第43話 検証 ②
見てはいけないものを見てしまった。否、ありがたいものを見てしまったと言うべきか。この際、言い方なんてどうでもいい。今しがたの光景が完全に脳にインプットされてしまった。
生で見たのは初めてである。しかも女子高生のだなんて。これは朝倉さんのビキニ姿を初めて見た時の破壊力に匹敵する。
表情筋に力を入れ、一切緩む隙を与えない。煩悩よ去れ!
「ふぅ……」
軽く息を吐き心を落ち着かせようと、ベッドメーキングに取り組む。だが、深呼吸程度では性欲で乱れた心が落ち着くわけもなくベッドの端がシワだらけになってしまった。中村さんがやった方の端はシワが一切なく、俺がやったのと比較してもその違いは明らかだ。
「はい、次反対側やるわよ」
そうだった! 反対側もあるんだ! もう一度見るチャ――いや、見ないように気をつけないと。
今度は足元側の方へと移動し、同じようにベッドを少し浮かせてシーツを被せるように入れ込む。
見るな見るな見るな、絶対見ては駄目だ。見たら表情筋がやられてしまう。ただでさえ、剥ぎの時にいかがわしい映像を見てしまったばかりなのだ。抗え俺!
再び、中村さんが前傾姿勢をとった。
あ、駄目だ。視線が吸い寄せられてしまう。あのTシャツの隙間はブラックホール並みの引力だよ。性欲という感情には勝てないようになってるんだ……男なんて所詮この程度のものだよ。
結果、ベッドメーキングは半分綺麗、半分汚いという見事なアシンメトリーの完成である。
「あんたホント下手くそね」
「これには名伏し難い事情があるんだ。本来はもうちょっとマシな筈」
「まぁどうせ掛け布団をかけたら見えなくはなるけどね」
残りの枕と掛け布団にもそれぞれ枕カバーと包布を新しいのに換えてベッドメーキングは終わった。そして俺は持ち場の浴室に、中村さんは洗面所や備品の方に取り掛かる。そこへ、佐々木さんも合流してあっという間に一部屋目の掃除が完了した。
佐々木さんが最後の仕上げとして床にコロコロをかけている間に、俺と中村さんは荷物を持って次の部屋に移動する。そして俺はまた入室のタイミングをずらし、中村さんが入った後しばらく経ってから部屋に入った。やはりテレビは消えていた。
「そういえば中村さん、ここの部屋はラッキー部屋だったよ」
洗面所でコップを洗っている中村さんに話しかける。
「……そうみたいね」
俺の言葉に淡々とした口調で答える中村さん。表情を見ても、またしても特に変わった様子はない。連続で不発? それとも中村さんはああいったものに既に耐性があるのだろうか。
この部屋はお風呂は使われていなかったが、トイレは念のため掃除をしておく。
「あら、ここはラッキーだったのね」
コロコロを終えた佐々木さんが部屋に入ってきた。
「そうそう和美ちゃん? 最初の部屋、歯ブラシを一本補充し忘れてたわよ」
「あ、忘れてました? ごめんなさい」
「ここもあとはやっておくから次に行っていいわよ」
「はい。わかりました」
中村さんが一足先に次の掃除部屋へと向かっていった。次がテレビを点けている最後の部屋だ。これで特に無反応だったら中村さんはこんなことでは照れないということになる。
俺もトイレ掃除を終わらせ次の部屋に向かう。今度は調整せずとも中村さんが部屋に向かってから三分程経過しているので、そのまま入る。
「楠川ちょっと来て」
部屋に入るなり、ドアの前で待機していた中村さんに手を掴まれた。
「え、何?」
「いいからちょっと来て」
そのまま手を引かれ、なぜかベッドの前に連れて来られてしまった。テレビは当然消えていた。
ベッドの前に立たされた俺は中村さんに胸を軽く押され、ベッド上に倒れてしまう。そして中村さんが右足の膝をベッドに乗せ、両手をついてグイッと上半身を近づけてきた。
あれ? この状況は一体なんだ? もしかしてテレビの映像が中村さんを照れさせるどころか欲情させてしまったのか! さすがにこれはホントにマズい!
