第36話 バイトの面接 ②



「よく来てくれたなァ。俺ァ店長の佐々木ささき茂徳しげのりだ。よろしくな。とりあえずその辺の椅子に適当に座ってくれやァ」


 店長さんから座るように促されたので、俺は近くにあった四人ぐらいが座れる程のテーブルから椅子を一つ拝借し、店長さんの方に向いて座った。


 ひええぇぇぇー! ただでさえ顔面が怖いのに、さらに巻き舌で喋るとかもう俺の中ではヤクザだよ。お腹がギュルギュルなってきた……もう脱糞案件だよこれは。


「店長、あたし掃除部屋のシーツ剥いで回りますね」


「あぁよろしく頼む。今、しおりが二〇一号から順番に剥いで回ってるだろうから手伝ってやってくれ」


「はい、行ってきます」


 そう言うと中村さんは階段を降りて外に行ってしまった。


 ちょっ! 中村さん! 俺をこの場に置いて行かないでよ! 誰か! 誰か助けて下さい! 店長さんと二人きりとか生きた心地がしないよ!


 緊張で背中から太もも、手の平にじっとりと汗が滲んでいるのがわかった。俺のボクサーパンツ様もきっと汗でびっしょりになっているだろう。


 店長さんは机からぐるりと椅子ごと身体を半回転させ、俺の方に向き直った。


「あ、すいません。えっと……これ……履歴書です、すいません」


 意味もなく口から謝罪の言葉が出てくる。肩に力が入って身体がまるで石になったかのように固くなっていた。


「なんだ、バイトの面接ぐれぇで緊張してんのか? ずいぶんと肩に力が入ってるなァ、もっとリラックスしていいんだぞ?」


「ぴいっ!」


 店長さんに両肩をガシっと掴まれ思わず、ひよこみたいな声が出てしまった。


 無理です! リラックスなんて無理です! 高校とか短大とか、会社のどの面接よりも今回の面接が一番緊張している。関わってきた上司の中でも過去一顔面が怖い。


「もしかして俺が怖いか?」


「い、いえ、そそ、そんなことは……ない……です」


「嘘が下手だな。まぁ俺も自分の顔が強面の顔だっつうのは自覚があらァ。言っとくがこんな顔でも俺ァは別にヤクザでも何でもねぇからな? これは俺の親父譲りだからなァ」


「そ、そうなんですか?」


「おう。中村さんなんてすげぇぞ? 俺の顔見ても特に怖がる様子はなかったからなァ」


 中村さんはまぁそうだろうな。男が嫌いって言ってるし、きっと精神力が強いのかもしれない。俺の豆腐のメンタルとは大違いだ。


「店長さんのお父さんってどんな人だったんですか?」


「俺の親父はまぁ怖かったぞ。悪さしたらすぐブン殴られてたからなァ。このホテルもよぉ親父が残したモンなんだが、ちゃんとしたラブホじゃねぇんだわ」


「と言いますと?」


 一応、中村さんから話は聞いているが知らない体で質問する。 


「簡単に言うと偽装ラブホっつうやつでよぉ~まぁ違法だ。余計なモン残しやがってとまぁ恨んだもんだなァ。まだホテルの借金も多少残ってる有様だ」


「もしかして話の流れ的に店長さんのお父さんってもう……」


「親父は病気で死んじまったよ。病気になるとな、あんだけ怖かった親父がそりゃあ情けねぇぐれぇ弱っちまって。だがホントに情けなかったのは俺でよぉ。介護の仕方が分からねぇモンだから親父の介護を全部お袋に任せちまってな。そしたら今度はお袋も病気になっちまって、今じゃ介護施設に預けてる状況だ」


 店長さんの顔が少し悲しそうな表情になっている。鬼の目にも涙みたいになる数歩手前のように見える。


「今思うとどんな親父でもよぉ俺をここまで育ててくれたってのに、いざ親父やお袋が大変な状況になったら何もしてやれなかった自分が許せなくてな。だから俺ァこのホテルの借金を完済したら、この違法ラブホをぶっ壊して介護施設を建てようと思っててよぉ。こんな時代遅れな違法ラブホをずっと残すよりかは、そっちのがいくらかマシだろ」


