第25話 チャンス到来



「はい、これ五千六百円」


「どうも」


 お姉さんを送るのに掛かった費用を返金して貰う。


 外はすっかり日が落ち、綺麗な夜空が広がっていた。今から頑張って走れば電車には間に合うだろう。


「お姉ちゃんのことホントありがとね。あんたのこと変態ストーカークソ野郎と思ってたけど少し見直したわ」


 酷い言われようである。まぁ確かに大して親しくもない男が自分の高校に何度も訪れて、朝倉さんや中村さんに用事があるなんて言ったらそう思われても仕方ないだろう。


「そうか。好感度が上がって何よりだよ」


「いや好感度は上がってないから。見直したってだけよ」


「じゃあ俺の今の評価教えてくれよ」


「そうね。変態ストーカー野郎に昇格したわ」


「全く見直されてない!」


「クソが外れたじゃない。それはあたしの中では物凄い進歩なのよ?」


「クソ野郎でワンセットだと思います」


 意味合い的に変態ストーカークソ野郎と変態ストーカー野郎の一体どこに違いがあるというのか。というか俺は別に変態じゃないし。……変態じゃないよね?


『呼んだか?』


『呼んでない。出てくるな』


『貴様が変態か変態じゃないか……貴様は変態だよ』


『はっはっは、何を根拠に? まだ俺が変態扱いされるようなイベントは発生してないぞ』


 俺の指摘に自称俺の中の黒い変態は不敵に笑った。


『見えねぇかな~スカートの中見えねぇかなぁ~。もうちょっと高く飛んでくれたらなぁ~。これは誰の感想だろうな?』


『――っ!?』


『朝倉さんの膝枕最高だなぁ~このまま反対向いちゃおうかなぁ~。いやうつ伏せになりたいなぁ~。とも考えてたよね』


『――っ!?!?』


 ここで自称俺の中の白い変態、参戦。


 当たり前のことだが俺が思ったことはこいつらには筒抜けなのだ。変に抵抗したところで意味はなかった。


『こ、これは変態とかではなく男なら健全な証拠――』


『さて、貴様は何だ?』


『キミは何だい?』


「中村さん、俺の評価は今はまだ変態ストーカー野郎でいいわ」


「何よ急に。そう言ってるじゃない」


 ……自分で言ってて何と悲しい肩書きだろうか。全てが払拭されるのはまだまだ時間がかかりそうである。


「ところでさ、あんた莉奈とそんなに友達になりたいわけ? 今日のあの勝負もさ、あたしに勝ったら莉奈と友達になれるよう仲を取り持ってくれって頼むつもりだったんじゃないの?」


「ま、まぁ……そんな感じかな」


 実のところは全く違うお願いをするつもりだったが、とりあえず話を合わせる。


「言っとくけど莉奈は人気あるから競争率高いわよ? 中学の時も凄くモテてたし。高校に入ってからもさっそく莉奈を狙ってる人いるみたいだしね」


「俺はとにかく今は仲良くなりたいだけなんだよ。それ以上は望んでない」


 夏休みまでに仲良くならなければという時間制限つきの状況で、恋人同士になりたいという事まで考えている余裕はない。夏休みにあの男達との遭遇を阻止できなければ、朝倉さんはまた辛い目に遭ってしまう。


 俺の言葉に「ふーん」と短く反応する中村さん。そして、


「そこまで言うなら本当は嫌だけどあんたにチャンスをあげるわ」


 そう俺に告げてきた。


「チャンス?」


「そ。お姉ちゃんの件のお礼がうどん一杯ってのもなんか悪いし、莉奈と仲良くなるチャンスをあげるわよ」


「マジで!?」


「あくまでもあたしは、きっかけとなる状況を提供するだけ。そこから仲良くなれるかはあんたの頑張り次第よ」


 これは願ってもない展開だ。正直、今の俺はそれこそストーカーのように清風高校に足繁く通うことしか手段がなかった。家にある朝倉さんの連絡先を書いた紙も宝の持ち腐れ状態であった。


