第23話 中村和美 ②



 朝倉さんに間接的にフラれてから数日が経過した。その間、俺はある考えに至った。最初の予定では朝倉さんを見つけてから、アプローチを仕掛け仲良くなる。そして夏休みを迎える頃には一緒に遊びに行くぐらいの関係になっているというシナリオだった。


 だが、事情が変わってしまった。朝倉さんと仲良くなる前に、優先すべき人物が現れてしまった。朝倉さんの友達、もといボディーガード、もとい大敵である和美。苗字は知らない。


 和美の俺に対する評価は春休みの初見で、マイナススタートとなった。春休み明けの入学式の日に清風高校で再会し、そこでの出来事で更にマイナスになってしまった。きっと警戒心は尋常ではないだろう。初見が警戒レベル十とするなら今は警戒レベル百ぐらいになっているはずだ。これはおそらく俺の姿を視界に捉えた瞬間、問答無用で命を狩りにくると言っても過言ではない。


 だが、その和美からの評価をマイナスからプラスに持っていくことができれば、朝倉さんと仲良くなるのは容易くなる。そう結論づけた。


 よって俺は今、再び清風高校の近くまで足を運んでいた。ちなみに学校は仮病を使って休んだ。


 腕を組み、まるで対戦相手を待つ武道家のように待機する。そして校舎から出てくる生徒一人一人を物陰から注視する。しばらくして、お目当ての和美とその隣に朝倉さんが並んで出てきた。すかさず俺は二人の前に立ち塞がる。


「また会ったな」


「げっ! あんた! なに性懲りもなくあたしたちの前に現れてるのよ! 莉奈に二度と近づくなって忠告したはずよ」


 朝倉さんを守るように左腕を伸ばす和美。それは本来、俺のポジションであり役目なのに! 悔しいよぉ!


 心の中で悲痛な叫びをあげながらも、平静を装い話を続ける。


「今日用があるのはお前だ、和美」


「はぁ? あたしはあんたに用はないんだけど。てゆうか、何しれっとあたしの名前を呼び捨てにしてんのよ」


「だって苗字知らないし。じゃあ名前で呼ばないから苗字を教えてくれよ」


「あんたに苗字を教えるわけないでしょ。家を調べられたら堪ったもんじゃないわ」


「調べるわけないだろ! つか苗字を教えてくれないんじゃあ名前で呼ぶしかないな」


「ぐっ! ……中村よ」


 明らかに不機嫌な表情で苗字を教えてくれた。


「じゃあ中村さん、俺と勝負しようじゃないか。俺が勝ったら何でも一つ言うことを聞いてくれ。もし俺が負けたら中村さんのお願いを何でも一つ聞いてやる」


「なにそれくだらない。そんな遊びに付き合ってる程暇じゃないの。行こう莉奈」


「う、うん」


「怖いのか? 負けるのが」


 俺の横を通り過ぎようとした中村さんに向けて挑発を仕掛ける。


「なんですって?」


「中村さんは随分と自分の蹴りに自信があるみたいじゃないか。だから、もう一度俺に踵落としをして俺が痛いと言えば朝倉さんの勝ち。我慢ができれば俺の勝ち。どうだ? 中村さんには悪い条件ではない勝負だと思わないか?」


「へぇ~」


 俺の提案に不敵な笑みを浮かべる中村さん。


「悪くないわね。丁度リベンジしたいと思ってはいたわ。あんたもこんな勝負を持ち出すってことは余程忍耐力に自信があるのかしらね」


「その反応は承諾ってことでいいのか?」


「えぇ良いわ」


「ちょっと和美、そんな勝負なんて受けて相手にもしものことがあったらどうするのよ。それにキミも、大怪我でもしたらどうするの?」


 俺と中村さんがバチバチと火花を散らしている中、朝倉さんが不安げな表情を浮かべている。


「朝倉さん、心配には及ばないよ。俺なら大丈夫だから」


「その余裕と自信、粉々に砕いてあげるわ」



 俺と中村さん、そして朝倉さんは清風高校のグランドの人気がない場所へと移動した。相変わらず心配そうな朝倉さんを余所に、俺は早速中村さんとの勝負の準備を始める。準備といってもただ単に俺が片膝をつき、踵落としを受ける姿勢をとるだけだが。


