第45話 紫陽花祭り ②
「それではお姫様方、ケーキは何がよろしいでょうか?」
左手は腰に回し、右手は手の平を上に向けお腹の前に、慣れない所作で一応それっぽく雰囲気だけ演出してみせる。
店内の四角いテーブルに俺と朝倉さんと中村さんと河内さんで一テーブル、お姉さんと穂花ちゃんと菜月くんで一テーブルという組み合わせで座った。
紫陽花祭りの目玉の一つである、ケーキバイキング。大人は千五百円、小学生は千円、小学生未満は五百円という価格で五十分間食べ放題、飲み物もおかわり自由となっている。穂花ちゃんは来年小学一年生とのことで、穂花ちゃんは五百円で他四人は千五百円だ。
中央のテーブルには二十種類ぐらいのケーキに、ミニサイズのタルト、色々な味のゼリーが並べられ、デザートの総数はざっと三十種類ぐらいある。飲み物はコーヒーにオレンジジュース、リンゴジュース、ぶどうジュース、お茶が用意されておりスイーツ好きには堪らない空間であろう。
「あんた、そういう立ち振る舞い似合ってないわね」
「そうかな? 私はなかなか様になってると思うけど」
「いいねいいね楠川くん! 友華達にご奉仕したまへ」
「わかりました。今の感想を参考に、手始めに朝倉さんにケーキ五個、河内さんにケーキ二個、中村さんにはお皿を一枚ご提供いたします。座ってお待ち下さい」
深々と頭を下げケーキを取りに行こうとしたところで、中村さんと河内さんから野次が飛んできた。
「何で友華のケーキは二個なのさぁ~」
「あたしにはお皿一枚とかずいぶん笑えない冗談ね。ねぇ莉奈聞いてよ、この前バイト中に楠川がさぁ――」
「失礼しました。お二人にもケーキ五個、取って参ります。ちなみにお飲み物は何にしまょうか?」
「あたしオレンジジュース」
「私もオレンジジュースをお願い」
「友華はぶどうジュース」
「御意」
「中村のお姉様! 俺がお皿いっぱいにケーキ取ってきますんで待ってて下さい! すぐに戻ってきます! 穂花ちゃんもこの菜月お兄ちゃんがいっぱい取ってきてあげるからな!」
隣の席では菜月くんが片膝をついて、まるで指輪の入った箱を開きプロポーズするような男の体勢をとっていた。しかし手に持っているのは指輪ではなくお皿、プロポーズのような甘い言葉を囁いているのではなく、気合いの入った暑苦しい意気込み。
「そんなにたくさん持ってこられても私も穂花も食べきれないと思うから、適量でいいからね」
「ほのか、いっぱいケーキ食べれるよ」
「わかりました! ちなみに飲み物は何が良いですか!」
「じゃあ私はコーヒーで、穂花にはリンゴジュースをもらえるかしら?」
「わかりました!」
お盆にお皿を三枚とフォーク三本を載せ、ケーキを選びに行く。こうして見ると、食べ放題と分かってはいてもついどのケーキにも目移りしてしまう。とりあえず俺が三人の為に選んだケーキはショートケーキ、ロールケーキ、ティラミス、フルーツタルト、チーズケーキである。そして頼まれた飲み物をコップに注ぎお盆に載せた。
それにしてもケーキバイキングはどのぐらい食べたら元が取れるのか知らないが、甘い物をいっぱい食べるのはなかなかにしんどい気がする。正直、この皿に載っているケーキの量だけで俺は満足に思うだろう。
女の子達がいるテーブルに戻り、各自の前にケーキの載った皿と飲み物を置いていく。
「ありがとぉ~」
「わぁ美味しそう」
「写真撮っちゃお」
さて、準備が整ったところでここからは真の目的を達成する為の行動に移るとしよう。
「それでは、このわたくしめがケーキを食べさせてあげましょう」
女の子達にご奉仕をするというのはあくまでも建前。俺の本来の目的はあーんをすることにある。朝倉さんにあーんをすることができれば、だいぶ心の距離が近づくと思っていいだろう。前回の思い出も蘇ってくるというものだ。
「そこまでは遠慮するわ。自分で食べる方が良いし」
「うん。さすがにここでは恥ずかしいかも」
