第54話 海水浴 ①
結局、昨日と一昨日のバイトでは中村さんとほとんど会話することはなかった。明らかになるべく俺と同じ空間に居まいとするかのような行動をとっていたところを見ると、あの一件で生じた溝は相当深いのかもしれない。一応、今日二人に謝る予定ではあるが果たして許してもらえるのか心配である。
本日は一点の曇りがなく晴れわたった青空、まさに日本晴れという絶好の海水浴日和だ。せっかくこうしてみんなで出掛けることができるのだから、なるべく楽しい雰囲気を壊さないように明るく振る舞おう。
「かずみん、ずいぶん眠そうだねぇ~。大丈夫?」
Tシャツにデニムのミニスカートという格好の河内さんが心配そうに中村さんを見る。
「えぇ、ちょっとバイトを頑張り過ぎちゃってね。ふわぁ~……今朝からずっと欠伸が止まらないわ」
車に乗ってから何度目かの欠伸をしているのは、おへそが見えるくらいの長さのTシャツにハーフパンツという格好の中村さん。
「連勤だったんだもんね。着くまで寝てていいよ? 私の肩に寄りかかる?」
朝倉さんはTシャツの上にキャミソールという格好をしている。自分の肩をポンポンと叩き、枕にしていいよという合図を送っている。
「平気平気、それに今寝たら昼まで起きないかもしれないし」
「まったく和美ったら……私に無理しないでって口酸っぱく言ってるくせに、あなたが無理してどうするのよ?」
中村さんに軽く叱責するお姉さんの
そのお姉さんの横ではフリルのついたシャツにスカートという格好の穂花ちゃんが絶賛爆睡中である。
「良いでしょ別に。動きたかったのよ」
「ねぇねぇりなち、海についたらかずみんを砂浜に埋めちゃおうよ。砂風呂みたいにさ。それでお腹の所に山を作ってトンネルにするんだぁ~」
「あはは、面白そうね。穂花ちゃんが喜びそう」
「おーい二人とも聞こえてるわよ。友華、逆にあんたを埋めてやるわ。覚悟しなさいよ」
「えーんりなち、かずみんがおっかないこと言ってくるよぉ~」
「よしよし、怖かったね」
「あんたから言ってきたんでしょうが。莉奈も友華を甘やかさないの」
朝倉さんは抱きついてきた河内さんの頭を優しく撫でる。
車内の前側は女性五人による華やかな空間となっており、後ろ側は二列目に太一と浩一くんと荷物。三列目に俺と菜月くんと荷物という並びで座っている。
「太一くんはあれから筋トレは順調なのかい?」
「おう、自分の身体をビシバシ鍛えてるぜ。腕もそこそこ太くなってきたし、腹筋もいい感じに割れてきててな」
確かに筋トレに精が出ているのか、この短期間で前回の太一と同じくらいの筋肉の付き方をしている。このペースならその内バキバキになるかもしれない。
「こりゃあ古賀っちの肉体美に惚れた女の子たちが群がってくるぞ。ワンチャン逆ナンされたりしてな」
「菜月くんと浩一くんだって部活してるし、筋肉ついてるんじゃないのか?」
「僕と菜月はまだまだだよ。現状維持って感じかな。やっぱり筋トレしている太一くんには敵わないよ」
「この中じゃ運動も筋トレもしてないのはくっすーだけだぜ。どうだくっすー、これを機に筋トレ始めてみるか?」
「そのことなんだけど、俺も真剣に筋トレ始めようと思っててな。今度太一と一緒にトレーニングさせてくれよ」
「お? とうとう楠っちも肉体作りに目覚めたのか?」
「まぁな」
この前のことで思い知らされた。俺は弱い。まぁ筋肉をつけたところで喧嘩が強くなるわけではないが、筋肉があるだけで自信はつく。勝てない喧嘩でも勝てるかもしれないと思うことはできる。防戦一方だった今の俺では、この先もしまたあいつらと出くわしてしまった時に二の舞となってしまう。それに朝倉さんと太一のことで報復すべきことが沢山あるのだ。今更遅いけども、あの時に一発でもお見舞いしておけば良かったと後悔している自分がいる。
