第35話 バイトの面接 ①
バイトの面接当日。数日前に、中村さんから店長さんが俺の次の休みの日に面接をしたいと言っていたと連絡を受けた。面接の日までにバイト用の履歴書と折りたたみ自転車を用意し、準備に抜かりはない。今日の服装は面接ということもあって、あまり派手過ぎずに無難な服装を選んでいる。もともと派手な服なんて持ってはいないけども。
待ち合わせの時間は朝の八時二十分に駅に集合となっている。俺は面接だけで終了なのだが、中村さんはそのままバイトがあるので職場までの道案内も兼ねて中村さんの出勤時間に合わせている。
駅に着くと中村さんが自転車に跨いだ状態で携帯を操作しながら待機していた。仕事着なのだろう、動きやすさ重視のシンプルなジャージっぽい格好をしていて、頭に帽子を被り眼鏡をかけていた。
「おはよう中村さん」
「おはよ。あー眠いわ、ホテルに着いたら掃除部屋がいっぱいあるって思ったら気が滅入るわね」
ふわーと欠伸をしながら、眠そうな目を擦っている。
「とりあえず、今から案内するから付いて来てくれる? それと今後はそこの駐輪場に自転車を置いたらいいから」
「わかった」
俺は折りたたみ自転車を広げ、中村さんの後を付いて走り出す。
中村さんが働いているホテルは清風高校から数キロ離れた山側の方にあるらしい。山側とはいっても山の中ではなく道路沿いに建っているとのことだ。道中、学校側とホテル側の土地の境界みたいな感じでトンネルがあるのだが、そのトンネルを潜っただけで景色がガラッと変わる。山がよく見えるようになるのだ。
「なぁ、休日の朝ってそんなに掃除部屋が多いのか?」
「日によって差はあるけど、先週は朝から掃除部屋が十三部屋もあったわ」
それが多いのか少ないのかは分からないが、仮に一つの部屋を掃除するのに十分~十五分掛かったとして、全ての部屋を掃除するのに掛かる時間は最大で約三時間半。そう思うと確かに大変そうである。
「でもノンストップでやるわけじゃないわよ? 三部屋掃除して休憩してって感じでやってるわ」
「へぇ~、まぁぶっ続けでやったらしんどいわな。特に夏とかは考えただけでヤバそうだ」
「もうすぐ、左手に看板が見えるわよ」
少し走ると中村さんの言う通り、それっぽい看板が見えてきた。
えーっとなになに……【HOTEL ムーンライト】
ん? んん? いやいや、まさかそんな。きっとまだこの先だろ。
「ちょっと、楠川! どこまで行くのよ。行き過ぎよ」
俺がホテルを通り過ぎようとしたところで、中村さんに呼び止められてしまった。
「えーっと中村さん? ここってラブホだよね?」
「そうとも言うわね。でもあたしはそんな露骨な呼称で呼んでないわ。ここはレジャーホテルよ」
「いや、呼び方はどうでもいいんだよ。風営法とかでここに未成年は入ったらダメだろ。利用目的だろうと労働目的だろうと」
「大丈夫よ。店長が言ってたわ、ここは旅館業法に基づいた構造で届け出てるホテルだって。募集も年齢不問って言ってたし」
「偽装ラブホ!?」
最悪だ! こんな偽装ラブホで働くなんて聞いていない。俺はてっきりビジネスホテルとかを想像していたのに。前の電話の時に中村さんが店長って言ったのが一瞬引っかかりはしたのだ。ビジネスホテルは店長ではなく支配人のはずだから。
「ていうか、中村さんも何でラブホのバイトを選んだんだよ? 働き口なんていっぱいあるんだから、もっとまともなバイトあっただろ?」
「ウチの学校、バイト禁止だからバレないように隠れてできるバイトとして丁度良かったのよ。お客と直接会うことはないしね」
「でもホテルに入るところを誰かに見られたらどうするんだよ?」
「その為の帽子と伊達メガネよ」
なるほど、帽子と眼鏡はカモフラージュのつもりだったのか。確かに後ろ姿だけを見た限りでは、中村さんだとは気付かないと思う。
