第50話 失態
映画が終わる頃に合わせてアミューズメントコーナーを後にした。
正直間に合うかどうかギリギリであった。一時間四十分という時間を潰そうと思った時に、何が一番長く楽しく時間を潰せるか考えた結果、メダルゲームのジャックポットを搭載した大型の機械を選んだのだが非常に危なかった。時間がある内はなかなかメダルが増えないのに、時間がどんどん迫ってくるにつれてメダルが増え始めていたのだ。カップ一杯分のメダルを使い切ろうとすれば何故か二杯分になる。俺が焦れば焦る程、その様子を嘲笑うかのように機械はメダルを吐き出してくるのだ。
一番肝を冷やしたのは、ようやく終われるというところまでメダルを減らしたにも関わらず、最後の最後でまさかのジャックポットチャンスの到来が来た時だ。ジャックポットに入れば四千枚近いメダルが俺の手元にカムバックしてくる。本来嬉しいはずのジャックポットに対してこれ程までに恐怖を感じたのは人生で初めてである。結果は見事にジャックポッドを外し無事メダルを使い果たしたのだった。
三階に続くエスカレーターを上がりグッズコーナーを見ながら二人が出てくるのを待っ。
十分ぐらい経った頃、二人が通路を歩いてやってきた。
「お待たせ楠川君。二時間も待つの大変だったでしょ?」
「いやそんなことはなかったよ。あっという間の二時間だった。それで映画の方はどうだったんだ? 泣いたりした?」
「まぁ普通に面白かったよ。泣きはしなかったけど」
「そうね、可もなく不可もなくって感じだったわ。後ろの方とかで鼻を啜る音が聞こえてたから泣いてた人もいたみたいだけど……」
「もしかして恋愛映画を観て泣けない私たちって心が冷たいのかな?」
顎に手を当てて、考え込むようなポーズをとる朝倉さん。
「そんなことは絶対ないだろ。逆に恋愛映画を観て泣ける人が必ずしも心が温かいとは限らないんだから」
朝倉さんの心が冷たいなんてことは絶対にありえない。朝倉さんの心の温かさは俺が一番よく知っているのだ。優しくて、思いやりがあって、俺の気持ちを変えてくれた女の子だ。恋愛映画で推し量れるようなものではない。
「それに恋愛映画を観て泣く人ってもしかしたら、共感できるような経験をしているのかもしれないし。朝倉さんにもきっと恋愛映画を観て泣けるような恋愛ができる日が来るよ」
「えへへ、そうかな。ありがと楠川君」
「そうよ莉奈、気にすることはないわ。映画と心の冷たさ温かさなんて全然関係ないんだから。そんなことより、もうお昼回ってるしご飯にしない?」
「そうだね。この前来た時はフードコートで食べたけど、今日はチェーン店に入ってみる?」
「二人は何か食べたい物ある?」
「あたしは前回が海鮮系だったから今日はお肉の気分だわ」
「私もお肉がいいかな」
「お肉だったら一階にトンカツのお店があったな。そこにする?」
「「異議なし」」
少し遅めの昼食を摂りに一階へと向かう。エスカレーターで一階まで降り、目的のトンカツのお店まで歩く。お店が見えてきたところで――
「あ、私ちょっとトイレに行ってくるね」
「わかった。行ってらっしゃい」
「じゃあ先にお店の前で待ってるわね」
「うん」
そう言って朝倉さんは近くのトイレの方に歩いて行った。
「……ねぇ楠川、あたしがトイレに行く時は莉奈にトイレは大丈夫かって聞いて、逆の時は聞かないのね」
「聞いて欲しいのか?」
「違うわよ。そのことに何か意味があるのかって話よ」
だいぶ怪しまれてるな。普通に考えたら中村さんの反応は正しい。俺も逆の立場だったら、何かあるのだろうかと思ってしまうだろう。だが、本当の事を言っても信用して貰えないだろうから仕方ないのだ。この方法を徹底するしかない。とはいえ、奴らとの遭遇に時間が掛かり過ぎる程このやり方も危うくなってくる。もし今日もスカってまた別日に作戦を決行しても、その時にはしつこいと言われるかもしれない。現時点でもだいぶ、厳しい所まできてはいる。あと、一回が限界かもしれない。
