第9話
シドの妻、シグの母親は活発な女性だった。
息子のシグはそんな彼女の血を色濃く受け継いだのか、シドと違い健康な身体の持ち主だった。
レイドもとある女性と結ばれ、娘を儲けていた。
娘の名はレイラ。
シグより歳は一つ上で姉と弟のような関係をきずいていた。
父親の血か女性としては長身で身体能力も優れていた。
彼女が兵役についた頃、その手には常に長剣が握られていた。
かつてレイドが使っていた形見の長剣を……。
その時代、魔物の被害よりも隣国との戦闘の方が多くの犠牲者を出していた。
レイドも魔物ではなく、敵兵によった命を奪われていた。
シドの妻も戦場で傷ついた兵士の手当をする役目についていたが、負傷者を収容した施設を魔物に襲われ、負傷した兵士を庇いその命を落とした。
シドにとっても、国全体にとっても暗い時代であった。
シグは15歳を待たずに兵役につくことになった。
正規の兵士が戦争に取られ、魔物の討伐要員が足りてなかったのである。
魔物の生態が分かったからといってすぐにその数を減らせるわけではない。
結局は小鬼や紅い果実の果樹を減らしていくしかないわけで、その人員確保のために兵役の年齢を下げることになった。
シドは自分の研究に疑問を持つようになった。
体が弱く、兵役につけなかった自分が少しでもみんなの役に立とうとした研究はまわりの人々を幸せにできたのだろうか?
妻は魔物に殺され息子は魔物のために早くに兵役につき、親友の娘は今も魔物と戦っている……。
かつて巨大な帝国がこの大陸を支配しようとして魔界の門を開き、そこから魔物があふれ出て今にいたるという話。
おとぎ話のようなものだと思っていたが、障気という存在を知り、ある解釈が生まれた。
それは、瘴気に関する実験だった。
魔物を魔物たらしめるエネルギー瘴気。
「気」と呼ばれるそれは概念のようなもので魔物の血肉に宿っているという前提でその実験は行われた。
小動物に魔物の血液を注入したり肉をあたえるというものだ。
瘴気というものがシドの考えてるモノならばこれを体内でに取り込んだものは魔物化するはず。
小動物を実験台に選んだ理由は二つ。
一つ目は小型の方が魔物化したとき対処しやすいということ。
二つ目は小型の方がすぐに瘴気の影響が出ると考えていたからだ。
実験には魔物の討伐経験の豊富なベテラン兵士数人と国の高官らしき人物が一人、やはり数人の護衛をつれて立ち会った。
最初は草食の小動物に血液を注入するというもの。
注入後、すぐに変化が現れた。
小動物には不釣り合いな大きな牙が生え、刃物のように爪が伸びる。
今まで聞いたことのない鳴き声をあげながら飛び掛かって来る。
討伐要員の兵士が短剣を抜き迎撃しようとする。
「待て!」
と高官の男が止めようとするが兵士はそれを無視し魔物化した小動物を仕留める。
残念そうに小動物の死骸を見つめる高官にシドの助手の一人が
「実験は成功しました。すぐに次のを造れますよ」
となだめる。
そのときシドが気にしていたのは部屋のドアや窓といった出入りができる場所を他の討伐要員がふさぐように立っていたことだった。
やはり魔物退治の専門家に立ち会ってもらったのは正解だった。
シドは次の実験の準備に入る。
次の実験は雑食の小動物に魔物の肉を与えるというもの。
実験台の小動物は三匹で一組を二組用意し、一方に焼いた魔物の肉を、もう一方には生の魔物の肉を与えるというもの。
それぞれ大きめの金属製のケージに入れられており、そこに魔物の肉を入れる。
多くの野生の動物は魔物の肉を好まない。
魔物の死肉に群がるのは大抵魔物だ。
そのため実験動物達はあらかじめ餌を抜いており空腹の状態にしてある。
最初は警戒していた小動物達だったが次第に一匹目、二匹目と肉を口にしていく。
血液のときはすぐに変化が現れたが、少し時間が過ぎてから生肉を食べた方に変化が現れた。
変化のスピードも血液のときよりも遅く、うち一匹は変化の途中で息絶えた。肉体の変化に耐えられなかったようだ。
残った二匹は金属のケージを破ろうと内側で大暴れする。
一方の焼いた肉体を与えた方は変化がない。
これもシドの予想通りだ。
魔物の死骸を焼いたとき立ちのぼる煙に「瘴気」が宿っている。
焼いた魔物の死骸に魔物は群がらない。
北辺に伝わる言葉だ。
実験からだいぶ時間がたった頃、シドは考えるようになった。
この世のどこかに瘴気の源泉のようなものがあり、魔界の門とはそれを指すのではないかと。
おとぎ話の帝国はそれを使い魔物を生み出した。
このとき、自分がしたように動物に……。人間以外の動物に瘴気を注入物するのだろうか?
大陸制覇のための軍隊を作ろうとしたとき、それは非現実的ではないだろうか?
もし自分が皇帝ならば……。
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