第20話 告白
それぞれがそれぞれの思いを抱えたまま時間だけは刻々と過ぎてゆき、季節は冬。クリスマスを明日に控えた本日十二月二十四日、クリスマスイブ。時刻は二十時を回っていた。俺はベッドに横になり携帯を眺めながら部屋で一人悶々としていた。
九月を最後に、以降朝倉さんとは約束通り一度も会ってはいない。会ってないどころかメッセージのやり取りもしていない。朝倉さんのことを考えない日は一度たりともなかった。不安は常に俺の心にまとわりつき、心配で眠れない日も多々あった。かつて一日一日がこんなに長く感じたことがあっただろうか。
俺はひたすら学業とバイトに専念し、お金の方は着々と貯まってきてはいる。目標である俺と朝倉さんと太一、三人で高校卒業後に遠くへ逃げ三人でルームシェアをする。ただ、その目的を達成する為だけに日々を送っていた。
『年内に一日だけ会ってほしい日がある』
今年も後一週間で終わろうとしている中で、これまで朝倉さんから連絡がなかったことを考えると今日か明日には連絡が来るであろうことはほぼ間違いない。ただ、どちらなのかは分からないので、いつでも会えるように準備はできている。
そして会った日に俺は朝倉さんに気持ちを伝える。好きだと。
すると俺の携帯に一件のメッセージが届いた。すぐさま確認すると朝倉さんからのメッセージだった。
『今、楠川君の家の前にいるよ』
ベッドから飛び起き、窓から外を確認する。玄関の前に朝倉さんが立っていた。
俺は黒のコートを羽織り、机に置いていたプレゼントをポケットに入れる。急いで一階へと降り、玄関を開けて外に出る。真冬の夜風が俺の頬を撫で、外ははらはらと雪が降っていた。
白いダッフルコートと茶色いブーツ、赤と黒のボーダー柄の手袋とマフラーを身に纏い、雪が降る中たたずむ朝倉さんの姿は可愛くもあり、美しく幻想的だった。
俺は込み上げてくる感情を既所でなんとか抑え込んだ。
「久しぶり、楠川君。元気だった?」
「たった今元気になったよ」
「ふふっ、私も」
暗くて朝倉さんの表情がはっきりとは見えないが声音からして多分前と変わらないままだと思う。
「朝倉さんの方はあれから、あいつらに何もされてない?」
「携帯の連絡先を消された以外は何も。万が一に備えて楠川君の電話番号を控えてて良かったよ」
「はは……相変わらずやる事がありえないな」
「それでね、今日は楠川君にこれを渡したかったの」
朝倉さんは鞄からラッピングされた少し大きめの袋を取り出し、俺に渡してきた。
「一度で二度美味しい、私からのプレゼントです」
受け取った袋を開けると中身は、赤と黒のボーダー柄の手袋とマフラー、そしてハート型の小さな箱が入っていた。手袋とマフラーは手編みで朝倉さんとお揃いだと一目で分かった。
「この箱は?」
「開けてみて」
箱のリボンを解き、蓋を開けると中身はチョコレートが入っていた。丸い形のココアパウダーがコーティングされたトリュフチョコ。
「メリークリスマス、そして一足早いけどハッピーバレンタイン。えへへ」
にっこりとほほ笑む朝倉さん。
「バレンタインの方は今日渡しておかないと、きっと渡せな――」
限界だった。俺は朝倉さんを思い切り抱きしめた。
「楠川……君?」
「俺さ……ずいぶん昔に夢を見たんだ。凄く長い夢。俺が三十歳になっててさ、独身なんだよ……親戚は全員結婚しててスゲー惨めなんだ……」
俺は自分が高校生に戻る前の人生を夢という形にして朝倉さんに語り始めた。
「それで、正月に餅を喉に詰まらせて死んじゃうんだ……笑っちゃうだろ? 彼女ができても、振られるわ、捨てられるわ、ストーカー扱いされて彼氏にボコボコにされるわ……酷い夢でさ……」
ついでに俺が七回のループで経験したことも夢にする。
「その夢のせいで、女の子が怖くなって……嫌いになって……でも朝倉さんに出会って、朝倉さんみたいな女の子とこの先ずっと一緒にいられたら……幸せな……んだろうな……って」
声が震える。裏返りそうになる。時折、鼻をすすっては必死に言葉を紡ぐ。
「俺はもう……朝倉さんがいない人生は、耐えられそうにないんだ……」
朝倉さんを抱く腕に力が入る。離れたくない、失いたくない、そんな思いを込めて強く抱きしめる。
「だから、高校卒業したら一緒に遠くへ逃げよう。あいつらが追って来れない場所まで」
「えっ?」
「俺、今バイトして金を貯めてるんだ。卒業するまでにはけっこう貯まると思う。だから――」
