第28話 因果応報



「なるほど。それで俺もその誕生日会に一緒に参加しないかって話だな」


「そういうこと。太一の都合も一応確認しておかないといけないからさ。それで参加はどう?」


 昼食を食べ終わった昼休み。机を向い合せにしたまま俺は喫茶店での事を太一に話した。一から十まで説明すると大変なので、詳細をかなり短くまとめそして要件を伝えた。その内容が、喫茶店に行ったら偶然朝倉さんと中村さんに出会って、まぁ色々あって朝倉さんの幼馴染の誕生日会に誘われたというものだ。


 正直かなり内容を削り過ぎて、普通の人ならあまりのミラクルの連発に、逆に話が嘘くさく聞こえてしまうだろう。だが、相手は太一だ。この内容だけでも十分納得してしまう。


「もちろん参加するに決まってるだろ。というか、莉奈ちゃんと和美ちゃんも参加してるなら、俺としてはむしろ願ってもないイベントだな」


 予想通りの返事だ。それにしても、もう二人のことを下の名前で呼んでいるあたりさすが太一だ。これが本人達を前にしたら朝倉さんはともかく中村さんはどんな反応をするだろうか。俺が下の名前で呼んだ時は、普通に嫌がられたけど。


「よし、俺を誘ってくれたお礼に今からくっすーに良い事をしてやろう。ちょっと床にうつ伏せになってみ」


「えっ、床汚いじゃん。服が汚れるから嫌なんだけど」


「まぁいいからいいから」


「いや良くないだろ。何する気だよ」


「まぁいいからいいから」


 まぁいいから星人となった太一の言うことに渋々ながら従う。良い事の前に、床にうつ伏せになるのがもう嫌な事なんだけど。


「何だよこれただの罰ゲームじゃん」


「まぁまぁ、今から良い事があるんだよ。おっと両腕は横につけてリラックスしてろよ」


「えーもう早くしてくれよ。鼻に埃が入りそうなんだけど」


「埃はくっすーの身体の主成分だろ? 吸える時に吸っとけよ」


「んなわけあるか!」


 すると、太一が俺の両足首を掴んで九十度に曲げた後、左右に揺らし始めた。マジで何これ? マッサージ的な感じ? それなら肩を揉んでくれる方が良いんだけど。きっとこれが寝具の上だったら気持ちがいいのだろうが、下は固くて汚い床だし、教室だから恥ずかしいしで落ち着かない。


「よーしそのまま腕を少し上げてみろ」


「何がしたいんだよ太一」


「何がしたいか? それはな――」


 太一は左右に揺さぶっていた俺の足をピタリと止め、太ももの裏側に足を乗せてきた。さらに俺の両腕を掴み――


 あ! しまった! これマズイやつだ!


 気付いた時には既に遅かった。


 そのまま太一が勢いよく後方に倒れると、その勢いで俺の身体が天井の方を向いた。綺麗に吊り天井固めが決まった瞬間であった。


「美少女二人と喫茶店デートをしたくっすーの公開処刑に決まってるだろ!」


「んはぁあ」


 吊られた拍子に何か変な声が出てしまった。恥ずかしい。


 そうだった……太一の前で朝倉さんの話を出すとこんな感じになるの忘れてた。しかも今回は中村さんも一緒だったから余計に酷い仕打ちだ。しかし、吊られただけでは特に痛みはなかった。痛みがない分このまま、この体勢をキープするという辱めを受けさせるつもりか。


「さぁ俺に謝罪しろ。すぐに俺も呼ばなかったことを詫びるがいい」


「悪かった。次はちゃんと呼ぶ」


「許さん」


 太一がグッと足に力を入れゆっくりと開いた。


「ぎゃああっ! 痛ててててててっ! 痛ててっ! 痛ててててっ! 痛てぇー!」


 もの凄い激痛が足全体を襲う。謝罪したのに理不尽だ。


「痛いか! それは俺の心の痛みだ! くっすーにお呼ばれされなかった可哀想な俺のな! だがな、くっすーをこうしている俺も痛いんだ。人を殴ったら、殴った方の拳も痛いだろ? それと同じだ」


「いやこれはその例えとは違うだろ……痛いのは俺だけだ……んぎゃー!」


「ファイトだくっすー! 耐えろ! この痛みに耐えるんだ! 耐えた先に新たなくっすーが誕生する。新世界への扉が開くぞ!」


 足を開いたり緩めたりを繰り返し、まさに拷問のような時間。おまけによくわからない戦いが始まる始末。痛みの先の新世界ってマゾヒストか! 究極のドMの誕生か! そんな開発されてたまるか!


