第61話 風呂上りの出来事



 二人が入った後のお風呂を十分くらい満喫した俺は浴槽を出た。まさか俺の人生で若い女の子二人が入った後のお風呂に入るというシチュエーションが起きようとは夢にも思わなかった。


 無心で入ろうとしたのだが、湯船に浸かった瞬間に二人が浴槽でくつろぐ情景が頭に浮かんできた。さらに、バスチェアに座って頭を洗っていると、二人が頭を洗う情景も浮かんできた。童貞は想像力豊かであると聞いたことがあるが、やはり俺にも素質があったようだ。というか、普通に無心になれる筈がない。こんなの海やプールに一緒に入るのとはわけが違う。ある意味、混浴をしたと言っても過言ではないのだ。異論は認めない。


 服を着て、髪は自然乾燥に任せてリビングへと向かう。


 中に入ろうドアに手を掛けようとしたところで――


「ちょっと触ってみる?」


「あ、プニプニだわ」


 中から朝倉さんと中村さんの会話が聞こえてきた。


 俺はピタリと動きを止める。


「柔らかさの中に弾力があるって感じね」


「和美のはどうかな? うん、和美のもいい柔らかさだよ」


(え? 俺入っても大丈夫なやつかこれ?)


 二人が浸かった後のお風呂に入ったせいで、俺の脳がこの会話を変な方に解釈しそうになっている。いやいや、まさか……俺がいつ上がってくるかもわからない状況でそんなことがあるわけがない。どうせ二の腕だとか、お腹の肉の話に違いない。


「一見小さいように見えるけど、この大きさが丁度良いのよね」


「うーん、私はもう少し大きくても良いんだけどなぁ」


「莉奈はそうでしょうね。大きければ大きいほど嬉しいタイプだもんね。楠川はペロで終わりよ」


「楠川君は物足らないと思うよ」


(あれ? 何の話してんの? 今の話の流れで何で俺の名前が出てくるの?)


 俺の心が穢れてしまっているせいか、どうにも会話の内容が卑猥に聞こえて仕方ない。自分で言うのもアレだが、十代の頃の俺は心がピュアだった気がする。その頃の俺が今の二人の会話を聞いてもきっとピンとこないだろう。それが今の俺は色んな知識を入れてしまっている上に精神は三十代なのでもう大変である。というかこの二人でもそういう話をするのかと内心驚いている。夏という季節の影響なのか、それともこれから花火大会に行くという気持ちの高揚からうっかりそんな話題が出てしまったのかは知らないが、どちらにしてもそういう話をする女子高生は嫌いじゃないです、はい。


 ただ仮に、二人の話が俺の予想通りの内容の話だったとしたら一つ困ったことがある。それは俺がディスられているということだ。ペロで終わりだとか、物足らないとか酷い言われようだ。


 前後の話の流れからして最初の話はきっと胸の話をしていたのだろう。そこから急に下ネタに変わったといったところか。もしかしたら何か写真か本でも見ながら話しているのかもしれない。


(もしかして海の時に海パン越しにでも俺の息子のスペックを把握されたというのか……二人の中では俺のは爪楊枝ぐらいの評価になってるんじゃ……)


 今のタイミングでリビングに入ったら気まずいなんてレベルじゃない。かといってどのタイミングで入ればいいのか。


「あ! 莉奈、これ皮が……」


「そこまでだ!」


 中村さんの言葉で我慢できなくなった俺は、これ以上二人が暴走してしまわないよう中に突撃した。


「あ、楠川君」


「なによ、そこまでだ! って。心配しなくてもちゃんとあんたの分もあるわよ」


「へ?」


 俺が中に入ると、二人はテーブルの前に座ってアイスを食べていた。そのアイスは誰もが知っている大福のアイス(二個入り)だった。そしてアイスを食べている二人はいつの間にか浴衣に着替えていた。


