第42話 検証 ①
「お疲れ様です」
「あら楠川君、今日はいつもより早いわね」
「やる気に満ち溢れてますので」
事務所へ上がると佐々木さんがテーブルの上で掃除用のタオルを畳んでいた。タオルが山積みにされているところを見ると、もう終わりそうである。
バイトはいつもは道中でゆっくり晩御飯の調達をしてから十八時三十分くらいに出勤する感じなのだが、今日は中村さんが出勤してくる前に今ある掃除部屋の剥ぎを終わらせておかないといけないので、自転車を思いきり飛ばして少し早めの十八時十分に到着した。
タイムカードを押し荷物をロッカーに入れた後、急いで仕事着に着替える。そして掃除部屋の数を確認すると今日は五部屋あった。その代わり休憩で入っている部屋が一つしかなかった。夕方に一気にお客が出た感じだろうか。
「じゃあ俺、掃除部屋に剥ぎに行ってきますね」
「そんな急いでやらなくても和美ちゃんが来るまでゆっくりしてていいのよ?」
「いえ大丈夫です。学校で動き足りなかったので、体力が有り余ってますので」
「そうなの? じゃあよろしくね」
一階でシーツやタオル類が入ったカゴを両手に抱え各掃除部屋の玄関前へ置いて行く。そしてお風呂掃除の道具を持っていざ掃除部屋へ。さて中村さんが来るまであまり時間がない。例の作戦に取り掛かろう。
みんなで考えた、掃除前にテレビを点けてエロい映像を流しておこう作戦。人生で最初で最後の下らない作戦である。
一つ目の掃除部屋へと上がり部屋と浴室の窓を全開にした後、お風呂の浴槽と床と壁を洗い流す。部屋のゴミやタオル類、バスローブを集めてからベッドのシーツを剥いでいく。この部屋はあまり散らかっていなかったので、剥ぐ作業はそこまで時間がかからなかった。そして部屋を出る前に、テレビを点ける。
画面には女性が一人だけ映っていて、男性と話をしているだけで特に何も事が起きていない場面だった。まぁプロローグ的な場面だ。とりあえず流しておけば掃除する頃には丁度いい場面になっているかもしれない。
回収した物を片付けてから続いて二つ目の部屋へ。
「うーわ、出た。これが一番意味がわからないんだよな」
室内に入ると、眼前には掃除した後の光景とほぼ同じ光景が広がっていた。つまり何も使った形跡がなく「一体何しに来たの?」と言いたくなる使われ方をされている部屋である。お風呂も使われてない、ベッドも使われてない、唯一使われてるのは部屋の備品のコップとコーヒーやお茶のパックだけ。掃除をする側としては大変楽でむしろ感謝したいぐらいではあるが、本当に意味がわからない。しかもこういう使い方をされた部屋に限って一時間もいなかったりするのだ。
「マジで勿体ねぇな……余程金が余ってるに違いない。飲むだけなら喫茶店でいいじゃん」
ここはゴミを集めて、窓を開ける作業だけで十分だ。そして、もちろんテレビを点ける。
今度は丁度、事が起きている場面が映し出された。俺は興味無さげな表情で画面を見つめる。
あーあー男も女も盛っちゃってまぁ。俺がまだ何も知らない十代とか二十代だったらこんなの見て喜んでただろうけど、でももう精神は三十代だからさ。それなりに知ってるわけだよ、知識だけはね。だから俺は照れもしないし、ましてや喜ぶなんてことがあるわけ――――ありがとうございます!
「……………………」
おっと! つい保健体育の勉強にと見入ってしまっていた。こんなことに時間を費やしている場合ではないというのに……次の部屋に急がなくては。
そして三つ目の部屋。ここも適度に散らかってはいたが許容範囲内である。窓を開ける為にお風呂場に行くと、お風呂場に備え付けられた銀色のマットがタイルの上に敷かれていた。このマットが使われているのを見るのは俺は初めてである。大抵お風呂場の壁に立てかけてあるだけなのだが。
はいはい分かります。これあれでしょ? 海でこれに乗ってジェットスキーが引っ張ってくれるやつでしょ?
