第10話

 その日、シドはレイラが重傷を負ったという報告を受ける。

 敵国との戦闘での負傷だという。

 本来徴兵された兵士は魔物との戦いにのみ投入されるものなのだが、現状、それすら人と人の戦いに回さねばならないほどこの国は追いつめられているということだ。

 そしてその報をもたらしたのはシグだった。

 彼もまたレイラとともに敵国との戦闘に参加していたのだ。

 シグの話によると医療施設に運ばれたレイラを特別な治療が必要と言って連れ出した者たちがいたらしく、レイラの行方がわからなくなっていると言うのだ。


 レイラが行方不明になって3日後。シドはある建物の前にいた。

 

 レイラを探しはじめてすぐにわかったのが他にも連れ出された負傷者が何人もいるということ。

 ある可能性がシドの脳裏をよぎる。

 瘴気の人体実験。

 それに強い興味を示していた人物が2人いた。

 1人は小動物を使った瘴気の実験に立ち会った高官。

 彼は実験のあと、瘴気が人体に与える影響についてシドに意見を求めてきたのだが、彼との会話から人体実験に肯定的な考えがつたわって来たのだ。

 もう1人はシドの助手のひとりで以前から人体実験を進言してきていた人物。

 最初の動物実験のときにうなだれた高官に話しかけていた男だ。

 彼は実験後、しばらくして姿を消した。別の研究施設に異動になったらしい。

 当時シドは人体実験を進言してくる彼がいなくなった事を内心では喜んでいたが、例の高官と共にシドの見知らぬ場所で禁忌をおかしていたら……。

 彼の異動先と例の高官について調べていくと、ある施設につながった。

 彼が異動になったのと同時期、同じように移動になった者が何人かおり、彼らが同僚たちに話した内容から研究施設が分かり、例の高官、ガルシアが直接管理しているといことからも、もし瘴気の人体実験が行われているのならば、この施設で行われている可能性が高い。

 仮にレイラが無関係だったとしても瘴気の人体実験が行われているのか。一度疑いを持ったシドはどうしてもはっきりさせたかった。


 かつてこの国では魔物を制御して兵力として利用する研究が行われていた。

 餌付け、暴力による服従、そして薬物による制御。

 当時、制御に失敗した魔物によって研究者や兵士が犠牲になったという。

 その犠牲の多さから研究の規模は縮小していき現在その研究は中止になっているという。

 この研究が行われていた施設は魔物が暴れることを想定し非常に強固につくられていた。

 瘴気の実験には生きた魔物が必要で、この強固な施設はうってつけというわけだ。

 

 もしこの施設で禁忌の実験が行われているのならば、中に入るのは容易ではないだろう。

 一応、策としてはガルシアやかつての助手であるクレイの名前を出すというのを考えていた。

 だがそれを使うことはなかった。

 警備の者はなく、扉も閉まってはいたが鍵などはかかっておらず簡単に侵入できた。

 だがそれは喜ばしいことではない。この施設で何かがおきているという事だ。

 建物に入ってすぐ大きな廊下になっており左右にいくつもの扉があった。シドはそれを無視して廊下を駆け抜けるとその先に広間のような空間が見えた。

 

 その広間は地獄だった。


 兵士達が魔物らしきもの達と戦っているのだが、それはシドの知る魔物とはあきらかに違っていた。

 

 人の頭に四肢が獣のようになっているもの。顔と体右半分が鬼と化しているもの。顔だけが爬虫類のように変化しているもの。角の生えているもの。翼が生えているもの。尾の生えているもの。

 人外の特徴を持った、かつて人間だったであろう者達が人間とは思えないうなり声をあげて兵士達に襲いかかっているのである。

 広間にはすでにいくつかの研究者、兵士、魔物の死体らしきものが転がっており、兵士の「ここで食い止めろ‼絶対に外へ出すな‼」という叫び声で非常事態であることを思い知る。

 その中で、

「どいつもこいつもみなごろしだぁ!」

という声を聞く。

 声の主は兵士ではなく四肢が獣のように変化している男だった。

 この男は魔物化しているというのに……。

 知性や理性を残していると言いたかったのだがあの言動をそう評していいものかと迷う。 

 そんな事を考えてシドの腕を近くの扉から伸びた手がつかみ、扉の中に引きずり込む。

 突然の出来事に動転するシドが扉の中で見たのは10人ほどの研究者らしき集団だった。

 

 彼らはこの施設の研究者達で瘴気を注入されて変化した人間、「瘴気人」から逃れてこの部屋に立てこもっているのだと言う。

 なぜ施設の外に逃げ出さないのかというシドの問いに対し、何を言ってるんだコイツ、というようなリアクションが返ってくる。

「シドさんこそどうしてこんなところに」

声の主はシドも見覚えのある、かつてシドの研究施設にいた若者であった。

 他の研究者達もシドの名前に反応する。

 瘴気研究の第一人者の名前を知らない研究者などいなかった。

「シドさんが瘴気の人体実験に反対なのは有名な話ですし、ガルシアも所長も知られないようにしていたみたいですし。ここに来たということは研究を止めにきたんじゃないですか?」

「それもある。が、もう一つ。私の娘がこの施設に連れてこられたようなんだ。誰か心当たりはないか。」

 娘というのは決してデタラメではない。レイドの死後、レイラを引き取っておりシグとレイラがそういう仲であるというのは鈍いシドも感じていた。




 

 

 

 


 

 

 


 

 

 

 

 


 

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