第12話

 また昔の夢を見た。

 つらい思い出だがあくむとはおもわない。

 まるでだれかが戒めのように自分に過去を見せている。

 ある時期からそんな風に考えるようになった。


「兄ちゃんおはよぉ!」

「おはようシグ……。なんか顔色悪くない?大丈夫?」

 最初に話しかけてきた少年は孤児達の中でも年長組にあたるレイ、今年で13歳になる。

 次にシグを気づかった少女はリザ、14歳でヴァネッサに次ぐ年長者だ。

 2人ともよくヴァネッサを助けているが、

特にリザはヴァネッサを除けば最年長ということもあり歳の割には責任感の強いしっかりした少女だと感じている。

 この2人とヴァネッサのあいだの歳の孤児もいたのだが、1年前の事件で神父とともにこの世を去っている。

 今日は魔物屋が来る日。

 シグが向かったのは教会内のとある小部屋。そこに置かれた布の袋にはここ数日で退治した魔物の首が入っていた。

 魔物の死骸は腐らない。処分しなければ長くその場に残り他の魔物の餌になる。

 これは瘴気が死後も肉体にとどまり生前に近い状態を維持しているとシドは考えていた。


 瘴気には不老長生の力がある。

 かつてそんな仮説を立てた研究者がいた。

 面白い説だと思ったがシドはそれを取り合わなかった。

 不老長生と言うワードが国の上層部に伝われば、人体実験の強行につながりかねないと考えたからだ。

 

 その日の昼過ぎ。

 ご機嫌のヴァネッサと何かを考えこんでいるシグが換金を終え広場から出ると、バルド達3人組と出会った。

「なんだぁ、今日は随分とご機嫌じゃないか」

「まあねぇ、今日は少しぐらいの無礼なら見逃してあげれる気分よ!」

 ヴァネッサの気持ち悪いほどの機嫌の良さに少し引き気味のロイド。

「こっちは逆に機嫌悪そうだな」

 シグを見ながら感想を述べるレヴィン。

「そうなのよ!魔物の賞金が上がったのに何が不満なんだか!?」

 ヴァネッサの言葉にため息をつくとシグは口を開く。

「魔物の賞金が上がるのは良い。だが今回は上がりすぎだ……。相場割れから一気に相場の倍だぞ。こういう時は国の内外で良からぬ事が起きる前兆みたいなものだ」

 キョトンとするヴァネッサを前にシグは続ける。

「たとえば、たとえばだ、他国が侵攻してきたり戦争になる可能性が高くなると国内の魔物退治に割いていた戦力を防衛や侵攻に回さなくてはならなくなる。そのために民間の魔物退治に資金を回す。だがそれも最初の方だけ。戦争が長引けば資金が尽きいずれは魔物屋なんてシステム自体成りたたなくなる。」

 シドの話を脳内で整理するヴァネッサをよそに、

「ガルドさんと同じようなこと言うんだな。コイツ」

 ロイドの口から出たガルドとは、バルドの父親の弟、つまり叔父で現自警団のリーダーである。

 3人組以外の自警団員は魔物退治をなりわいにしているわけではなく、それぞれ仕事を持っており、非常時に招集がかかる。

 本来は魔物退治が専門家というわけではなく、野盗やならず者、ときには侵入してきた敵国の兵士と戦う事を想定している。

「まぁ、たしかに上がりすぎだな。こういうときは情勢が良くない方に向かっているって親父も言ってたな」

 レヴィンの言葉に、

「なによ、あんたたち嬉しくないの!?」

 と反応するするヴァネッサに

「嬉しいさ。このまま何も無ければな。だが最悪の場合の事は考えておかなくちゃいけない。おまえは教会のチビ共の保護者なんだ。間違っても調子に乗って無駄遣いなんてするんじゃないぞ」