軽く現実逃避をしながらマットを避けて通ろうとしたその時、タイルの上もヌルヌルしていた為に足を滑らせ思い切り尻餅をついてしまった。誰かに見られたらめちゃくちゃ恥ずかしい転び方トップ三に入るレベルである。一人の空間で良かった。
「くっそ、いってー」
お尻を摩りながら立ち上がり窓を開けた後、この部屋の剥ぎも終わらせる。その際俺の尻にダメージを負わせた元凶のローションをベッドの枕元で発見した。そのままついでに大人の玩具の横にそっと置くことを忘れない。
「何だろう……俺凄く最低なことをしている気がする」
ふと罪悪感が芽生え始めてきたが、こういうのは冷静になったら負けである。これはあくまで中村さんが照れるのかを知る為に必要な検証なのだ。
退室の際にお決まりとなった、テレビの電源を入れる作業を行う。
今度は画面が映った瞬間、女性の声が部屋中に大音量で響いた。突然のことに驚いた俺は反射的にテレビを切ってしまった。窓を開けていたので外に音が漏れたのではないかと思い、恐る恐る外を確認する。とりあえず外に人がいる気配はない。
「びっくりした! つかどんな音量で流してるんだよマジで。くそ焦ったわ」
もう一度テレビを点けた後素早く音量を下げ、セット完了。
外に出ると丁度、中村さんも掃除部屋から出てきた所だった。俺が五部屋分の剥ぎをやろうと思っていたが、どうやら間に合わなかったようだ。
「楠川お疲れ。あたし今二部屋の剥ぎが終わったけど、そっちは剥ぎは終わった?」
「お疲れ。こっちも今終わったよ」
「そう。じゃあちょっと休憩してから掃除して回るわよ」
回収したゴミやシーツ等を二人で片付け事務所の方へ戻る。この後、中村さんがどんな反応をするのかワクワクしながら。
事務所に戻ってから水分補給を行い、少し休憩したところで良い時間になってきたので掃除にとりかかることに。
「さて、ちゃっちゃと終わらせるわよ」
「剥ぎをしてるから楽勝だな」
椅子から立ち上がり、掃除に行こうとしたところで事務所の電話が鳴った。すぐさま佐々木さんが受話器を取る。
「はい、フロントです。あ、チェックアウトですね。えー料金が四千七百八十円になります。はい、失礼します」
「もう一部屋出るんですか?」
「ええ。二人とも先に行って掃除しててもらえるかしら? 今出た部屋の剥ぎを終わらせて私も向かうから」
「わかりました」
「じゃあ行くわよ、楠川」
中村さんが黒い鞄を、俺が掃除機とコロコロを持って外に出た。そのまま、俺が最初に剥ぎをした掃除部屋へと向かう。中村さんより後に部屋に入らないといけないので、ゆっくりとした動きで靴を脱ぎ調整をする。そして、中村さんが部屋に入ったタイミングでゆっくりと階段を上がって行く。
さぁ部屋に入った瞬間、テレビからエロい映像が流れていたら中村さんはどういう反応をするのか。
俺が遅れて部屋に入ると、既にテレビは消されていた。消えているということは中村さんは画面を見ているということだ。
「楠川、ベッドメーキングからやるわよ」
あれ? 普通だ。もしかして映像の方が間に合わなかったのか?
中村さんの表情を見ても特に赤面している様子はない。まぁテレビが流れている部屋は残り二部屋あるし、まだ大丈夫だろう。
「俺まだベッドメーキング慣れてないんだけど。どうにもベッドの端がシワになるんだよな」
「慣れたらどうってことないわよ。ほら、シーツの端を持って。あたしと同じようにやったら大丈夫だから」
ベッドを挟む形で中村さんと対面になるように立ち、ベッドにシーツを広げる。ベッドを下にずらし、お互いがベッドの上の方を浮かせてからシーツを被せるように下に少し入れ込む。その時にお互い前傾姿勢になるのだが――
「――っ!?」
なぜよりにもよって今日という日にそんなことが起きてしまうのか。やはり天罰なのだろうか。
中村さんの方を見ていたら、前傾姿勢をとった時に見えてしまったのだ。Tシャツの首元の隙間からTシャツの中が。
中村さんが照れるのかという検証中にまさか俺が照れてしまう事態になろうとは予想もしていなかった。
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