第55話 海水浴 ②
「冷たーい、ほらみんな早く泳ごうよぉ~」
「友華、あんたちゃんとストレッチしたの?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんとやったもーん」
「まったく……」
全身まで浸かり平泳ぎをしている河内さんを、溜息まじりに見つめながらストレッチをする中村さん。
「うー怖い」
「ゆっくり入ったら大丈夫よ穂花、ママがちゃんと傍にいるからね」
「穂花ちゃん頑張って」
近くではお姉さんの足にしがみついたまま海に入ろうとする穂花ちゃんを、朝倉さんが見守っている。
なんという眼福。俺のこれまでの人生で女性四人のビキニ姿を拝むという機会があっただろうか。朝倉さんのビキニ姿を見るのは二回目であるが、今回の水着もまた最高だ。とはいえ、色々と目のやり場に困る光景であるのもまた事実。特に中村さんのお姉さんの水着姿はあれはいかんよ。完成系であり色気が半端ないうえに、男子高校生には刺激が強過ぎる。
「よーし、じゃあ俺たちは海に入る前に一勝負といくか。砂浜全力ダッシュを兼ねてビーチフラッグやろうぜ」
「フラッグはないから木の棒で代用するしかないな。それで太一、勝負は個人戦になるのか?」
「いや、もちろんチーム戦だ。なっきーとみやっしーのチーム運動部と俺、くっすーのチームヒョロムキ」
「おっいいぜ、相手になってやろう。よろしくな宮っち」
「太一くんと修くんのポテンシャルがどれほどのものか見せてもらおうかな」
「おい太一! 誰がヒョロだよ」
そりゃあ三人と比べたら筋肉が少ないけども、ほっそりしているというわけではない。普通である。
「最終的に勝負に負けたチームは九人分のジュース奢りな」
砂浜にスタートラインの線を引き、そこから三十メートル付近に木の棒を突き立てる。
二人ずつ順番に走り、一人十本行うとのことだ。
走る組み合わせは太一対浩一くん、菜月くん対俺で勝負をすることに決まった。まずは太一と浩一くんからスタートをする。
二人は砂浜にうつ伏せになると手の甲に顎をのせる。
「それじゃあ行くよ? よーいスタート」
俺の合図で二人が動き出す。起き上がる瞬発力は太一に分があったが、走り出してからの加速力は浩一くんの方が早い。ほぼ互角であるが僅かに太一が一歩リードし、木の棒を掴む。
「やるなぁ太一くん。起き上がり時の腕を使ったバネが凄いね。あそこで勝てないと厳しそうだよ」
「いやいや、みやっしーも走り出してから一気に距離を詰めてきたからな。スタートを失敗したらそのまま逃げられそうだ」
二人がスタート地点まで戻ってきたところで、今度は俺と菜月くんの番だ。
「楠っち、悪いが勝たせてもらうからな」
「まぁ俺は最初は様子見だから」
うつ伏せになり、スタートの合図を待つ。
なんだろう……遊びみたいなものなのに凄く緊張してきた。
「行くぞ? よーい、パン」
太一の手を叩く合図で身体を起こす。起きたタイミングはお互いほぼ同時だった。
(うわっ、砂浜走りにくい。思うように前に進まないぞこれ)
そこからは純粋な脚力の差で菜月くんが余裕で木の棒を掴んだ。
「おいおい楠っち、そんなんじゃ俺に勝てねぇぞ」
「いや、これ勝てる気がしないわ。菜月くんがさすがは運動部ってのもあるけど、俺の肉体が如何に怠けているかってのがわかった」
正直、一度でも勝てるビジョンが浮かばないが、せめて一本は取りたいという思いは湧いてきた。
最終結果は太一が六ポイント、浩一くんが四ポイント、菜月くんが八ポイント、俺が二ポイントという結果になった。俺の二ポイントは、お姉さんの声に反応してよそ見をした菜月くんが転んで獲得した一ポイントと最後に菜月くんのスタミナが切れて俺の火事場のクソ力でなんとか獲得した一ポイントの計二ポイントである。