 バルドが釘をさす。


 そんなやり取りをしている中、息を切らせて男が広場に駆けつける。

 男はバルド達の姿を目にすると駆け寄りこう伝える。

「大型の魔獣が村の北側に現れた!すでにガルドさん達が向かっているって。アンタらも行ってくれ!」

「わかった。いくぞ、ロイド、レヴィン!」

 そう言って走りだす3人。

息を切らせた男は広場の中心にある警鐘台に上り警鐘を鳴らす。

 この村では警鐘を鳴らす数で危険がどの方角かを伝える。1回なら北側、2回なら東側、3回なら南側と必要な回数連続で鳴らし少し間を置く。これを繰り返すのだ。


 あたし達も、と言いながら村の北側に向かおうとするヴァネッサをシグが止める。

「おまえはこれを教会に置いてから来い。」

 シグはそう言って先ほど換金したお金の入った厚手の布袋を押しつける。

 何か言い返そうとするヴァネッサに

「最悪2人とも大型魔獣にヤラれる事だってあるんだ。そのときチビ達が生きられるように、必要なことなんだ」

 シグの言葉に黙ってうなずくヴァネッサ。

 シグはヴァネッサを置いて走りだす。


 村の柵を超えてすぐに怒号が聞こえてくる。

 思ったよりも村の近くまで来ている。そんな事を考えているとすぐに視界に自警団員達と大型の魔獣が視界に入ってくる。

 魔獣の姿を見たシグは一瞬動きを止める。

 魔獣というのは狼や虎などの獣の姿をしており、それに角や翼が生えていたり尾が複数あったり眼が3つあるなどというのが一般的なものだ。

 しかしこの魔獣、首から先は獅子なのだが胴体は毛が無くかわりに金属質の鱗におおわれているのだ。

 それはシグが今まで見たことない魔獣だった。


 とにかくやるしかない。

 シグは長剣を背中から抜きながら魔獣の向かって左側に回り込むとスライディングで腹の下に滑り込み起き上がる勢いを利用して魔獣の腹に長剣を突き刺す。

 かつて神父達を襲った大型魔獣に使った戦法だが、これはシグがあみだしたものではなく祖国の対魔獣訓練で教わったものだ。

 大型魔獣との戦いは基本、1人では行わず複数人で対処するのが基本だ。

 魔獣を囲み1人がスキを見てその腹の下に入り腹部を突き刺し、切り裂くというもの。

 シグはこれで数多くの大型魔獣を葬ってきた。

 しかし、今回の相手にはつうじなかった。

 剣を突き刺すまでは上手くいったのだがそこから切り裂く事ができない。おそろしく魔獣の皮膚が硬いのだ。

 腹部の痛みに暴れる魔獣。

 シグは剣を引き抜きながら転がって魔獣との戦いは距離をおく。

「大丈夫か?!」

 そう言ってシグに駆け寄るバルド。

「すまん、手負いにしてしまった。」

「いつもの手がつうじないとは……。やっぱり普通じゃないな」

 シグが大型魔獣を倒すところを何度か見ているレヴィンが言う。いつのまに……。

 他の自警団員達が先に重しを付けたロープを投げつける。

 ロープは首や胴体、四肢に絡みつき魔獣の動きを封じる。

「手があいてる奴は首のロープを手伝え‼」

 自警団のリーダー、ガルドが叫ぶとロープを絡められなかった団員達が魔獣の首に巻き付いたロープに合流する。

「引けぇ‼」

 ガルドの合図で首のロープが引っぱられると魔獣は頭を垂れ、魔獣の向かって左側からガルドがその首に斬りかかる。

 と、同時にいつの間にかガルドの反対側に回り込んでいたシグが渾身の一撃を魔獣の首に見舞う。

 金属質の鱗におおわれた胴体と獅子の頭部の継ぎ目。そこを狙うのが最適解だと瞬時に判断したからだ。

 が


 ギン、と鈍い音を立ててシグの長剣が折れてしまう。

 対面にいるガルドの剣は首を落とせはしなかったものの、しっかりとそこに食い込んでおり、シグの折れた先の剣も首に食い込んている。

 魔獣の首が剣を折るほど硬いのではなく、おそらくシグの剣にたまっていたダメージがここで出てしまったのだろう。

 更なる激痛で暴れる魔獣はシグとガルド、拘束に参加していた団員達を振りほどき、その場から逃れようと、よりにもよって村の方に走りだす。

「まずい!」

 後を追うシグ達。

 そして遅れて来たヴァネッサが魔獣の前に立ちはだかる。

「ヴァネッサ、逃げろぉ‼」

 シグの叫びを無視して魔獣の顔面に数本のナイフを投げつけるヴァネッサ。

 そのうちの1本が魔獣の右眼に刺さりその場で悲鳴に似た鳴き声を上げる。

 魔獣は残った左眼でヴァネッサを睨みつけると右前足の爪を振りかざす。

 が、魔獣とヴァネッサのあいだにロイドが割って入る。

 ロイドが自身の武器である巨大戦斧の面の部分で振り下ろされた爪を受けると、正面に回り込んだバルドとレヴィンが攻撃のために下げた魔獣の頭に剣を振り下ろす。

 2人は振り下ろした剣で魔獣の頭部を押さえつけ、

「ロイド!」

 と叫ぶ。

「おう!」

 と叫び首に斬りかかろうとするロイド。

 それより少しだけ早くシグは息子の形見の剣を抜いて、スライディングで首の下に入り込み、ロイドが戦斧を振り下ろすのに合わせて起き上がりながら首に斬りかかる。


 シグは視界のはしに魔獣の首が落ちるのを確認した。


 ようやく鱗の魔獣の討伐は決着が付いた。

 しかし自警団の被害は大きく、死者2名、負傷者多数となった。

 大物を倒した後だというのにロイドですら浮かれるようなことはなかった。


 そんな日の深夜、村に悲報が届く。ここから近いある村が複数の大型魔獣に襲われ、

壊滅したのだという。







 

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