第32話 誕生日会 ④



 気付けば大量にあった食事はほとんど無くなっていた。食べ盛りの男が四人も居れば意外と胃袋に収まるものである。とはいえ、女の子三人もそこそこ食べた方で、一番貢献したのは朝倉さんだった。そういえば良く食べれる女の子だったな朝倉さんは。


 今は食後の休憩中で、テーブルには七等分したホールケーキと紅茶が各自の前に置かれており、いよいよ誕生日会も終盤を迎えているという状況だ。あと残っていることはプレゼントを渡すことだけだ。


「いやぁ食った食った。こりゃあ今日はチートデイだな。マジで莉奈ちゃんとお母さんの料理美味かったわ」


「いえいえ、喜んでもらって何よりだよ」


「太一くん、チートデイって?」


 お腹を摩っている太一に浩一くんが尋ねる。


「好きな物を自由に食べていい日のことだ。筋トレやダイエットで普段の食事カロリーを減らすようにしたからそのストレスを解消する為に必要でな」


「へ~そういうのがあるんだね。初めて聞いたよ」


「ちゃんと調べて筋トレしてるなんて太一くんは凄いな」


 みんなの席の並びが少しだけ変わったテーブルで三人がそんな会話をしている傍ら、こっちサイドでは醜い争いが起ころうとしていた。


「それにしてもこれだけお腹一杯食べたのにケーキは入るんだからデザートって不思議よね。別腹とはよく言ったものだわ」


「かずみんと友華の胃袋はデザートならまだいっぱい入るよねぇ~」


「楠川、あんたのケーキはいちごが多いわよね? あたしのと交換しなさいよ」


「大塚くんのケーキ、友華のより少し大きいねぇ~少しちょーだい」


「まずいぞ楠っち、俺たちのケーキが狙われている」


「多く見えたり、大きく見えたりするのは二人の目の錯覚じゃないかな」


 このケーキ、主役である浩一くんのケーキを少し大きめにカットし残りを六等分したのだが、朝倉さんが切るのを少し失敗したらしく大きさに多少の差が出てしまった。そこで浩一くん以外の全員でジャンケンをして、勝った人から順番に好きな席に座るということになったのだ。


「そういえば楠川はあたしに借りがあるわよね? 勝負で負けた借りが。なんだったかしら……お願いを何でも一つ聞くだったかしらね」


「ここで使う!? ケーキに使うの!? もっと他にいいタイミングがあるんじゃないか!?」


「大塚くんも友華と約束してたよねぇ~お願いを聞いてくれるって」


「記憶の捏造!? 欲望ここに極まれりだな河内!?」


「だいたい楠川、あんた莉奈がケーキのカットを失敗したと思ってるわけ?」


「えっ、違うの?」


 間違いなくそうだと思っていたけど、もしかして違う意図があるとでもいうのか。でも朝倉さん自身「ごめーん、失敗しちゃった」って言ってた気がするけど。


「わざとに決まってるでしょ。あえて大きさに差をつけてカットして、恋愛話に失敗した男たちに好感度アップのチャンスをあげるっていう意図があったのよ。ねぇ~莉奈」


「えっ? あーうん……そう! さすが和美。よく気付いたね」


「さすがかずみん。二人はまだまだ甘いねぇ~」


 そうだったのか!? 俺と菜月くんは試されていたのか!? なんてことだ……朝倉さんの前で格好悪い選択をしてしまった。ジャンケンに勝ってもあえて、いちごが少なかったり、大きさが小さい方のケーキを選んでこその紳士。となれば朝倉さんのあの言葉もフェイクだったのか。河内さんの言う通り俺はまだまだ甘かったようだ。


 そして、朝倉さんの方を見る。すると、朝倉さんは片目を瞑って顔の前でごめんのポーズをとってきた。その可愛さに俺の心と胃袋は完全に満たされてしまった。雄叫びを上げながらドラミングをしてもいい程に。ケーキ? そんなの全部あげるよ。俺は皿だけあればそれでいい。そう思うぐらい満たされたのだ。