すっかり汗だくとなった男性陣は火照った身体を冷やすべく海に入る。
「あー気持ちいい、生き返るぜ」
「俺明日筋肉痛になるかもしれない」
「楠っちの場合、筋肉痛と日焼けの痛みのダブルパンチかもしれないな」
「うわーそれ嫌だな」
「もし良かったら後で僕が使ってる日焼け止め貸そうか?」
「ホントに? ありがとう浩一くん。それはそうとさ……三人とも何で仰向けで浮けるの?」
ゆらゆらと漂うクラゲのように仰向けのまま海に浮かぶ三人。いわゆる背浮きというやつである。俺はその三人の様子を見ながらとりあえず首まで浸かっていただけだった。
「えっ? くっすーお前、背浮きできないのか?」
「俺できないよ、浮ける原理がわからん」
「修くん、ちょっと試しにやってみてくれる?」
「いいけど」
俺は背中を倒し水面に対して水平になろうとするも、身体はそのまま水中に沈んでいった。
「じゃあ楠っち、立ち泳ぎは?」
「できない。何故か身体が沈む。あと平泳ぎもできない」
「平泳ぎできないってマジで?」
「くっすーは平泳ぎはできないぞ」
俺は百聞は一見にしかずということで、俺流の平泳ぎを披露する。
「全然進んでないね」
「というより少しずつ後ろに下がってる気がするんだが」
「これがくっすーの平泳ぎだ」
「そういうことだ」
俺は仁王立ちでドヤ顔をきめた。平泳ぎにしても立ち泳ぎにしても背泳ぎにしても、みんながどういう風に身体を動かしているのかは何となく分かっているつもりなのだが、実際に同じように動いてもできないのだ。
――ポスっ!
仁王立ちをしている俺の頭に後ろからビーチボールが直撃した。
「ありゃりゃ、ごめんよぉ~楠川くん」
ボールを取りに河内さんがやってきた。後ろから続いて朝倉さんと中村さんもやってきた。
「ん? 何かあったのぉ~」
「いや楠っちがどうも平泳ぎと背泳ぎと立ち泳ぎができないらしくてな」
「背泳ぎってこれのことぉ~?」
河内さんは仰向けになるとそのままプカプカと浮いていた。マジか!
「莉奈ちゃんと和美ちゃんはどうだ?」
「あたしもできるけど」
「私も」
朝倉さんと中村さんもいとも簡単に背泳ぎができていた。俺を囲むようにみんなが背泳ぎの状態になる。まるで水死体の中に佇む唯一の生き残りのような構図になっていた。なにこれ?
「よし! じゃあくっすー、女の子達に見せてやれ」
「失敗するのは分かってるんだから嫌なんだが」
「まぁまぁ楠っち、次は出来るかもしれないだろ。何事も挑戦だ」
「修くん、背泳ぎのコツは肺に空気をためて口と鼻以外の身体の部位を沈めるのがポイントだよ。仰向けになったら息を吐いて力を抜くんだ」
「なるほど、ありがとう浩一くん。やってみるよ」
俺は肺に空気をためるイメージで息を吸い込む。そして身体を仰向けにして口と鼻を水面から出した状態で息を吐いた。するとそのまま踵から水中に沈んでいった。
「やっぱ無理だわ。全然浮かねー」
水中から顔を出した俺は必死に笑いを堪えているみんなの姿に気付いた。
「笑う事ないだろ」
「いや悪い悪い、みやっしーからアドバイスもらって、くっすーが自信満々にやったもんだからついな」
「楠川くん安心して。友華も平泳ぎはできないから」
「こりゃあ楠っちにどれか一つでもできるようにしてやりてーな」
「僕はコツなら教えてあげられるから一緒に頑張ろう」
みんなが優しい言葉をかけてくれる中、なにより嬉しかったのは朝倉さんと中村さんが笑ってくれていることだった。もしかしたら今ので二人との気まずかった空気が少しは和らいだのかもしれない。
その後に俺は全然進まない平泳ぎも披露し、それを見た二人はやっぱり笑ってくれていた。
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