第44話 紫陽花祭り ①
『紫陽花祭り?』
『うん。それが六月の中旬頃にあるんだけど、それに和美と友華と穂花ちゃんと
先日、菜月くんとのメッセージのやり取りで知った、朝倉さんが穂花ちゃんに会いに行くという情報の詳細を聞く為、朝倉さんに電話を掛けている最中である。
『なるほど。そういう話だったのか』
『紫陽花祭りは紫陽花をモチーフにした色々なデザートがあったり、ケーキバイキングもあるらしいよ。楠川君も来てみる?』
『そうだな。クラスでスイーツ男子と呼ばれている俺は絶対にお邪魔するべきイベントだと思うから、もちろん行くとも』
スイーツ男子などと呼ばれたことは一度もないが、まぁ言うのはタダである。
『じゃあ当日、現地で会おうね』
『あぁ、楽しみにしてるよ』
通話を終え、あじさい祭りについてネットで検索をしてみる。
どうやら場所は俺が今バイトをしているホテルからまだ数キロ進んだ所にあるデザートショップで開催されるイベントらしい。そのショップから少し離れた所に紫陽花が大量に咲いている場所があるらしく、見頃の紫陽花の中を散策できるようになっているようだ。ショップではデザートが楽しめる以外にもピアノやバイオリン、フルートの演奏があり、優雅な時間を過ごせる催しも行われる。
このイベントに朝倉さんが行くということを知るきっかけをくれた菜月くんには感謝をしなければいけない。
その菜月くんはというと、例の中村さんの検証を企画した首謀者として中村さんから制裁を受ける羽目になってしまった。学校での昼休みに菜月くんからメッセージが入ってきて文面を見ると、
『楠っち、古賀っち助けてくれ。今中村臭われてあぬかなや』
というメッセージが送られてきていた。
これは推測ではあるが、菜月くんは中村さんに追われていることを俺たちに伝えようとしたのだろう。だが、携帯で操作をしている途中で見つかってしまい、誤変換と送信ボタンを押すまでに指が文字に当たってしまい、変な文章が出来上がってしまったのだろう。その後どうなったのかは知らないけども。
というわけで、この可哀想な菜月くんに感謝の意を込めてお礼をしようと思う。
紫陽花祭り当日、俺は駅で菜月くんの到着を待っていた。紫陽花祭りは十時からの開始なのでそれに合わせて駅で待ち合わせをした。
「おーい楠っち!」
右手をブンブンと振りながら、自転車を漕いで颯爽と登場してきた菜月くん。その後ろには河内さんの姿もあった。
「やあやあ楠川くん、久しぶりだねぇ~」
「あれ? 河内さんは朝倉さん達と一緒じゃないの?」
「んにゃ、友華は家からお店までは自転車で行ける距離だからねぇ~現地集合なんだよぉ~。それにかずみんのお姉さんの車は四人乗りだから結局無理なんだよねぇ~」
「そうだったのか」
「いや~それより楠っち今日は誘ってくれてありがとな。今日、中村の家族と朝倉が紫陽花祭りに行くって情報を教えてくれて感謝だ。マジで部活をサボった甲斐があるぜ」
「いやいや、それはお互い様だ。とはいえ、中村さんの目があるからね。今日は手筈通り俺たちは女の子達にご奉仕する役に徹しようではないか」
「おうよ。その為の格好だろこれは」
俺は紺色のズボンに白のシャツ、黒いジャケットを羽織った服装。菜月くんはベージュのズボンに紺色のシャツ、灰色のジャケットを羽織った服装。お互いに髪をワックスで整え伊達メガネをかけている。
「楠川くんも大塚くんも、変なこと企んでるんじゃないのぉ~?」
河内さんが訝しげな視線を送ってきた。
「そんなまさか、今日の俺と菜月くんは女の子達の手足となるのだよ」
「そうだぞ河内。女の子達全員、お姫様として扱ってやるからな」
