第47話 朝倉さん防衛作戦 一回目 ~尾行~ ①
本日、七月二十九日。
セミの鳴き声が聞こえてきそうな程のうだるような暑さが、俺の体力をじりじりと削っていく。まだ太陽が真南に達していないというのに、流石は真夏の気温といったところか。溜息を吐きながら汗が滲む額を手で拭い、もう片方の手でうちわを扇ぐ。駅に冷房がついているわけでもないので、うちわ一本で暑さを凌ぐには限界があるのだが我慢をするしかない。
俺が駅にやってきてから、かれこれ二時間椅子に座っている状況だ。まぁ二時間座るというぐらいは別に大したことではない。携帯で漫画を読んだり、動画を観たりしていれば時間なんて直ぐに経つので苦にも思わない。
何度も駅員さんが不審者を見るような目で俺の様子を気にしていたり、電車に乗るお客さんが駅に入ってきては奇異の目を向けてくることを差し引けば全く問題はないのだ。
帽子を被り、サングラスをかけ、口をマスクで覆っている。全身を黒のトレーニングウェアで纏い、リュックを背負ったその姿は、オブラートに包んだ言い方をしても紛れもなく不審人物だった。俺の変装のレベルはこれが限界なのだ。ステルスの能力でも使えれば一番楽なのだが、そんな都合の良い力は持っていない。
それはそれとして、変な格好をした男が駅の椅子に二時間も腰かけ、次々に電車をスル―し、携帯をずっと触っているだけでは駅員さんが不審がるのも無理はない。だが、この格好は仕方ないのだ。今日三人を尾行するにあたって、俺だとバレないようにしなければいけないからだ。八月の朝倉さんと中村さんが二人で映画に行くという日に同行させてもらう代わりに、今日は同行しない約束を交わしている。これで俺が尾行をしているということがバレようものなら映画の同行の話もなくなるかもしれない。
俺は携帯で時刻を確認すると丁度九時半を回ったところだった。九時台の電車に乗っているなら三人がもうじき到着する頃だろう。この電車に乗っていなければ次は十時台の電車となる。というのも、昨日朝倉さんに時間やお店の場所は一切聞かずに、どの辺に買い物に行くのかだけを確認しておいた。その結果、桜野丘高校がある地域の方に行くことが分かった。確かにショッピングモールや娯楽施設があるので買い物をするには最適の場所だし、ここなら朝倉さんがチンピラ野郎共にナンパされた可能性のある場所としては頷ける。ということで、この地域の駅で待機しているというわけだ。
さすがに二時間前から駅で待機しているのは早すぎたかもしれないとは思ったが、八時台の電車で来る可能性もゼロではないと判断しての行動である。絶対に出鼻を挫かれるわけにはいかない。
そろそろ到着するかもしれないと予想し、俺はリュックから小さな穴を二つ開けた新聞紙を取り出した。変装しているとはいえ、万が一正体がバレてはいけないので上半身を隠すことができる物として新聞紙を持参した。新聞紙を広げ、読むフリを決め込む。
しばらくして駅のホームに電車が到着し、お客さんが改札口から次々と出てくる。新聞の穴から改札口の方をじっと見つめていると、お目当ての三人が出てくる姿を捉えた。それぞれの個性が出た涼しげな夏服を着用し、ショルダーバッグを提げて三人が並んで歩いている姿はなかなかに絵になる光景だった。
『うへぇ~暑いよぉ~電車の中は快適だったのに、外に出た瞬間熱気が凄いよぉ~』
『ホントにね。ちょっと飲み物でも買わない? ショッピングモールに着く前に倒れそうだわ』
『改札出たところにコンビニがあるからそこで買おっか』
そんな会話が聞こえ俺は内心ドキドキしながら、三人がコンビニから出てくるのを待った。少しして三人がコンビニから出てきたので、ここから俺の尾行が始まった。
三人との距離は近過ぎず離れ過ぎずの距離を保ちながら後ろをついていく。後ろから見ていると楽しそうに会話をしている様子は分かるのだが、当たり前であるが会話は全く聞こえない。
見失わないように歩いていると気付けばショッピングモールに到着していた。
そこそこ大型のショッピングモールの中は一階が生鮮食品売り場、化粧品や男女の服飾品、チェーン店のお店やスポーツ用品などのお店があり、二階にはフードコートやアミューズメントエリア、一階と同じく男女の服飾品に雑貨やゲーム・本・音楽関連のお店など、そして三階には映画館という配置になっている。
中に入りエスカレーターで二階に上がった三人がまず向かったのは、女性物の服のお店だった。さすがにこの格好で入る勇気はないので、お店が見える場所の通路にあるソファに腰かける。
「きっと時間が掛かるんだろうな。女の子の買い物は長いってよく聞くし。にしてもちょっと腹減ったな」
俺はリュックからお腹が空いた時用のあんぱんと缶のコーヒーを取り出した。刑事の張り込みをしているわけでもないのだが、なぜか尾行するというシチュエーションからあんぱんとコーヒー(牛乳じゃないのは温くなったら美味しくないから)をチョイスしてしまった。
「…………もぐもぐ…………もぐもぐ…………」
ふむ、虚しい。
なぜ俺はショッピングモールという場所でソファに腰かけあんぱんを食べているのだろうか。しかも服装はトレーニングウェア。確かあんこと筋トレは相性が良いという話を聞いたことがあるが、これではまるでショッピングモールまでランニングしてきた奴が休憩がてらソファに腰かけあんぱんで栄養補給をしているみたいではないか。こんなことなら飲み物はコーヒーじゃなくてスポーツドリンクかプロテインにしておけば良かった。凄いアスリート感が出ていたかもしれない。
食べ終わった俺はお店に意識は向けたまま携帯を操作しながら時間を潰す。そして一時間くらい経過したから三人がお店から出てきた。三人がそれぞれ買い物袋を手に提げており何か服を買ったのだろう。
「さて、次はどこに行くんだろう?」
俺がじっと見つめていると、三人は通路の椅子に荷物を置いた後、中村さんと河内さんの二人が朝倉さんを残して別の方に歩いて行くのが見えた。二人を目で追っているとそのままトイレに入って行った。
「トイレ!? チンピラ共は!?」
二人がトイレに行って、朝倉さんが一人になった今の状況。もしかして、このタイミングでナンパされたというのか。俺は慌てて周囲を見渡す。見える範囲には奴らの姿はないが、それでも人が大勢いるこの状況。人混みのどこから湧いて出てくるか分からない。そして場所的にも声を掛けられてもおかしくはない場所ではある。
「なんとかしないと!」
とりあえず不審に思われようと朝倉さんの顔が見えないように、背中を向けた状態で朝倉さんの正面に立とう。朝倉さんの盾となるのだ。
俺はソファから立ち上がると、全速力で朝倉さんが座っている椅子に向かって走りだした。
(早く朝倉さんの顔を隠さなくては!)
朝倉さんが目と鼻の先に迫ったところで――
『ごめーん莉奈、おまたせ』
『りなちおまたせぇ~』
二人がトイレから戻ってきて近づいてきていた。
俺はトップスピードのまま朝倉さんの横を通り過ぎ、中村さんと河内さんの後を走り抜けぐるっと通路を一周する感じでもと居たソファに戻ってきた。
『わわっ! なになに? あそこにランナーがいるよぉ~』
『凄い勢いで走って行ったね』
『こんな所でトレーニング? まったく迷惑ね、他所でやりなさいよね』
走り抜けた後、背後からそんな会話が聞こえてきた。
ソファに戻ってきた俺はとりあえず三人の方に背中を向けたまま、全速力によって乱れた息を整える。
「はぁはぁ……ここじゃなかったのか……良かった。けど危なかった、俺だってバレてないよな?」
深呼吸をして身体を落ち着かせた所で後ろ確認すると、三人が歩き始めていた。
俺はすぐさまリュックを背負い、再び尾行を開始した。
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