7. 二心京香「もう無理限界」

 恋愛なんて何が楽しいのだろうか。

 少なくとも人の命よりも大事だとは思えない。


 私の配信を見に来てくれている人の中にも露骨に好意を寄せてくれる人がいるけれど、戦闘時に暴走しちゃうような女の子の何処が良いのかな。


 そういうのは面倒だから、私はあの事件が起きる前から恋愛対象を公開して余計な炎上騒ぎにならないようにしていた。


 その条件とは『同世代で私より強い男の人』

 実質、一緒にダンジョンを探索してくれるパートナー探しのようなもの。

 同世代っていうのも、長く一緒に探索出来るからという意味だったりする。

 年下は初心者だらけだから問題外だしね。


 ダンジョンを探索して皆が安心出来るようにしたい。

 それが私の願いだ。

 もちろんダンジョン探索自体も楽しいけど、ストレス発散になるけど、魔物ぶち殺すの爽快だけど、それはまた別の話だよ、うん。


 高校生でありながら人一倍ダンジョンに潜って鍛え続けたからか、いつの間にかトップレベル探索者まであと一歩だなんて言われるようになっていた。

 上級ダンジョンも安定して攻略できるようになってきた。

 そろそろ最難関ダンジョンに挑めるかもしれないと思っていた。


 そんな時にあのくだらない恋愛トラブルが起きて、多くの探索者達が日本を去って行った。


『皆が死んでも良いって言うんですか!』


 日本を去ろうとしていた知り合いの探索者に詰問もした。


『もう俺達は限界なんだよ! 命を懸けて必死にやってんのに、どいつもこいつも安全なところから自分勝手な批判ばかり。政府は事あるごとに探索の邪魔になるような政策しか作らねぇし、味方なんかほとんどいねぇ。こんなクソみたいな国、知ったこっちゃねーよ!』


 でも全く聞く耳を持たず、居なくなってしまった。


 私だって彼らの言いたいことは分かる。

 誹謗中傷の類はかなり言われているし、探索者としての活動も日に日にやりにくくなっている感覚はある。


 それでも見捨てられないじゃない。

 私の家族も、友人も、それ以外の大多数の人達は不安定な世の中で今を必死に生き抜いているだけ。

 どれだけ苦しくても、私は彼らを守りたいし安心させてあげたい。


 だから私はダンジョン探索を続ける。

 最難関ダンジョンに挑んで、まだ私がいるから大丈夫だよと皆に伝えたい。


 そしてそこで私は運命の出会いをした。


 シルバーマスク。


 身を挺して多くの人々を救い、探索者であっても英雄と持て囃されている存在。

 私の憧れの人物。


 彼が半身を喰われながら幼い女の子を助ける動画なんて何百回と見直した。

 彼が誰かを助けた動画が出回れば、フェイクの可能性が高くても必ず確認した。


 彼のように皆を守り、人々の心の支えとなるような探索者になりたい。

 そう強く思っていた。


 そのシルバーマスクに会えた。

 あまりにも予想外の出来事で驚いたけれど、それ以上に感激だった。

 喜びの感情を抑えるのに必死だった。


 でもすぐに落胆することになる。


『簡単なことだ。少しばかり話相手になってもらいたい』


 だってナンパしてくるんだもん!


『ねぇねぇ、一緒に遊ぼうぜ』

『今暇?』

『ちょっとお話しない?』


 憧れの人が街で話しかけてくるチャラチャラした男達と一緒だったなんて悲しすぎだよ。

 あまりにもショックで、ついいつも以上に激しく殴りかかっちゃった。


 でもシルバーマスクの実力は私が想像していたよりも遥かに強かった。

 これだけ強いならチャラ男でも我慢すべきなのかな。

 年齢は……うそ、私と同じ十八歳!?


 同い年で私より強い男なんて、この先現れるか分からない。

 細かいことは忘れてここは全力で狩りに……え、細かい話?具体的な理由と方法?コミュ障!?


 ナンパじゃなかったの!?