「それで? そのチャンスってのは?」


「次の休みの日、あたしが莉奈を喫茶店に誘ってあげるわ。あたしが来るまでの時間を使って莉奈に話しかけてみなさい」


「なるほど。それで朝倉さんと話ができる時間はどのぐらいの猶予があるんだ?」


「どのぐらい欲しいの?」


「十二時間」


「蹴るわよ。喫茶店閉まっちゃうでしょうが。そもそも十二時間も喫茶店に居ないでしょ普通」


 どのぐらい欲しいかと聞かれたから正直に答えたのに……。むしろ十二時間でも不安だ。


「一時間あげるわ」


「えーたったの一時間?」


「十分な時間でしょ。だいたいあたしから誘うのに一時間も遅れてくるなんて問題じゃない。一応、家の用事とは言うつもりだけど」


「わかったよ。その一時間で何とかしてみせるさ」


「まぁぜいぜい頑張んなさい」


 中村さんから喫茶店の場所と待ち合わせ時間を聞いた後、俺は帰路についた。




 迎えた休日。俺は中村さんから教えてもらった喫茶店の前に居た。


 時刻は十一時十分。とあるショッピングモールの本屋の中に併設された喫茶店。とっくに開店された喫茶店は休日ということもあり、利用客がかなり多い。


 中村さんは十一時に朝倉さんと待ち合わせすると言っていたので、朝倉さんはもう店内に居るはずだ。話ができる時間も一時間切っているのだ。急いで中に入らなくては。


 だが、ここでまさかの問題に直面していた。喫茶店に入れない、というより一人で入る勇気がない。入り口までは近づけるのだがそこからもう一歩が進めない。入り口は本屋側からと外からの二カ所あるのだが、どちらから入ろうにも何故か恥ずかしくて入れない。


 チェーン店でも一人で入りやすいお店と入りにくいお店がある。この喫茶店は間違いなく後者なのだ。というかこれまでの人生で喫茶店というものに入ったことがない。気になったりしたことはある。だが、そこから入ろうという行動に移行しない。男一人で入ることに抵抗があるのだ。


「こんなことなら太一を誘えば良かった」


 後悔してももう遅い。今から太一を誘ったところで太一が到着する頃にはタイムアップである。


 何をやっているんだ俺は。朝倉さんの人生がかかっているというのに、たかだか喫茶店に入る程度のことで尻込みしている場合ではないだろ。


「ふぅー……まずは入ろう。まずは店内に入れば俺の勝ちだ。行くぞ」


 よく分からない勝利条件を口にし、気合を入れてから入り口へと向かった。俺が近づき自動ドアが開く。と同時に俺は入り口を直角に曲がり、見事なスル―を決めた。

そしてそのまま公衆トイレへと向かって行った。


 特に用が足したいわけでもないのに、あえて便座の方に入り座る。


「ヤバい……入れない。どうしよう……」


 この恥ずかしいという感情は一体なんなのか。喫茶店に入る人全員が全員、複数人で利用するというわけではない筈だ。男の子でも女の子でも一人で入る人はいる。その人達と俺は何が違うのか。いや、条件は何も違わない。勇気、ただそれだけである。


 再び時刻を確認すると十一時三十分。焦っている時の時間が進む体感時間の速さといったらビックリする程早い。


「もう三十分しかないじゃないか……」


 三十分でどう仲良くなれと? でも全く話をしないよりはマシな時間ではある。


「便座に座ってる場合じゃない。早く入らないと」


 公衆トイレを後にし、再びお店の入り口の前へ。


「本屋側から入ってみるか」


 作戦を変更し、一旦本屋に入りそこからの入店を試みる。外からでは店内の様子ははっきりと見えないが、本屋側からであればオープンとなっている。朝倉さんの存在もばっちり確認することができた。


 テーブル席の八脚置いてある椅子の内の一つに腰かけ携帯を操作している。


 朝倉さんを視認したことで余計に緊張の度合いが上がってしまった。店内に入るだけでも難易度が高いのに、そこからどういう流れで朝倉さんに話しかければいいのか。そう考えただけで足が竦む。朝倉さんがこっちに気付いて手でも振ってくれればワンチャン入りやすいかもしれない。しかし、携帯をずっと操作しているので俺の存在には気付かないかもしれない。


「どうしよう……どうしよう……どうしよう……どうしよう」


 焦りと緊張からプチパニックを起こしてしまう。手汗がヤバい、足の裏にも汗が滲んでいるような気がする。頭をボリボリと掻く手も忙しなく動く。


 もはや結果は同じなのだが、再び外の方へと移動する。


 「ふぅー……」


 かれこれ何回目の溜息だろうか。深呼吸すれば一時的に緊張はほぐれるがお店を目の前にすると、それも無駄に終わる。


 何もしていないのに既に疲労困憊。俺は死んだ魚のような目で時刻を確認した。


 時刻は十二時を迎えていた。

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