第57話 真実の激白 ①
俺の右腕を見た中村さんは目の前で起きていることの理解が追いつかないのか、はたまた恐怖を感じてしまったのか、息を呑んだまま動けずにいた。
中村さんの反応は当然である。目の前でサメに右腕を丸ごと噛まれた人間が、出血もなければ傷すらついていないのだから。狐につままれたような気分になっているに違いない。
「あー……えっと……中村さん?」
俺の言葉にハッと我に返った中村さんと視線が合う。
「多分というか間違いなく驚いてると思うんだけど、俺の話を聞いて欲しいというか……事情を説明させて欲しいというか……」
中村さんはこちらに視線を向けたまま反応がない。俺はその無言を承諾と捉え、言葉を続ける。
「話せば長くなるんだけど、今中村さんが一番不思議に思っていることの説明をするとだな……簡単にまとめると俺、不死の身体なんだよ」
「不……死……?」
弱々しいオウム返しではあるが、自分の口で言ってもやはり意味不明だと言わんばかりの表情をしている。
「ちなみにそういう設定の中二病を拗らせてるとかじゃなくて、正真正銘の不死なんだけど……とりあえず怖がらずに話を聞いてほしいんだ。化け物って思ってるかもしれないけど、まずは一からちゃんと説明をさせてほしい」
「……わかったわ」
俺の真剣な表情を見て意を汲んでくれたのか、中村さんは頷いてくれた。もしかしたら半信半疑かもしれないけれど。
「じゃあとりあえず戻ろうか。みんな心配してたよ」
「……ええ」
俺は念の為に中村さんの後を泳いで浜辺へと向かった。途中、太一と浩一くんがこちらに向かって泳いできてるのが見えた。そういえば無我夢中だったというのもあるけど、海面に出てからいつの間にか立ち泳ぎができていたな。練習の成果というやつか。
浜辺に着くと朝倉さんと河内さんと穂花ちゃんが駆け寄ってきて中村さんに抱きついた。
「かずみん! 怪我はない?」
「うん。ごめん、心配かけて」
「ホントだよ、和美ってば叫んでも全然気がつかないし……でも無事で良かった」
「…………」
穂花ちゃんは鼻をすすりながら、中村さんの足にしがみついている。顔は太ももに隠れて見えないが必死に涙を堪えているのだろう。そんな穂花ちゃんの頭を優しく撫でてあげる。
「もう和美……あんまり心配かけないで。大切な家族なんだから」
「ごめん……お姉ちゃん。ていうか苦しいんだけど」
お姉さんが中村さんの顔を自分の胸に抱き寄せる。その光景に男性陣(主に俺と太一と菜月くん)は目のやり場に困っているかのように咳払いをしながら視線を彷徨わせていた。
「それにしてもくっすー、お前すげーよ。よく丸腰で行ったな」
「なんか身体が勝手に動いてたわ。つか太一、その親指どうしたんだよ?」
太一の左手の親指から出血しているのに気付いた。
「いや、急いで武器になりそうな物を探したんだが見つからなくてな。みやっしーが血でサメをこっちに引きつけようって言って自分の親指を石で切ってたから俺も一緒にな」
浩一くんの左手の親指からも出血しているのが見えた。
「効果があるのかはわからなかったけど、やれるだけやろうと思ってね。でも時間が掛かっただけであまり意味はなかったよ。修くんの方が何倍も勇敢だった」
俺の場合は自分が死なないという前提があったからとれた行動だ。この前提がなかった時、果たして同じように行動できていただろうか。それを思ったら自分の方にサメを引きつけようと考えた浩一くんと太一も十分勇敢だと思う。
「でも和ちゃんの所に着いた修くんが急に消えた時はビックリしたよ」
「あーあれはサメがどこにいるのか確認しようと潜ったんだ。運よく逃げて行ったよ」
本当は水中に引きずり込まれたんだが、それは秘密にしておこう。
「まぁ楠っちと中村が無事でホント良かったぜ。俺なんか埋められてたから何もできなかったぞ」
