第29話 誕生日会 ①
ついに訪れた決戦の日。俺のレベルは一、対して相手のレベルは九十九を優に超えているだろう。こんなのはRPGでいうなればチュートリアルの段階でいきなりラスボスが登場するようなものだ。絶対に勝てるわけがない。俺には武器もなければ防具もない、丸腰だ。それに引き替え相手は最強の武器、最強の防具を備えた強敵である。その正体は幼馴染。
朝倉さんの幼馴染、その肩書があるだけでそれは武器にも防具にもなる。朝倉さんを好きになった人が幼馴染の存在を知って怖気づき、はたまた朝倉さんを好きになった人が現れても幼い頃から長い時間を共に過ごし、お互いにとって一番の理解者であり隣に立つに相応しい者という安心感。その攻守を兼ね備えた存在。
俺は今日、そのとてつもない存在と相見える。だが俺は決して臆しない! 相手がどれだけ強大だろうが立ち向かってみせる!
パンっ――!
意気込みと同調した俺の肺活量によって膨らましていた風船が破裂した。
「ちょっともう! 楠川、何回風船を割れば気が済むのよ。飾り付ける分がなくなっちゃうでしょ」
「くっすー、もうちょい肺活量を調整しろよ。力が入り過ぎなんだよ。俺の風船を見てみろ、この完璧な大きさ――――あっ!」
ブブブビュルルルー!
「きゃあー! 古賀が咥えた風船があたしの顔に飛んできた! 殺す!」
「待ってくれ和美ちゃん! わざとじゃないんだ。ぎゃー」
中村さんの蹴りが太一の尻にクリーンヒット。太一は鈍い音と共にその場に倒れてしまった。
「古賀っちも、楠っちも不器用だなぁ~。
「にゃははは、全然ずれてるよぉ~。これじゃあ~
「あ、河内さん! 今つまみ食いしたな!」
「してないよぉ~」
明らかに口をもぐもぐと動かしているのに白々しい態度をとる河内さん。魔の手によって口に放り込まれた贄は、ピザと一緒に頼んだサイドメニューのポテト。
「莉奈ぁ。早く帰ってきて……ここ問題児しかいないわ……」
誕生日会の会場である朝倉さん宅のリビング。その会場の飾りつけに四苦八苦していた。
遡ること二時間前。電車で清風高校がある方の地域の駅で待ち合わせをし、十一時に合流した。
「おはよう中村さん」
中村さんはチェック柄のショートパンツに黒の長袖を着ていた。
「ん、おはよう。えっと……そっちの人が」
「古賀太一だ。よろしくな和美ちゃん」
「ん、よろしく」
「ちょっと待て! 中村さん酷いじゃないか」
今のやり取りに異議ありと言わんばかりに抗議をする。
「何がよ?」
「だって俺が下の名前で呼んだ時は嫌がったのに、太一が下の名前で呼んだら嫌がらないなんて差別だ! 区別だ!」
「楠川の場合は呼び捨てだったじゃない。名前を呼び捨てにされたら何だか下に見られてるようでムカつくのよ。ちゃんづけはギリ許せるわ」
「それでもギリなんかい!」
ぐっ……何か腑に落ちないけど、まぁ俺は女の子を下の名前で呼ぶのはどちらかというと苦手ではあるから別にいいんだけども。
「あたしは古賀って呼んだんでいいのかしら?」
「あぁ、和美ちゃんの好きなように呼んでくれていいぞ」
「それで誕生日会はどこでやるんだ?」
「莉奈の家でやることになってるわ」
このタイミングでまさかの朗報。ついに朝倉さんのご自宅を訪れる日が来るとは思わなかった。しかもこんな形で。
というか、朝倉さんの家ってこっちの方だったのか。俺はてっきり桜野丘高校がある方に住んでいると思っていた。春休みを使って全然見当違いな地域を探し回っていたとは……なんて無駄な労力。だがまぁ、終わったことだ。それよりも今日朝倉さんの家に行ける、そのことを祝福しようじゃないか。
「それじゃあ早速移動するか?」
「ちょっと待って。あと二人来るから」
歩き出そうとした太一を中村さんが引き止める。今日の誕生日会はてっきり五人でやるのかと思ったら、もう二人追加されるようだ。
「おーい中村!」
しばらくして、一組の男女がそれぞれ自転車を漕ぎながら俺たちのいる方に近づいてきた。自転車のカゴの中には大量の買い物袋が入っていて、中身は誕生日会の飾りつけ用の道具だった。
「ふぃー疲れた。雑貨見てたら俺も河内もテンション上がっちゃってさ。けっこう待った感じ?」
