしないよ。


「そんなに教室行くの嫌?」

「……嫌じゃないよ。でもやっぱり恥ずかしくて」


 配信だと気にならないのに、みんなの目がこっちを見ているのが分かるとどうしても逃げちゃいたくなるんだ。


「それじゃあ学校さぼっちゃおっか」

「え?」


 このまま教室まで強引に連れて行くんじゃ無いの?


「救ちゃんが嫌がることはしたくないもの」

「京香さん……」


 とても嬉しいのにこんな時でも京香さんの顔を見られない自分が情けない。


「でもそれだと京香さんがお母さんや皆に怒られちゃうんじゃないの?」

「う~ん、多分みんなも救ちゃんが学校に行くのは難しいって思ってるだろうから平気だと思うよ」


 うぐっ、やっぱりそう思われてたんだ。


「私は何を差し置いても救ちゃんの一番の味方になりたいと思っているから」


 京香さんは策士だ。

 そんなこと言われて情けない所なんか見せられるわけがないもん。


「がんばる」

「そっか」


 それに元々ボクはこのコミュ障を治して外の世界で生きられるようにするって決意してダンジョンから出て来たんだ。

 このまま京香さんにおんぶにだっこしてたら一生治らない気がする。


 よし、ボクがんばるぞ。


「救ちゃん、ふぁいと」

「うん!」 


――――――――


「居るよな」

「うん、居る。いつもよりも居る気がする」

「でも見えないんだよなぁ」

「すごいもどかしい」

「お前、話しかけて来いよ」

「間違えて目が合ったら逃げられちゃうと思うと無理だって」

「お話したいなぁ」

「せっかく同じクラスなのにな」

「まさかあの幽霊さんがシルバーマスク様だったなんて」

「未だに信じられないよ」


 はい、無理でした。


 隠密視線誘導錯覚隠蔽エトセトラ……

 全力でみんなからの視線を拒絶しちゃってますー


 いきなり大人数なんてむりぃ!


 でも幸いなのが教室に着いたらボクの席に皆が殺到、なんてことにはならなかったことかな。

 ボクのことを心配して話しかけないように気を使ってくれているのがとても嬉しくもあり申し訳なくもある。


 考え方を変えよう。


 自分のコミュ障を治すために勇気を出して会話をしようと思うと足がすくんでしまう。

 でもみんながボクと話をしたいのに話が出来ずに『困っている』って考えればどうだろうか。


 自分のためじゃなくて、これも人助けの一種だと思えば……

 それにボクのコミュ障を治すために協力してくれている京香さんやおばあちゃんの恩にも報いたい。


 うん、少しだけ勇気が出て来た。


「すぅ~はぁ~」


 精神を安定させる系統のスキルマシマシなのに深呼吸しても治まらないってホントどういうことなのかな。


 よし、やるぞ。


 スキル解除!


「え?」

「あれ?」

「見える?」

「救様だ!」

「馬鹿叫ぶなって」

「うわぁ、可愛い」

「あれでマジで俺達と同い年なのか?」 

「まさかのジェンダーレス制服。せっかく性別が分かると思ったのに」


 ぷぎゃっ……大丈夫。

 みんながボクを刺激しないように気を使ってくれている。


「あの、みなひゃん!」


 噛んだ……もう逃げて良いよね?


「かわいい」

「かわいい」

「かわいい」

「かわいい」

「かわいい」

「かわいい」

「ぷぎゃっ!?」


 ちょっと驚いちゃったけれど、ボク知ってるよ。

 これも冗談なんだよね。

 配信の時と同じ感じだもん。


 でも慣れて来た配信と似ていると思ったらちょっとだけ気が楽になった気がする。

 よし、もう少し頑張るぞ。


「ボク、槍杉救です。その、今更だけどよろしくお願いします!」


 …………あ、あれ、反応は?


 誰か何か言ってよ!

 もしかしてボクが見られているのって自意識過剰で実は誰も気にしてなんかいなかったとか?

 それはそれで恥ずかしいよぉ。


 パチパチ。


 え?

 この音って……


 パチパチパチパチパチパチパチパチ!


 みんなが拍手してくれている。

 ボクを受け入れてくれようとしている。


 うわああああああああん、嬉しいよおおおおおおおお!


「よろしく」

「よろしく」

「よろしく」

「よろしくな」

「よろしくね」

「よろしくおねがいしまーす」

「よろしくー」

「よろしく」

「よろしくだぜ」


 クラスメイト達の言葉がとても温かい。

 どうしてボクはこれまでみんなとの交流を避けていたのかな。

 ダンジョンに籠りながらでも出来たことがあったかもしれないのにって少し後悔しちゃった。


 でもみんなの好意に甘えるだけじゃダメだよね。

 ちゃんと謝らないと。


「今までみんなから逃げちゃってて本当にごめんなさい。それなのに温かく受け入れてくれて本当に嬉しいです」


 怒られると思ってたから、みんなの優しさにびっくりだよ。

 そんなみんなになら、いつか言えたら良いなと準備していたアレを言えるかもしれない。


 が、がんばるぞ……


「ボクってコミュ障だからみんなと目を合わせられないし、常識知らずだから変なことしゃべっちゃうし、これまでずっと人と接してなかったからみんなと比べてかなり子供っぽいし、きっと沢山迷惑かけちゃうと思うけど、その、あの……と、とと、友達になってくれると、嬉しい……です……」


 ああああ、言っちゃった。


 いきなりすぎたかな。

 いくらなんでもボクなんかが友達だなんておこがましかったかな。

 もっと時間をかけて仲良くなってから言わなきゃダメだったかな。


 『普通』が分からないからこれが正しいのか分からないよ!


