第24話 新たな一面
「くそーマジでコブができてる……でも朝倉さんに膝枕をしてもらえたのは思わぬ幸運だったなぁ~めっちゃ柔らかかったし」
顔面左半分の幸福感の余韻に浸りながら、駅に向かう途中に見かけたドラッグストアへ立ち寄った。コブができた箇所を冷却する為である。後頭部は痛みだけで特にコブができた感じはないが、額の右側が触った感じ少しだけぷくっと膨れていた。
不死の力。死を招く場面や即死級のダメージには絶対的な効果を発揮するというのに、中途半端な威力の攻撃には何の効果もない。何とも使い勝手の悪い力である。だが、常時いかなる攻撃への耐性が備わっていたら、それはそれで人間離れしてしまっている。不死も十分人間離れしてはいるが、発動条件が限られている為俺という存在はまぁ限りなく普通の人間と変わらない。
「さてさて冷却シートはどこにあるのかね~」
店内は仕事帰りの人や主婦といった買い物客でそこそこに混雑していた。
薬関連の商品が置いてある通路に足を運ぶ。
「あら……楠川くん……?」
突然、横から声を掛けられ視線をやると、中村さんのお姉さんが居た。膝上ぐらいの長さの紺色のスカートに、同じく紺色のベスト。その下には白い半袖のシャツを着て襟の所には黒いリボンが付いていた。服装からして会社の事務員さんの様な格好をしている。うん、色気が半端ないな。
「あ、中村さんのお姉さんじゃないですか。お久しぶりです」
「こんにちは……この前はありがとね。ごほ……今学校の帰りなの?」
「え、えぇまぁ。お姉さんも今仕事帰りですか?」
「そうよ……ごほっごほっ」
俺は学校は仮病でサボったのだが、正直に言えるわけもなく曖昧な返事で誤魔化した。お姉さんは仕事の帰りのようだが、どうも身体の調子が悪そうである。咳をしているというのもあるが、表情がかなりお疲れのように感じる。俺も仕事をしていたから、身体が疲れている時の表情は分かるつもりだ。
「お姉さん、風邪引いてるんですか?」
「えぇ……少しね。でもこのくらい大丈夫よ」
お姉さんの持っている買い物カゴの中には飲み物とうどんが三袋、ネギにかまぼこが入っていた。
「そうですか。無理しないように気をつけて下さいね」
「ありがとう……じゃあまたね、楠川くん」
ここで長い立ち話になってもいけないので、俺は会話をすぐに終わらせた。とりあえずお目当ての冷却シートはあったので、後はついでに何か飲み物でも買うことにした。中村さんのお姉さんは市販の風邪薬をカゴに入れレジの方へ歩いて行った。その際にも咳が出ているようだった。
少し心配になりながらも、俺は適当に取った炭酸飲料と冷却シートを持ってレジに向かい支払いを済ませる。そして、店を出た所でふと駐車場の方を見ると、中村さんのお姉さんが軽の黒いボックスカーのドアの前で蹲っている姿を発見した。
「お姉さん!? 大丈夫ですか!?」
すぐさまお姉さんの傍に駆け寄った。
「ええ……ちょっとめまいがしただけだから……はぁはぁ……でも、大丈夫だから……」
そう言って立ち上がろうとするお姉さんは明らかに大丈夫そうではなかった。もしかしたら咳だけでなく、熱もあるのかもしれない。
「全然大丈夫に見えないですよ。もしかしてそんな体調で車を運転して帰るつもりですか?」
「家まで遠く……ないから……ごほっ」
「いやいや、それで事故でもしたらどうするんですか」
「ごほっごほっ……でも早く帰らないと……二人が待ってる……ごほっ」
「とりあえず立てますか? さすがにその身体じゃ危険すぎます。一旦助手席で横になって下さい」
俺はお姉さんを支えながら立ち上がり、助手席の方へ誘導した。万が一運転席に乗せて無理にでも帰ろうとされても困る。
助手席の椅子を倒し、お姉さんを横にする。この状況で最善の手はお姉さんのご主人に迎えに来てもらう事であろう。
「あの、しんどいところすみませんが、ご主人さんと連絡取れたりします?」
「ごめんなさい……私シングルマザーなの……」
「あ……なんかすいません……」
最善の手が散った。それどころか、触れてはいけない部分の情報を得てしまった。というか、普通にご主人と連絡が取れるなら体調が悪いと感じた時に早々に連絡をして迎えに来てもらっている筈だ。まぁ今急に悪化したのかもしれないが、とはいえ少し無神経であった。
次の案として俺が運転しても良いのだが年齢的にアウトである。技術的には全然運転できるのだが、万が一警察に見つかって止められでもしたらお姉さんに迷惑をかけてしまう。
「となると、あれしかないか」
俺は携帯で運転代行サービスに電話をかけた。
「五千六百円になります」
