第40話 朝倉さんとの外食 ②
この車内のメンバーを見ると、前回のキャンプの時を思い出す。あの時は俺と太一の間に朝倉さんが居たというのに……朝倉さんを取り合ったせいで俺の父さんが間に来てしまった。帰りは朝倉さんを真ん中にしよう。
「修と朝倉さんはどうやって知り合ったのかしら?」
「えっと……そうですね」
朝倉さんが俺の方をチラっと見る。何と答えたらいいのか困っている様子である。助け船を出してあげたいところだが、俺も言葉を選んでいる最中だ。正直に言えば俺が朝倉さんの学校に押しかけたのが出会いの発端ではある。だが、そんなことを言ってしまえば父さんと母さんが何て思うか。ここはカフェで出会ったとでも言った方が無難だろうか……いやそれでは俺が声を掛けたナンパ野郎ってことになってしまう。というか、俺の親なら俺にそんな芸当ができないことは百も承知だ。すぐに嘘だとバレてしまうだろう。
「あら、私ったら変なこと聞いちゃったかしら」
あまりの沈黙の長さに、今度は母さんが困り顔をしてしまった。
「修、お前まさか朝倉さんに痴漢でもして知り合ったんじゃないだろうな?」
「そこはせめて痴漢から助けたってことにしてくれない!? 何で俺が悪側なんだよ!? 仮に俺が痴漢をした側だとして、それで友達になれるとかおかしいから」
「なんだ、修は助けた側なのか。それは父さんも誇らしいぞ」
「いや、そもそもそんなイベントで知り合ったとかじゃないから」
「くっすーが始業式の日に突然、莉奈ちゃんの学校に押しかけたのが最初の出会いだよな」
「……修、それは本当か?」
太一の言葉に父さんが俺の方を向いてきた。俺はフイっと顔を逸らす。
「それが本当なら朝倉さんごめんなさいね。ウチの修がそんな事をするなんて……いつかやるんじゃないかと思ってはいたけど」
思ってたんかい!
「いえ、そんな。まぁ最初は怖かったですけど、楠川君も古賀君も話したら凄く良い人だったので今では良い友達ですよ」
「……太一くん、君もか?」
今度は父さんの視線が太一の方に向けられる。
「いやいや、俺はくっすーに誘われただけなんで、元凶はくっすーですよ」
「母さん、お寿司は父さんと母さんと朝倉さんの三人で食べに行こう。修と太一くんはカツ丼が食べたいそうだ」
「警察に売る気!? というか今は食べ物を出すのは禁止されているらしいからカツ丼は出てこないよ!」
「なら二人はお茶とガリだけね」
「「そんな殺生な!」」
車で街から海岸沿いへと道が変わり、しばらく走っていると目的の【はまうみ】というお寿司屋さんに到着した。すぐ近くに海岸があるので潮風が鼻孔をくすぐる。
「うわー懐かしいな」
「朝倉さん一度来たことがあるの?」
「うん、小学生の時に一度だけね。ここネタが大きなお寿司があるでしょ? あれを一度食べて見たかったの。だから誘ってくれてありがとね」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
こんなに喜んでもらえるとは誘って良かった。もしかしたら、このお店だったら二人だけでも行けていたかもしれない。
お店の外には大きな生け簀があり、玄関には木の看板に習字のような力強い字で【はまうみ】と書かれている。全体的に和風感のある外観をしていた。
店内も入って正面にカウンターテーブル、横がお座敷となっており父さんと母さんはカウンターテーブルに、俺と朝倉さんと太一はお座敷の方に座った。
メニュー表を見ると、定食物やお寿司、そしてこのお店の名物である特大寿司が書かれている。
「そう、これこれ。この特大寿司を食べたかったの」
メニュー表を見ながら目をキラキラさせながら無邪気にはしゃぐ朝倉さんがとても可愛い。
「最初来た時はこれを注文しようとしてお母さん達に止められちゃってね」
「あーあるあるだよね」
小さい頃は、自分の胃袋の限界を考えずに好奇心で選んでしまうものだ。絶対食べれないのに食べたいと選んでしまい結局残す羽目になってしまう。選んだ時に親からそんなに食べれないでしょと言われても、ムキになってこれがいいと言ってしまうのだ。
「あの時は私とこーくんだけ普通のお寿司で、大人だけ特大寿司を食べてるのをズルいって思ってたんだよね」
出た出た浩一くん。君は強いね、姿がなくても俺の前に立ちはだかるじゃないか。
「莉奈ちゃんはどれにするんだ?」
「私は当然、特大寿司にしようかな」
「じゃあ俺もそれにしようかな。くっすーはどれにする?」
「せっかくだから俺も同じやつで」
三人が同じものを注文する。父さんと母さんは普通に海鮮丼の定食を頼んだようだった。しばらくして、俺たちの前に特大寿司が到着した。
ネットの写真で事前に見てはいたが、生で見るとまたそのネタの大きさに圧倒される。寿司下駄の上に特大サイズのはまち、サーモン、穴子の寿司と横にいくらとウニそしてガリが乗っていて、普通サイズのいくらとウニの軍艦と比べてみても名前の通りの特大。これに味噌汁がついているのでボリュームは文句なしである。