 なにこの店長!? ただの良い人じゃないか! 顔面とのギャップでもはや心が聖人だよ! 良い意味で顔面詐欺だよ! なんだかさっきまで、ヤクザだのなんだのって怖がってしまったのが申し訳ない。


「おっと悪ぃな。すっかり話が逸れちまったな。それで楠川君はいつから出れそうだ?」


 店長さんは履歴書を開けて軽く流し見た後に机に置いた。どうやら最初から採用の方向らしい。まぁ履歴書なんて形みたいなものだしな。


「えっと、いつでも大丈夫です」


「じゃあとりあえず明後日から出勤してもらえるか? 出る回数は中村さんと同じ週に三回、多くて四回でどうだ? 曜日も同じにした方が知ってる人がいて気が楽だろ?」


「はい全然問題ないです」


「あくまでも楠川君と中村さんは学業が本文だからな。バイトは無理せずやってくれりゃあいい。何か聞いておきたいことはあるか?」


「いえ、今のところは大丈夫です」


「そうか。まぁ分からないことがあったらその都度聞いてくれりゃあいい。俺でも良いし、栞でも中村さんでも」


「わかりました」


「一応面接はこれで終わりだが、後は軽く事務所内を教えておこうか」


 店長さんから事務所内の説明を受ける。まとめるとこうだ。


 事務所はまず一階にトイレと、様々な備品やシーツ類が置いてある棚がある。そして階段を上がってすぐ右手側に店長さんの定位置となる椅子と机がある。机の上にはレジと電話、パソコン、書類やらが置いてある棚、さらに上の方に監視カメラの映像が映ったモニターが四つ取り付けてある。その監視カメラの映像はどれも様々な角度から駐車場を映しているものだった。


 店長さんの座る机の後にはいくつもの筒状の管が天井の方に伸びていた。筒の先は上にスライドして開くようになっており、筒の中にはカプセルが入っている。そして筒の根元には緑色のボタン。初めてみる装置だ。これはエアシュータ―と呼ばれる装置らしくこれでお金の支払いや、カプセルに入るサイズの備品を部屋に送ったりするそうだ。


 だがこんなレトロな支払方法をしているお店はかなり少なっているそうで、残っている方が貴重だとか。今は自動清算機での支払いがほとんどらしい。そう言われると店長さんが言ってたように、まぁ悪い言い方をすれば時代遅れなのだろう。


 そして階段を上がった正面には小さいテーブルと椅子が手前に二脚と奥に二脚の計四脚が置いてある。この部屋の更に奥には、一階にある備品とは別の備品がある棚の置かれた部屋となっている。


 最後に階段を上がって左手側にあるスライド式のドアを開けると、そこには冷蔵庫や流し台、ガスコンロなどが置かれたキッチンスペースとなっていた。普通にこの事務所内がアパートみたいなものではないだろうかと思うほどに設備が整っていた。


「とまぁこんな感じだ。どこに何があるとかはおいおい覚えていきゃあいい」


 そして店長さんからの事務所内の説明を終えたところで、一階から中村さんともう一人女性が上がってきた。


「シーツ剥ぐだけで疲れたわぁ。今日朝から掃除部屋が十部屋もあるじゃないですか」


「休みの前はどうしても満室になるからね。まぁ少しずつやりましょ」


 中村さんと上がってきた女性は長いウェーブのかかった黒髪の女性でジーパンにピンクのTシャツという服装をしていた。なかなかに良いスタイルをした綺麗な女性である。


「ご苦労さん。菓子でも食いながら少し休め。それと栞、新しく入った楠川君だ。色々教えてやってくれな」


「初めまして、佐々木ささきしおりと言います。よろしくね楠川君」


「あれ? 佐々木って……」


「俺の嫁だ」


 えー! 夫婦でやってんの!? つか店長さんこんな綺麗な女性の奥さんがいるとかやるなぁ。羨ましい。


「それで楠川は面接終わったの?」


「ちょうど今終わったよ」


「中村さん、楠川君は明後日からの出勤だからよろしく頼むな」


「わかりました」


「じゃあ今日はありがとうございました。また明後日からよろしくお願いします」


 俺のバイトの面接はなんとか無事に終わった。

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