第26話 美女二人と初喫茶店



 中村さんから貰ったチャンスを全く活かせず呆然と立ち尽くす。


 俺はこの一時間何をしていたんだ……歩いてトイレに行って歩いただけ。こんな結果を中村さんが知ったら何をやっているんだと馬鹿にされてしまう。


「あんた何やってんの?」


 ほら、そんなことを考えるからとうとう幻聴まで聞こえてきた。


 死んだ魚のような目で携帯の画面を見つめているとポンポンと肩を叩かれた。そんな瀕死の状態のまま首をぐるりと九十度回転させる。


「ねぇ、何で外にいるのよ? 莉奈と話するんじゃなかったの? って、目怖っ!」


 幻聴ではなく本物の中村さんが立っていた。


 ショート丈の白のブラウスに、花柄の膝上丈のスカートという清潔感溢れる服装をしている。


「……そのつもりで来たけど入れなかった」


「なんでよ。席が満席とか?」


 中村さんが入り口に近づき自動ドアが開く。そして店内の様子を確認してこちらに戻ってくる。


「人は多いけど全然空いてるじゃない。莉奈の横の席と、正面の席も空いてるし。何で入らなかったのよ?」


「恥ずかしくて……入れなかった」


「…………」


 俺の言葉にポカーンと口を開いたまま固まる中村さん。間違いなく呆れて言葉が出ないといった感じなのだろう。


「く、ふふふ、くふふふふ」


 何やら中村さんは肩を震わせていた。と、次の瞬間――


「あっはははははは。なにそれ、意味わかんない! 普通に入ればいいじゃん。あんた、あたしたちの高校には一人で来れるくせに、喫茶店には一人で入れないの? 恥ずかしさの基準どうなってんのよ。おっかしー」


 突然、腹を抱えて笑い出した。ゲラゲラと笑う中村さん。普通に入ればいいってそれができたら苦労してないんだが……あれ? 俺がおかしいのだろうか? というか笑い過ぎだ。自分がなんだか惨めに思えて恥ずかしくなってきたぞ。


「そんなに笑う事ないだろ。入ろうとしたら何故か恥ずかしくなるんだよ」


「何が恥ずかしいのよ。一人で入ることが恥ずかしいって思ってるの? なら一人で待ってる莉奈は恥ずかしい人ってことになるじゃない」


 そう言われると確かにと納得してしまった。俺が勝手に一人と恥ずかしいをイコールで考えてしまっていた。喫茶店は男一人で入るようなお店ではないと勝手に決めつけていたのだ。もし、朝倉さんをそういう目で見てる人がいたら、もちろん許さないがな。


「全く……変な固定概念を持ったせいで、せっかくあたしがあげたチャンスを無駄にするなんて」


「別にいいよ……自分で何とかするよ……」


 唇を尖らせ不貞腐れる俺。うん、俺がやると全然可愛くないな。


「はぁ……ほら、いじけてないで入るわよ」


「えっ? でも一時間の約束じゃあ……」


「なんかあんた見てると可哀想になってきたわ……必死なんだろけど空回ってるというかなんというか」


 憐れまれてしまった。


 中村さんからのお情けをもらい二人で店内へと入る。二人だとすんなり入れるこの不思議。そして俺の人生で初めての喫茶店デビューである。よく分からないが大人の階段を一歩上がったような気分になった。そんな大層なイベントではないけども。


 席に行く前に飲み物を注文する。メニュー表を見てその種類の多さに愕然とした。


 やべっ……何の飲み物がいいのかわからん。横文字が多いし、長いし、聞いたことのある飲み物が指の数もないかもしれない。一応小さく飲み物の写真がプリントされてはいるけど、写真を見ただけでは美味しいのか全然わからん……俺コーヒーは缶コーヒーしか飲んだことないんだよな。しかもサイズがSMLじゃないの? ショートは分かる。トールの上のグランデって何? 必殺技ですか? 大きさはどのぐらいなの? つか、あんまりここで時間をかけるのも嫌だなぁ。などと思っていると――