「とりあえずもう遊泳はできないだろうから。昼飯食ってゆっくりしたら帰るようになるんかな?」
「だろうな。まぁ十分遊んだと思うしな。和美ちゃんも今日はゆっくり休んだ方が良いだろう」
ビニールシートに戻りみんなで昼食を摂ることにした。
みんなが昼食を食べている中、中村さんはあまり食欲がないとのことで車の方に行ってしまった。その際に俺の方をチラッと見てきたので、一緒に来なさいという合図なのだろう。
俺も車に行くと中村さんが影に隠れるようにしゃがんでいた。俺も中村さんの横に座り込む。
「それで……どういうことか説明してもらうわよ」
「うん。説明の前に一つだけ言っておくと、今から話す内容は普通なら虚言に聞こえると思う。だから俺の話を聞いて信じる信じないは中村さんに任せるよ。ただ俺は大真面目だから、できれば最後まで聞いてほしい」
「わかったわよ。ちゃんと聞くわ」
横並びになっているので視線は合わせないが、それでも話をするには問題ない。
「順を追って説明すると、まず俺は三十歳の時に死にそうになった所を女神様に助けてもらったんだ。それで高校生に戻って彼女ができるまで高校三年間をループさせてほしいっていうお願いを叶えてもらったんだけど、その高校三年間がループする代わりに死ねない身体になったというわけなんだ」
「既に凄い話になってるわね。理解が追いつくか心配だわ」
「それが普通の反応だと思う。俺が中村さんの立場だったらこいつやべーなって思うだろうし。まぁそれで、高校生に戻ってから彼女を作ろうと頑張ったんだけど、なかなか作れないわ、できても続かないわで気づいたらループが八回目に突入してたんだよ。どういう状況かというと彼女ができないからループが終わらない、このループから逃れようと死のうとしても不死だから死ねない。この高校三年間に閉じ込められてしまったんだ」
「でも彼女ができたこともあるんでしょ? できたら終わりなんじゃないの?」
「正確には高校三年の卒業式の日に彼女と呼べる人がいないと駄目なんだ」
「じゃあ二年の時に彼女ができて三年で振られたら、また一年からやり直しってこと?」
「そういうこと。で、俺はそれを八回経験して今九回目なんだよ。ここまでは大丈夫?」
「なんとなく分かってきたわ」
なんとなくでも理解が早くて助かる。
「それでここからがある意味本題みたいなものなんだけど、八回目のループで高校二年生の時に俺は朝倉さんに出会ったんだ」
「莉奈に?」
「うん。で、その時に出会った朝倉さんは中村さんが知っている今のような感じの朝倉さんじゃなくて、苛められて精神的に疲弊していた朝倉さんだった」
「は? 莉奈が苛められてた? 何よそれ、そんなわけないでしょ? 今だって莉奈は楽しく学校生活を送ってるわ」
俺の言葉に中村さんの語気が強くなる。表情は見えなくとも明らかに朝倉さんが苛められていたという言葉にご立腹の様子だ。
「仮にその話が本当だとして、莉奈を苛めた奴は誰よ? あたしがぶっ飛ばしてやるわ」
「苛めの主犯は中村さん達が通う高校の生徒じゃないんだよ。それと苛めが起こるきっかけとなった出来事はこの一年の時の夏休みに起きてたんだけど、今回は俺がそれを阻止したから今のところは苛めが起きることはないよ」
「阻止したって……」
「この前の映画の時、俺行動とか言動がおかしかっただろ? 中村さんに何度注意されても辞めなかった。朝倉さんと中村さんには申し訳ないことをしたと思ってる……ごめん。でもあの時はあの方法しか思いつかなかったんだ」
「まさかあの日、楠川は莉奈を守ってくれてたの?」
中村さんが俺の方に視線を向けてきたような気がした。だが、俺は視線は合わせず地面の方をじっと見つめたまま話を続けた。
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