「楠川、目瞑って」
心なしか中村さんの口調にも柔らかみが含まれているような気がする。
「いやいや、中村さんこれはヤバいって」
「何が?」
「何がって、佐々木さんが来て今の状況を見られでもしたら」
「うん、だからそうなる前に早くして」
正気か! なんてこった、こんな状況を招いてしまうなんて……検証なんてするんじゃなかった! 俺の心境は性欲よりも後悔と焦りの方が強くなっていた。ここで流れに任せて朝倉さんへの気持ちを裏切るようなことはしたくない。
「一旦落ち着こう、な?」
右手を前に出し制止を促す。その際、またもや中村さんのシャツの中が見えそうになっているのに気付き、今度は反射的に顔を横に逸らした。
「落ち着けって?」
顔を横に逸らした瞬間、俺の腹部に中村さんの拳がめり込んだ。
「ぐふっ!」
「こんな展開でも期待してたわけ? 行くとこ行くとこに、わざとあんな映像を流しておいてどういうつもり?」
腹パンを喰らい、たまらずベッドの上でダンゴムシのように丸くなる俺に中村さんのゴミを見るような視線が刺さる。
「これには……事情が……あって」
「へぇ~事情? 聞こうじゃない」
「痛たたたたたたたたた!」
俺のこめかみにガッシリとアイアンクローを決めてくる。完全に怒っておられる。
アイアンクローをされたままポケットから携帯を取り出し、中村さんに差し出す。
「俺と菜月くんのメッセージのやり取りを見て貰えたら察しがつくと思う。あと、この手をそろそろ外して貰えると――痛たたたたた!」
中村さんは俺から携帯を受け取ると、菜月くんとのメッセージのやり取りを確認する。
「なるほどね~あたしに可愛げがないと。へぇ~そう。それで? それと今回のことはどう関係あるのかしら?」
「昨日男子で集まった時に、中村さんが照れるのか検証しようって話になってこの作戦をみんなで考え――ずびません」
掴まれた手にグッと力が込められた。
「全く、下らないことばっかり考えてんじゃないわよ。だいたい可愛げなんてとっくの昔に捨ててやったわ」
「じゃあ中村さんはああいう映像は平気なのか?」
やっと解放されたこめかみを摩りながら問いかけてみる。
「平気もなにも何とも思わないわ。無よ。あの程度であたしを照れさそうなんて百年早いわね」
「そりゃあ随分とガードが固いこって」
「それはそうと、もし次こんなことしたら莉奈に楠川からセクハラされたって言うからね」
「それだけは勘弁して下さい!」
と、部屋の外から階段を上がってくる足音が聞こえてきたので慌ててベッドから降りる。とりあえず、今回の検証で中村さんが照れるところはそう簡単に見れそうになさそうだということが分かった。
浴室へと行き、乾き切ってない所をタオルで拭こうと中に入った瞬間、またしてもタイルに足を滑らせ盛大に転倒した。剥ぎの時に洗い流した筈のローションが、再度タイルの上に広がっていたのだ。しかも今回は規模が広かった為、転倒した拍子に一回転するという辱めまで受けてしまった。何で!? どうなってるの!?
「期待通りの間抜けな転倒だったわね。バッチリ動画に収めたわ」
浴室の入り口の影からこちらに携帯を向けている中村さんの姿があった。
「あんたがこんなものをベッドに置いてたから利用させてもらったわよ」
顔の前でブラブラとローションの入った容器を揺らしていた。あれは俺が大人の玩具の横に置いたローションじゃないか!
「今回のことはこの面白動画を莉奈に送るってので許してあげるわよ」
「ちょっ、その動画消してくれ」
慌てて起き上がろうとするも、ツルツル滑って全然起き上がれない。やっとの思いで起き上がったが、一歩踏み出したところで再び足を滑らせ肩から転倒した。もう何だよこれ……最強の罠じゃないか。
俺が行き倒れみたいな体勢でもがいている最中、浴室の外から佐々木さんと中村さんの会話が聞こえてきた。
「あら? 和美ちゃん、シーツがシワだらけじゃない。いつもは上手なのに今日は調子が悪いのかしら?」
「えぇ……まぁちょっと……色々ありまして」
「何か顔も赤いような気がするわね。風邪かしら?」
「いえ、大丈夫です」
もしかして強がってただけで実は照れてたのだろうか。
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