「楠っち、これは罠だ。そんな意図があるわけないだろ」


「いや菜月くん、ここは交渉に応じよう。ケーキを交換して好感度を上げるんだ。もしかしたら菜月くんも現時点で中村さんに最悪な肩書をつけられているかもしれない」


「肩書? 楠っちは何かつけられてるのか」


「中村さんの俺に対する評価は変態ストーカー野郎なんだ。つい先月、クソが取れたんだ」


「ひでぇー。じゃあさっきの話で俺も何かつけられてしまったのか!」


「あたしの中で大塚の評価は万年尻軽ムラムラクソ野郎よ」


「よし、河内。交換に応じよう」


 俺は中村さんと、菜月くんは河内さんとケーキの交換を行った。俺としてはこの交換によって借りがなくなり、朝倉さんの可愛い顔が見れて、好感度が上がった。メリットしかない。


「じゃあ中村さん、これで俺の借りはなくなったってことでいいのか?」


「いいわよ。端からお願いしたいことなんて何でも良かったし」


「それで今回ので俺の評価はどう変わったんだ?」


「そうね、変態ストーカー男に昇格したわ」


「…………」


 野郎が男に変わっただけで単語が外れなかった。


「じゃあ中村、俺の評価はどうなった?」


「あんたはこの程度じゃそう変わらないわ。強いて言うなら、万年尻軽ムラムラクソ男ね」


「…………」


 可愛そうに……クソすら取れなかったとは。



 ケーキを食べ終え、良い時間にもなってきたので最後に浩一くんにプレゼントを渡すことに。一カ所にまとめて置いていた所から各々でプレゼントを取り、最初に朝倉さんからプレゼントを渡す。


「私からは、はいこれ。誕生日おめでとう」


「ありがとう、りーちゃん」


 中身は電話で聞いていた通り、サコッシュと言う黒いバッグだった。浩一くんがそれを身に着けると普通にオシャレに見えてしまう。


 次は中村さんがプレゼントを渡す。


「はい、おめでとう宮下」


「和ちゃんもありがとう」


 これまた聞いていた通り、プレゼントの中身はスポーツタオルが入っていた。そのスポーツタオルを首にかけただけでも絵になるのだから、もう反則である。


 そこから菜月くんはペンケースをプレゼントとして渡し、河内さんは白いTシャツの胸のところに修理中という言葉がプリントされたパロディTシャツをプレゼントしていた。なんだか河内さんらしいプレゼントではある。だが、こんなTシャツですら浩一くんは着こなすのだろうなと思ってしまう。


 太一は何を渡したかと言うと――


「俺からはこれだ」


「太一くんありがとう――って重っ!」


 太一からプレゼントの入った袋を受け取った浩一くんは、不意を突かれたかのようにバランスを崩した。中身は五キロのダンベルが二つ入っていた。


「部屋の隅に置く時、古賀のプレゼントだけ異様に重たいと思ったらダンベルだったのね。石でも入ってるのかと思ったわ」


「これで一緒に筋トレ頑張ろうぜ。和美ちゃんのプレゼントとセットみたいなもんだ」


「言われてみれば確かにそうだね。ありがとう太一くん。頑張って鍛えるよ」


 そして最後に渡すのは俺だ。


「浩一くん、お誕生日おめでとう」


「ありがとう修くん」


 俺が選んだプレゼントは携帯と連動ができる時計だ。中村さんがスポーツタオルをプレゼントに選んでいたのを聞いて、何かしらの運動部に入っているのかもしれないと思い、運動系の機能に特化した時計を選んだ。もちろん他にも色々な機能は内臓されている。


 正直、何もヒントがなければ何をプレゼントしていいのかわからなかった。仲の良い友達でも、いざ誕生日プレゼントを渡すとなると意外と困るものである。ましてや今回は初めて会う人でしかも朝倉さんの幼馴染。変なプレゼントを渡すわけにはいかない。まぁ太一ぐらいの付き合いになると、カプセルトイでも十分通用するけどな。


「今日は僕の為に誕生日会を開いてくれて、みんなありがとう。新しく二人の友達もできて凄く良い誕生日になったよ」


 全員のプレゼントを受け取り、深々と頭を下げてお礼を言う浩一くん。その笑顔はやっぱり最後まで温かみのある穏やかな笑顔で、一切憎むことができない。


 楽しかった誕生日会の余韻は、少しだけ心に靄がかかったようなそんな気分だった。

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キミを二度好きになる ミハラタクミ @nidosuki-1

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