第39話 朝倉さんとの外食 ①
バイトとはいえ仕事をしていると一週間がとても早く感じる。日中は学業、そして夜はバイトがあればバイト。そんな日々を送っていると気づけば五月は下旬を迎えていた。
丁度、今日で中間テストが終わり、バイトもお休みなので現在俺は家でゆっくり過ごしている。
「来週は火曜、木曜、土曜がバイトか。そしたら五月も終わり……早いなぁ、もう六月か」
バイトのシフト表を見ながらポツリと呟く。六月に入ればまたすぐに期末試験があり、それが終わればあっという間に夏休みが始まる。
「…………」
夏休み。朝倉さんの人生のターニングポイントであるイベントだ。夏休みのどこかで友達と遊びに行った際に、例の奴らにナンパされるらしいのだ。あいつらと出会ってしまったばかりに朝倉さんの人生は一気にどん底に叩き落とされてしまう。それだけは何としても俺が阻止する。これは最優先事項だ。
そしてもう一つ、夏休みまでに朝倉さんとの関係をもうワンステップ上げておきたい。現時点ではたまに電話をするぐらいの関係でしかないのだ。これでは駄目だ。せめて友達としてでもいいから、二人でお出かけができるぐらいの仲にはなっておかなくては。
「朝倉さんを交えた食事でもできたらなぁ」
ご飯に誘うのは比較的簡単だと思うが、いきなり二人きりというのは朝倉さんも抵抗があるだろう。まずはグループでの食事からスタートして、会話をしていく中でちゃっかり二人で遊ぶ約束をするみたいな流れがいいか。そしてグループといっても前の誕生日会のメンバーだと、申し訳ないが中村さんと浩一くんが邪魔である。よって俺の家族に太一をプラスしたグループであれば、女性は朝倉さん一人ではないし、太一もいるからまぁそこまで緊張するようなこともないだろう。
「となると何を食べようか」
肉、魚、イタリアン、中華とジャンルは色々あるが、正直なところ俺は居酒屋に行きたい。凄く行きたい。見た目は高校生だが中身は三十歳のおっさんなのだ。食の好みも若干変わってしまっている。
「居酒屋でお酒を飲みながら、一品料理をつまむのが良いんだなこれが。でも俺の年齢だとお酒はまだ飲めないし……ん~……」
携帯で何か良い店がないか調べていると、あるお店のメニューの写真が目に留まった。
「寿司店【はまうみ】、特大寿司。あ、なんか急に寿司が食べたくなったかもしれない」
寿司下駄の上にシャリが普通の三倍くらいの大きさで、ネタがシャリの両方向からベロンと垂れている寿司が三つ、その存在感をこれでもかと主張しているような写真だった。俺はこういう変わった物が大好きなのだ。
そうと決まれば善は急げということで、朝倉さんに電話をかける。
『もしもし朝倉さん? ちょっと話したいことがあるんだけどいい?』
『うん、いいよ。何かな?』
『今度俺の親と太一でご飯に行くんだけど、朝倉さんも一緒にどうかな?』
まだ親にも太一にも話してはいないが、絶対行くようにするので問題はない。
『え、私も? いいの? 楠川君の両親とはまだ会ったことないけど、私お邪魔じゃない?』
『いやいや全然そんなことないよ』
『あ、だったら和美と友華にも声かけていい? お金はちゃんとこっちはこっちで払うから』
『あー俺ん家の車、五人乗りだからさ。七人になると乗れないんだよ』
『そうなんだ……だったら仕方ないね。でも私だけっていうのもなんか二人に申し訳ないな』
マズイ! なんか断られそうな雰囲気が出てきている。やっぱり、同年代の女の子が一人ぐらいは欲しいってことか。食べ物で釣れるかはわからないけど、一応お店の名前を伝えてみよう。
『二人はまた別の時に誘おうよ。とりあえず今回はこの五人で行くってことでさ。ちなみに場所は【はまうみ】っていうお寿司屋さんなんだけど』
『えっ! 【はまうみ】? 私ずっとそこに行きたいって思ってたの』
『なら丁度良かった。だったら一緒に行くってことでいい?』
