第48話 朝倉さん防衛作戦 一回目 〜尾行〜 ②



 そこから三人は雑貨類や別の店舗の洋服を見て回り、俺は三人の様子を店の外から椅子に座って眺めるという時間が続いた。


 三人で店の中にいる間は大丈夫だと思うので、俺がわざわざ店に入る必要はないのだが、なかなかに暇である。とはいえ油断したり気を抜いたりはできない。途中で見失ってしまったというのは絶対に避けなければいけないし、とにかく中村さんと河内さんの二人がトイレに行って朝倉さんが一人になるという状況に気を付けなくてはいけないのだ。いくら暇でも文句を言っている場合ではない。


「しっかし、会話は聞こえないけど三人とも楽しそうだなぁ~」


 遠くからでも三人が笑顔で話したりしている様子がはっきりと分かる。男女のグループでいるときの雰囲気とは違う、女の子だけという時間を楽しんでいる感じ。仲の良さが十分伝わってくる雰囲気に見ている俺の心も穏やかな気持ちになる。実に平和だ。あの三人の関係はずっと続いていくべきなのだと、絶対に壊されてはいけないのだと改めて思う。まるで娘の幸せを願う父親に似たような感情が込み上げてくる。


 同時に、この平和を壊した元凶への怒りも込み上げてくる。ほんの僅かな時間の遭遇によってあそこまで悲惨な状況にしてしまうのだ。朝倉さん自身を、その周囲すらも。学生のチンピラ風情でも人数が集まればあれだけの影響を及ぼすなんて、世も末である。


 だが、その出来事がなければ俺は朝倉さんと出会っていなかっただろうし、俺が何度もループしている間に、見えない所で朝倉さんも何度もそんな目に遭っていたなんてことを知ることはなかった。複雑な気分だ。


「そういえば前回の時は中村さんと河内さんはどうしてたんだろう」


 ふとそんなことを思ってしまった。同じ清風高校の出身なのだから、朝倉さんがどんな目に遭っていたとかは知っていただろう。特に中村さんの性格であれば、あいつらをボコボコにしてでも朝倉さんを守ろうとするはず。でも太一ですら数の暴力には勝てなかったのだから、いくら中村さんが強いといってもそこはやはり女の子。数で攻められたら厳しいだろう。どんな展開があったのかは知らないけど、結局朝倉さんは一人になってしまったのだ。


「みんなも悔しい思いをしたのかもしれないな。やっぱり俺がどんな手段を使ってでも朝倉さんとあいつらが遭わないようにしなくちゃ」


 両頬をバチンと叩き自分を奮起させ、じっと彼女たちを見つめた。



 俺の腹の虫が鳴り始めた頃、三人もお腹が空いたのか二階のフードコートへとやってきた。俺はとりあえず時短でささっと食べれるラーメンのお店をチョイスし注文する。三人は海鮮系の丼物のお店の方に並んでいた。


 注文した際に貰った呼び出し機が鳴り、出来上がったラーメンを取りに行く。



 すぐさま三人の持っている呼び出し機も次々に鳴り、順番にメニューを取りに行っていた。


 やはりラーメンはとんこつに限る。そんなことを思いながら席に座り、マスクを外し食べ始める。


「くそっ! サングラスが曇る!」


 立ちのぼる湯気のせいでサングラスが曇って前が見えない。効率を重視するあまり食べる物の選択をミスってしまったと後悔する羽目になってしまった。


 とりあえず麺を一度にすくってからある程度冷めるまで待とう。麺が冷ましている間に一応周囲の警戒を怠らない。傍から見れば挙動不審のように見えるだろうが、警戒心は強めておくに越したことはないのだ。周囲に異常がないことが確認できれば今度は三人の様子を窺う。なんとも忙しい眼球である。今夜はきっと疲れてぐっすり眠れることだろう。