中村さんは俺と菜月くんが現地に居たらきっと同席するのを警戒してくるかもしれない。特に菜月くんは中村さんのお姉さんの件がある。そこで今日の俺達は無害であると、女性陣の忠実なる下僕であると。それを証明するためにまずは形からということで今回の服装をしているのだ。
「じゃあ今から友華を現地まで運んでよぉ~」
「「それは無理」」
「何よそれぇ~」
ぷぅーっと頬を膨らます河内さん。
だって物理的に無理だもの。三人の自転車は荷台が無いタイプの自転車なのだ。そのまま各自で自転車を漕いでお店へと向かった。
お店に着くと既に大勢の人が集まっていた。主に家族連れや女性客が目立っている。お店の前に紫陽花祭りと書かれた看板が立てられ、外の広場にテントがいくつも張られている。テントの中には椅子とテーブルが設置され飲食ができるように、お店の中にもテーブルと椅子が置かれ、中央にケーキバイキングがセッティングされていた。他にも移動車のクレープ屋にソフトクリーム屋も来ていた。
「これだけ人が多いと中村達を見つけるの大変だな」
「それは大丈夫だよぉ~着いた時に玄関の看板前に居るからっていうのをかずみんに送ったから」
しばらくして、穂花ちゃんと手を繋いで歩いてくる朝倉さんとその横に並んで中村さんとお姉さんの姿を発見した。
「おーい! りなち、かずみん、こっちだよぉ~」
「友華お待たせ……って! なんでそいつらも一緒なのよ!?」
「まぁ待て中村、お前の言いたいことは分かる。だが今日の俺達は――」
「あ、お菓子のお兄ちゃんだ!」
俺の存在に気付いた穂花ちゃんがてててっと走ってきて俺の足に抱きついてきた。
「穂花ちゃん久しぶり」
俺が穂花ちゃんの頭を撫でていると、お姉さんが近づいてきた。
「楠川くん、久しぶりね。お礼を言うのが遅くなって申し訳ないんだけど、私が熱を出した時に助けてくれてありがとね」
「いえいえ、お役に立てて良かったです。あれから大丈夫ですか?」
「えぇ、和美に無理するなって言われちゃってね。和美がバイトを始めてくれて私も少し楽ができてるわ」
「それは良かったです」
「穂花、そいつの足から離れなさい」
「やっ」
「大塚? 今日の俺達は――何?」
「説明するからこの手を離せ――痛でででででで!」
俺のせいで中村さんの怒りの矛先が菜月くんのこめかみに行ってしまった。
「楠川君、おはよ。何か今日は気合の入った格好してるね」
「朝倉さんおはよう。ちょっとね、俺と菜月くんはこの紫陽花祭りの間は女の子達の下僕として動こうと思ってね」
「下僕?」
「楠川くんと大塚くんは友華達をお姫様として扱ってくれるんだってさぁ~」
「そうなんだよ。だからこの格好は俺と菜月くんの決意の表れと思ってくれていい」
「そういうことだ中村。だから今日の俺たちは無害なんだ」
中村さんの腕をタップしてギブアップの意思を伝える菜月くん。
「穂花~その男の足から離れようか~?」
「やっ!」
「んぬぉおおおおおお! 穂花ちゃん、楠っちの足から離れてくれ! 俺のこめかみが!」
菜月くんを掴んでいる手に更に力が込められる。
「あらあら、穂花ったら楠川くんにすっかり懐いちゃったわね」
「穂花ちゃん、楠川くんのことが好きなのぉ~?」
「うん! お菓子のお兄ちゃん好き!」
「こう言ってるけど楠川君どうするの?」
「いやぁ~参ったな、ははは」
「ぐぁああああー!」
僅かな距離しか離れていないというのに、俺のいる空間の和やかで温かな雰囲気とは対照的に菜月くんの空間は絶対零度の如く、地獄のような雰囲気を醸し出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます