第21話 九回目のループ



 目を覚ますとそこは知らない天井……ではなく、よく見知った天井だった。枕の横に置いてある携帯で日付を確認する。四月一日。この動作はもはやループするごとのお決まりとなっていた。確認するまでもないことではあるのだが、万が一があってはならない為一応確認はしておく。


 ついでに携帯の写真フォルダも確認してみる。やはり、朝倉さんと一緒に撮った写真は消えていた。これはこれで覚悟はしていた事とはいえ、精神的にくる。


 写真だけではない。朝倉さんからクリスマスイブに貰ったペアの手袋もマフラーも、一足早いバレンタインチョコが入っていたハート型の箱も全てなくなっている。


「……はぁ」


 軽くため息をつくが、落ち込んでる暇も泣いている暇もない。俺にはやらなくてはならない事があるのだ。


 朝倉さんを救うこと。


 今回のループで、朝倉さんが夏休みにあの男達にナンパされてしまうことを阻止しなければならない。その為には一刻も早く朝倉さんを見つけて、仲良くならなければいけないのだ。もうあんな思いは二度とごめんである。


 俺は机からノートを取り出し、忘れる前にある情報を記入していく。


 朝倉さんに関する唯一の情報である、電話番号と通っている高校の名前。これが俺の持っている武器だ。……終わっている。この二つでどうしろと言うのだ。これにせめて家の場所とか朝倉さんの友達、もしくは友達の友達あたりの情報があれば違うのだが。


 しかし、この武器を駆使して何とかするしかないのだ。とりあえず今はまだ春休みの途中なので、学校が始まるまで日にちはある。


「まずは朝倉さんが住んでる地域に行ってみるか」


 俺は身支度を済ませ家から出ると駅に向かって歩き出した。朝倉さんの捜索の開始である。




 電車に揺られること数十分、目的の場所へ到着した。


 俺が最後に訪れたのがこの九回目の世界基準で言うなら、来年の六月である。なので、一年後ということもあって俺が訪れた時にコンビニがあった場所が空き地になっていたり、オープンしたばかりのスーパーが建っていたり、俺が来た時に潰れていたお店が潰れていなかったりと、景色に多少変化が見られる。


 さて、とりあえず来てみたは良いが、これからどうすればいいのか。


「闇雲に探したってそう簡単には見つからないだろうな。というか今現在、本当にこの場所にいるのかも怪しい」


 朝倉さんだって春休み中なのだ。もしかしたら、どこか遠くへ遊びに行っているかもしれない。清風高校に行くにしても春休み明けとなる。偶然ばったり出くわす展開になってくれでもしたらそれが一番話が早いのだが。


「太一は何か知ってるかな。でも太一は知り合いから写真を送ってもらって知ったみたいな感じだった気がするし……んーまぁダメ元で聞いてみるか」


 俺は携帯を取り出して太一の番号に電話をかける。


『もしもし、太一? 俺だけど』


『よう、くっすー。どうした?』


『太一にちょっと聞きたい事があってさ。朝倉莉奈って人知ってる?』


『朝倉莉奈? いや知らねぇな。芸能人の名前か?』


『あー知らないなら良いんだ。悪いな』


『え? なんだよくっ――』


 通話を切り、携帯をポケットにしまう。まぁ予想通りの反応だ。


 あれだけ莉奈ちゃん、莉奈ちゃん言ってた太一が朝倉さんを知らないと言ったことに、少しだけ胸が痛んだ。


「今日は一日中歩き回って探すだけで終わりそうだなぁ〜どうしたものか」


 両腕を組んで考え事をしながら歩いていると、足に何かがぶつかった。


 足元を見ると小さな女の子が尻もちをついており、その横には買い物袋が落ちていた。袋から玉ねぎや胡瓜が飛び出し、胡瓜の方は女の子が尻もちをついた時に袋の上からお尻で踏んでしまったのだろう。半分に折れてしまっていた。


「あ……きゅうり……お姉ちゃんとママに……たのまれてた……のに…うっ、ぐすっ」


 ひえー!? やってしまった!? こんな小さな子供を泣かしてしまったら、周囲から白い目で見られてしまう。 


「お、お嬢ちゃん! ごめんよ! 胡瓜ならお兄ちゃんが新しいの買ってくるから」


「……うぅ……うぇええ……」


「あわわわ、泣かないで。ね?」


「ウチの穂花ほのかに……何してんのこのゴミカス野郎!!」


 背後から何やら物騒な叫び声をあげる女の人の声が聞こえてきた。


「ん?」


 声のした方を振り向くと女の子が驚きの表情を浮かべて立っていた。肩より少し長い黒い髪を後ろで一つ結びにし、前髪は七三分け、毛先を遊ばせた髪型。顔立ちもかなり整っている。右手に買い物袋を提げていた。


 そんなことよりも俺の頭に女の子の伸ばされた足がのっかっているのが非常に気になった。なにこれ?