 ヒュッ。


 俺の目の前を何か小さい物が通過した。速いうえにサイズが小さかった為、何が飛んできたのかは分からない。だが、少し離れた所から――


「うわっ、おしい」


「じゃあ次俺の番な」


「外せぇ~外せぇ~」


 という会話が聞こえてくる。何か標的にされてない? 見えないせいで全く状況が分からない。太一もおそらく気付いていないだろう。俺が太一からの変な戦いに挑戦させられている裏側で、別の戦いに俺が巻き込まれている。俺氏大人気。


 頭上の方から何かが壁に当たる音だけは聞こえるのだが、一体何が投げられているのだろうか。


「おふっ!」


 突然、太一が呻き声を上げた。同時に足元の方から男達の盛り上がる歓声が聞こえてきた。


「よっしゃー! 俺の勝ち! じゃあジュース二本ずつな」


「くそー! あともう少しで楠川の股間に当たってたのになぁ~おしかったぁ。やっぱり上投げの方が良かったか」


「見事にど真ん中だったな。綺麗に古賀のに当たってたぞ」


「悪いな君たち。さぁ俺にジュース二本ずつ奢りたまえ」


 怯んだ太一から解放された俺は、教室を出て行く三人を見送る。音がした壁の方を見ると、チョークが何本か散乱していた。中には壁に当たった衝撃で、ポッキリと折れてしまっているものもあった。どうやら、俺と太一の股間がジュースを賭けた戦いの的にされていたようだ。


 だが、見事俺のではなく太一のに当てたあの三人組の内の誰か。ナイスコントロール! きみは将来、ドラフト会議で一位指名を受ける優秀なピッチャーになれるだろう。ありがとう。


 俺は三人が出ていった方の出入り口に向けて敬礼をした。股間を押さえている太一は因果応報である。


 つか俺の身体、死に繋がるようなダメージだけじゃなくて、全ての痛みに強く欲しいんだけど。中途半端なダメージは通るのがめちゃくちゃ厄介である。中村さんの踵落とし然り、太一の吊り天井固め然り。もう無敵の身体にしてくれ。



 股間にダメージを受けた太一を放置し、男子トイレへとやってきた俺は早速、誕生日会への参加の旨を伝える為携帯を取り出す。返事は朝倉さんもしくは中村さんにするように言われているが、もちろん返事をする相手は朝倉さんである。文章のやり取りでも十分な用件なのだが、やはり声が聴きたい。


 何回かの呼び出し音の後に電話が繋がった。


『もしもし朝倉さん? 今大丈夫?』


『うん、大丈夫だよ。あ、もしかして誕生日会の返事かな?』


『そう。さっき太一に話して太一も参加するって言ってたから、誕生日会には参加の方向でお願い』


『了解。和美にも伝えとくね』


『ちなみになんだけど、二人はどんなプレゼント買ったの? プレゼントが被ったらいけないからちょっと参考程度に教えてもらえたらありがたいんだけど』


 まぁ男へのプレゼントは、女の子へのプレゼント程気を遣うことはないので、正直被る確率は低いと思う。とはいえあまりにも変なプレゼントを贈るのもよろしくはないと思うので、二人が買ったプレゼントを参考に無難な品を選ぶとしよう。


『私はサコッシュっていう肩から掛けるバッグで、和美はスポーツタオルを買ったよ』


『バッグとタオルか……じゃあ俺と太一はそれ以外のプレゼントを探してみるよ。ありがとう』


『いえいえ。じゃあまたね』


 そして通話が終了した。時間にして一分程。その短い通話だけでも嬉しく思ってしまう。それに加えて、またねという一言。そのただの言葉にどうしてここまで心が弾んでしまうのだろうか。同じ言葉でも言われる相手次第でこうも変わるのか。そりゃあ好きな相手だから当然といえば当然である。


 見た目は高校生だが、中身は三十歳のおっさん。


「それでもこのぐらいのことで幸せな気持ちになるんだから、俺はやっぱどうしようもなく単純だわ。あの時は素直になれなくて悪かったな、朝倉さん」


 自分の言葉につい鼻で笑ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る