「つうか、砂浜も良いトレーニング環境ではあるし、海に着いたら遊びながら筋トレすっか」
「ならジュースを賭けて勝負ってのも良いな」
「海なら色々できるよね。ビーチフラッグに、騎馬戦に、素潜り勝負に遠泳とか」
「運動部である俺と宮っちは負けるわけにはいかねぇよな」
海に着く前から闘争心剥き出しの男子四人。
筋トレの話題から最終的に勝負事へと変換されてしまった。俺も含め、何故男はこうも勝負事が好きなのだろう。進化心理学的に考えたら仕方がないことなのだろうけども。
車に揺られる事約二時間、到着した場所はメジャーな海水浴場から少し離れた場所の砂浜だ。メイン所はやはり時期が時期なだけに海水浴客で溢れ返っており、とてもではないが陣地を確保するのも大変である。少し離れた場所でも客がそこそこはいるがなんとか九人がくつろげるほどのスペースを確保することができる。
下のズボンを脱ぐだけで、水着完了である男性陣は一足先に砂浜へとやってきてビニールシートとパラソル、テントを準備していく。そして浮き輪やビーチボールを膨らませる。こういった作業をして、いくら汗を掻こうとも目の前には空の色を映したかのような青く透き通った海が広がっている。穏やかな波が白い砂浜を行き来し、水面は太陽の光を浴びてキラキラと煌めいている。まるで星でできた道であるかのように水平線の彼方までその輝きが伸びていた。目を閉じれば鼻孔をくすぐる潮の香りと波の音が相まって、気持ちがリラックスしてくる。
もし今この空間に俺一人だけが居る状況であれば、間違いなく一人ヌーディストビーチとなっていただろう。大自然の解放感恐るべし。
「よし! 場所取り完了っと」
「テントの中とビニールシートの上に荷物を置いておけば、万が一風が吹いても飛ばされることはないだろ。なっきーとみやっしーの方はどうだ?」
「浮き輪とビーチボールの準備もOKだ」
「パラソルも飛ばないようにしっかり固定できてるよ。後は女性陣が来るのを待つだけだね」
浩一くんの言葉に俺と太一と菜月くんの肩がピクリと反応する。
「心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却」
太一は両手を合わせて目を閉じ、ひたすら念仏を唱えるかのように同じ言葉を繰り返していた。俺は背伸びをしたり、ストレッチをしたり、顔が上下左右に動いたりとと落ち着きがなくなっていた。菜月くんはというと手頃な木の枝を見つけて一人棒倒しを始める始末。その点、浩一くんは堂々としたものである。これが異性に対して免疫がある者とない者の差か。
しばらくして車で着替え終わった女性陣が合流してきた。
「やあやあ男子諸君、お待たせぇ~」
「あら? 手伝う前に終わっちゃってるわね。さすが男子」
「準備してもらってありがとね」
「海~」
「穂花、走ったら危ないわよ」
チェック柄のビキニの河内さん、ボーダー柄のビキニの中村さん、花柄デザインのフリルビキニ(スカート有)の朝倉さん、ワンピースタイプの水着の穂花ちゃん、黒のビキニのお姉さんの登場である。
菜月くんは真っ先にお姉さんの水着姿を確認すると、猛ダッシュで海の中に飛び込んで行った。
「…………」
水着姿の女性陣が登場したというのに無反応な太一に気付いた俺は、太一の顔を覗き込んだ。あ、これ白目をむいて気絶してる。
「みんな凄く似合ってるよ」
唯一平然としている浩一くんが感想をもらす。
ぐっ……俺も言いたいのに緊張で言葉が出てこない。というか話しかけづらい。なんてもどかしいんだ。
とここで、朝倉さんと中村さんの二人が俺の視線に気付いた。しかし二人に気まずそうに視線を背けられてしまった。くそー早く気持ち的に楽になりたい。
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