「ちょっ!? 何であたしの踵落としを喰らってピンピンしてるのコイツ」


「踵落とし? あーこれ、今俺に踵落とししたのか。だから頭に足がのっかってるのか。なるほど」


「んなっ!? ふっ、ふふ……そう……あたしの踵落としは当たっても気づかない程度の……蚊が刺した程度の威力しかないと……そう言いたいわけね」


 女の子の切れ長の目がギロリと俺を睨んでくる。


 痛みがなかったから全然気づかなかった。あれ? というか痛みがないってことは、不死の力が発動したってことで……えー!? この人、俺を殺る気で踵落とししてきたってこと!? 普通なら昇天してるじゃないか! なんて危ない女の子なんだ……おっかねー……。というかこの子のお姉ちゃんなのか?


「穂花を泣かせてタダで済むと――」


 この子のお姉ちゃんらしき人は、回し蹴りの体勢に入っていた。踵落としの次は、回し蹴りかよ! 


「ちょっと和美かずみ? 何をしてるの?」


 今まさに回し蹴りを繰り出さんというところで、今度は別の女の人がやってきた。


 腰ぐらいまである長い髪、おっとりとした雰囲気の漂う凄く美人な女性。スタイルもめちゃくちゃ良い。こちらも右手に買い物袋を提げている。


「お姉ちゃん、聞いてよ! この男が穂花を泣かしたの! だからあたしが制裁を与えようと――」


「あなたはまたそんなことを……穂花おいで」


「ママー!」


 穂花と呼ばれた女の子は美人な女性の方に走って行く。この女性、母親だったのか。凄く若く見えるからてっきり三姉妹の長女かと思ってしまった。


「穂花、何があったのか教えてくれる?」


「えとね、ほのかが……ちゃんと前を見てなかった……から、お兄ちゃんにぶつかって……きゅうりをダメにしちゃった……ごめんなさい」


「そうだったのね、でもちゃんと謝れて偉いわ。お買い物も一人で出来て偉い偉い」


「うん!」


 穂花ちゃんの頭をよしよしと撫でる母親。ぐうっ、こんな幼い子に罪の意識を感じさせてしまうなんて俺は最低だ。このままではいけない。


「あの! 胡瓜、俺が新しいの買ってきます! 俺が考え事しながら歩いてなければ、ぶつかることはなかったですし」


「当然でしょ! さっさと買ってきなさいよ」


「か・ず・み! もう、そんな態度じゃダメでしょ?」


「ふんっ」


「ごめんなさいね、えっと……」


「あ、俺は楠川修って言います」


 俺は名前を名乗り、お辞儀をする。


「楠川くんね。全然気にしなくていいからね。穂花はそそっかしい所があるから。それに和美に酷い事されたんじゃない?」


「あーそれは大丈夫です。全然痛くなかったので」


「またバカにしたぁー!!」


「それに、このままでは俺の気が済みませんし、胡瓜を買うついでに穂花ちゃんにお菓子でも買ってきます」


「じゃあご厚意に甘えさせてもらおうかしら」


「はい、じゃあちょっくら買ってきます」


 俺はスーパーへと走って行き、胡瓜とお菓子を購入する。三人の居る場所へ戻り、レジ袋を穂花ちゃんに渡す。


「はいこれ、どうぞ」


「ありがと」


 俺から買い物袋を受け取った穂花ちゃんがにへらと笑った。うむ、めちゃくちゃ可愛い。さすがこの美人な母親の子供だ。凄く癒された。


「あんた……これぐらいの事で穂花の心を掴んだなんて思わないことね」


「…………」


 背後から耳元でそう囁きかけられ、背筋に悪寒が走った。せっかくの癒しが台無しだよ。


「じゃあ楠川くん、胡瓜と穂花のお菓子ありがとうね」


「お兄ちゃん、ばいばーい」


「べーっだ」


 俺は三人に……いや、美人な母親とその可愛い娘に向けて手を振った。


 その後、朝倉さんの捜索を再開し一日中歩き回ったが、結果はやはりというか案の定見つけることはできなかった。

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