第49話 朝倉さん防衛作戦 二回目 ~同行~



 八月五日、本日は朝倉さんと中村さんが映画を観に行く日である。約束通り二人に同行できるということで、今日は変な格好をすることもなく堂々と駅のホームで待つことができる。


 作戦一回目の日は結局当てが外れてしまった。場所としては遭遇してもおかしくはなかったのだが、あの日ではなかったということなのだろう。俺としては早く回避して気持ち的に楽になりたかったので、一回目で終わらなかったことは正直喜ぶべきか、悲しむべきか迷うところではある。


 そして今日も行き先は前回と同じショッピングモール。三階にある映画館が目的のメインだ。目的地が相変わらず遭遇する可能性が高い方にあるわけだが、映画を観れる一番近い場所がここなのでこればっかりはどうしようもない。まぁ映画を観ている間は絶対に安心なので、気をつけるべきは終わってからの展開だ。せめてナンパされた場所が分かれば、そっち方向に行かないようにすれば良いだけなので話は簡単なのだが。


「もう着く頃だな」


 今日は前回よりも一つ遅らせた時間に到着する電車に乗って二人が来ることになっている。到着時間を事前に聞いていたので、今回は一時間も二時間も待たないといけないということはなかった。二人の到着時間に合わせて電車に乗ってくればいいだけだった。


 しかし、駅に到着する時間は俺が乗ってきた電車の方が少しばかり早い。外の気温も相変わらず高いので、コンビニの中で雑誌を立ち読みしながら時間を潰していた。


 携帯で時刻を確認すると、そろそろ改札口から出てくる頃だったのでコンビニを出ることに。


「楠川君」


 ちょうどコンビニを出たところで、改札口から手を振りながら近づいて来る朝倉さんと、その横に並んで歩いて来る中村さんの姿を発見した。今日も夏を感じさせるオシャレな私服に身を包んでおり、その夏服特有の軽装っぷりに内心ドキドキする。前回は遠目から見ていただけなので特に意識はしていなかったが、改めて至近距離で見るとなかなかに刺激が強い。あー素晴らしき夏服。


「おはよう、今日も暑いね」


「朝倉さんと中村さん、おはよう。これ良かったらあげるよ。今コンビニで買ったんだ」


 二人に炭酸飲料の入ったレジ袋を差し出す。


「いいの? ありがとう」


「ずいぶん気が利くじゃない」


「まぁ同行させてもらうお礼も兼ねてな」


 いくら中村さんの“何でも一つ言うことを聞く”という約束を利用させてもらったとはいえ、強引に同行を聞いてもらったのは事実だ。このくらいは安いものである。


「それじゃあ行こうかしらね」


 駅を出てショッピングモールへ向けて歩き出す。


 外に出るとまた一段と気温が上がっているような気がした。ジリジリと照りつける太陽で皮膚が焼けるようだ。暑いのはもちろんのこと、痛いという感想も出てくる。


「この暑さ……日焼け止めを塗ってて正解だったわね」


「ねぇ~この前来た時はここまで暑くなかったもんね。猛暑って感じがするよ」


 顔を両手でパタパタと仰ぐ可愛らしい仕草の朝倉さんとは対照的に、中村さんはTシャツの首元を持って大胆にもバサバサと揺らしていた。


「それで二人は今日は何の映画を観るんだ?」


「もちろん恋愛映画に決まってるじゃない」


「えっ中村さん恋愛映画観るのか?」


「なによ、あたしが恋愛映画観たらおかしいって言いたいわけ?」


「だって中村さん男嫌いなんだろ? だから恋愛とか興味ないと思ってたんだけど」


「男が嫌いでも別に恋愛に全く興味がないってわけじゃないわよ。まぁ今は彼氏なんか作ろうとは思ってないけど、いつか奇跡的にあたしが心の底から好きになれるような男が現れてくれないかなぁと一応思ってはいるわ。それで恋愛映画でも観て、あたしはどんな男なら好きになれるんだろうって勉強してるわけよ」