「えっ、かずみんもりなちも食べさせてもらわないの?」
中村さんと朝倉さんは拒否の意思を示しているようだが、河内さんはノリ気のようだ。まぁ河内さんの性格ならノッてくるような気はしていた。
「それじゃあ河内さんどうぞ」
「あー」
大きく開かれた河内さんの口の中に、フォークで切ったショートケーキを入れる。なんだか子供にご飯を食べさせているような気分だ。
「美味しい美味しい。食べさせてもらったら少し味が違うかもしれないねぇ~。りなちも試に食べさせてもらったら?」
「えっ! 私!?」
ナイスアシストだ河内さん。そのまま押してくれ。俺もこの流れに追撃する。
「さぁ朝倉さん、どうぞ」
「さぁさぁりなち、口を開けてぇ~試しに一回あーんしてもらいなよぉ~これも良い経験だと思うよぉ~」
「まっ一回くらいいいんじゃない莉奈」
俺達のやり取りを見ていた中村さんが珍しくアシストしてくれた。そういう中村さんは自分でティラミスを食べていた。
「和美まで……うぅ……じゃ、じゃあ一回だけね」
そう言って朝倉さんが恥ずかしそうに口を開けたところへ、小さく切ったチーズケーキを入れた。
「美味しい~? りなち?」
「う、うん。美味しいけど凄く恥ずかしいね」
頬を若干赤らめながら答える朝倉さん。
と、俺はここである違和感に気付いた。
あーんってこんな感じだったっけ? 何だかあまりにもあっさりし過ぎている気がする。初めて朝倉さんからあーんをしてもらった時は、する側の朝倉さんとされる側の俺が二人とも初々しい感じでそれはもう体温が上昇するわ、心臓はバクバクするわで甘酸っぱい青春って感じだったのだ。その後の俺からの仕返しでアイスを朝倉さんに差し出した時も表は平静を装ってはいたものの、内心はドキドキしていた。それなのに今のあーんからは、あまりにもその感情が少ないように思えた。
俺がただ単に慣れてしまったのだろうか。言うて初めてではないのだからその可能性も考えられる。だが、目的を達成したというのに一体このモヤモヤはなんなのか。
「じゃあ次は和美の番だね」
「さぁかずみん! 口を開けて」
「あたしはもう自分で食べてるからいいわよ」
「それは駄目だよ。私も友華も楠川君に食べさせてもらったんだから、和美も一回やっておかないと」
「口を開けるのだ、かずみん」
「……わかったわよ。楠川」
二人に根負けしたのか渋々といった感じで中村さんが口を開けたので、食べ途中のティラミスを一口サイズに切って口に入れた。
「どう? かずみん」
「普通にティラミスの味だわ。というか楠川も奉仕とかはもういいからケーキ食べれば?」
「そうだよ楠川君、時間無くなっちゃうよ?」
「だな。もうあの喋りも疲れたわ。菜月くん、俺達もケーキ食べようか」
目的は既に達成されているので、ご奉仕の役目はここまでだ。
「いやぁ~中村のお姉様はホントに美人ですね。穂花ちゃんも将来きっと美人になりますよ」
「大塚くんは口が上手ね。私を褒めても何も出ないわよ?」
隣のテーブルを見ると菜月くんは普通にケーキを食べていた。よっぽど中村さんのお姉さんと話ができて嬉しいのだろう。とても幸せそうである。
「いえいえ、俺からしたらこうやってお姉様と話ができるだけでそれ以上何も入りません」
「ほのか、びじんさんになれる?」
「おう、なれるとも。穂花ちゃんは美人になれる、俺が保証してあげるぜ。だから今日から俺のことをパパと――――」
「お姉ちゃんの代わりに、あたしから口が上手な大塚にプレゼントよ」
「ぐああああああ!」
中村さんの魔の手が調子に乗った菜月くんの顔面に制裁を下した。
ケーキバイキングの後は、紫陽花の散策や他のデザートを食べたり、お土産を買ったりと楽しい時間を過ごすことができた。ただ一つあの時感じたモヤモヤは心の片隅に残ったままだった。
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