 みんなの顔を見ないようにと俯いていたけれど、更に目をきつく閉じてしまう。

 みんなの答えを聞くのが怖い。


 あの、やっぱりさっきのは無かったことに……


「もちろん」

「よろしくな」

「こちらこそ」

「わぁ、救様と友達になれるなんて」

「今度遊びに行こうぜってのはまだ無理かな」

「まぁまぁ少しずつで良いだろ」

「学校で困ったことがあったら何でも言ってくれよな」


 …………


「救様?」

「槍杉く……ちゃん?」

「シルバー様?」

「どうしたの?」

「俺らまずったかな」

「そんなことは無いとは思うけど……」


 違う、違うの。

 みんなが……みんなが優しすぎて……


「あ゛り゛か゛と゛ー゛こ゛さ゛い゛は゛す゛ぅ!」


 嬉しくて涙が止まらないんだよ。


「もうダメ我慢出来ない!」

「かわいすぎんだろ!」

「あまやかしたーい!」

「救ちゃーん!」

「ぷぎゃああああああああ!」


 もみっもみくちゃにっぷぎゃああああ。


――――――――


「ねぇねぇ救ちゃんってこれからは学校に来るの?」

「う、うん。ちゃんは止めて欲しいな……」


 雪崩のように押しかけて来たクラスメイト達が冷静になったら今度は質問タイムだ。

 相変わらず机の上をじっと見つめながらで申し訳ないけれど、どうにか答えられている。


「でも救ちゃんって出席扱いになってるよね。どうやってるの?」

「それは後で探索者協会で発表するからまだ言わないでって京香さんが……あと、ちゃんは止めて」


 分身のことはまだ秘密にして欲しいってお願いされてるんだ。


「シルバー様になればもっとお話出来るんじゃない?」


 確かにその通りだ。

 口調は変になってしまうけれど、コミュニケーションを取るにはシルバーの方がやりやすい。


「でもボク、こっちでみんなとお話出来るようになりたいから」

「きゃああああ!」

「か、かわいい」

「ぷぎゃあ!? 抱き着かないで!?」


 女子高生ってこんなにすぐに抱き着いて来るものなの!?

 怖いよぅ……


「ごめんね。そうだ救ちゃん、私達に何かやってほしいことない?」

「え?」


 どうしてそんなこと聞いてくるのだろうか。


「救ちゃんが私達を助けてくれたから、そのお礼とか手助けをしたいの。もちろん出来る事だけだけどね」


 お礼とか手助けなんていらないのに、と思ったけれどおばあちゃんから素直に受け取りなさいと言われているのを思い出した。

 やって欲しいことかぁ。

 コミュ障の克服はこうやって話しかけてくれるだけで十分練習になるし、それ以外で考えると……




「ダンジョンの掃除とか?」




「出来る事だけって言ったよね!?」

「ぷぎゃっ!?」


 どうしてそこでびっくりするの?


「そもそも私達、探索者じゃないんだよ」

「そうなの?」


 高校生なんだから何人かは探索者やってるのかと思った。


「あんなに危ない事は普通はやろうとはしないんだよ」

「そういうものなんだ……」


 憧れの職業とかになってるのかと思ってたけど違ったんだ。

 ちょっと悲しい。


「でも大丈夫だよ。初心者でも上級ダンジョン上層の掃除くらいならすぐに出来るようになるから」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 あれ、みんなの反応が無くなった。

 どうしたんだろう。


「救ちゃん?」

「なぁに?」

「かわいい、じゃなくて、初心者でも出来ちゃうの?」

「場所次第だけどね。準備すれば可能だよ」


 特殊な罠があったり、マニアックな特性を持つ魔物が居たりなんかするとちょっと厳しいかな。


「ブートキャンプは無理だよ!?」

「ぶ、ぶーと、何?」

「配信で京香様に提案してたエリクサーとか蘇生魔法でってやつ……」

「あはは、あれは探索者として強くなりたい人向けのだよ。掃除を手伝ってもらうだけなら『装備の貸し出し』だけで十分かな」


 希望者がいるならそのブートなんとかってのやってみても良いけど。

 初心者だと痛覚耐性がまだ無いだろうしどのレベルから開始すれば良いか分からないなぁ。あれ、でもむしろ痛覚耐性が無い状態で死にかければ一気に強くなるかな?


「救ちゃん、初心者でも上級ダンジョン上層をお掃除出来る装備って……」

「深層で見つけた装備だよ。深層の掃除を続けていると余るほど見つかっちゃってさ。あれを装備すれば初心者でも力押しで行けると思うんだ。山ほど持ってるから沢山貸せるよ!」


 アイテムボックスの肥やしになっているから、そろそろ誰かに引き取ってもらいたいんだよなぁ。


「ねぇ救ちゃん。それって京香様とか探索者協会に言った?」

「え? 言ってないかも」


 装備の話は聞かれてなかったから多分……うん、言ってないね。


「「「「「今すぐ言ってきなさい!」」」」」

「ぷぎゃああああああああ!」


 なんでみんな怒ってるの!?

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