 中村さんは何がきっかけで男が嫌いになったのかは知らないが、以前の俺と似た心境なのかもしれない。今思えば女が嫌いと言う言葉の裏には、全ての女の子が俺を酷い目に遭わせた悪い女達のような性格ばかりではないと分かってはいるが、そういう風に思ってしまおうとする考えが隠れていた。同様に、中村さんの男が嫌いという言葉の裏にもそういう考えがあるのかもしれない。あくまで予想の域を出ない意見で中村さんの本心はどうかはわからないけども。


「朝倉さんは恋愛映画とかよく観るの?」


「うん、和美に誘われてよく観るよ。私も恋愛映画を観て勉強中って感じかな。色んな恋愛の形を観て、私はどういう恋愛に心を動かされるんだろうって」


「それで二人はこれまでで成果はあったのか?」


「「全然」」


 息ピッタリで返答してきた。


「でもいつか自分の中での名作に出会うかもしれないでしょ? それが出てくるのを待ってるのよ」


「泣ける作品に出会いたいよね」


「せっかくの夏だしね。あたしの中では甘く切ない恋の季節ってやっぱり夏って感じがするのよね」


「そうか? 俺は春って感じがするけどな。春は恋の季節って言わない?」


「私は冬のイメージかな。寒い時期にあるイベントが多いし。クリスマスとか初詣とかバレンタインとか」


 そんな他愛のない話を色々しているとあっという間に目的地のショッピングモールに到着した。


 中へ入り早速映画館のある三階へと向かう。


 三階へ着くとさすがは夏休みということもあり、チケットや飲食物を買う列がいくつも出来ており人の多さに圧倒される。


「映画が始まるまでまだ少し時間があるわよね? チケットとか買うの時間掛かりそうだし、あたしちょっとトイレに行ってくるわ。先に列に並んでてくれる?」


「あ、じゃあ朝倉さんもトイレに行ってくれば? 今行ってたら安心して映画に集中できるだろ?」


 中村さんがそう言ってトイレの方に行こうとしたので俺は慌てて朝倉さんに声を掛けた。


「私は今は大丈夫だよ」


「いや、今行っておかないと上映中に飲み物とか飲んで、万が一途中で行きたくなったら大変じゃないか。列なら俺が並んでおくから」


「あんたまたそんなこと言ってんの? いつか前もなんか似たようなこと言ってなかった? 莉奈がナンパされたら大変とかどうとかって」


「あれ? そうだったっけ? よく覚えてないな」


 言いながら俺は周囲を見回した。とりあえず今のところチンピラ共の姿は見当たらない。だが油断は禁物だ。とにかく今は朝倉さんもトイレに行ってもらわなくてはいけない。些細なことでも可能性がありそうならどんどん潰していく。


「楠川君がそこまで言うなら一応行っておこうかな。じゃあ列お願いね」


「あぁ! もちろん! 」


「全く、トイレに行くタイミングくらい莉奈に任せたらいいじゃない。何で楠川がいちいち決めるのよ」


 中村さんは俺に訝しげな表情を浮かべていたが、すぐに朝倉さんと一緒にトイレへと向かった。俺は列に並びもう一度周囲を見渡す。やはり奴らの姿はなかった。まぁないなら別にそれでいい。今日はこの調子でどんどん状況を変えていくのだ。


 朝倉さんと中村さんがトイレから戻ってくると、そのまま列に並び映画のチケットを購入する。もちろんチケットは二人分だ。俺は映画を観ないので外で待機をしておく。二人の映画が二時間くらいあるので終わる十分前に今いる場所に戻ってくればいいだろう。


 そして二人はポップコーンと飲み物の購入も済ませた。


「楠川君は何も観ないの? 恋愛映画以外にも色々あるのに」


「俺のことは全然気にしなくていいよ。二人で楽しんで来て」


 正直、恋愛映画は全く興味ないし、今日上映されてる他の作品も特に観たいと思うようなものはなかった。それなら今から一時間四十分くらいゲーセンで時間を潰した方が有意義というものだ。


 俺は二人が中に入って行くのを見送ってから、アミューズメントコーナーのある二階へと向かった。

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