第11話

 この研究施設に配属になるとき、ある契約が交わされる。

 研究内容の口止めと研究が一段落するまで施設から出ることを禁ずるという事。

 もしこれを破れば家族もろとも国家反逆罪で死刑になるという。

 かわりに研究者とその家族の生活の保証。これは研究者当人が死亡した場合でも有効でさらに身内の兵役を免除するというのだ。

 ここの研究員の多くは家族がいて逃げる事ができないうえに子や年頃の弟や妹がいれば兵役免除のために尽力をつくす。

 そういう人間を選んで声をかけたのだろう。

 彼らは自分達が逃げられない理由を話すと今ここで起こっていることを説明する。

 

 もともとここで実験体として使われていたのは死刑が決まっている重罪人や敵国の捕虜だった。

 しかし実験体の数が足りなく、それほど大きな罪をおかしてない者まで実験に使われるようになっていったのだという。

 しかしそれでも足りなくなり戦場で負傷した若者を実検体とした集め始めたのだと言う。

 若い肉体ほど魔物化の変化に適応でき成功率が高いというデータから今後は孤児などを使えるよう、ガルシアが動いているとの事だ。

 あまりの醜悪な実験内容に、最初は報酬にひかれてる参加したものの逃げだすこともできず、

自ら命を絶つ者もいたと言う。


 瘴気の実験に使われる人間は罪人や敵国の兵などもとから問題のある者達ばかりで実験が一段落ついたら処分するすることが最初から決まっていた。

 あの四肢が獣化した男はもとは凶悪な盗賊で盗みだけではなく多くの命を奪ってきたらしい。

 今回の集団脱走もあの男の鍵開けの技術があったからこそなのだと言う。

 多くの若い実験体が運ばれ彼への注意が薄れたのを狙って行動を起こしたようだ。

 

「負傷した若者は地上階のどこかの部屋で治療と瘴気注入のための準備がされているはずです。広間の右側に上に行く階段があります」

 若い研究者が言う。

「瘴気注入の準備とは?先ほどの言葉を喋る瘴気人と何か関係があるのか?」

 シドの問いに集団の年長者らしき男が答える。

「もともとは魔物を制御するために研究されていた薬品をベースにつくられた瘴気抑制剤。それをあらかじめ投与することで瘴気がもたらす破壊衝動を抑えることができる。完全ではないがね……」

「広間の左側に地下に行く階段があります。地下には魔物や瘴気人、罪人や捕虜が囚われています。そして瘴気注入の実験も地下で行われます」

 なんにせよレイラを捜すにはあの広間を抜けなくてはならないようだ。

 しかしそんなことを考えているシドを先ほどの年長者らしき男が諭す。

「あんたはすぐにここを離れたほうがいい。ガルシアさんたちに見つかったら拘束されるか、最悪口封じのために……」

 娘を見捨てて逃げろと言う男をシドはにらみつける。

「今ここで娘さんを捜しても見つける前に命を落とす。運良く生きながらえてもガルシアさん達に口を封じられる。あんた達が生き残るには協力者を集めてこの研究を潰すしかない」

 男の言葉を聞いてシドは黙る。

 瘴気の研究をはじめた自分の責任を問われているようだった。

 男は続ける。

「あんたの娘さんは見つけしだい俺達でかくまう。約束する。だからあんたは一刻も早くここを離れるんだ」

 男の話を聞いて思案を巡らせるシド。

 重い口を開こうとしたとき。

 背にした扉が吹き飛ぶ。

 扉と一緒に吹き飛ばされたシドが起き上がりながら目にしたのは……。


 レイラをだった。レイラの面影を残した瘴気人のレイラだった……。


 爪が刃物のように伸び口から獣のような牙をのぞかせ、背中には猛禽類を思わせる翼が生えている。足も猛禽類のそれになり人の生首をつかんでいた。

 先ほどの言葉を喋る瘴気人の首だ。 

 男性研究者達がイスやテーブルを構えてレイラに対処する。無謀な話だ。

 片手で1人ずつ研究者を貫く。

「やめろ、レイラ‼」

必死に駆け寄ろうとするシドに対して容赦なく爪を突き刺してくる。

「シドさん!」

 若い研究者がシドをかばうように間に割って入る。

 レイラの爪は若者を貫通しシドニまで届く。

 倒れ込み、薄れゆく意識の中で見た光景は背後から兵士たちに貫かれたレイラの姿だった。

 

 目を覚ましたシドは見知らぬ部屋のベッドの上にいた。

 記憶をたどり最後に見た光景を思い出し、絶望する。

 自分のこれまでの行いが誰かを守るどころか取り返しのつかない結果に結びついてしまった。

 後悔し自分を責め生きる事に疲れ果てる。

 だが、仮に自ら命を絶ったとしてレイドになんと言って詫びる?レイらに、そして亡き妻になんと言えばいいのか……。


 部屋のドアが開き初老の男が二人入ってくる。

 1人は見覚えのある、あの研究施設であった年長者の男。ザナックと名乗った。

もう1人はギルガと名乗りかつてザナックと同僚だったという事。今は故郷で医者をしているという事を伝える。


「体の調子はどうだ?」

 ザナックがいくぶん重い口調で言う。

「少し痛みがありますが大丈夫です」

シドの答えを聞くと、

「ならば支度を。すぐにこの国を出るんだ」

 戸惑うシドに対してザナックは続ける。

「おまえさんはあれから2日間眠っていた。その間に先手を打たれた。例の瘴気人の脱走事件、おまえさんが首謀者ということにされてしまった。捕まれば死罪だ」

 ショックを受けるシド

「一応、国ん出るまでの脱出ルートは確保してある。途中の村にあんたの息子がかくまわれているから合流して国を出るんだ」

 と、説明するギルガ。

「コイツは昔、研究費を使い込んでクビになったろくでなしだがそのぶん裏の事に通じている。まぁ、間抜けなところもあるが今はこれが最善だろ」

 そう補足するザナックにシドは言う。

「ちょっと待ってくれ。研究施設を出たらあなただけではない。あなたの家族も無事ではすまないのになぜこんなことを。なぜここまで……。」

 少しの間をおいてザナックは口を開く。

「俺の家族は……、息子が1人いてな、そいつの所帯が俺の家族だったんだが数ヶ月前の隣国の侵攻で全員死んじまってな……。もう俺に家族はいねぇんだよ」

 ザナックの言葉を聞いて戸惑うシド。

「おまえさん、自分のしてきた研究を、自分自身を卑下しちゃいないかい。おまえさんの研究で間違いなく魔物の被害は減り多くの人が救われた。これは研究の成果としてデータにもでている」

 しかしと言いかけたシドにザナックは続ける。

「いいか、物事にはいい面と悪い面てものがある。悪い面から目を背けるのは良くねぇが、悪い面だけにとらわれるのもだめた。おまえさんは悪くない。悪いのはおまえさんの研究を悪用した連中。俺みたいな悪党だ……」

「でもそれは家族のために……」

「自分の家族のために他人の家族を犠牲にした……。だからバチがあたったんだ……」

 黙る2人にギルガが話しかける。

「そのくらいにしとけ。時間が経つほど国外が脱出のリスクが上がる」


 数日後、シグと合流し国境を越えるシドはあることに気づいた。

 確か以前に国が力を入れていた魔物を制御する研究。その第一人者の名前がザナックだったと。


 脱出後ほどなくして祖国は隣国と本格的な戦争状態になり、その数年後滅んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る