第3話 THE TRY(試行)
私は彼女に次はどこを見たいかと尋ねた。
「ん~」
本人は言いたい事があるようだが、症状緩和のための薬剤と麻酔のせいでとても眠そうだった。彼女が生きている間にできうる限りのやり取りをと考えたが、彼女に辛い思いをさせるのは良くない。
「また来るよ」
私はそう言い、別途際の椅子から立ち上がる。部屋の中には椅子の金属パーツがきしむ音と、病室内の患者に繋がれた装置の作動音のみが聞こえた。仕切りのカーテンを閉めかけたところ、彼女が小さな声で話した。聞き取れなかったため何と言ったか聞くと、眠りにつくぎりぎりで一言述べた。
「・・・沖縄」
「お金貯めなきゃな」
なぜ沖縄に行きたいのかとか、沖縄のどこなのかとかそんな事は今度で良い。しばらくは仕事を増やしてお金をためなくてはならない。エネルギーさえあれば転移出来なくもないが、そのためにはかなりの電力を消費する。その電力を確保するくらいだったら航空券を買うお金を買った方が良いのだ。そうこう考えながら病院を出る時に彼女の母親とすれ違った。院内で使う消耗品のいくつかを補填しに来たのだろう。母親は、私よりもずっと辛いことだろう。私は彼女と出会って3、4年。母は生まれてずっとだ。自分の身そのものともいえるような存在が辛い思いをするのは耐え難い事だ。力になってやりたいがそれは出来ない。実を言うと彼女以外は私の存在を知らない。島内の人は、ここに移り住んできたフリーのウェブデザイナーだと思っている。デジタル装置に簡単に忍び込めたから個人情報はなんとかなったのだ。日本は他の国に比べてアナログな情報管理が多いため多少苦労したがそのかいはあった。おかげでお金を稼ぎ、彼女のために旅が出来ている。人間と違って食費光熱費はかからないし、睡眠もほとんどいらない。デジタルデータはわが手のように動かせるのだから生活には困らなかった。ただ唯一、私の今の最終目標である「私自身の体を取り戻す事」と「彼女を病から救う事」だけがネックだった。
数か月の間、私は仕事をしながら並列で自身の体の捜索技術を研究していた。いままでも行っていたが、別のアプローチを模索し始めた。まず前提として、私の体は無限に等しいほどに分解され散らばっているはずなので地球上にもいくつかは必ずあるはずという事で、私の体が放つ情報を検知しようとしていた。しかしあまりに弱いのと、地球上の通信に紛れていると考えられた。そこで他の方法は、私の体が生み出す時間の流れの差である。私の体は休止状態の時は周辺の時間に影響を与える。ほんの僅かだが、差が出来れば“時間の流れ”が生まれる。この流れは私の体以外では絶対に発生しない。ただ、それを検知するためにはブイのような物を地球上に広く置く必要がある。つまり、地球一周旅行をしなくてはならない。最初は地球全体で16個。それでアバウトに特定したら16個のブイをより狭い範囲に配置しなおす。何年かかるかわからない。彼女がそこまで生きていられるかわからない。いつかはたどり着けるが、意味がないのではないかという心配がある。
非常に重い計算をひと段落させて意識を元に戻すと、窓に酷く雨が打ち付けている事に気づいた。台風の季節である。宇宙ではこんなドラマチックな現象は起きない。大気があり、重力があるから起きる。宇宙にはなにもない。人類の一部は宇宙進出を目指しているが、そんな大した物はないのになと思っている。とはいえ島民にとっては悩みの種で、感動するような物ではないはずだ。アラダキスの磁気嵐のような物だろうか。他人事で見ればライトショーだが、酷く不快な物である。
「小澤さん!!小澤さんいます?!」
外を眺めていたら突然玄関の戸を叩きながら、私の偽名を呼ぶ声が聞こえた。急いで迎えに出るとそこに居たのは消防団の人だった。
「どうしました」
「多分さ、避難指示出んじゃないかなって感じで、事前に避難所動かしてっんのよ!!で、今周ってんの!!」
聞き逃さないようにノイズキャンセリングをしながらインターネットにつなげて台風の様子を見る。確かにこれは荒れそうだ。私としては家が吹き飛んでも死なないのだが、怪しまれては困るので“避難の準備”をする事に決めた。
「避難場所わかっよね?!」
「大病院の方ですよね」
彼女が今入院中の病院である。
「そ!!風凄すぎたら無理しんで!!呼んでくださいね!」
「どうも」
やり取りを終えるとかれは隣の家にかけていき同じように呼びかけていた。いくつかの服と消費されていない消耗品をスーツケースに入れる。まだ少し余裕があるので、できる限りでパソコンを圧縮して入れた。安全のために自分とケースの空気抵抗を相殺して外に出る。雨が先ほどより酷くなっているようで、ケース内まで侵入する勢いだった。斥力でシールドして防水しながら病院へ向かう。ただし、服に関しては怪しまれないように防水しない。
「あぁ!!おさわさん!!」
「小澤です」
「大丈夫?!びしょ濡れじゃない!!」
「職員用のシャワーと脱水機使っていいからね!!」
「どうも」
なんて親切なんだろうか。しかし私には不要なので、シャワー室にはいるだけ入って自身で脱水させロビーに戻り座った。私が設計したアンテナをパソコンに接続しネットにつなぐと、この暴風は明日の正午ほどまで続きそうである事が分かった。大してできる事はないので、どうせならと彼女に会いに行く事にした。病院内は職員がバタバタとしており、避難してきた人が至る所にいた。入院患者の家族であったり親しい中の人は病室の傍に位置どっているようだ。彼女の両親ももれなくそのようであり、病室の前に二人で立っていた。私は彼女に携帯で連絡をとり、ステルスでベッド横まで移動した。
「調子どう?」
「ショートヘアにしたの?」
「濡れる予定だったから」
彼女は幾分元気そうだった。普段は静まり返っているはずの院内に音があふれている事にウキウキしているようだった。
「不謹慎だよね」
「わからなくもない。お祭りみたいだね。」
私達が話している事が聞こえないほどの声量で話した。相変わらず窓には雨が酷く打ち付けており、轟轟とした風の音も聞こえていた。彼女曰く、症状が安定し、数日で退院との事だった。再び容態が悪化して再入院になるまではそれほど長くないと感じている彼女は、この退院をめんどくさく思っているようだった。
「また2、3か月で入院しそうじゃない?」
「記録更新するかもね。」
私達は静かに笑いあい、彼女は次いでに軽くせき込んだ。
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