「ごめんねぇ~」
「いいえ、そんなに待ってないわよ。紹介するわね。こっちの男が大塚(おおつか)菜月(なつき)で女の子が
「俺は楠川修、んでこっちが古賀太一。よろしく、菜月くんと河内さん」
「楠っちに古賀っちだな。よろしく」
「じゃあ俺はなっきーって呼ばせてもらうぜ。で、そっちの女の子は友華ちゃんだったな」
「どうぞどうぞ。よろしくぅ~」
菜月くんは見た瞬間から元気が有り余っているような感じの男の子という印象を受けた。こんがりと焼けた肌にセンター分けされた黒髪。世のお姉さんの母性本能をくすぐりそうな雰囲気が出ている。
そして河内さんはツインテールに前髪ぱっつんが特徴の女の子で、その見た目と喋り方から少し子供っぽさが滲み出ているような雰囲気がある。
「それじゃあ全員揃ったところで、莉奈の家に向かうわよ」
それぞれの自己紹介を終え、いよいよ朝倉さんの家へと出発した。
朝倉さんの家はこの地域に複数ある戸建て団地の内の、一つの団地の中にあるらしい。そして同じ団地の中に例の幼馴染の家もあるそうだ。隣同士というわけではないにしても、同じ団地の中に家があるなら距離はそこまで離れていないはずだ。そしてお互いの両親が同級生らしく、その関係もあり幼馴染となったそうだ。なんて羨ましいんだ。
そして、朝倉さんの家に到着した。
車が二台入る大きさぐらいのコンクリートでできたシャッター付の車庫があり、その横にはこれまたコンクリートと柵でできた入り口が俺たちの行く手を阻む。その柵を通ると数段の階段があり、その階段を上がって家の玄関に辿り着く。白を基調とした綺麗な外観の二階建ての家。
中村さんが玄関のインターホンを鳴らし、しばらくして朝倉さんが玄関から出てきた。
「みんないらっしゃい。どうぞ上がって」
「「「「「お邪魔します」」」」」
朝倉さんの案内でリビングに通されると、テーブルにはサンドイッチや巻き寿司、サラダ、ハンバーグに、ナゲットそしてホールのケーキが並べてあり豪華な食卓となっていた。
「毎度の事ながらいつもごめんね莉奈。大塚と友華とあたしの家はアパートだからこんなに広くないし」
「いいよいいよ。私の家なら呼びに行くのも近いしね」
「朝倉、今回は一段と料理に気合が入ってるな。お母さんと作ったのか?」
「うん。今朝早くから作ったの。今回は男の子が四人もいるから沢山作っておかないと足りなくなったらいけないからね。これに後でピザとポテトも届くから、私が迎えに行ってる間に届いたらよろしくね」
「了解。それでそのお母さんはどこに?」
「大人数で誕生日会をするって行ったら、気を遣ってお父さんと出かけて行ったよ」
「そうか……残念」
なにやら肩を落としている菜月くん。朝倉さんのお母さんにそんなに会いたかったのだろうか。まぁ俺も見てみたい気持ちはある。
それにしてもテーブルに並んでる料理だけでもかなりの量があるように見えるが、これにまだピザとポテトがくるのか。逆に男四人でも食べきれるかどうか。
「はぁ~まさか莉奈ちゃんの手料理を食べれるなんて幸せだぜ。あ! 多分自己紹介がまだだったよな? 俺、古賀太一っす。よろしく」
「古賀君ね、よろしく。今日はしっかり食べてね……あれ? 何か古賀君、背伸びた? 以前会った時より背が大きくなってる気がする」
「そうなんだよ。急に背が伸びてさ、この高身長を活かす為に筋トレを始めたんだ。まさか気づいて貰えるなんて感動だぜ」
「へぇ~凄いね。そんな一気に伸びるんだね。さすが男の子」
朝倉さんは太一の正面に立つと、右手で自分の身長と比べる動作をした。その距離の近さに太一は目から涙を流して喜んでいた。
「朝倉さんが……こんな近くに……俺、今日死んでも……悔いはない……」
「古賀も楠川に負けず劣らず気持ち悪いわね」
「一緒にしないでくれる?」
「じゃあ私そろそろ迎えに行ってくるから、部屋の飾りつけお願いね」
「任せておけ朝倉。河内と色々買って来たからな。みんなで頑張って準備しておくさ」
「行ってら~友華も頑張って派手派手にしてやるぜぇ~」
そして現在に至るというわけだ。
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