「二人ともアイスを食べてたの?」


「うん。ちょうどこのアイスの美味しい食べ方っていうのをネットで調べて実践してたところだよ。楠川君のも今用意するね」


 そう言って朝倉さんは冷凍庫からアイスを取り出し、お皿に移してレンジに入れた。何秒かレンジで温めた後アイスを取り出して俺に持ってきてくれた。


「はい、どうぞ」


「あ、ありがとう」


「こうやると皮がぷにふわになるんだって。アイスも丁度いい感じで溶けてるから美味しいらしいよ」


 なるほど、二人の会話はこのアイスのことだったのか。柔らかさだとか、大きさだとか云々全て。誰だよ下ネタとか言った奴は、汚れ過ぎだろ。


 貰ったアイスを口に入れると、もちっとした皮の中から程よく溶けたバニラアイスが口の中に広がった。こういう食べ方も確かに美味い。お風呂上りの火照った体に冷たいアイスという組み合わせも合わさって尚更美味しい。


 と、ここで二人を改めて見る。


 朝倉さんは水色と白色を基調とした花柄の浴衣で、中村さんは黒色の生地に花柄という浴衣を着ている。


「浴衣用意してたんだな」


「せっかくの花火大会だからね。浴衣を着る機会って少ないし」


「あたしは莉奈の家でお風呂借りるつもりだったから、バイト行く前に浴衣を置かせて貰ってたのよ。それでどう? あたしと莉奈の浴衣姿は」


「あ、えっと……凄く良いと思うよ」


「そ、ありがと」


「ありがとう」


 うーむ……こういう時気の利いた言葉がすらっと出せるように訓練しといた方がいいな。というか本当は可愛いとか綺麗とか言いたいのだが、いざ言おうとすると言葉が詰まってしまう。普段言い慣れてない言葉のせいで口に出すのが恥ずかしいという感情に負けてしまうのだ。情けない。


「というか二人とも浴衣ってことはここから歩いていくのか?」


「さすがにここから歩いて行くのは距離があるわよ。そんなわけだから楠川、途中まで自転車で連れてって。あたしの自転車を使っていいから」


「なるほど、俺にお風呂の提案をしてきたのはそれが目的だったか……まぁいいけど。でも俺一人で二人は連れて行けないぞ」


「大丈夫よ、もう一人頼んでるから」


「もう来る頃じゃないかな」


 そんな話をしているとタイミングよく玄関のチャイムが鳴った。


 三人で玄関の方に行き、朝倉さんが玄関のドアを開けるとそこには浩一くんが立っていた。


「いらっしゃい、こーくん」


「お待たせ。おっとどこの浴衣美人が出迎えてくれたかと思ったら、りーちゃんと和ちゃんじゃないか。あ、修くんも海水浴ぶりだね」


「久しぶり、もう一人って浩一くんだったのか」


「そういうこと。その様子だと修くんも見事に運転手に選ばれたって感じだね。今頃、菜月も友ちゃんを乗せて駅に向かってる頃だろうね」


「嬉しいでしょ? あたしたちと二人乗りできて」


「そりゃあもちろん。美女を乗せて走れるなんて僕には身に余る光栄だよ」


 中村さんの問いかけに難なく返答を返す浩一くん。


「それで? 俺はどっちを乗せて走ったらいいんだ?」


「楠川は莉奈を乗せてあげなさい。あたしは宮下に乗せてもらうから」


 どうやら中村さんは気を遣ってくれているようだ。俺には朝倉さんの事は自分で頑張れと言っていたが、何だかんだ言ってもサポートしてくれるらしい。


「よろしくね、楠川君」


「了解、任せといてくれ」


「和ちゃん、途中で道を間違えたらごめんよ」


「大丈夫よ、宮下がわざと間違えそうになったら脇腹突いてあげるから」


 身支度を済ませてから俺は朝倉さんを、浩一くんは中村さんを後ろに乗せて駅へと向かって走り出した。

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キミを二度好きになる ミハラタクミ @nidosuki-1

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