第56話 バレた正体



「ちょっと気分転換に勝負の続きでもすっか」


 太一が海中から顔を出しそう告げてきた。


 只今、男四人は俺の立ち泳ぎの練習の為にそこそこ深い場所まで来ていた。ざっと水深三メートルはありそうである。そこで何とか立ち泳ぎをマスターしようと練習していたのだが、なかなか上手くいかない。交互に水を踏むような感じで水を蹴るという太一のアドバイスを実践するも、足をバタつかせながら俺の身体は沈んでいった。菜月くんと浩一くんは足を交互に円を描くように水を蹴るのだと教えてくれたが、その通りにやろうとしてもまるで水中で激しく踊る滑稽な阿波踊りのようにバタバタと沈んでいく。


 頭の中ではなんとなくイメージできているのだが、身体がついていかないのだ。こんな格好悪い練習風景はとてもじゃないが女の子たちに見せれたものではない。ちなみに今女子三人はお姉さんと一緒に穂花ちゃんの砂遊びに付き合っている。


「ここで何の勝負するんだよ古賀っち」


「今丁度いい大きさの石を見つけてな。これを底に落としてから二人一組で勝負して先に石を獲得した方が勝ちだ」


「なるほど、潜水能力が試される勝負だね。組み合わせはどうする?」


「次は俺と古賀っち、楠っちと宮っちでいいんじゃねぇか?」


「ほう、なっきーは俺とやろうってか。いいぜ返り討ちにしてやる」


 左の掌に右の拳をパチンと打ち付け気合十分の太一。


「僕は修くんとか。お手柔らかにね」


「浩一くん、手加減してくれてもいいからな?」


 浩一くんが濡れた前髪をかきあげにっこりと素敵な笑顔を向けてくる。カッコイイ人は濡れてもやはりカッコイイな。


「んで、先に取った方に三ポイント入るようにしよう」


 現時点でチーム運動部が十二ポイント、チームヒョロムキが八ポイント。まだ一発逆転の可能性は残されている。


「なら古賀っち、この勝負で負けたチームがジュース奢りってことで良いのか?」


「そういうことだ。だからくっすー、俺の足を引っ張るなよ?」


「善処する」


「じゃあ石を落とすぜ」


 太一が底に向けて石を落とす。俺以外の三人は立ち泳ぎのまま水に顔をつけ石の行方を見守っている。俺は海底から伸びている丁度いい高さの岩を足場にしていたので、その場で潜り石の落ちた場所を確認する。石が底についたところで勝負の準備が整った。


「よし、まず俺となっきーから行くぜ。準備はいいか?」


「おう! いつでもいいぜ」


「よーい、スタート」


 合図と共に太一と菜月くんが海中へと消えて行った。


 勝負の様子を確認する為、俺も海中へと沈む。太一が両腕で水を掻き、どんどん底に潜っていく。その僅か後ろから菜月くんも負けじと追いついてきていた。しかし、先に石を取ったのは太一だった。そのまま太一が浮上しようとしたところで、菜月くんが石を奪おうと襲いかかっていく。菜月くんの急襲を回避した太一だったが、逃がすまいと伸ばされた菜月くんの手が太一の海パンを掴み、そのまま海パンは菜月くんの手中に収まった。


「よっしゃーゲットしたぜ」


 海パンを掴んだ手を天高く掲げる菜月くん。


「おいなっきー! 海パン返しやがれ!」


 勝負の様子を確認するんじゃなかった。何で海に来てまで太一の全裸を見ないといけないのか。俺は砂浜で遊んでいる女の子の水着を見て、網膜にこびり付いた汚い映像の上書きを開始した。何はともあれまずは一勝だ。



 海パンを取り戻した太一が再び石を底の方に落とし、落ちた場所を確認する。


「じゃあ次はくっすーとみやっしーだな。準備はいいか?」


「僕はいつでもいいよ」


「俺も大丈夫だ」


「ならいくぞ! よーい、スタート」


 開始の合図がかかり俺と浩一くんが海の中に潜る。俺は腕を思い切り使って底の方へ進んで行く。しかし、ここで浮力の力によって身体が海上へと引っ張られそうになっていることに気が付いた。


(あれ? 潜るのってこんなに難しかったっけ?)


 俺がもがいている間に浩一くんがスイスイと底の方へ近づいていく。そしてあっという間に石を取ると浮上していった。俺も後を追うように浮上する。


「ぷはぁっ! はい太一くん、石をゲットしたよ」


「いやぁ惜しかった。良い勝負だったよ浩一くん」


「いやくっすー、お前ボロ負けじゃねぇか」


 チームヒョロムキのジュース奢りが確定した。海嫌い。



 時間がお昼を回っていたのでみんなの分のジュースを買いにいくついでに食べ物も調達しようと、お姉さんに車を出してもらい俺と太一とお姉さんで買い出しに行った。無事食料と飲み物を確保し再び砂浜へと戻る。


「おーい、楠っち助けてくれ~」


 ビニールシートの上に買ってきた物を置いていると、近くから菜月くんの声が聞こえてきた。声のした方を向くと、菜月くんが仰向けの状態で顔以外を埋められているのを発見した。その横では河内さんが菜月くんの周りに砂をどんどん盛っている。