「アイスコーヒーのショートで」


 緊張してしまい迷った挙句に冒険心もなにもない一番無難なメニューに落ち着いてしまった。これが普段入らないお店に入った男の末路である。


 一方、中村さんはというと――


「ハニーミルクラテのトールで」


 名前を聞いただけでも甘さが伝わってきそうな飲み物を注文していた。


 飲み物を受け取り朝倉さんの待つ席へと向かう。


「ごめん、莉奈。かなり待たせたね」


「んーん、全然大丈夫だよ。家の用事なら仕方ないし」


 朝倉さんは白のワンピースの上にデニムジャケットを羽織り、カジュアルな服装をしていた。あー最高に可愛いよぉ。


「それでさ、さっきこいつと出会ったから連れて来ちゃった」


「あ、キミは……えっと。そういえば私、キミの名前知らないね」


「名前言ってなかったっけ? えっと、楠川修。まぁ好きなように呼んでくれて構わない。あと中村さんもこいつじゃなくて、いい加減名前で呼んでくれよ」


 朝倉さんに名前を知らないと言われ、身体に短剣が何本も刺さったようなショックを受けながらも自己紹介をする。


「えーわかったわよ……仕方ないわね。じゃあ楠川って呼んであげるわ」


「じゃあ私は楠川君って呼ぶね」


 久しぶりの朝倉さんからの楠川くん呼びに、先程負った心の傷が癒えていく。これだよこれ、懐かしい響きだ。

 

 そのまま俺は朝倉さんの正面に迷いなく着席。中村さんは朝倉さんの横に座った。ここでふと思ったが、改めて見ると凄い構図である。俺の正面に最愛の女の子の朝倉さん、隣にはよく見ればなかなかの美少女の中村さん。そんな女の子二人と俺は今喫茶店にいる。女の子と一対一はあっても二対一は初めての経験だ。


「ねぇ聞いてよ莉奈、楠川ってば喫茶店に一人で入るのが恥ずかしいって言って一時間も外にいたらしいの。それ聞いて、あたしもうおっかしくって」


「えーそうなの? 普通に入って来たら良かったのに。私も一人だったから話し相手が欲しかったし」


「マジか……」


 勇気を出して入れば良かったと後悔して、本気で落胆する俺の足に中村さんがつま先で小突いてくる。表情を見ると口パクでバーカバーカと言っているようだった。


「そういえば楠川君、この前和美から踵落としされてあれから大丈夫だった?」


「あぁうん。額にコブができたけどもう治ったよ」


 前髪を上げ、朝倉さんに額を見せる。


「ねぇ楠川。もう一回同じ条件で勝負してあげようか?」


「いや、いいよ。痛いの分かってるし……あれマジでめちゃくちゃ痛かったからな」


「莉奈がもう一度膝枕してくれるかもよ?」


 中村さんの言葉に、俺の黒目が眩い殺人光線を放つのではないかと思わせる程に鋭く、そして大きく見開かれる。


「やろうか。どこからでもかかってきな」


 俺は足を組み、右手を額に当ててちょっとカッコつけたポージングをとる。あの天国の時間を再び味わえるのなら、何発でも受けてやるぜ!


「膝枕しないから。てゆうか楠川君も本気にしないの」


 少し照れ気味で朝倉さんが言う。くふぅ……してくれないのか……。


「でも莉奈が男に膝枕したの初めてじゃない?」


「言われてみれば確かにそうかも」


「凄いじゃん楠川。あんた莉奈にアプローチして散っていった奴らに自慢できるよ」


 なん……だと……。俺が朝倉さんの膝枕第一号だと……。ふっふっふ、はーっはっはっはっはっはっ! 聞いたか世の男共よ! やはり俺は朝倉さんと結ばれる運命。他の男達よりも一歩どころか十歩リードしている。なんて優越感!


 俺は気分最高潮のまま手元のアイスコーヒーに口をつけた。うむ、今の俺には無糖のコーヒーですら甘く感じるな。


「そうかな? まぁ確かに最高の膝枕だったよ。一家に一人欲しいくらいだ」


「ちょ、楠川君変な事言わないでよ。もう」


 もはや有頂天。鼻がぐんぐん伸びているような錯覚に陥るほどの上機嫌。苦いコーヒーも進む進む。


「それはそうと莉奈、今日せっかく予定合わせて来たからさ、ついでに来月のあいつの誕生日プレゼント買っとく?」


「あ、そうだね。せっかくだし」


「誰か誕生日なのか? 友達?」


「えっとね、莉奈の彼氏の誕生日」


 調子に乗った天罰が下った。

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