運転代行サービスを使いお姉さんの家へ到着した。家の住所はお姉さんの免許証を借りた。
支払いを終えた俺はお姉さんを助手席から起こし、そのまま背中に担いだ。
女の人を背中に担ぐのは朝倉さん以来である。あの時は気にする余裕はなかったが、今俺の背中にお姉さんの立派な物が当たっている感触のせいで煩悩に支配されそうになっている。こんな時はあれの出番だ。思考を別の事にシフトする。
太一の半ケツ。もうだいぶ薄れてしまった記憶だが、言葉を頭に思い浮かべるだけでも十分に効果がある。最強のクールダウンワードだ。
「お姉さん、部屋はどこですか?」
「一〇二号室……楠川くん、ごめんなさいね。迷惑……かけちゃったね……」
「全然良いですよ。あのまま見て見ぬふりはできませんし」
一〇二号の玄関をノックする。
家は木造二階建てのアパートでそこそこ年季の入った外観をしていた。お世辞にも綺麗とは言えない。
ノックしてからしばらくして玄関のドアが開いた。
「はーい。どちら様で――って……はぁ!? ちょっ、なんであんたがウチの前にいるわけ!」
「とりあえず事情はお姉さんを横にしてからだ」
「えっ! お姉ちゃん! どうしたのよ!」
俺に担がれているお姉さんの姿を見て、中村さんが驚きの声を上げた。
「熱があるんだ。早く休ませてあげないと」
「わかった、とりあえず入りなさい」
俺はお姉さんを担いだまま家の中に入る。中村さんは急いで奥の畳の部屋に布団を敷き、その上にお姉さんを横にした。俺は自分が買った冷却シートをお姉さんの額に貼り、中村さんはお姉さんの脇に体温計を挟む。穂花ちゃんが心配そうな表情でママを見つめていた。
「三十八度六分……けっこう高いわね。もう、無理はするなって言ったのに」
「お姉さん、うどん買ってたぞ。俺が作ろうか?」
「あたしがやるわ。あんたは少し休んでなさいよ。大変だったでしょ? なんか迷惑かけたわね」
中村さんはキッチンに立つとガスコンロに鍋を置きうどんを作り始めた。
「お姉さんも言ってたけど別に迷惑だなんて思ってないよ。気にすんな。むしろドラッグストアに寄って良かったと思ってるよ。このコブのおかげでな」
「そ、それはあんたがあんな勝負を持ちかけたからできたコブでしょ。あたしのせいじゃないわ」
俺が悪戯っぽくコブを擦りながら言うと、むぅーとした表情で答える中村さん。
「冗談だよ。しっかし耐えれる自信あったんだけどなぁ」
「あんな瞬殺されといて、どっからそんな自信が湧いてたのよ?」
「秘策があったんだよ秘策が」
「なによ秘策って?」
「秘策だから秘密だ」
「なによそれ、別にどうでもいいけど。よしできた。穂花、お姉ちゃんにうどんとお水持っていってくれる?」
「はーい」
てててっと中村さんの所に走ってくる穂花ちゃん。お盆に載ったうどんと水を受け取ると、慎重に奥のママが寝ている部屋に運ぶ姿がとても愛らしい。
「ママぁー、うどんできたよ。たべれる?」
「ありがと……穂花。今起きるからね」
そんな二人のやり取りを見て、気分がほっこりした。
「はい、あんたの分」
「えっ?」
中村さんが俺の前にうどんを置いた。そして中村さんの分と穂花ちゃんの分も並べる。
「穂花、おいで。うどん冷めるわよ」
「はーい」
「えっと……中村さん? これは?」
「うどんだけど」
「それは見たら分かるけど、何で俺に?」
「お姉ちゃんを送ってもらって、それでありがとさよならは失礼でしょ? 一応お礼よ。三人分を四人で分けたからあんたには足りないかもしれないけど」
ホント全然気にしなくていいのだが……むしろ三人分を四人で分けて一人あたりの量が減っているのが返って申し訳なく思う。でもせっかく作ってくれたので頂くことにする。
なんだか最初の出会いから今日までのイメージで、中村さんは俺に冷たい暴力女だと思っていたが、もしかして普通に良い人なのだろうか?
「そういえば、お姉ちゃんをどうやって家まで運んできたのよ?」
「運転代行サービスを使った。だから車もちゃんと家に届いてるよ」
「へーけっこう距離があったでしょ? いくら掛かったの?」
「五千六百円」
「あたしが作ったうどん一本千円ね」
汁を吹き出しそうになった。
「冗談に決まってるでしょ。本気にするなっての」
そう言ってケラケラと笑う中村さん。その様子にさっきまで手加減したとはいえ躊躇いなく俺に踵落としをお見舞いし、朝倉さんの膝枕を邪魔してきた中村さんと今の中村さんが本当に同一人物なのだろうかと不思議に思う俺だった。
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