 まさかの展開に唖然とする私。

 すると動揺から立ち直れない間に、シルバーマスクが仮面を外した。


 誰も見たことの無いシルバーマスクの素顔。


 それは…………


 かっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!


 プルプル震えて不安そうにしているとことか、めっちゃ保護欲そそっちゃーう!


『ぷぎゃああああああああ! やっぱり無理いいいいいいいい!』


 ああ、逃げちゃった。

 もっとお話ししたかった!


 シルバーマスクさまぁ!




 もう無理限界。

 救ちゃん救ちゃん救ちゃん救ちゃん救ちゃん救ちゃん救ちゃん救ちゃん。


 LIONEで送ってもらった救ちゃんの写真を見るだけで体が火照ってどうにかなっていまいそう。

 画面越しなのに何度も何度も頭を撫でちゃう。


 抱き締めたい。

 なでなでしたい。

 クンカクンカしたい。


 救ちゃんに会いたいよぉ。


 これが俗に言う一目ぼれってやつなのかな。

 恋とは病みたいなものだって聞いたことがあるけれど、本当にそうだと思う。

 今ならあの事件で怒った人たちの気持ちが少しは分かる気がする。

 まぁ皆を見捨てたことは絶許だけどね。


 救ちゃんを困らせてしまった罪悪感と、救ちゃんへの愛しさが合わさって私の感情ぐちゃぐちゃだよ!


 我慢よ、我慢するのよ京香。

 これはやらかしてしまった罰なんだから、報いはちゃんと受けないと。


 反省してちゃんと謹慎して、救ちゃんの相談にも乗って、私みたいな失敗をしないようにとのダンチューバー向けの注意喚起を声明文として出して……

 謹慎とは言えやれること、やるべきことは沢山ある。

 学校にだって行かなければならない。


 忙しさ自体はダンジョン探索をしている時とあまり変わってない。


 ああ、疲れた

 救ちゃんに会いたい。

 せめて動画で見たい。


 テレビ電話してもらおうかな……

 でも顔を見られるのがダメかもって言ってたから無理かぁ。

 私の方の映像をオフにしてもらうとか。

 うぐぐ、そこまでしてテレビ電話してもらう理由が思いつかない。


 そうだ、配信ならどうだろう!


 あれなら相手の顔見えないし、色々な人と話をする練習にもなるし、何より私が謹慎しながらでも堪能出来る!


 オッケーきたああああああああ!


 アカウント取得、配信準備、一番高い機材を買って……どうやって渡そう。


『住所は〇〇です』


 救きゅんの住所げえええええっと!

 じゃなくて。


『住所を気軽に教えちゃダメだよ』

『京香さん信用してますから』


 ぶはぁっ、涎が枕に……

 でも嬉しいけれど心配。

 絶対に悪い人に騙されるタイプだよ。


 お姉さんが身をもって教えてあげようかな、はぁはぁ。


 とりあえず機材を送って……ふ~ん葛飾区かぁ……近いなぁ……謹慎解けるのは……じゃなくて、何も知らないって言ってたから説明書も作って一緒に送ろう。


 宣伝も私のアカウントでやっておこう。

 シルバーマスクの偽物動画って山ほどあるから、本物だよってちゃんと言わないと見て貰えないからね。


 注意事項は『配信主が逃げ出して配信中止になる可能性がございますがご容赦ください』


 これは酷い。


 でも書いておかないと炎上しちゃうからね。

 まぁ救きゅん可愛いし許してくれると思うけど。


 そうだ、あれも書いておこう。


 『配信主を過度に緊張させないため、同時接続数や登録者数の話題をコメントしないようにお願い致します』


 定番コメントで盛り上がるきっかけにもなる話題なんだけどしょうがないよね。

 いくら相手の顔が見えないからって何万人もの人に見られているなんて知ったらパニックになっちゃうかもしれないし。


 案の定、配信の告知をしたら話題になって登録者数が一気に増えた。

 初回から同接一万人は軽く越えそうな勢いだ。


 よ~し、本番を楽しみにしてよっと。




 救きゅんきたああああああああ!