「菜月くん何やってんの?」


「うぅ……中村を筆頭に埋められちまったんだよ。俺が穂花ちゃんに変な言葉を覚えさせた罰だって」


「見て見て楠川くん、大塚くんのマッチョだよぉ~。こっちから見ると分かりやすいよぉ~」


 河内さんに菜月くんの足元側に誘導され見てみると、ボディビルダーの人がやるリラックスのポーズを砂で表現されていた。


「友華、写メ撮ったからあとで楠川くんに送ってあげるねぇ~」


「ありがとう河内さん。ついでにネットに投稿しておくか」


「やめてくれ~! つか写真消してくれよ」


「そういえばその中村さんはどこにいるんだ?」


「中村なら浮き輪に乗って海に漂ってると思うぞ」


 海の方を見ると確かに浮き輪に入って気持ちよさそうに浮かんでいる中村さんの姿があった。俺が居る場所から少し離れた砂浜では朝倉さんと浩一くんと穂花ちゃんが座って何かをしていた。その様子を見て心臓がチクリと痛む。


 別に邪魔をしてやろうと思ったわけではないが、ただ単に気になったので近づいてみる。


「三人は何してるんだ?」


「あ、楠川君おかえり。穂花ちゃんがね綺麗な貝殻を見つけて、他にもないか探してたんだよ。ほら」


 朝倉さんが見せてくれた貝殻は白く、欠けた部分がない綺麗な形をした貝殻だった。


「これ穂花ちゃんが見つけたの?」


「うん。他にもいっぱい欲しいから探してるの。宝物にするんだぁ」


「修くんも一緒にどう?」


「とりあえず食べ物買ってきたから先に昼食にする? 食べ終わってから俺も手伝うよ」


「そういえば夢中になってて全然時間を気にしてなかったよ。そうだね、先にご飯にしようか」


 ビニールシートの方へ歩いて行く三人の後姿を見て、また心臓がチクリとなった。ああいうのを見ると、どうしても弱気になってしまう。そういえば朝倉さん普通に話してくれたな。でもちゃんと謝らなければ。どっかのタイミングで二人きりになれるチャンスがあればいいのだが……。


 俺もビニールシートの方へ歩いていると、突然――


『きゃー! サメよ!』


 遠くから海水浴客の叫び声が聞こえてきた。その悲鳴によって周囲にいた海水浴客が慌ただしく次々と海から砂浜へと非難している。


「おい、サメってマジかよ」


 太一が俺のところにやってきた。


「わからないけど、でもあっちは軽くパニックになってるな。あ! そういえば中村さんがまだ海にいるぞ!」


「それやべーじゃねぇか!」


「「和美ー!」」


 朝倉さんとお姉さんが必死に中村さんの名前を呼ぶ声が聞こえたが、中村さんに反応はない。聞こえてないのか。


「和美、もしかして寝てるんじゃ……助けに行かなきゃ!」


「危ないよ朝倉さん!」


 海に入ろうとした朝倉さんの腕を掴み、引き止める。


「朝倉さんは砂浜に居て! 俺が行ってくる!」


 そして俺は海に入り中村さんの方に急いで泳ぐ。途中で潜水し海中の様子を確認すると、サメが中村さんの方に向かっているのを発見した。中村さんはまだ気づいてない様子だった。


 もし中村さんが寝ているのだとしたら俺のせいだ。俺があんなことをして気まずい空気にしなければ、中村さんがバイトで無理をすることはなかったのだ。


 俺が中村さんの所に辿りつくとやはり中村さんは浮き輪の中で眠っていた。


「中村さん! 起きて!」


「……あれ? ……楠川? あ……あたし寝ちゃってたんだ……」


「寝起きで悪いけど早く逃げるぞ! サメが近づいてきてる!」


「えっ!? サメ!? ちょっ、ちょっと嘘でしょ!?」


 中村さんが慌てて浮き輪から出る。


「中村さんは早く行って! 俺が時間を稼ぐから」


「なに言ってんの! あんたも逃げなきゃ!」


 と、ここで黒い物体が浮上してくる姿が視界に入り、その物体は中村さんの右腕の方に近づいていた。


「くそっ! 俺の右腕にでも喰らいついてろ!」


 俺は中村さんを庇うように自分の右腕を浮上してきたサメの口に肩まで突っ込んだ。


「楠川っ!」


「うおっ!」


 右腕に噛み付かれたまま海中に引きずり込まれる。右腕にはサメの歯が深々と刺さってはいるが、痛みはおろか出血すらしない。サメも俺の腕を必死に喰い千切ろうとしているのだろうが絶対に無理である。噛み付かれたまましばらく俺は子供がおもちゃを振り回すかのようにサメに弄ばれていたが、サメの方も俺を食べることができないと気付いたのか俺の腕から口を外すとどこかへ去って行った。


「ぷはぁっ!」


 俺が海中から姿を現すと、中村さんが顔面蒼白で近づいてきた。


「楠川っ! ちょっとあんた! 右腕! 噛まれて! 早く病院に!」


 混乱して言葉が思うように出てこないのか中村さんが俺の右腕を掴んで持ち上げてきた。


「え……?」


 俺の無傷の右腕を見て中村さんが固まった。


「なんで……傷がないの?」

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