「これどうやって食うんだ?」
「小さいナイフがあるでしょ? これでネタを切り分けながら食べるんだと思う」
「寿司にナイフって……初めてだよ」
試しに割り箸で特大サイズの寿司を持ってみようとしたが、シャリが崩れそうになるので口に運べない。どっちみち切らないと口に入るわけがないのだが。
とりあえず、普通サイズの軍艦の方を頂く。
「うまっ」
「うん。美味しいね」
「いくらがめっちゃ弾力があるぞ」
ウニもいくらもネタが新鮮で、回転寿司しか勝たんの俺としては簡単に舌が肥えそうなレベルだ。
そしていよいよ特大寿司に手をつける。一旦シャリからネタを外し、寿司下駄の上でナイフを入れる。俺ははまちに手を出したのだが、その肉厚で弾力のある身のせいで全然切れない。頑張って力を入れ、何回もナイフを動かしてやっと切ることに成功した。
「……疲れる。寿司食べるのってこんなに疲れるっけ?」
「穴子は簡単に切れたぞ」
「サーモンもちょっと切るの大変かも」
やっとの思いで三等分にしたはまちを、これまた三等分にしたシャリの上に乗せ一つを口に運ぶ。
「…………」
うん。凄く美味しいんだけど……めっちゃ噛みづらい。三等分でもまだ大きかったかもしれない。口に入るサイズではあるのだが、身の弾力のせいである意味ゴムを噛んでいるかのような感じだ。口が疲れる……これがあと二回もあると思うとちょっとしんどい。
「これ小学生の私だったら食べれてないや。お母さん達に止められて正解だったね」
「朝倉さんのお母さん、ナイス判断だよ。俺もう顎が疲れたもん」
「はまち、硬っ!」
はまちにナイフを入れていた太一が驚きの声を上げた。今から俺と同じ苦しみを味わうことになるだろう。
俺は最初に強敵のはまちを食べたことで、残りの穴子とサーモンは楽に食べれた。太一は俺と同じように三等分にして口に入れたせいで、苦しそうである。
「ん~なかなか切れないなぁ。手が疲れちゃった」
朝倉さんもはまちを切るのに苦戦しているようだった。これはチャンスだ。
「朝倉さん俺が切ってあげるよ」
「ありがと」
朝倉さんの花の蕾のような口には六等分ぐらいが良いだろう。俺はナイフを受け取り、はまちを六等分に切る。なんかこれ共同作業っぽくて良い!
そして三人が特大寿司を食べ終わり、温かいお茶で一服する。
「すげー満足感はあるんだが……なんだかなぁ~。俺、特大寿司はこの一回だけでいいかもな」
「太一もそう思った? 実は俺ももういいかなって思ったわ」
「私も。やっぱり普通が良いかもしれないね」
興味を引かれる見た目ではあるが、正直食べにくいという印象が強かった。
「しっかし、莉奈ちゃんもやるな。腹大丈夫か?」
「うん大丈夫だよ。私食べるの好きだし」
「でもその割にはスタイル良いよな。何か運動してるのか?」
「古賀君みたいにガッツリ筋トレって感じじゃないけど、一応毎日朝と夜に歩いてるよ。趣味で身体を動かすぐらいなら運動は好きだしね」
「運動って最初が肝心だよね。しんどいことって継続してやるのが大変だから、どうしても三日坊主になっちゃうし」
「そうだね。どうしても一人でってなると習慣づくまでは大変かも。私は朝はこーくんと歩いてるから自然と夜に歩くのも苦じゃなくなったけどね」
んふーん、こんにちは浩一くん。また会ったね。
「まぁ確かにな。だが俺は筋トレして自分の身体に筋肉がつくのが楽しくて仕方ねぇけどな。汗かくのもいいことだぞ。なんならくっすーも一緒にやるか?」
「いやー俺は今はいいかな。まぁ気が向いたら? 的な」
「楠川君は今バイトがあるもんね、どう? バイトの調子は。和美にこき使われてたりしない?」
「……は? ……バイト?」
ギギギと機械音が聞こえてきそうな感じで太一が俺の方に顔を向けてきた。太一にはバレてはいけないと警戒していたが、まさかこんな形でバレようとは。
「……くっすーお前……バイトしてたのか? しかも和美ちゃんと?」
「あれ? 古賀君、楠川君からバイトの話聞いてないの?」
おっと、太一の目がバッキバキだ。しかし、そこからスッと笑顔に切り替わった。
「なんだよ、くっすー。バイトしてるんなら教えてくれればいいのに。頑張れよ」
あ、ヤバい。これ何か企んでる笑顔だ。
その後、しばらく雑談をしながらのんびり過ごし、お店を出た。
とりあえず今日の食事会で朝倉さんが食べることと身体を動かすことが好きということが分かった。今度は食事以外にスポーツでも誘ってみようかな。
帰りの車内の並びも運転席が母さん、補助席が朝倉さん、後ろが男三人となってしまった。
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