「それに待遇もそこそこ良かったのよ。夜の時間帯の仕事だとどうしても終電に間に合わないから空室の部屋に泊まっていいって言われてるし、洗濯機も使わせてくれるのよ」
「いやだからって、さすがにこれは……」
偽装ラブホか……よっぽどタイミングが悪くない限り摘発されることはないと思うけど、あまりにもリスクが高すぎる。そしてお店にとっても、俺と中村さんにとってもバレた時の代償が大きすぎる。まぁ仮にバレて人生終了のお知らせになっても、またやり直せばいいだけの話ではあるが。いやでもこんなんでこの三年間無駄にしたくないなぁ。
だいたい、こんな偽装ラブホを経営するような店長なんて絶対ヤクザだろ。ヤクザか元ヤクザとかだろ。怖いよ、漏らしちゃうよ、おむつを穿いてくればよかった。仕事で店に損害を与えるような失敗したら、拷問されたり海に沈められたりしない? もしくは責任として指を差し出す羽目になったりしない? まぁ中村さんは普通に働いてるしそれは考え過ぎか。
「ここが楠川が言う偽装ラブホなんだとしても、とりあえず働いてお金を稼げさえすれば別にいいのよ。あたしはお姉ちゃんの力になりたいだけだし。それにここを選んだのは他にも理由があるしね」
さて、どうしたものか。中村さんとバイトをするって約束してるから、ここで約束を反故にしようものなら俺の評価が下がってしまう。何でも一つお願いを聞いてくれるという権利もなくなるだろう。それに店長さんもきっと中村さんからの紹介を期待して待っているかもしれない。とりあえず面接を受けるだけ受けてみるか。それにしてもまさか俺の人生初ラブホデビューがこんな感じで迎えることになろうとは思わなかったな。もっとロマンチックに入店したかった。
「わかったよ、とりあえず事務所はどこなんだ?」
「こっちよ」
光の灯っていない電球が飾られた道を進み、ホテルの敷地内に入るといくつもの部屋が隣接しており、各部屋の玄関横の駐車場に車が泊まっている部屋がポツポツ見られる。
それとは別に職員が車を置く駐車場があったので、そこに俺と中村さんは自転車を置いた。そこから中村さんに案内され事務所へ向かって歩く。
周囲を見渡すと各部屋のドアにはAランク、Bランク、Cランク、Dランクというシートが貼られていた。部屋数がそこそこあり、閉まっている部屋もあれば、ドアが空きっぱなしの部屋もある。車がなく閉まっている部屋には空室という青色のランプが点灯しており、車があり閉まっている部屋は在室という赤色のランプが点灯している。さらに、車がなくドアが空いている部屋は準備中という黄色のランプ、もしくは掃除中という緑色のランプがついている。
駐車場から少し歩いたところに緑色のシートが暖簾の役割を果たしている場所があり、そのシートを潜ると正面にドアがあった。ドアには関係者以外立ち入り禁止と書かれた札がついている。
中村さんがドアを開けてから靴を脱いで中に入る。俺も後に続いて中へと入る。すると中は二階建てになっており、入り口の正面が階段になっていた。そのまま階段を上がっていく。
「おはようございます。店長、前に話したバイトをしてくれる人を連れて来ました」
「お、おはようございます」
「おう、おはよう中村さん。その後ろにいる男か?」
「はい、そうです」
「え、えっと……く、楠川修と言います。よろしくお願いします」
店長と呼ばれた人物は短めに刈り上げた茶髪に顎鬚を生やした男性で四十代半ばのように見える。ふくよかな身体を包む服は茶色の短パンに黒のTシャツ、足は赤のスリッパを履いていた。ちょっとというか、もの凄く強面の顔をした男性を見て俺はすぐさまある結論に至った。
あ、この人きっとヤクザだわ。
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