「まぁ……ちょっとな」
とりあえず濁すことしかできない。
「ごめん、お待たせ」
朝倉さんがトイレから戻ってきたのでお店の中に入って昼食を食べる。
トンカツがメインのお店であるが一応トンカツ以外のメニューもいくつかあった。三人でトンカツに海老フライがついた御膳を注文し頂く。
食べ終わってからの予定はとりあえず、適当にモールの中をブラブラと散策する感じとなった。本屋や音楽関連のお店、前回入らなかったお店を中心に見て回る。俺は特に買いたい物があるわけでもないので、ひたすら二人の後をついて歩く感じだ。だいぶ見て回ったところで時間も良い時間となっていた。
「そろそろ帰ろうかしらね」
「そうだね。楠川君は何も買わなくて良かったの?」
「大丈夫。欲しい物があったわけじゃないし、とりあえず一緒に来れただけで良いんだ」
「ホントにただ付いて来ただけって感じよね。あんたはこれで満足なの?」
「満足」
ショッピングモールから出て駅の方に歩いていく。
(前回に続いて今日も特に何も起こりそうにないな。もう一日が終わってしまった)
ナンパされたのは一体いつの出来事なのか。今日も駄目だったらまた、朝倉さんに今日以降の予定を聞かないといけない。振り出しに戻ってしまう。
「あ、ごめん。コンビニが見えたからちょっとトイレに行ってくるわ」
そんな事を考えていると、駅までちょうど中間ぐらいの距離に来たところで中村さんがそんな事を言ってきた。そういえば前回尾行した時は帰りの駅に行くまでの道中でトイレに行った人はいなかった。外でトイレに行くという流れは初めてである。
(――っ! まさか……)
直感でこの流れは何だか非常に嫌な予感がした。今日も何も起こりそうにないと諦めていたので気持ちが緩んでしまっていたが、咄嗟に周囲を見渡す。
「――っ!?」
すると、俺たちが居る場所から後方百メートルぐらい離れた位置に見つけてしまった。こちらに向かって歩いて来る四人組の男達。その内の二人は忘れもしないあのチンピラ二人だ。金髪が特徴的な男と青と銀髪が混じったような髪をした男。その風貌も見間違いようがない。どれだけ憎んだことか。一日たりとも忘れたことはない。
(ついに見つけたぞ。今日だったのかよ……くそったれが)
「分かった。私と楠川君はここで待ってるよ」
俺は込み上げてくる怒りを必死に抑えながら、すぐさま朝倉さんに声を掛けた。
「朝倉さんも中村さんと一緒にトイレ行ってきなよ、俺ここで待ってるからさ」
「えっ? 私はトイレは大丈夫だよ」
「まぁそう言わずに、出なくても一応行くだけ行ってみてさ」
「ちょっと楠川、あんた何度もしつこいわよ。莉奈が大丈夫って言ってるんだからいいでしょうが」
こうしている間にも奴らが後ろから近付いてきている。そのことに俺は次第に焦り始めていた。
「じゃあトイレに行かなくてもいいから、とりあえず中村さんと一緒にコンビニに行ってみたら?」
「楠川君どうしたの? 何か変だよ。私が一緒にここで待ってたら駄目なの?」
「駄目って言うか…………分かった! じゃあ三人でコンビニに行こう。ほら、早く」
俺は朝倉の手首を掴み歩き出そうとした。思い通りにいかない状況に若干の苛立ちを感じていたせいか、朝倉さんの手首を掴んだ手に力が入ってしまった。
「痛っ! ねぇ楠川君、手痛いよ。ちょっと離して」
朝倉さんのそんな言葉が聞こえると同時に、中村さんが俺の前に立ち塞がった。そして次の瞬間――
バチンっ!
俺の頬に強い衝撃が走り、遅れてじわーっと痛みもやってきた。頬のジンジンとした痛みで冷静になった俺は今何をされたのかすぐさま理解した。
中村さんに思い切りビンタをされたのだと。
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