「ちょっと待って、楠川君」
朝倉さんが俺の胸を押して、二人の距離が開く。
「楠川君は大学に行かないの? せっかく頭が良いのに……私なんかの為に人生を台無しにしたら勿体ないよ。楠川君なら良い大学に行って、良い会社に入って、良い女性と結婚してそれで――」
「俺は別に、そんな人生を送りたいんじゃない。良い大学に行けなくてもいいし、会社なんて普通で良い、良い女性なんて朝倉さん以外に考えられない。俺は朝倉さんが好きだよ」
俺が想いを伝えた瞬間、朝倉さんの目から涙が零れ落ちる。
「だからさ、一緒に逃げよう」
「……いいの?」
「当たり前だろ。あ、太一も一緒なんだ。だから三人で逃げよう」
「……うん」
「それで、最初は三LDKの部屋を借りてルームシェアするんだ」
「……うん」
朝倉さんが溢れる涙を隠すように、顔を両手で覆った。
「多分、大変かもしれないけど絶対楽しいよ」
「……うん……うん」
「だから今度は朝倉さんが待っててくれないか? 必ず迎えに行く」
「……うん……待ってる……絶対!」
今度は朝倉さんから俺に抱きついてきた。俺の胸の中で泣く朝倉さんを優しく抱きしめる。
「私もね……楠川君が好き。ずっと前から大好きだった。初めて男の人を好きだって思えた」
「俺も朝倉さんが大好きだ。それで、これ。俺からもクリスマスプレゼント」
コートのポケットから小さい箱を取り出し朝倉さんに差し出す。
「開けていい?」
「どうぞ」
朝倉さんが箱のリボンを解き、蓋を開ける。中身はハートの形をしたシルバーのネックレス。ハートの左右に俺のイニシャルと朝倉さんのイニシャルが彫ってある。
「これ、楠川君のKと私のAってこと?」
「そうなんだが……えっと……付き合ってもないのに、ペアのネックレスとか重いよなぁとか思いながらも、もう完全に付き合いたくて購入したというか……」
「私も付き合ってないのに、ペアの手袋とマフラーを編んだからおあいこだね……って、ペアのネックレス?」
「あぁ、俺が今してるこれと同じやつ」
俺は首元から朝倉さんにあげた同じシルバーのネックレスを出して見せた。
「告白が駄目だったら渡さないつもりだったし、このまま隠しとくつもりだった。でも両想いな気もした」
「考えてることは一緒だったんだね。私も楠川君と両想いになれてるような気がしたの。だから……よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
そして俺と朝倉さんは恋人になった。
今日という日の思い出があれば俺は一年くらい我慢できると思っていた。このまま高校を卒業して三人で遠くへ逃げる計画が達成できると思っていた。しかし、その計画が達成できることはなかった。
母校の卒業式が終わった日の夜、俺は自分の携帯の写真フォルダにある一枚の写真を眺めていた。朝倉さんと撮った唯一の写真。クリスマスイブの日に恋人となり、その記念に二人で撮った写真。日付が変わればこの写真は消えてしまう。
俺と朝倉さんが恋人になった翌日、朝のニュースを見て愕然とした。朝倉さんが駅のホームから落ちて亡くなるというニュースが流れていたからだ。両親は驚きを隠せないでいたが、俺は俺で頭が真っ白になっていた。現実を受け入れることができなかった。そして受け入れた時には、かつてこれほど泣いたことが人生であっただろうかというくらい泣いた。身体の水分が無くなるのではないかという程に泣きまくった。
その日から俺は学校へ行くことを辞め、バイトも辞め、ただ廃人のように過ごした。死ねないとはわかってても、死にたくて死にたくてたまらなかった。何度も色々な死に方を試したが、女神様の力のせいでことごとく失敗に終わった。
朝倉さんを線路へ落とした犯人とあの男達への殺意を抑えるのも大変だった。犯人は同じ学校のクラスメイトで「命令された」の一点張りだそうだ。クリスマスイブの日にきっと朝倉さんの跡をつけていたに違いない。そしてあの男達に、もしクリスマスイブかクリスマスのどちらかに朝倉が男と会っている所を目撃したら――と命令されていたのだろう。
思う存分泣いた、思う存分後悔した、思う存分憎んだ、そして現在に至る。
「朝倉さん、待ってて」
携帯の時刻が0時となり日付が変わる。
俺は朝倉さんを救うため、九回目のループへと旅立つ。
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