 驚いて固まってる救きゅん可愛い。

 ぷぎゃってる救きゅん超可愛い。

 ちゃんと自己紹介出来て喜ぶ救きゅんオメガ可愛い。


 救きゅんが動いてるよおおおおおおお!


 はぁはぁ。

 もう無理限界、まともに画面を直視できない。


 え?富士山ダンジョン?

 え?三陸沖ダンジョン?

 え?出雲ダンジョンの隠しボス?


 しまった。

 完全に見落としてた。


 二回目に会った時もそうだったけど、救きゅんって無自覚にとんでもない情報爆弾落とすんだった。

 これ以上は危ない、コメントで止めないと。


 "[二心京香]渋谷事変のことだよ!"


『京香さん!』


 認知してくれたああああああああ!

 スパチャは、スパチャはまだ送れないの!?(憤怒


『そんなこと言われても、あのくらい当時は良くあることだったから……』


 未成年だから分からないけれど、これが酔いから醒めたような感覚なのかな。

 救ちゃんが可愛くて悶えに悶えていたけれど、彼?がこれまでの壮絶な戦いを匂わせたことで、決して忘れてはならない大切な想いが蘇って来た。


 あんなにも可愛らしい救ちゃんが半身を喰われるレベルの戦いを何度も経験して、それでもダンジョン探索を続けて多くの人を救っている。

 もちろんルールを無視してダンジョンに入ったことは間違っている。

 だから救ちゃんの行動を決して褒めてはならないんだけど、それでも私は尊敬する。


 誰かを守るために自らが傷つくことを厭わずに立ち向かう。

 けれども決して死なずに生き残る。


 シルバーマスクが口にしたと言われている有名な言葉がある。


 『助けた者が死んだら助けられた者はどう思う。故に我は死なぬ』


 私が胸に強く刻み込んでいる言葉だ。

 そのためにどれだけの努力をしてきたのだろうか。

 どれだけの試練を乗り越えて来たのだろうか。


 救ちゃんのこれまでの壮絶な人生の片鱗が垣間見えたことで、シルバーマスクへの憧れという熱が燃え上がった。


 謹慎が終えたら、最難関ダンジョンにもう一度挑戦しよう。

 そして強くなって少しでも多くの人を助けられるようになるんだ。


『ぷぎゃあ!? お、おねえちゃん?』


 …………(涎)


 こほん、それはそれとして、配信を始めてからもう二十分越えている。

 話した内容は少ないけれど、とまどっていたり会話に慣れてなくて間が多かったから仕方ないね。


 最初は三十分程度で終わらせる話になっているので、時間経過に気付いて無さそうな救ちゃんにLIONEでメッセージを送った。


 そういえば救ちゃんって、配信画面ではスマホ見ている様子無いのにどうやってLIONEのメッセージを確認しているのだろう?

 後で聞いてみよう。


 よし、救ちゃんのおかげで気合が入った。

 謹慎はもう少し続くけど、自己鍛錬を続けてすぐに活動できるように準備するぞー!


『最難関ダンジョンがあふれるかもしれないんです』


 は?


『まってまって。安心してください。まだ溢れないです。ボクが毎日掃除してるので』


 掃除?

 こんな話するなんて聞いてないよ。

 これ止めないと絶対マズいやつだ!


『上層だけじゃなくて深層までですね。あと、奥多摩以外の最難関ダンジョンも定期的に掃除してるから安心してください』


 待って待って待って待って。

 LIONE……焦って手が……


『でもボク一人だけだと大変なんです。だから他の人にも手伝ってもらいたいんです』


 嫌な予感がするぅうううう!


『もちろんボクが掃除のノウハウを教えます。でもいきなり沢山の人に教えるなんてボク出来そうにないから、ひとまず最初は京香さんにお願いしたいなぁって思ってます』


 やっぱりいいいい!


 "[二心京香]待tt聞いてな"


 最難関ダンジョンの深層なんて無理ぃ! 死ぬぅ!

 いやああああああああ!




------------------------

これにて第一章は終わりです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る