『うん。和美たちはまた別の機会にってことでいいよね』
結果オーライだが選んだ場所が朝倉さんも行きたいと思ってくれていた所で良かった。
『当日、駅に迎えにいくから、こっちまで来てもらっていいかな?』
『了解です。また集合時間がわかったら教えてもらっていい?』
『了解。明日にはわかると思うから、明日連絡する。じゃあまたね』
『うん、楽しみにしてるね。ばいばい』
朝倉さんとの電話を終了した後、太一に連絡しあっさりOKを貰った。そして父さんと母さんには俺が仲良くしている女の子の友達を紹介したいという前提で話を切り出すことで、こちらも簡単に快諾してくれた。
朝倉さんとお店で食事をするのは、前回ラーメンを二人で食べた時以来である。
「あのラーメンもまた二人で食べに行きたいな」
そんなことをしみじみと思う俺だった。
外食当日、我が家の車は途中で太一を拾ってからを駅の方へやってきた。朝倉さんは既に到着していたようで駅の外で待っていた。姿を確認し窓から手を振ると、朝倉さんもこちらに気付いたようで手を振りかえしてくれた。ジーパンにノースリーブという服装で本日も凄く可愛い。
駅の駐車場に車を停め、朝倉さんが近づいてきた。
「初めまして、朝倉莉奈です。今日は私も誘って頂きありがとうございます」
助手席に座っている母さんに窓の外から挨拶をする朝倉さん。
「まぁあなたが朝倉さん。初めまして、修の母です。なんて美人な人なのかしらねぇ。修と友達になってくれてありがとね」
「初めまして、修の父です。ささ、ちょっと狭いかもしれないけど中にどうぞ」
母さんと、父さんも挨拶を済ませ、父さんが車に乗るよう促す。
「太一、しっかり窓際に寄れよ。朝倉さんが乗れないだろ」
「おいくっすー、お前なに自分だけ莉奈ちゃんの横に座ろうとしてんだ。くっすーが窓際に寄れ」
「俺が窓際に寄ったら朝倉さんの座る場所が、ちょうど太一の尻があった場所になるだろ。太一の尻の温もりが残った座席とかどんな罰ゲームだよ」
「くっすーの座席よりはマシだろ。俺は気づいてるんだからな。駅に着くまでにくっすーが音のない屁をこいたのを」
「こいてないわ! 嘘つくなよ太一! 朝倉さんが信じたらどうするんだ! 朝倉さん、俺こいてないからね。今太一が勝手に作った話だから。というか俺の身体にそんなガスは存在しないから」
「え、えっと……」
なかなか車に入れない朝倉さんが大変困った表情を浮かべていた。
「こらこら、二人とも朝倉さんが困ってるでしょ? どっちでもいいから早く空けなさい」
「太一が寄れば済む話なんだよ。つか太一、筋トレしてるんならこっから走って来いよ。な? 着いた時には腹も減って一石二鳥だろ」
「こっからどんだけ距離があると思ってんだよ! あーじゃあこうしよう。くっすーが母親の膝に座れば万事解決じゃねぇか。よし、それでいこう」
「なにがよしだ、ふざけるな。なんで俺が母さんの膝の上に座るんだよ。おかしいだろ」
「まぁ失礼ね。修はお母さんの膝好きでしょ? 耳掃除を膝枕でしてあげてるじゃない」
「またその暴露システム!」
事実であるが故に、下手に否定できないのがまたタチが悪い。
「全く、これでは埒が明かないな。ここは父さんに任せなさい」
そう言って父さんが運転席から降りると、みんなが座る席を指示し出した。その結果――
「父さん、もう少し太一の方に寄ってよ。俺が広く座れないだろ」
「わがままを言うんじゃない。そして父さんを労わりなさい」
「くっすーのお父さん、俺の膝の上に座るッスか?」
「ありがとう太一くん、だが遠慮しておこう」
後部座席に俺、父さん、太一が座り、助手席に朝倉さん、運転席が母さんという並びになった。
「はいじゃあ動くわよ」
そして車はお寿司屋さんに向けて出発した。
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