「さぁいつでもいいぞ」


「言っとくけど、あんたが仕掛けてきた勝負なんだからね。どんな目に遭ったって知らないわよ」


 右足と左足のつま先を地面にコンコンと交互に打ちつけながら気合いを入れる中村さん。

 

 ふん、まんまと俺の策にはまったな。中村さんの蹴りの威力は既に熟知している。ただの人間が中村さんの踵落としをまともに受ければ、それはそれは大変な事態となってしまう。だが、俺には不死の力がある。事実、中村さんの踵落としを受けた俺は痛みを感じることはなかった。その生命を脅かす威力の攻撃は俺の前では無力同然。


 俺にそんな秘策があることなど露知らず、中村さんは軽くジャンプしたりしてウォーミングアップをする。中村さんがジャンプする度にスカートがヒラヒラと動いているのに気付き、不覚にもドキドキしてしまった。


「それはそうとあんた、下向きなさいよ。あたしスカートなんだから」


「お、おう」


 ついスカートに視線が向いていたのがバレたのかと思い、冷や汗を掻きながら下を向いた。その直後、俺の頭に中村さんの踵落としが炸裂した。ゴンっという鈍い音と共に頭が地面に激突した。その衝撃で二回目の鈍い音を俺の耳が捉えた。


「痛ぇぇぇええええええ!」


 俺はあまりの痛みに足をバタつかせながら地面を転がりまくった。後頭部と額の両方に激しい痛みが走る。


 何で!? めちゃくちゃ痛いんだけど!? あれ? 俺の不死の力は? 中村さんの踵落としは命を奪う程の威力だったはず! つかこれ絶対コブになるやつ!


「ちょっとキミ、大丈夫?」


 朝倉さんが俺の傍に駆け寄り、頭を支えてくれた。そしてそのまま自分の膝に俺の頭をのせた。その瞬間、俺は頭の痛みを全て忘れるほどの幸福感に満たされた。


 これは……まさか……膝枕というやつではありませんか! 朝倉さん、あなたはやはり素晴らしい女の子だ。俺の為に膝枕をしてくれるなんて、この勝負仕掛けて良かった。


「痛いって言ったわね。あたしの勝ちってことで良いのかしら?」


 両手を腰に当てて俺を見下ろしながら中村さんがそう告げてきた。


「この程度の力加減で痛がるってことは、春休みのあれは痩せ我慢でもしてたに違いないわね」


「この程度? まさか手加減したのか?」


 側頭部に朝倉さんの温もりを感じながら尋ねる。


「当たり前じゃない。莉奈が見てる前で本気でやるわけないでしょ」


 なんてこった! 俺の目論見が完全に外れてしまった。てっきり全力でくると思っていたのだ。だからこその余裕、自信。不死の力を過信していた俺の失態。策士策に溺れるとはまさにこのことである。というか中村さん、穂花ちゃんの時は殺る気の本気だったじゃないか。もしかして子供が絡むとヤバイのか?


「さて、あたしが勝ったらお願いを何でも一つ聞くって話だったわよね?」


 くそー、こんな筈ではなかった。もし俺が勝っていれば中村さんに俺が無害の良い人という証明をする為、一日だけ俺に付き合ってほしいというお願いを聞いてもらうつもりだったのに。また、新たな計画を練らないといけないではないか。だがそんなことはもはやどうでもいい。勝敗なんて知ったことではない。今の最優先は朝倉さんの膝枕を堪能すること。


「朝倉さん、後頭部が痛いよぉ」


「ここ?」


「うん」


 俺の後頭部を優しく擦ってくれる朝倉さん。はふー……なんて気持ちが良いんだ。思わず目を閉じてしまった。このまま眠りたい。


「あと、おでこが痛いよぉ」


 バチーンと額を叩かれた。


「痛ぁ!」


「なに気持ちの悪いことやってんのよ」


 痛みで再び地面を転がる俺。ぐぬぬ、痛い場所にピンポイントで当てやがって……せっかくの朝倉さんの膝枕が終了してしまった。


「とりあえず今のあたしは気分が良いから、あんたに聞いてほしいお願いってのは保留にしといてあげるわ。貸しが一つできたわね」


 両腕を組み、ふふんと笑う中村さん。


 俺の策略は不発に終わったが、それと引き換えに何ものにも代え難い短くも幸せな時間を過ごせた俺の表情は恍惚としていた。

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