 麺がある程度冷めたところで、冷ますのに費やしてしまった時間を取り戻すべく一気に麺を口に運ぶ。


「ぶふっ……げほっげほっ……気管に入った……」


 大量の麺を口に入れたことで、吸引力の調整に失敗し気管に入ってしまった。今日はなんだか踏んだり蹴ったりである。


 なんとかラーメンを食べ終えた俺は、三人の食事が終わるのを待つ。食べ終わると三人は返却口に食器を下げ、フードコートを後にした。俺も続いてフードコートを出る。


 もう時間もそこそこ良い時間にはなっているのだが、まだ他に見る所があるのだろうかと思いながら付いて行っていると、アミューズメントエリアに到着した。


 三人は物色するようにクレーンゲームを順番に見て歩き、ある所で河内さんの足が止まった。


『このぬいぐるみ欲しい~』


『友華それ取るの?』


『これ取れるのかな? けっこうぬいぐるみ大きいけど』


『頑張って三つ取るもんね! りなちとかずみんの分も取ってあげるよぉ~今日の思い出に』


 機械にお金を入れ操作をする河内さん。


『おぉ~掴んだよぉ~そのままそのまま』


『あっ、落ちた。やっぱアームの力がちょっと弱そうよね』


『惜しかったね。でもなんだか取れそうな気がするけどな』


『ちなみにりなちとかずみんはどれが欲しい?』


『私はその兎が可愛いかな』


『あたしは熊かな。穂花が喜びそうだし』


『友華に任せなさい!』


 河内さんは何回か挑戦しているようだが、なかなか取れたという言葉が出てこない感じからして苦戦しているのだろう。


『うー何で取れないのさ! アームが弱過ぎでしょ~!』


『まぁ動いては戻ってを繰り返してるしね。これは諦めた方がいいんじゃない?』


『悔しい~』


『思い出なら三人でプリでも撮ろうよ。ね?』


『むぅ~そうする』


 結局取れないままクレーンゲームを後にし、三人はプリクラの機械の中へと消えていった。何のぬいぐるみを取ろうとしていたのか気になり見に行くと、ぐてーと寝そべった眠たそうな表情をした動物のぬいぐるみのクレーンゲームだった。仰向けに転がっている猫のぬいぐるみは河内さんが取ろうとしていたものだろう。


「三人がプリクラに夢中になってる間に俺が三つ取ってやろう」


 俺もあまりクレーンゲームは得意ではないが、今日尾行しているせめてもの償いとして頑張って取ることにした。かれこれ三千八百円使ったところでようやく、猫と兎と熊のぬいぐるみをゲットすることに成功した。


 俺は店員から袋と紙とペンを借り、袋にぬいぐるみを入れてから袋に言葉を書いた紙を貼りつける。そしてその袋を三人が入っているプリクラ機の所に置いてすぐさまダッシュで隠れる。


『えっ? なにこの袋? 何か置いてあるんだけど』


『これさっき友華たちが取ろうとしてたぬいぐるみだよぉ~何でここにあるのぉ?』


『袋に紙がついてるよ。何か書いてあるみたい』


『えーっとなになに? “頑張って取ろうとしている姿をみかけたので、代わりにプレゼントします。清風高校の同級生より”だって。えっ? あたしたちの学校のクラスの人? 誰?』


『誰か同級生がここに来てたのかな? でも私たちを清風高校の学生って知ってるってことはクラスの誰かなんだろうね』


『じゃあありがたく貰っちゃおう! それで夏休みが明けたらくれた人探してみよぉ~』


 とりあえず受け取ってもらえたようでなによりだ。三人は俺からだとは気付かないだろうが俺だけが知っていればいい。


 その後も特に朝倉さんがナンパされるような状況は起こらず、三人は電車に乗って帰って行った。


 今日がナンパされる日かもしれないという予想は外れたが、防衛作戦一回目はとりあえず無事に終わり安堵する俺だった。

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